私が、生前犯した間違えを一つ一つ解いていく。
一つは、義弟を生きたまま逃がした事。
もう一つは、生き延びた彼の行く末を見届ける事がなかった事。
「それで、君はどのように死んだんだ?」
「聖杯の知識でご存じかと思いますが、日露戦争で戦死いたしました。旅順。203高地と呼ばれる地獄を体現したような場所でした。飛び交う機関銃に身一つで突っ込み、弾丸を受けても手足が捥げても露助を殺し続けました。最後は、手榴弾で」
淡々と死に際についてを語る義弟に、そう言うことではないと思い言葉を遮った。
幕末から明治に掛けて生きたのであれば、薩摩藩の人間も彼に嫁を宛がわない筈がない。
「その間に女は?君の場合は、男もあるか。子でも遺したか?」
「居りません。全て断りました。俺の子を遺すなど、先生の居ない世に必要ありませんでしたので。勿論、男についても先生以外に興味は御座いませんでした」
嘘偽りのない事を述べているのは分かっていたが、それでも私の奥深くに根付いている蟠りが消える事はなかった。
別側面の私がそうした様に、自害させておけば良かったのかもしれない。
あの時、どうしてこの義弟を生かす選択をしたのか。
既に感情を消し去っている私には到底理解が出来ずに、ため息へと変わっていく。
生前、義弟を見て顔を綻ばせていた女は、義弟の事を諦めては居なかった。
何度か義弟不在の会合で祇園を使う度に、それとなく義弟についてを聞いて来たのだ。
私はその度に遠回しに相手が居ると告げて諭してみたが、女は諦める事はなかった。
義弟に会わせてくれるのならば、新撰組の動向等を提供すると言われたが不要なモノだった。
そんなものの為に、あれを差し出すなどと思った末に以蔵に斬らせた。
彼女は以蔵の気に入りだったらしいが、私には関係等なかった。
「それを聞いて安心したよ。それで、君はどうして何もせずに座っている。永年相手が居なかったせいで、閨の作法を忘れたみたいだね」
「いえ、忘れた訳では。その様な意味で呼ばれたとは、露にも思って居りませんでしたので」
「私が君を呼ぶ事で、他の意味があるとでも?私が没した後は、君も随分と偉くなった様だ。此方が畏まる方が良かったな」
私が死した後、義弟は独りで生きて独りで死んだ。
それだけで十分であるのに、私の心は晴れはしない。
現界したと言う事は、新たに生を受けたも等しい事。
「武市先生が俺に畏まる等、お辞め下さい!俺は貴方が」
「私めの足でも嘗めて、はしたない犬のように私めを求められるのであれば……辞めても構いませんよ。田中 特務曹長?」
呼吸がゆっくりと乱れ出し、鋭い眉はへの字へと変わる。
私を見つめるその目には、大粒の涙が溜まりカタカタと震えながら私の靴を脱がす。
君を生かすのは間違えだと思ったが、それは間違えではないと訂正をしよう。
そうでなければ、こうして私の何かが満たされる事もなかったのだから。
終