散り逝く1単に言えば、私が最初から全てを見誤っていた事なのだ。
すまない事をしてしまったと悔やみながら、二度と着ることの無いと思っていた将校服に腕を通す。
「田中君、君の無念を晴らしにいくよ」
態とらしく紅を挿し、目深に被った帽子から日の光の射す外へと出て行った。
◆ ◆ ◆
幕末の世を生き抜いた私を、良く思っていない人間が多いのは知っていた。
その人間達を上手くか交わせる程、私も器用ではない。
交わしているつもりが逆に顰蹙を買っているらしく、相手から更に良く思われなくなっていた。
どうしたモノかと悩んだが、私が動けば動く程相手からのやっかみが増えていく。
だから、本の少しだけ。
本の少しだけ、相手の策略に乗って陥れられてみたのだ。
存外、陥れられるのも悪くはないと思いながら、後の事は義弟の田中君へと任せる事にした。
陥れられる前に、私は必要な事は全て田中君へと渡したのだ。
知識、策略、機密情報、そして軍の内部情報。
私が渡せる物全てを渡してから、私は失脚する道を選んだ。
最後まで田中君は止めていたが、私自身が決めた事だと言って無理矢理ではあるが納得させた。
ただ私の見通しが悪かった事は、まさか遊郭に落とされるとは思っていなかった事だろう。
「これはこれで一興とすればいいか」
遊郭程、情報が落ちる場所はない。
男が真の意味で裸になるのは、この場所しか無いのだから。
落ちた私がこの場所で男を取るのかと思ったが、そんなことは杞憂に終わってしまった。
「武市先生っ!まだ買われない内に、見付け出せて良かったです」
「ここが良く分かったな。田中君、君はこう言った場所が苦手だったと記憶しているが」
付き合いで何度も遊郭に誘われたが、田中君は部屋には入らずに用心棒の様に外で待機をしていた。
時折、田中君を狙って何人か遊女が声を掛けていたが田中君は冷たくあしらうだけだった。
それが女の性に火を付けるのか、それとも遊女としての意地か。
何度も田中君に近付く者も居たが、相手にされずに終わっていた。
「あれは、女の扱いが分からなかったので」
本人曰く、堅物である自分をからかっている物だと思っていたらしい。
真面目な田中君らしい回答に、思わず笑ってしまう。
遊女達の真意はさておき、田中君がここに来たとなればやる事は一つしかない。
「それで田中君、君は私を幾らで買ったのかな。君はタチかネコ。どちらが希望だ?」
そう問い掛けると、田中君の顔が強張った。
見世の門を潜った段階で、どうなるのか知らない筈はない。
私とこうして部屋に居ると言う事は、つまりそう言う事だ。
「確かに、先生を俺は買いました。ですが、何かして貰いたい訳ではありません。ただ、先生が何もされない内に身請けしたい。そう思っているだけです」
初っ端から身請けの話を出されるとは、私も思っていなかったのもあり驚いた。
田中君は大きな体を縮めながら、用語は聞いた事はあるが深い意味まで知らないと言う。
ただ、金を払って私を買ったのだから何か一つ位はしてやらねば割に合わないだろう。
用語を知らなくとも、どっちが向いているのか見極めてもいい筈だ。
「それでも、私を買ったのは事実だ。君はどちらが向いているのか、確かめるだけはさせて貰えないかな」
「え、確めるとは」
大したことではないが、興味本位で田中君を押し倒してその上に跨がった。