夏油家は代々、所謂やくざ家業の家だった。
何の因果が、私と夏油傑は今世は双子で産まれてしまった。
最初は記憶がなかったらしい傑は、甲斐甲斐しく私の世話を焼いていた。
家族愛は強いらしく、記憶を思い出した今でもそれなりに仲は良い。
ただ、家業を継ぐ話になると別だった。
父親は私か傑のどちらかを継がせたい様だが、御生憎様私も傑も家業に興味がない。
「継ぐなら、傑で」
「悪いけど、警視総監様の息子と付き合いがあるかは私もパスだよ」
「警視総監の息子って言っても、妾の子だろ。私はお笑い芸人になりたいんだ」
「奇遇だね、私もだよ。それに羂索の思考は一般社会には馴染めないだろうから、大人しく継ぎなよ」
そんな言葉の攻防を、繰り広げていたある時だった。
何時もの様にテレビを付けて、お笑い番組を見ていた時に片目を開く。
映っていたのは、私が探していた相方が別の人間と板の上に立っていた。
それなりに人気があるらしく、笑いも一通り取れている。
「……私じゃなくてよかったんだ。君は」
絶望、失望。何とも形容し難い感情がぐるぐると渦巻き、私は気付けばテレビを消して父親に家業を継ぐ事を伝えていた。
傑は驚いた様子ではあったが、私が決めた事だからと追求はしてこなかった。
「もうええわ。ありがとうございました」
髙羽がお笑い芸人として、別の相方と組むのを選んだのならば私はまた暗躍するだけの事。
背中にも和彫りの龍を入れて、裏の世界で暗躍する。
前世に比べれば大した事はないけど、楽しくもなければつまらなくもない。何の味気もない日々だった。
何より条例があるから、あまり派手には動けない。
軽い抗争争いでも、警察が直ぐに動いてしまう状況だ。
移動中の車の中で手帳を開いて、現状の書き出しをする。
「さて、私の地盤を厚くするにはどうしたものかな」
現在確認出来ている抗争争いは、小競り合いであるが一度何かあれば爆発的に広がりを見せるだろう。
どちらかに付くのは得策ではないが、中立を保つにはこちらの力がいまいち足りていない。
この状況では、どちらかに飲まれてしまう。
漁夫の利をするには、もう少し力を付けるのが必要である。
「傑に借りを作るのは、まだ早いんだよな。特に五条悟を使うのは切り札として取っておきたい」
はぁと溜め息を付きながら、流されている車のラジオを聞いていた時だった。
『人気お笑いコンビ、ピンチャンの相方……さんが、未成年者に飲酒をさせ不適切な行為をしたとの事ですが』
「は?ねぇ、傑のスケジュール確認して。連絡するから」
ラジオから聞こえてきた不穏な言葉に、スマホを開くと速報で色々と上がっていた。
真意の程が分からないが、髙羽はお笑いに真面目すぎる程真面目だ。
馬鹿な事はしないと分かっていたが、相方については素行が悪い事は裏社会でも聞こえてきていた事だった。
「髙羽が野放しにした?でも、何故だ。あのさみしがり屋が」
ピンチャンを表すなら真面目な方が髙羽で、遊んでいる方が相方と呼ばれている。
そのままでしっくりするなと思っていたが、事態が大事になりすぎて収拾がつかない状態だ。
「傑さん、夜なら空いてるみたいですがどうしますか?」
「あぁ、なら何時もの料亭に呼んで。予約は任せるから」
「はい」
私以外の相方と仲良くやっていると思っていたが、どうやら違ったらしい。
私は私でやる事があるから、今すぐに会いに行く事は出来なかった。
そこら辺の監視は、ムカつくが傑に任せるとして私は地盤を固める事にしよう。
髙羽を迎えに行くにはまだ力が足りない上に、相方として隣に立つには部が悪すぎる。
「さて、どんな風に再会しようかな」
窓の外に目を向けると、部下が少し慌てた様に私に声を掛けてきた。
「羂索さん。山本組の組長が来ているようですが」
「山本組?あの穏健派で有名な処の組長が、私に何の用かな。そう言えば、山本組って中立派の重鎮だよね」
「えぇ、中立派ではあの方の声で動く組が何個か居ると聞きます。ですが、ご立腹のご様子の様ですよ」
「私、何もしてないんだけど」
一先ず、山本組の組長に会う事が先決だろう。
何せ、私が中立派での確固たる立場を作る為には必要な人間だ。
何に対してお怒りなのかは不明だが、甘んじて受けるとしよう。
車が実家に到着すると、山本組の人間が数名こちらを見ていた。
歓迎ムードではない事を察しながらも、車から降りて家の門を潜る。
待ち構えていた山本組の組長が、杖を放り投げて私の方へとやって来た。
さて何を言われるのかと、身構えていると突然怒鳴られる事となった。
「夏油ぉおお!!貴様、わしの孫娘を」
「お孫さん?」
確か山本組長の息子は、組を継がずに堅気として生きていた気がする。
そうなると、その息子の娘となるが私は関わりすらない。
「申し訳ないですが、お孫さんについて私は知らないのですが」
「知らない訳無い筈だ!!あの子は、お前の弟に会えると言われて騙されて!」
話を聞いて、直ぐにピンと来た。
山本組長が私を訪ねてきたのは、髙羽の相方が起こした未成年への飲酒と不同意猥褻の件についてだ。
そして弟の傑が絡んでいるとなると、些かややこしい事になる。
「分かりました。お話は奥で聞きます。それと、今回の件は弟は関わりはないと思いますよ。事実確認は後程、本人に行いますが……兄としてですが、弟。傑は、ファンの子と会うような人間ではございません」
怒りで我を忘れて居たのか、私が冷静に対応した事もあって山本組長は落ち着きを取り戻していた。
そして素直に私の意見に応じて、二人で応接間へと向かった。
応接間では、お互い必要な部下以外は外で待機をさせてから本題を聞く。
「先程の話を簡素に纏めますと、お孫さんは件の芸人の被害者と言う事でよろしいでしょうか」
「あぁ。息子は知ってのとおり、堅気として暮らしている。わしと関わると良くないと言っていたが、向こうがただ親に会うだけならと言って孫娘まで会わせてくれた。幸い、嫁さんも理解があってな。それはもう可愛い孫娘だった。そんな孫娘が……くっ」
最後の方は泣いて言葉にならない様だが、粗方飲酒させられて泥酔した所を襲われたのだろう。
避妊すらしてない所を見れば確信犯だろうし、傑と五条悟は餌にされたで間違えない。
その後は泣きながら説明を続け、息子から連絡を受けて事実確認も含めて夏油家に来た様だった。
未成年で堕胎となると、今後の人生に大きく関わる事になるだろう。
それに、レイプは心の殺人だ。
やられた方の被害は、想像を絶する程の苦しみを味わう。
前世の私なら流したが、今はこれをチャンスだと思ってしまった。
「捕まっても、あいつは婦女暴行でションベン刑だ!だったら、わしがこの手で!」
「それは止めた方がいいです。暴対法もありますし、組が動けば解散に追い込まれます」
「孫娘の気持ちを考えれば、安いもんだ!」
「ですが、本件を私に任せては貰えませんか?私も大切な者を傷付けられて、腸が煮え繰り返っているのですよ。それに、私なら上手い事をして奴から安寧を取り上げる事も可能です」
そう山本組長が孫娘の件で、あの男を憎んでいる様に私も業腹なのだ。
私の髙羽の隣に立っておきながら、芸人の道を汚したあの男をどうして許せるだろうか。
裏社会を歩むと決めた時から、髙羽に会うのは諦めていた。
だが、もう話しは変わってきたのだ。
「それで、お前の見返りはなんだ」
伊達に修羅の道を歩んできた訳ではない山本組長は、真っ直ぐに私を見つめてきた。
本心を探ろうとしている様な視線に、ふっと笑って見返りについてを素直に話す。
「本件。組長の思うままになった際は、中立派として私を迎えて貰えると有り難いです。そして、私が表舞台に立つ際に一言添えて貰えると幸いです。あぁ、大丈夫ですよ。きっと山本組長のお望みのままとなるでしょう」
◆◆◆
夜になって、指定した料亭に行くと傑が既に居た。
二人だと指定したのに、五条悟を連れてくる時点で嫌味だろう。
特に何を言うわけでもなく向かいに座ると、傑が重い口を開いた。
「髙羽さんの件についてだけど、何で知りたがるの?」
「俺も気になってたんだよなぁ。何で?金でも貸してた?」
二人からすれば、ヤクザの道を歩んだ私がお笑い芸人の一人を気に掛ける事自体がわからないのだろう。
髙羽は前世の私の相方で、今世もそうなる予定だった。
だがタイミングが合わず、私は裏社会に身を置くこととなったのだ。
「別件で情報が必要になったんだよ。それで、件の芸人と髙羽の情報は?」
「家業の方か」
何かを察したのか、五条悟に耳打ちをしていた。
するとはぁと溜め息を付きながら、私に五条は視線を向ける。
「もしかして、今回明るみに出た女の子ってそっちの関係者?だから、俺等から情報が必要って事か」
「まぁ、それもあるけどね。手を出したのは、山本組の組長の孫娘さんだ。おまけに妊娠もしているらしい」
衝撃的な発言に、流石の二人も言葉を失っていた。
予想は出来ただろうにと視線を向けながら、私は続きを話し始めた。
「件の男だけど、祓本との関係を匂わせて女の子を誘い込んでたらしいけど。五条悟は兎も角、傑は違うだろ」
「残念だけど、悟も私も彼とは事務的な会話しかしていないよ。問題しかなかったしね。唯一、私達が話していたのは髙羽さんだけだ」
「そうそう。あいつ、すげー擦り寄りしてきたしな」
「それなら良かったよ。君達が繋がりがあったら、面倒だったから」
二人はあの男とは関係無い事が分かれば、報告はし易いだろう。
やはり二人は、女を呼ぶためだけの餌だったのだろう。
「それで髙羽さんだけど、今……誰も連絡が取れないんだ。芸人辞めるって話しも出ているけど、どれが事実か誰も分からないんだ」
「ナベナベの社長も頭抱えてるし。相方を殴ったのすっぱ抜かれたらしいけど。あれは、殴るだろ……誰だって」
「は?髙羽が芸人を辞める?何で」
二人にもその理由は分からないらしく、有力な情報は殆ど貰えなかった。
ただ別れ際に、傑から髙羽がバーテンダーとして働いている店を教えられた。
「Geistか」
スマホで調べて、シマの範囲のバーである事を知った。
あと調べて分かったのは、ここのバーのマスターは一時期組に居た男だった。
父の代に居たが、あまりにも優しすぎて父が口利きをしてバーのマスターにさせた経緯がある。
「再会する前に、私も情報を集めないとな」
髙羽に会うにしても、情報が無さすぎて再会した時に困るだろう。
車に乗り込みながら、私は髙羽について調べる事にした。