芸人なんてやってると、キスはネタとなって恥ずかしがる気持ちも生まれなくなる。
可愛いアイドルが、ファーストキスの味なんて話していた。
遠い昔の記憶を思い出してみたが、そんな可愛い味なんてしなかったと思う。
汚れきった考えを押しやって、笑いを取るためのトークを繰り広げる。
羂索も一緒に乗ってくれたから、みんなが笑って収録が全部は終わりを迎えた。
台本にあった俺と羂索のキスは、場の盛り上がりにそぐわないと言う理由でお流れとなったと聞かされた。
「まぁ、あの流れでキスは無理だよな!」
芸人同士のキスなんて、笑いを取るためのネタの一つ。
それ以外で笑いが取れたなら、キスをするのは不相応だろう。
特に羂索は顔ファンが多いから、俺がキスした日には炎上騒ぎだろう。
すると羂索が、俺に視線を向けたまま笑みを浮かべて問い掛ける。
「それでさ、髙羽のファーストキスって何時だった?」
「へ?」
「私は千年も前の事だし、この体でもないからさ。忘れちゃったけど、君は覚えているでしょ?」
「いや、まぁ。でも、味なんてなかったし」
学生の時に付き合った彼女と、初めてキスした時の味は無味だった。
甘酸っぱい記憶はあれど、キスやその先の行為に戸惑いが先走っていたから人に話せる様な物がない。
「ふーん。味、しなかったんだ」
「悪いかよ」
「それより君、誰かと付き合ったりしてたんだね」
ガタンと音を立てて、羂索が椅子から降りる。
駆け出しの芸人に、個室の楽屋なんて与えられないから周りに居る芸人がこちらをチラチラと見ていた。
そんな視線を諸共せずに、羂索は俺の隣へと座り直す。
「け、羂索?」
「うん?」
「そりゃ、俺だって……男、だから」
「知ってるよ。でもさぁ、初耳だったから。それでどんな子?」
ぐいぐいと聞いてくる羂索に、記憶からも消えかけている元カノの話をする羽目になった。
もう殆ど覚えていない元カノは、最後につまらないと言って別れを告げていった。
センチメンタルになりそうな気分に、もういいかと聞こうとした時だった。
羂索は周りの一瞬の隙を付いて、俺にキスをした。
「は?」
「で、キスの味は?」
触れただけの唇は、微かに苦味と煙草の匂いがしていた。
俺の記憶が間違えて居なければ、羂索は煙草を吸わなかったと思う。
なら何で煙草の味がするか分からず、混乱している俺に羂索が胸ポケットから煙草の箱を出す。
「君のキスの記憶、上書き出来た?」
ふっと得意気に笑う羂索に文句を言おうにも、俺が叫べば何をしたか周りに問い詰められるのが目に見えて分かっていた。
ファーストキスでもセカンドキスでもない、ムードすらない何回目かのキスの味は煙草の味となった。
「今度はちゃんとキスしようね?」
耳元で囁かれた言葉に、顔へ体温が集まっていく感覚に俯く事しか出来なかった。