あゝ、弟よ
君を泣く、君死にたもふことなかれ
「脹相、何読んでるん?」
「与謝野晶子と言う歌人の詩だ。弟の事を心配する所がいい」
「……それって、戦争に行く弟の事歌ったやつだっけ?」
悠仁が問い掛けながら、俺の隣に座る。
この詩は、激戦区の旅順に行く弟を心配して歌ったと言う。
まるで、今から死地に自ら向かう弟達を歌っているようだった。
弟の無事の帰還を祈っていたこの女は、どれだけ不安だったのだろうか。
「あぁ。二十四まで育った弟が死地に送られるのは耐え難いだろうな。俺も悠仁達を送るのは辛い」
末弟の悠仁は、成人を迎えるまで共に居られるのだろうか。
それすらも分からないが、この詩の弟は無事に帰還したと聞く。
あゝ 弟よ
君を泣く、君死にたもふことなかれ
「脹相」
「なん……!」
悠仁に名を呼ばれて振り向くと、そのままキスをされる。
伝わる熱にじわりと視界が歪み、目蓋を閉じると涙が零れ落ちた。
獣の道を進ませる事しか出来ない兄で申し訳ないと思いながら、最期の最期まで俺だけは悠仁を一人にしないと誓ったのだ。