お誘いの意味があるカクテルを作ろうとしては、手が止まってしまう。
俺以上にカクテル言葉を知っている羂索だから、きっと一瞬で意味を理解する。
「……よし、作るか!」
今日はバーテンダーの格好もしてないし、誘ったとしても制服を汚さずに済む。
「まぁ、ここ。羂索のプライベートバーカウンターだけど」
店と同じ内装で、酒も全て揃っている。
高級な酒とかもあった時は、流石にぎょっとした。
何でって聞いたら、俺が使うかもしれないからと言われてぐうの音もでなかった。
たまに店で気前のいい客に使ったりするが、最近は羂索専用になっているボトルもある。
そんな事を思い出しながら、羂索が電話を終える前にグランドスラムを作っていく。
「じゃ、そう言うことだから。ごめん、終わったけど」
「あ、おかえり。先にカクテル作ったから!」
羂索にカクテルを出すのは、初めてではない。
それでも緊張するのは、きっとお誘いの意味があるカクテルを出すからだろう。
カウンター席に座った羂索の目の前に、グランドスラムを置いた。
羂索は置かれたカクテルを一目見てから、俺に視線を向ける。
「このカクテル、なんだっけ?」
カクテル・グラスの飲み口を指で撫でて、分かっているのに敢えて聞こうとする羂索にムッとする。
知ってるくせにと返せば、きっと十倍にして言葉を返されてしまう。
大きく深呼吸をしてから、羂索に視線を向けてからカクテルの名前を告げた。
「こちら、グランドスラムとなります」
「へぇ、グランドスラムか。それで、何か意味があって出したんだよね?ホーセズネックでもなく、カンパリオレンジでもないなら、他に意味があるんでしょ」
絶対これは分かってると思いつつも、一口目を勧める。
でも、羂索は相変わらずカクテル・グラスの飲み口を指でなぞるだけで飲む気配がない。
カクテル言葉は、素面の今だと絶対に言いたくなかった。
無言の攻防を続けていると、羂索の方が珍しく折れたらしくグラスを持ち上げ始めた。
飲んでくれる事にホッとしていると、羂索が俺を手招く。
「何?」
俺が顔を近付ける羂索がグランドスラムを一口、口へと入れていた。
その瞬間、顔を引き寄せられてキスをされたと同時に酒が口内へと流し込まれる。
「んむ!?」
驚くよりも先に、酒と一緒に舌が侵入して羂索の手が俺の後頭部を押さえ付けていた。
甘い味の酒が口一杯に広がり、羂索の舌が絡むと酔わない酒に酔ったみたいにくらりとくる。
お互いの口に酒が消えてから、ちゅっと音を立てて唇を離した。
「バーテンダーさん、隣に来て飲んでくれる?」
「バーはそう言うお店じゃありません」
「あぁ、経営している店と間違えたかも?」
からかう様に笑う羂索に、うわーと言いながら顔を遠退ける。
実を言えば、羂索がヤクザである事以外は俺も良くわからない。
傑君も詳しくは知らないらしくて、こうして言われると本当なのか冗談なのか分からずに反応に困ってしまう。
何が真実で何が嘘なのか、羂索のどれが本音なのか。
俺は、未だにわからない。
「髙羽。難しく考えないでよ、ほら隣おいで?」
「行くけど、こっち来ると酒作れねぇよ」
「構わないよ。折角会えてるんだから、隣に居て貰わないと私が寂しいだろ」
寂しいなんて言葉が一番似合わない羂索に、思わず笑いながらカウンターを出て羂索の隣に座る。
「私が君限定で寂しがり屋になるのは、二人の秘密だよ?」
耳元で囁かれた言葉に、恨めしそうに羂索を睨む。
やっぱりこの男は、意味を分かっていたのだ。
悔しそうな俺の顔に満足気に笑っている羂索は、部屋の隅を指差して一言言い放つ。
「やっぱり雰囲気出す為にも、バーテンダーの服着てもらっていいかな?」