柚子はときおり遊矢を傍目で見ることがある。それは日々のふとした瞬間に向けられる、ほとんど無意識の眼差しであった。例えば、こうしてデッキの調整でカードを見つめている遊矢に、柚子の視線はそっと注がれる。
たぶん誰よりもそばにいる自信はあるのに、そのたびに柚子は遊矢を新鮮な気持ちで見つめてしまう。それはやはり遊矢が、何かと人目を引く存在感を放っているからかもしれなかった。
などと、柚子が考えていると、ふいにカードから視線を上げた遊矢の瞳とかち合ってしまった。
「何だよ、人の顔ジロジロ見て」
「べ、別に……」
「別に、ってことはないだろ」
穴のあくほど見といて、遊矢がむっと言い返したので、少し間をあけてから、顔を、と柚子は白状するように言った。
「遊矢は自分が気付いてないだけで……結構、見惚れてる人、いるんだから」
「そう? そんなの気付かなかったな」
遊矢はあまり興味がないようで、柚子に重ねられていた視線を再びカードへと戻してしまう。
「だって、わざわざ言わないよ。遊矢、すぐ調子に乗るし」
「なんだよそれ」
「……華があるのよ」
エンターテイナーにそれは必要だと柚子は思うのだ。そういう意味で、遊矢の顔立ちはすごく適しているし、それでなくても、柚子は気に入っているのだ。遊矢の顔立ちはなんというか、かわいい。
「でもそれを言うなら、オレは柚子の方がよっぽどカワイイと思うけどな」
「えっ」
「あっ」
いまのナシ! 間髪をいれずに遊矢が言い、慌てて背けた顔は、けれど、頬がほんのり赤く染まっている。柚子は少し笑ってしまった。
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だって、オレはみんなと一緒に戦ったはずなのに、オレをオレに戻してくれたのはみんなだったはずなのに、よく似た別人がいて、その人はオレを知らないなんて、まるでなかったことになっているみたいだなんて、ちょっと、よくわからない。それならオレは、いったい、誰に助けられたんだろう、誰を笑顔にしてきたんだろう?
ここに来るときもどうしてか柚子とはぐれちゃったしさ、と遊矢は唇を尖らせて言い、柚子はそうね、と申し訳なそうに返事をしたので、実はこれっぽっちも柚子を責める意図などない遊矢は内心ではちょっと焦るのだった。だってこれはさ、もう仕方がないだろ、と取り繕うように言ったところで、いったい何が仕方がないのかは実際のところ、遊矢もよくわかっていないのだった。それは宿命とか、そういう類いのものなのだろうか。
ここは現実によく似た、けれど、ゲームの中の電脳空間で、だからここで出逢うのは、遊矢が今までに関わってきた人々とは関係などないはずなのだったが、しかし、同じ顔の別人だなんてその不可思議さだけは、遊矢が誰よりもよくわかっているのだ。
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自分のことを知らないという同じ顔の別人たちは、ゲートを潜った先の、何処かによく似た別の場所に居るのだったが、零児に言い付けられて(という方が正しいと遊矢は思う)なるべく多く決闘をするというのも、骨が折れるというか、お前など知らない、と言われるのは、やはり、心も折れるのだけれど、それを訴えたところで零児が取り合ってくれるわけもないだろうから、遊矢は、とりあえず、脅威だとか不穏なことを口にする零児に、闘いは嫌だと素直に言うことにした。今までがそうだったように、厳しいことを言われるかと思っていたのに、多くの人間をまとめ上げる経営者でもある彼はもっと効果的に言葉をかけてみせる。
キミらしくやれだなんて、なんだか上手く丸め込まれている気がするけれど、まあそれでもいいか、と思えるほどには、自分も気負わず行けるのは、いつかの決闘で笑ってくれた彼のことを、遊矢がそれなりに信頼しているからなのだった。