ブルームーンと言うカクテルがある。
ジンベースの薄いパープルをしたアルコール度数の高いカクテルで、フレッシュ感が命のお酒だ。
カクテル言葉は、完全なる愛の他に叶わぬ恋、無理な相談の意味も含まれている。
だからバーでナンパされた子が、お断りの意味を込めて相手に渡すカクテルでも有名だ。
「お兄さん、スクリュードライバー一つ」
「かしこまりました」
今日もカウンターにはそれなりに人が居て、フリーで来ている女の子もちらほらと居る。
スクリュードライバーは、オレンジの甘味と酸味が特徴的でウォッカベースにしては飲み易い。
そんなスクリュードライバーに、付いたカクテル言葉は女殺しの異名だ。
アルコール度数の高いお酒であるのに、飲み易いから気付いたら酔ってしまうからだ。
お店のフリーの女の子は、それなりに酒に強い子が多い。
だからと言って、油断していい訳ではないから男が誰狙いかを定めておく方がいいだろう。
一先ず、スクリュードライバーを作って男の前に差し出す。
「スクリュードライバーです。飲み過ぎにはご注意を」
「ありがとう。じゃ、これはお兄さんに」
「ん?」
俺が作ったスクリュードライバーは、何故か男から俺へと返ってきた。
一瞬、何が起こったのか分からず、戻されたスクリュードライバーを見つめてしまった。
たまにバーテンダーさんもと、客と飲む事はあった。
ただそれをやるのは、常連さんや失恋した女の子もしくは野郎位だった。
もう一度、目の前の男を見るが常連ではない。
バー慣れしている位だから、他のバーを渡り歩いているのだろう。
別にそれは悪くないが、初っ端でやられると驚いて反応に困ってしまった。
「あ、分からなかったかな。俺、お兄さんに心を奪われちゃったんだよねぇ。お兄さん、凄い俺のタイプでさ。バーテンダーが本職?」
「……あぁ、なるほど」
スクリュードライバーのカクテル言葉は、もう一つあった。
あなたに心を奪われた。
俺に心を奪われたって事はたぶん、お笑いの方で惚れてくれたのかもしれない。
でも残念だが、既に俺には運命の相方が居るからそれには答える事は出来ない。
むしろ、答えたらご法度の赤が出そうな気がする。
「お兄さんの名前、知りたいんだけど」
「芸人だから、検索したら直ぐに出ますよ。ピンチャンでググってください」
営業スマイルを浮かべながら、自分で作ったスクリュードライバーを飲み干す。
自画自賛ではあるが、今回も美味く作れているから良かった。
俺がスクリュードライバーをイッキ飲みした事に男は驚いていたが、直ぐに表情を戻して指を一本挙げる。
「へぇ、いい飲みっぷりじゃん。もう一杯奢るからさ、俺と飲み比べしてよ。俺が勝ったら、名前教えて?」
「調べたら直ぐなんだけどなぁ。まぁ、お代は忘れず払ってくれよな!」
「分かってるって。言っておくけど俺、強い方なんだよね」
そう言って、男はスクリュードライバーを二つ注文した。
◆◆◆
俺は自分で作ったスクリュードライバーを、普通に飲んでいた。
男の手にはスクリュードライバーの入ったグラスが握られているが、持ち上げる手に力が入らないらしい。
他の客もギャラリーとして見ているが、俺の飲みっぷりに目を丸くしていた。
バーテンダーをやるなら、それなりに酒に強くないと出来ない職業だ。
自分で作った酒を飲まないといけないし、何より味を覚えるのだから量を飲む。
ジンベースにウォッカベース。
アルコール度数の高い酒がベースのカクテルを、ガバガバ飲めないことにはやってられないだろう。
「うー、おにーさん、なんはいれ?」
「んー?二桁かな?もうやめときなって。ほら、お水」
水をグラスに注いで男に渡そうとすると、他の誰かが手に取ってくれた。
ありがとうと言おうと思って、その手が止まる。
「これ。渡せばいいんでしょ?」
目の前に居たのは羂索で、水の入ったグラスを片手に男の口へと注ぎ込む。
流石に危ないと思って止めに入ろうとしたが、羂索がむっとした表情で手を止めた。
「君さぁ!何で断らないの!」
「え?言わなかった?俺、酒豪って言うよりザルなんだよね。だから、酔わないって言うか」
「そう言う意味じゃなくて!スクリュードライバーの意味、分かってるんでしょ」
羂索が言いたい事は何となく分かって、あーと呟きながら視線を逸らす。
知っていた上で、飲み比べに乗ったつもりだった。
「知ってるから、乗ったと言うか……羂索。これ飲んで。俺からだから」
次に飲む様に作ったスクリュードライバーを羂索に手渡して、俺は別のカクテルを作る。
手渡された意味がわからないらしく、羂索はスクリュードライバーを受け取ってじっと俺を見つめていた。
「よし。はい、勝負は俺の勝ちって事で。お兄さんには、ブルームーンね。俺の答えって事で直ぐに飲んでね」
酷な事を言ってるのは分かっているが、お断りは最初からするつもりだった。
「俺が心を奪われたのは、相方の羂索だけだからさ」
そう言うと隣でスクリュードライバーを飲んでいた羂索が、ぶっと吹き出して目を丸くして俺を見ていた。
たまには俺から言ってもいいだろと言えば、後で覚えといてねと言われて明日はシフトも舞台も無い事を思い出して血の気が引いたのだった。