背中 寄りかかった先のバギーは、珍しく何も言わない。
それもそのはず、当の本人はどこぞから拝借という名の窃盗で手に入れた宝石やらを鑑定するのに大忙しだ。
見習いの頃から変わらない。掃除や鍛練だとすぐに集中力が切れてしまうくせに、宝石や財宝に関しては忌々しいほどの集中力をみせる。正直、バギーがここまで財宝に拘る理由も気持ちもわからない。わからないし、こうやって一切構ってもくれなくなるからつまらない。つまらないが、おれに気が付いていないわけではなく、気付いているうえで無視されているから、ある程度待っていれば気にしてくれる。
その甘さをいつも利用していた。
待てばどうにでもなる、こっちが諦めなければ構ってくれる。たまに集中しすぎて忘れられることはあったが。
「バギー」
試しに名前を呼んだところで何も反応を示さない。寄りかかっている背中の骨が動いて頭を上げたんだと、おれは見えない視線だけを上げた。後ろに一つ結びした髪の毛だけが視界に広がる。
少しばかり背中を丸めて、片耳をバギーの背中に押し当てるように縮こめる。見つかってしまえば何をしているんだと言われてしまいそうな体勢の座り心地は悪く、ずるずると座り位置を調整した。
静かな部屋には石がぶつかる音や金属がぶつかる音、たまに石を叩く音なんかも混ざってくる。そして、バギーの呼吸音に舌打ちとため息、片耳からは、ドクドクという心臓が脈打つ生を感じる音。
そういえば昔は温もりばかりで、心臓の音なんて気にしたことがなかった。悪魔の実を食べていようと血は流れている。バラバラになっても全身の血は流れ続けている。血が流れていれば温もりがある。
不寝番で同じ毛布にくるまっていたのを思い出した。
冬島の近くで凍えるほどに寒かった夜。頭からつま先までしっかりと着込んでも寒く、一枚の毛布に二人で巻かれて暖をとっていた。二人体を寄せ合って寒いと白い息を吐いてお互いの体温で暖かくなった結果、頭は眠たいと脳を休ませようとしてくる。そうして、片方が頭を落とすともう片方が叫んで起こしたり毛布に隙間を作って温もりを手放したりとしていた。
あの頃が懐かしい。もう、二人で不寝番をすることもない。
別の船に乗っている以上、一緒に不寝番はできない。
「おい、シャンクス」
不意に名前を呼ばれて、寄りかかったままずるずると頭を上げると目の前にはバギーの首があった。
「人の背中を枕にして寝落ちとは、ずいぶんなご身分なこって」
「構ってくれない寂しさで」
「てめェが勝手についてきたんだろォが」
そうだ。たまたま街中を歩いていたら、宝石をくすねていたバギーとすれ違った。
うまく盗んだのだろうが、人通りが少ないことが災いとなりすぐに見つかったのだろう。懐からナイフを取り出したところを見るに堅気じゃなさそうだった。だからその場は見過ごすことにして、焦ってまともに相手をできないバギーをいいことに宿までついてきたのだ。
そして追い返されることなく好きにしろと言われたからそのまま。さっそく作業に入ったバギーに話かけても適当な返事ばかり。手元をのぞくのも飽きて起きたまま昔の夢をみていた。
「いつ船に戻る予定だ」
「明日の昼ごろ」
「宿は」
「ここ」
珍しくため息は出なかった。
天井を見上げるような顔は、ベッドを振り返って、今度は宝石と磨くための布やルーペが散らばった床を見る。それからまたなにかを考えて、せっかくあるのに使っていないテーブルの方を見やった。
そういえば、ランプつきのテーブルがあるのに、なぜバギーは床にスカーフを広げてわざわざ口にライトを咥えて鑑定していたのか。まあテーブルでやられていたらイスはひとつしかないから、どっちにしろおれは床に座るかベッドに寝転がるかしかなかったが。
「酒は?」
「へ?」
「へ? じゃねえ。てめェはいつも酒欲しさに島に寄ってんじゃねぇのか」
別に島に寄るのはお酒だけではないが、降りる時は酒ばかり飲んでいるから否定もできない。
「まだ……」
「暇だったら酒でも買ってきやがれ。もちろんてめェの奢りだ」
おれのこと酒しか求めてない海賊だとでも思っているような言い方に引っかかりを覚えるが、それよりも、奢りという言葉に反応が遅れた。遅れて、宿を聞かれて『ここ』だと答えたことに、まだ文句をつけられていないということにも気が付いた。
「二人部屋が残ってるか確認してくっから、その間に酒と飯」
さりげなく飯まで追加されてしまったが、おれのために部屋を変えてくれることの方に気を取られた。おれのためにバギー自らバギーの時間をくれるというのだ。
もしかしたら、今日拝借した宝石の中にあたりが入っていたのかもしれない。絶対そうだ、そうじゃなきゃこんなに機嫌よくというか都合よくいかない。
高く付く分の見返りがある。
「文句あんのか」
もともと酒を買い足すために寄った島だ。
予定より飛びきり美味い酒が飲めるのだから断る理由はどこにもない。
「おまえと飲めるのにあるわけないだろ? 飲みたい酒はあるのか?」
「あー、いや。てめェが選ぶのは大抵美味いから任せらァ」
考えるように目だけが天井を見て、なんでもいいという顔で真正面からおれを見た。
そういうところがずるい。
ずるいずるいと口にはせずに、寄りかかったままのバギーの背中に頭を擦り付けると、やめろ、重いと髪を引っ張られる。それに笑いながらも寄りかかるのはやめない。これ以上の文句は言われないから。
「やっぱり、バギーがいい」
「なァに言ってんだ。スットンキョーが」
「だはは!」
「なに? どした? 今の間に頭おかしくなった?」
脈絡のないおれの言葉に、バギーの目はおばけでも見たかのように引いている。ひどいとは思うものの、逃げようとしない背中に腕を回してしっかりと抱き寄せた。