とある森の中の日常でした。
今日は羂ちゃんに会えるかもと思って、俺は一人森を歩く。
雨が降っていた日に、羂ちゃんが狩りに行ってから俺に会いに来てくれなくなった。
雨が上がったら何時ものところにおいでって、羂ちゃんが言ったのにおかしいな。
「羂ちゃん、来たよー?どこー?」
四つ足でチャッチャと土を蹴りながら、羂ちゃんの匂いを探し回る。
俺と違って、羂ちゃんは化けるのが上手いから木になってるのかもしれない。
ここかなって狙いを定めて、飛び付くけど本当の木で顔をぶつけて痛かった。
「痛い。もう、本当に羂ちゃんどこー?ねぇ、羂ちゃーん」
そうやって、何度も羂ちゃんを呼んでは探し回る。
何れくらい探しているかなんて、俺も分かってない。
不思議とお腹が空かなくて、ずっと羂ちゃんを探せる様になっていた。
「羂ちゃん、今日も居なかった。何処いっちゃったんだろ」
日が落ちる前に巣に帰る様にと、いつも羂ちゃんが言っていた。
だから俺は仕方無くトボトボと歩いて、羂ちゃんと一緒に暮らしていた巣に帰って一人で丸くなる。
いつもふわふわの羂ちゃんの尻尾を抱き締めていた事を思い出しながら、俺は一人で目を閉じた。
「明日は羂ちゃんに会えるかな」
とある森の日常でした。
「こんにちは、髙羽さん」
「……誰?」
何時もの様に羂ちゃんを探しに行ったら、知らない男の子に出会った。
名前を呼ばれたから、多分俺の事を化け狸って知っているのだろう。
狸の姿から人間の姿になったけど、羂ちゃんみたいに上手く化けられないから尻尾が出ちゃう。
「えっと、君の探している子……何処に居るか知ってるんだけど、一緒に来てくれるかな?」
何故か、その子を見ていると尻尾が逆立って来て怖くて仕方がない。
自分の尻尾をぎゅっと抱きながら、その子が言っているのは羂ちゃんの事だろう。
どうしようかと悩んでいると、その子は眉を下げながら大丈夫だよと言っていた。
俺が怯えているのを見透かされた気がして、慌てて取り繕うけど遅かったみたいだった。
「大丈夫だよ。君には何もしないから」
そう言って差し出された手には、木の実があった。
「くれるの?」
「うん。ご飯食べてる?君、とても細いから」
「んー。最近は食べなくても平気だから。それ羂ちゃんに渡してもいい?」
「……あ、そうだね。二人で食べて?」
一瞬、男の子の表情が曇ったけど、直ぐに戻ったから気のせいだと思う事にした。
男の子の名前は乙骨君と言うらしく、里香ちゃんと言う名前の恋人がいるらしい。
俺と羂ちゃんみたいだねと言うと、乙骨君は寂しそうに笑った。
乙骨君に連れてこられたのは、羂ちゃんと良く二人で待ち合わせた森の開けた場所だった。
「ここに居るよ。その……髙羽さん」
「羂ちゃんの匂いだ!羂ちゃん!羂ちゃん、会いたかったんだ。俺、ずっと羂ちゃんに!」
羂ちゃんの匂いがする方に、俺は一目散に走っていた。
とある森の非日常でした。
髙羽さんは狸に戻って、墓石に見立てた石を抱えるように丸くなっていた。
「髙羽さん、その」
「ありがとう、乙骨君!ここで待ってたら、羂ちゃんに会えるかな」
「髙羽さん、お願いです。あげた木の実、食べてください」
「お腹空いてないから、大丈夫さ!へへ、羂ちゃん」
羂索は、この森に住む悪い狐だった。
悪戯程度なら見過ごされていただろうけど、かの狐は人を悪戯に殺していた。
何度も討伐しようとしたけど、ずる賢い狐だったから中々殺せなかったのだ。
漸く隙を見せて僕が手に掛けたけど、羂索は森に残した化け狸について最期の力を振り絞って僕に伝えて息耐えた。
どんな狸なのか、暫く見ていたけど心だけが痛む結果にしかならなかった。
一日中羂索を探して、疲れたら休んでまた探す。
飲まず食わずで動けるのは、化け狸だからだろう。
日に日に痩せていく体と羂索を探す一日。
見付からなくてもへこたれる事なく、二匹で暮らしていたであろう巣へと戻っていく。
見るに堪えられなくて手を差し伸べたけど、髙羽さんは手を取る事はなかった。
「髙羽さん、僕……」
「うん。本当は何と無く分かってたんだ。でも、それを認められなかったのは俺が一人だって思いたくなかっただけだから。ありがとう、乙骨君。里香ちゃんと幸せにね!」
その時、僕に出来る事はもう何もないと悟るしかなかった。
とある森の最期の日でした。
「今日は沢山歩いて疲れたから、もうここで寝るからさ。羂索、怒らないでね?はー、明日は羂ちゃんに会えるかな」
巣に帰る体力はもうなくて、羂索が眠る場所で俺も体を横たわらせた。
本当は、何と無く気付いていたし分かっていた。
何度も羂索に、餌を取りに行けって怒られていたし、此処には来られないとも言われていたんだ。
でも、俺はどうしても会いたくて寂しくて。
「羂ちゃん、おやすみなさい」
もう目蓋を開けてるのも辛いから、今度は優しく起こしてほしいな。
なんて我が儘、羂索が聞いてくれる訳ないって知っていた。
知っていた筈なのに、暖かい腕が俺の体を抱き上げる。
「本当に仕方がない化け狸だね。私が居なくても生きていけたのに」
ゆっくり目を開けると、陽射しが柔らかく射し込む原っぱで羂索の腕に抱かれていた。
「羂、ちゃん?」
「馬鹿だねぇ、本当に君は馬鹿だよ。こんなに早く来る事なんてなかったのに。じゃ、逝こうか。二人で」
「うん!羂ちゃん、羂ちゃん!俺、俺ね、ずぅっと寂しかったんだよ!羂ちゃん俺、ずぅっとずぅっと会いだがっだぁ!」
ぐしゃぐしゃになってる俺の顔を見て、羂ちゃんが可愛いと言ってくれた。
もう離れないからって言われて、嬉しくて嬉しくて。
とある晴れた日の朝、化け狐の墓石を守るように体を丸めて眠っている化け狸が一匹。
その表情は、何処か笑っている様に見えていた。