何度目か忘れてしまったが、口吸いをする度に覚えさせられたのは煙草の味。
忘れられない味だと思った時、似た味の食べ物を探した。
甘い味のする食べ物を口に含んだが、どれも該当することはなかった。
甘味の中に混じる独特の苦味。
試しに調理場の英霊と共に、西洋の菓子を作ってみたがこれも近いようで遠い味としか言えなかった。
最終的に辿り着いたのは、やはり同じく煙草。
何個か試しに吸わせて貰ったが、俺の中でこれだと思った銘柄はあの人とは異なっていた。
それでも口に咥えた時の味と紫煙を吐き出す時の匂いは、言われた銘柄よりはこちらの方が近いと感じたのだ。
「こいがいっばん近か味や」
煙草を吸うのは決まって、周回先だった。
煙草を吸っているのを見られるのも知られるのも何処か気恥ずかしく感じ、口の固そうな英霊との周回先でのみ吸っていた。
還る前に一度霊体化して、煙草の匂いを消してからカルデアに帰還する。
そうしていたつもりだったが煙草は吸えば吸う程、吸わない時があると落ち着かなくなる事を知らなかった。
どうしても吸いたくなって、こっそりと気配遮断スキルを使ってまで喫煙所へと向かう。
幸い誰も居なかった事にホッとしつつ、煙草を咥えて火を付ける。
紫煙が上がり、呼吸と一緒に紫煙を肺へと送り込む。
口内に広がる甘味と苦味に、あの人は確か周回中だった事を思い出す。
ここ最近忙しそうにしている所を見ると、戦力として必要とされているのだろう。
「たまには先生に会おごたっね」
何時も出迎えてくれるのは、あの人で俺の時が出迎えるより先に俺の所へやって来る。
ここでふと俺が自室に居ない事は、まずい事に気が付いた。
何時も周回から戻る時間は決まっているが、たまに変則的である。
煙草を吸っているのは黙っているが、知られたところで何の支障はない。
焦る必要はないのに、どうして焦っているのだろうか。
設置されている灰皿に煙草を捨てに行こうと壁際から離れると、首筋にひやりとした手が当てられた。
「おや、君も嗜むようになったのか。田中君」
「っ、武市先生。ご帰還されたのですか」
「あぁ。君の部屋に行ったが居なかったから、こうして探しに来たんだ。それで、その煙草は誰に貰ったモノだ」
革手袋が擦れる音と同時に、首筋に指が押し込まれる。
息苦しさは無いが、徐々に入られていく力に声が掠れてしまう。
「自分で、選んで、吸っています」
「君が?どうして」
パッと離された手に軽く咳き込みながら、後ろに立っている武市先生の方を振り向く。
先生も懐から煙草を取り出しながら、俺の回答を待っている様だった。
「先生と口吸いする度に、煙草の味を覚えてしまい」
「それで?」
煙草を出して咥えながらも先生は、続きを促すように視線を向ける。
「なので、少しでも先生の煙草の味に近いものを探した結果です」
最後の方は早口になりながら、説明をすれば先生は口角を上げて笑っていらっしゃった。
煙草に火を付け様とする先生を止めて、使い方を覚えたライターで火を付ける。
ジっと音を立てて煙草に火が付き、先生が何時も吸っている煙草の匂いかふわりと香った。
似ていると思って吸った煙草は、やはり何処か違っていた。
何が違うのかと思っていると、先生から煙草を吹き掛けられたと同時に口を重ねられた。
口内に残った甘味と同時に来る苦味。
何故違うのか漸く分かった時、顔を離されて先生にまた問い掛けられる。
「その煙草と私との口吸いは、同じだったか?」
答えを口にする前に、首を横へと振った。