ズームカクテル娘を狂愛していた男が居た。
男は、娘を愛して狂っていたのだ。
そんな娘が、ある時言ったのだ。
「私は愛する人と生きます」
愛故に怒り狂った男は、娘を説得させようとしたが娘は聞く耳を持たなかった。
男は更に狂い果てて、終いには……
そう、男は、自分を捨てて他の男と生きようとする娘が許せなかったのだ。
カランとグラスに氷が当たり、静かなバーに響き渡る。
「ねぇ、羂索さん。私ね、凄く羂索さんの事好きで」
凍り付く空気を感じていないのか、そこそこ有名なアイドルは俺の相方の隣に座って自分勝手に話し続けていた。
羂索は、そうとなるほどの二言しか話していない。
気付いてくれと思いながらも、俺も楽しい気持ちでは居られなかった。
「傑君って、ちょっとほら。子供ぽくて可愛いけど、お付き合いするなら羂索さんがいいなって」
駆け出しの芸人だから、ころっと落ちると思っているのが彼女は甘えた声で話し続けている。
折角出したカクテルは、氷が溶けて味が落ちてしまっている。
勿体無いと目を伏せて、新しいモノへと取り替えようと手を伸ばす。
「ちょっと!今から飲むから!髙羽さんも言ってよぉ、私と羂索さんってお似合いですよね!」
ここはバーテンダーとして対応するべきか、それとも相方としてボケるべきか。
はたまた、恋人として牽制をするか。
どれが今の羂索の正解か、見極めなければならない。
相変わらず読めない表情の羂索ではかるが、見る人が見れば分かる。
羂索は、完全に家業モードの目をしている。
流石に、冠番組持ってるアイドルを消すのはマズイだろとは思う。
思うだけで、何も言わない方が得策である事には代わり無い。
「ねぇ」
「んー?なぁに?」
自分に漸く話し掛けてくれたとアイドルは、満面の笑みを浮かべていた。
俺に声を掛けた訳じゃないから、俺はバーテンダーの仕事をする。
グラスを拭いて並べながら、バーカウンターの中で羂索の声を耳を傾けた。
「首酒って知ってる?」
「へ?」
「ある男がね。愛した女の首を酒に漬けて作ったのが、首酒なんだ」
「そ、そうなんだ?」
あからさまに引いているアイドルを無視して、羂索は話し続けていた。
首酒は俺も聞いたことが無かったし、ハブ酒の派生かとも思った位だった。
首だけで美味しくなる物ってあるのかなって、考えた数秒前の俺にツッコミを入れたい。
羂索の話だって事を。
「その首酒はね、とあるパーティーで振る舞われたんだ」
「……う、うん。それで?」
アイドルは薄くなった酒を一口飲んで、興味もない話の続きを促していた。
百パーセント聞いた事を後悔するから、お代を置いて帰った方がいいと俺は分かっている。
でもそれを口にしてやる程、俺も優しい訳じゃないから黙っていた。
「パーティーの参加者は、口々に生臭いや飲んだそばから嘔吐をしていたんだ。ある若者だけを除いてね。その若者はね、酒を飲んで美味いと言ったのだ。生きてきた中で、こんなにも美味い酒を飲んだ事はないって」
ここまで来ると、アイドルも口を噤んで視線を左右に揺らし始めている。
羂索の悪趣味な話を初見の人間が上手く流せる訳でも、交わせる訳でもないから反応は正しい。
俺は話を聞きながら、ブランデーの瓶を手に取って居た。
多分、女の首はブランデーの中に漬かっていたのだと思う。
「えー、っと……何で、かな」
「するとね、男は満面の笑みを浮かべて若者にこう言ったんだよ。私の最愛の娘を愛した君なら、きっと分かってくれると思っていたってね。首酒を出して、恋人の死を嘆く若者を見下ろしながら男は笑っていたんだよ」
話し終えた羂索の前に、ブランデーに蜂蜜を入れたズームカクテルを差し出した。
「お客様がお話していた首酒です」
本当の名前は違うが、溶けにくい蜂蜜が入っているから変わらないだろ。
短い悲鳴を上げるアイドルの分のお代を出した羂索は、カクテルを受け取りながら冷たい視線を向けて言い放つ。
「未だいるの?」
「っー!!」
プライドをズタズタにされた悔しさからか、アイドルは何も言わずに店を後にしていた。
静まり返った店内で、羂索が俺に声を掛ける。
「それで、このカクテルの本当の名前は?」
「ズーム・カクテルだよ。カクテル言葉は」
「抱擁だっけ?」
知った上で聞いてくる羂索後でと言いながら、内心ほくそ笑んだのだった。