目「こっち見んなハデバカ」
「急に酷くないか?」
「急でもなんでもねェ。こっち見る度ヘラヘラしやがって」
「バギーと飲めて嬉しいからヘラヘラもするだろ」
飲みに行こうと誘われて、奢りだからなと釘刺して隣同士で並んだおでん屋。向かいならまだしも隣に座ってて横ばっかり見るなと、左を見たらまたこっちを向いてやがった。
「そんなにオレ様の顔が好きかー?」
「ああ、そうだな!」
「……」
ヘラヘラヘラヘラ。機嫌良く好きだなんだ云々をベラベラペラペラ。酔いが回るにしてもまだ早くないかというぐらい喋り倒してくる。
からかいがいもないと呆れて正面を向いて酒を飲むとまた視線がグサリ。逸らさねえなあとチラリと横を見やれば、横目でこっちを見ていた。
こっちを向くなと言ったから律儀に守っているのかとも思ったが、こいつはそういうヤツではない。
「バギーだって見てる」
「ハデバカ野郎のせい」
「だはは」
今の会話に楽しさなんて見出せるのか。上機嫌な様子の酔っ払いはおちょこを空にして手酌で残り一滴まで注いだ後、新たに熱燗を注文する。その間もヘラヘラ笑って目尻に数本の皺が寄った。アホみたいに楽しんでいる時の顔はあの頃と変わらない。皺は見習いの時にはなかったが、歯を見せて笑うのは同じだ。
「バギーだって人のこと言えない」
再び振り向いたシャンクスは、お酒がなみなみ入っている陶器を持ち上げてきた。
「皺が増えてんなあ」
「気にしてること言うなよ」
「皺を気するぐれぇなら、まずはヒゲをどうにかしやがれ」
見ていた理由が皺を数えていたせいだと知ったシャンクスはあからさまにつまらないと、傷ついたと言わんばかりに泣いているフリをしながら温まった徳利はしっかり受け取った。
おれだって色々苦労しているんだ云々、バギーだって同じぐらい皺が増えて髭も生えてる云々、おれはお前と飲めて嬉しいのにお前は嬉しくないのか云々、二軒目はどこ行こうか云々。
ぶつぶつぐちぐち、話しかけているのかどうか分かりにくい声音で構ってくれオーラ全開のガキみたいな大人は、ちびちび酒を飲んでちらちらこっちを見てくる。
「言いてェことあんならハッキリ言いいやがれ」
「二軒目行きたい」
「まだ飲み足りねェか、酔っ払い」
「バギーと別れたくない」
「誤解を招く言い回しはやめろォ」
「もっと一緒にいたい」
くっ、と涙をわずかに浮かべるシャンクスにもう一度やめろと、切り離した手で軽く髪の毛を掴んだ。涙を浮かべているくせに、ちら、とオレ様の反応を確認してくる。これでどうだと言わんばかりの目だ。泣き上戸じゃねえくせに、アホみたいな演技は無理がある。
そういえば見習いの時も時々拗ねたフリして、ちらちらこっちの反応を気にしてるときがあった。あの頃となんにも変わっちゃいない。
「その歳で構ってちゃんはキツいぜ」
「バギーにしかやらない」
「オレ様にもやるな」
拗ねた目もやめたかと思えば、今度はアホみたいに真面目な目をしやがる。頭にアルコールが回り過ぎて感情のコントロールができなくなってしまったのか、まるでピエロだ。
お前まで道化になってしまったらどうするんだと、思ったことは口にすることはなく、酔っ払いと軽口を叩きつつ引ったくった徳利を傾かせてやる。
「バギー」
「うるせェ、うるせェ! 二軒目なんて行かなくとも、ここで飲みゃあいいじゃねェか!」
「バギー!!」
甘やかしてるのかと嫌になる。
実質、解散はまだまだ後だと宣言したも同然だ。下手したら早朝までかもしれない。飲み続けることを選んでしまったおれの言葉に、嘘泣きをしていたシャンクスの目がキラキラと生き返った。
「へへ、お前もまだ飲むだろ?」
そう言うと、オレ様の返事を聞くことなく熱燗を二本追加した。その横顔に現金なやつだと他人事のように思い、そして、その目尻にできた深い皺を眺めていたら、視線だけをこっちに向けてきたシャンクスはスッと目を細めて笑った。