Oh my Sweet Bunny‼Oh my Sweet Bunny‼
昨今のスメールでは、芸術活動の規制緩和に伴い、外国との文化交流が盛んになっている。アザールの失脚と同時に教令院の上層部が刷新され、芸術を規制する理不尽な法案は白紙に戻った。事のきっかけを作ったアルハイゼン本人は芸術に疎いものの、外国から多種多様な書物が入ってくる状況は好ましく思っているらしい。フォンテーヌでベストセラーの探偵小説や、稲妻の娯楽小説は市民の間でも大人気だ。書物以外にも、骨とう品や映像作品、お菓子や衣類などが日々注目を集めている。しかしながら、他国から伝わってくる“文化”というのは、なにも小綺麗なものばかりではなかった。
「カーヴェさん、どうです? 向こうじゃ人気過ぎて一見さんお断りなんだそうです」
「……ええと、なんというか……刺激的、ですね」
薄暗い店内で建築家は天を仰いだ。
フォンテーヌで有名なコンセプトバー。その支店がついにスメールシティに進出してきたというのである。この店最大の売りはホールスタッフの女性が身にまとっている特別な衣装、バニースーツだ。大きく開いた胸元からは胸の谷間が良く見え、首にはお飾りの着け襟と蝶ネクタイ。レオタードタイプのスーツは大胆なハイレグ仕様。そして、うさぎの耳を模したカチューシャと、ふわふわの尻尾。
どこからどう見ても男性の劣情を煽る……目の保養を目的とした形状である。こんな過激な格好の店員が出てくるなら絶対に行こうとは思わなかっただろうに、商人からは「見たらびっくりしますよ」と妙にぼかされていたので断ることができなかった。こんな規制ギリギリの店に連れてこられるなんて誰が予想しようか。
「あの、お聞きしたいのですが、本当に、その……えっちな……性的なサービスをする店ではないんですよね?」
店内に満ちる妖艶な雰囲気に、何もしていないのに悪いことをしている気分になってしまう。次の瞬間マハマトラがどかどかと入ってきて客もろともしょっぴかれる……なんてシチュエーションが浮かんでしまうほどに。
「安心してください。あのサングマハベイ様が直々に教令院の許可を取って運営していますからね」
「ああ……あの人が」
聞きなくない名前が出てきたし、彼女が関わっているとなると余計に嫌な予感がするのだが。
「前にも言いましたが、フォンテーヌでは知名度のある老舗の店です。やましいことはありませんよ」
そう言って、商人は胸を叩いた。
「まあまあ、衣装は大変前衛的ですから。驚くのも仕方ありませんね」
「前衛的……」
物は言いようだと思った。
「チップを払えば裏の部屋へ連れていかれて……なんてサービスはありませんよ、残念ながら」
まったく残念でもないし、そんなことを言われたらますます怪しくなってしまう。
「(前衛的、ねえ……)」
改めて、バニースーツとやらを眺めてみる。これはいやらしい目で凝視しているのではなく、純粋な観察であり、興味関心によるものだ。信じて欲しい。
「(あの布地、いや革製か? 意外といいものを使ってるな。スーツの下にはボーンの支えが入ってるみたいだ。よくあるコスプレ衣装と違って、全然安っぽくないぞ……)」
真面目に観察してみると、意外にも趣深い作りであることに気が付いた。これはものづくりを生業にしているもののさがなのか、見れば見るほど衣装を作った人間の技巧を感じる。
「(なるほど、女性らしいくびれを強調して……あっ、身体全体をしっかり支えるつくりになっているのか。胸が零れそうに見えても、実は絶対はみ出さないようになってるんだ!)」
大胆な衣装ながらも、大切な部分はしっかりと隠されている。過度な露出を避けつつも人体を〝魅せる〟ことを意識して作られているのだろう。
「(お尻の形も綺麗に見えるし、黒のスーツに白の尻尾がアクセントになっているのか。あのハイレグじゃ普通の下着は見えてしまうから、専用の下着をつけてるんだろうな。露出度に反して見えてはいけない場所が確実に隠れるように作られてる……だから教令院の審査も突破できてしまったのか?)」
蠱惑的ながらも、接客サービスの衣装としてギリギリ許可が下りる範疇に収めている。考えれば考えるほど「人体をより魅力的に見せる制服としては秀逸と言わざるを得ない」という結論に近づいていった。
「はは、やっぱり釘付けになっちゃいますよねえ」
「はっ⁉ いや、僕はただ服の構造に興味が……」
「そういうことにしておきましょう。バニースーツはたいそう人気でして。フォンテーヌには同じような店はもちろん、スタッフが男性版の店もあります」
「男性版ッ⁉」
流石に驚いたが、身体を魅せるという志向に性別は問わないのかもしれない。刺激が過ぎる店の雰囲気に呑まれているのか、それともさっき飲まされた強めの酒が回ってきたからだろうか。程よく理性が緩んだ脳みそに、最近ご無沙汰である恋人との夜が過った。
「(僕があれを着れば、アルハイゼンとの行為も盛り上がるんだろうか……)」
かつての後輩と思いが通じ合ってからかれこれ半年。恋人としてやることはやっているのだが、以前は三日に一度はしていたのに、徐々に頻度が減っているのだった。ここ二週間はお互いの仕事のせいでほとんど顔も合わせていない。数日前、布団に入って誘いをかけようとしたのだが、アルハイゼンが完全に熟睡していたせいで失敗に終わってしまった。
「(ただでさえ理性的なアルハイゼンが露骨に性的な衣装になびくと思うか? ありえないだろ、解釈違いだ。でも、性的欲求を煽るかは別として、身体が綺麗に見えるならそれはそれで効果が……)」
何だか頭がぽわぽわしてきたなあ、なんて思う頃には酒と店の雰囲気に吞まれ切っており、生々しい性の事情を考えることに抵抗がなくなっていた。
「(抱かれるときはいつも余裕がなくて、アルハイゼンに任せきりになっている気がする)」
桃色に染まった頭に危機感が走る。稲妻ではまったく動かず抱いていてつまらない人間のことをマグロというらしいが、自分もあてはまってしまうのではないか?
「(今の状態じゃ面倒くさいって思われても仕方ないんじゃ……する回数が減るのも当然のことだな。やっぱり僕のほうから何かしないと)」
自分の身体が貧相とは思わないけれど、どうあがいても抱き心地は女性に劣る。アルハイゼンとの夜をより良いものにしたいなら、彼が「抱きたい」と強くそそられるような何かが必要だ。恋愛においてセックスは大切なコミュニケーションであり、疎かにするわけにはいかない。
「(もし身体を魅せる衣装に身を包んでサービスしてあげたらな……夢中とまではいかなくても、セックスのスパイスになるんじゃないか?)」
「カーヴェさん?」
思い至ったとき、隣から声をかけられて我に返った。
「ああ、すみません。男性版もあると聞いて、他にどんなバリエーションがあるのかと考え込んでしまって」
「バリエーションといえば、最近はもっと過激……いえ、さらに前衛的な最新式のバニースーツが開発されたのです」
「最新式……?」
本当の本当に酒が回っていたので、自分が猥談に興じる周囲の人間と同化していることにすら気づけなかった。好奇心のまま、商人の話に耳を傾ける。
「考案したのはとある稲妻人で、これがまた百年に一度の大発明と言われているんですよ」
百年に一度だなんて大げさな。詳細を聞くまでは寄った人間によくある誇張表現だと思っていた。
「逆バニーって言うんですけど」
それは既存概念へのアンチテーゼ。常識を打ち破る、まったく新しい衣服の形として心に刻まれることとなる。
***
「アルハイゼン書記官、どうぞこちらを」
因論派の学生が差し出してきた一枚の紙。「既に就業時間は過ぎているが」と開こうとした口をいったん閉じる。彼の手にあるのは申請書類ではなく、今日からバザールで開催される七国物産展のチラシだった。
昨今の教令院では、他国の文化や芸術を積極的に学び、広げていこうとする風潮がある。この物産展もその一貫で、一ヶ月ほど前にイベントの予算申請を通した記憶があった。
「おかげさまで無事開催することができました。このチラシを持っていくと一部の店舗で割引サービスが受けられるので、ご興味があれば」
チラシを受け取り礼を述べると、学生は満足した様子で去っていった。物産展自体にそれほど興味はないのだが、反射的にカーヴェが好きそうだなと思ったのだ。
「(最近あまり時間を作れていなかったからな)」
同居人であり、かつての先輩。カーヴェと紆余曲折を経て恋人になってから約半年が経つ。恋人として概ねやることはやったのだが、ここ二週間ほどは互いの仕事の関係で殆ど顔を合わせることができずにいた。人間関係にうるさい彼のことだから「僕と仕事どっちが大事なんだ!」などと機嫌を損ねるかと思いきや、文句を言うこともなく、それどころか律儀に食事を作り置いてくれるのだった。それでも幾らか寂しいようで、朝起きるとカーヴェが布団に潜り込んでいた形跡があったりする。
「(物産展……次の休みに誘ってみるか。だが、数量限定の商品もあるようだな)」
手元のチラシには水神の名を冠する美しいフォンテーヌのケーキや、翹英荘の最高級茶葉をふんだんに使った饅頭などが鮮やかに描かれている。芸術には疎いが、色鮮やかなスイーツに目を輝かせるカーヴェの姿はありありと目に浮かんだ。物産展をゆっくり巡るなら休みの日が良いだろうが、休日は当然混み合うわけで、限定品を求める競争も激化するだろう。
「(平日なら人気の品も残っている可能性が高い。帰りに一度寄ってみるか)」
カーヴェへの土産にちょうど良いかもしれない。そんなことを考えて、まっすぐに家に帰らずバザールへと歩みを進めた。
物産展を一通り巡ってみたものの、チラシに書かれていたフォンテーヌのケーキは一番人気らしく、当日分は既に売り切れていた。その代わり、同じ店で売られていたカラフルなお菓子、マカロンというものを手に入れることに成功した。さくさくとしたメレンゲにクリームが挟まれており、練りこまれた材料によって色とフレーバーが異なる。いかにもカーヴェが喜びそうだ。試食もしてみたが、コーヒーと合わせるのにぴったりの甘さ。これを食べながら夜がな議論にふけるのも悪くない。ちょうど、多忙で読めずにいた論文が溜まっているのだ。
「おかえり、少し遅かったな」
買い物を終えて自宅の玄関扉を開ければ、ラフな部屋着姿のカーヴェが出迎えてくれた。しかし、すぐさま微かな違和感を感じる。彼が着ている部屋着もどちらかというと寝る前に着るようなもので、リビングで過ごすには薄すぎる気がする。いつもなら香ばしい夕飯の匂いが漂っているのに、今日は甘い香水の香りが鼻腔をくすぐった。
「ただいま。物産展で君が好きそうなお菓子を買ってきた。夕飯の後に食べないか?」
あえて違和感を無視して話を振ってみる。カーヴェはうっそりと笑みを浮かべて近づいてくると、こちらの胸に顔を埋めてすうっと息を吸った。
「……今日はお菓子より君が欲しい気分だ」
大胆過ぎる誘い文句にどくりと心臓が跳ねる。共に過ごす時間を作れなかった罪悪感に囚われつつも、夕飯すらそっちのけにするほどの勢いで迫られたことへの驚きが勝った。
「アルハイゼン、今日は君の為にお菓子よりうんと甘いのを用意したんだからな」
「……!」
妖艶な言葉。しかし、微かではあるが、どこかこわごわと焦っているような気配が混じっている。
「(酒の匂いはしない……酔った勢いではないのか)」
正気でこんな物言いをするということは、単純な欲求不満というより寂しさ故に触れ合いを求めているのかもしれない。
「カーヴェ、今日は……」
逸る必要はない。落ち着いてゆっくり過ごしたい……と開きかけて思いとどまる。これだけ大胆な誘いをかけてくるからには、カーヴェもそれなりの覚悟を持って行動しているに違いない。何より、彼がこの香水を纏って出てくるときは〝準備ができている〟合図であり、今の状況は据え膳というやつである。食わぬは恥とまではいかずとも、気持ちに応えてやるのが恋人としての甲斐性ではなかろうか。
そして実のところ「とびきり甘いやつ」が気にならないかといえば噓になるのだった。否、正直に言おう、物凄く気になる。こちらとて多忙で疲弊し、恋人との触れ合いに飢えている。目の前にぶら下げられた肉を無視するのは簡単なことではない。
「……シャワーを浴びてくる」
あれこれ思い悩んだくせに、結局は欲望に忠実な返答を絞り出していた。
「(もしもカーヴェが無茶をしそうになったら、そのときは止めてやればいい)」
しかし、安直な考えは寝室に入った瞬間、粉々に打ち砕かれたのだった。
「きっ、今日は僕が……上に乗って、たっぷりサービスしてやろうじゃないか!」
大胆な言葉とは裏腹に、耳も頬も赤くなっているいじらしい様。これだけならそそるものもあっただろうが、視界にふるわれる暴力がそれを許さない。
「なんだ、その服は」
「ふふ……驚いただろう? これはフォンテーヌの有名な店の衣装に少しばかりアレンジを加えたものだ!」
絶句とはまさにこのこと。教令院内で揉めに揉めた案件……合法スレスレのコンセプトバー衣装、バニースーツを恋人が着用して出てくるなど誰が予想しようか。しかも、カーヴェが身にまとっているそれは承認されたベーシックなデザインではなく、明らかに魔改造が施されたものだった。カーヴェは「少しばかり」の意味を辞書で引いたほうがいい。
レオタードに近い形だったボディスーツはへそのチラつくセパレートタイプに変更されており、下は尻が見えるか見えないかギリギリのホットパンツ。トップスにはなぜかファスナーが取り付けられている。本来晒されているはずの胸元から両腕にかけては黒い布ですっぽりと覆われていた。両足はオーバーニーソックスのようなものを履いているのだが、これがあるせいで太ももの付け根がやけに強調されてしまう。
ぴんと立った兎の着け耳やふわふわの尻尾、リボンのついた着け襟などは元のデザイン通りなのでバニースーツとしての体裁は辛うじて保っているが、カーヴェのことだからまだ何か仕込んでいるに違いない。
「…………はぁ」
何を言うべきか迷いに迷い、一周回ってため息ひとつ。カーヴェを通して自分にはない視点を補っている自覚はあり――実際、良かれ悪かれ彼は新鮮な驚きをもたらしてくるのだが――どう考えてもこの視点はいらなかった。指摘すべき事項は山ほどあるのに、もう疲れと呆れでもう説教をする気力すら湧かない。いっそ、このまま彼の好きなようにさせてしまおうか。何も考えずに身体を重ね、お互い欲を吐き出してすっきりしたほうが冷静になれるかもしれない……なんて考えていたところで、カーヴェはこちらをベッドに促し、仰向けに寝るよう命じてきた。その後、宣言通り俺の上に跨って、どっかりと腰を下ろす。
「この服、君も知ってはいるんだろ? 店の営業許可を出すかで教令院でかなり揉めたって聞いたぞ」
「ああ、実にくだらない論争だったよ。まさかその衣装が君の提唱する美の範疇に入るとは予想外だったが」
「まあ待つんだアルハイゼン。僕は普通のバニースーツに甘んじたりはしない。あれも身体を綺麗に見せる衣装として完成度は高いけれど……」
バニースーツに普通もへったくれもないのでは。疲労のせのいなのか、カーヴェの言葉の意図がいまいち読み切れなかった。けれど、そこはかとなく嫌な予感がしてしまって、手のひらにじっとりと汗が滲む。カーヴェは既に吹っ切れてしまったのか、先ほどまでの恥じらいはなく、むしろ自信たっぷりに甘い吐息を零した。
「……とにかく、この先は君の手で確かめてみてくれ♡」
なぜ目ではなく手なのか。首をかしげる前に、カーヴェはこちらの右手を掴んで胸元へ引き寄せると、ファスナーのスライダーを握らせた。なるほどそういうことか。なんとなく、使用用途を察してはいたが。
色めいた空気に呑まれ、言われるがままファスナーを引き下ろす。緩慢になった思考は、彼がただ服を脱がせるだけで終わるわけがないことに気が付けなかった。次の瞬間、がつんと頭を殴られたかのような衝撃が走る。
「……っ、な⁉」
熟れた桃の皮をぺろんと剥くかのようにトップスが滑り落ち、彼の上体が晒される。愛らしいパフィーニップルがお目見えかと思いきや、彼の胸の頂にはハート型のニップレス。しかも、ただの乳首隠しではなくタッセルの取っ手が取り付けられており「君の手で剝がしてくれもいいぞ♡」と主張するかのようだった。
「これ、逆バニーって言うんだ。とある稲妻人が発明したバニースーツの新常識さ」
逆。そう、逆。
意味を理解した瞬間、頭の中に星空が広がった。本来布があるべき場所……身体の胴体部部が晒され、代わりに腕や脚などをあえて隠すかたち。これを開発した人間は間違いなく愚か者の部類だろうが、その発想力だけは天才的であると認めざるを得ない。その情熱を勉学に注げば、教令院でまっとうな学者になれたかも、と思うほどだ。
「逆、ということは……」
この時ばかりは自分の頭の良さを呪った。浮かんでしまった仮設のもと、彼の下半身に視線を向ければ、気づいたカーヴェがにんまりと口角を上げる。
「ふふっ、やっぱり君は賢くて察しが良い」
胸のニップレスは別として、通常のバニースーツの〝逆〟と定義するなら、まだ晒すべき場所があるだろう。一番大事な場所、すなわち下半身は――尻がはみ出しそうなギリギリのホットパンツのせいで非常に危うい状態ではあるが――まだ隠されている。
「本来ならここも晒すべきなんだろうけど、そのまま脱ぐのはつまらないだろ。だから、とっておきのお楽しみを用意したんだ」
異常事態に晒され続けた頭は「そのまま脱ぐのはつまらない」という彼の言葉に対して、それもそうかと頷いていた。こんなところでも遊び心というか、ギミックが好きなんだなあ、と恋人の可愛げを見出すくらいにはおかしくなっていた。
カーヴェは一度腰を上げると、その場でくるりと向きを変え、尻を向けて腰を降ろした。ごく短い丈のレザーパンツからは白くてふわふわの尻尾が覗いている。ここまでは想定通りだが、問題はその下。レザーパンツの後方に、本来あるはずのないもの……ファスナーが見えているではないか。尻に存在するファスナー。その使用用途は……言うまでもないだろう。これを考えたやつは救いようのない馬鹿(てんさい)だ。
「アルハイゼン、君の手でこの衣装を完成させてくれ」
ぶちぶちと理性の糸が切れる音がする。そこまで言うならこちらも好きにさせてもらう。左手で尻尾ごと尻を持ち上げ、右手ファスナーのスライダーを握った。
「カーヴェ、バニースーツが兎を模している理由は知っているんだろう」
「……え、きみ、そんなこと知って」
「年中発情期の兎に倣って、いつでも行為をする準備ができている、という暗喩だそうだな」
ファスナーを引きおろすと、まろやかな尻が姿を顕す。着ているのに意味をなしていない、という衣服としての矛盾が劣情を加速させた。そして最後の一押し。彼の仕込んだ最後のギミックに最後の理性がもっていかれる。
「これは……っ」
衣装にくっついていると思っていた白いしっぽ。しかし、ファスナーを降ろしてもそれは彼の尾てい骨部分でふわふわと揺れていた。留め具と思しきものはなんと彼の後孔に繋がっており……つまりこのしっぽはただの飾りではなくアナルプラグの一種だったわけだ。
「…………ほう?」
腹の底からやけに低い声が出た。ここまで煽られたからには、こちらもお行儀よくしてはいられない。
「ひぅっ⁉ あ♡ 待っ……急に動かさ、ッ……♡」
プラグの根元を掴んでぐりぐりと動かすと、中に仕込まれていた香油が滴り、お飾りになったパンツにシミを作る。
「こんな卑猥なものを自ら仕込んでおいて、どの口が言ってるんだ?」
「、ッ、う……ぁ♡ は、ぁ、ッ♡」
劣情と苛立ちに突き動かされるまま、プラグを挿しっぱなしの後孔へ指を突き入れた。事前にしっかりと解していたのか、中はふわふわと蕩け、指の動き媚びるように絡みついてくる。尻尾付きのプラグの先端を前立腺に押し当ててやれば、びくびくと腰を震わせた後、背中を反らせて短く悲鳴を上げた。
「……⁉ ――ッ♡♡♡」
ぎゅっと丸まった爪先が快楽を物語る。普段喧しいくせに、絶頂に至るときは殆ど声を上げない。普段ならイったばかりのカーヴェを労わってやるところだが、今日は散々煽った責任をきっちりと取ってもらう。右手の指で後孔を弄びつつ、むっちりとした臀部めがけて左の手のひらを振りおろす。ばちん、と閨事に似合わぬ大きな音が寝室に響いた。
「ひぎゃっ⁉」
「君が着ている衣装は客に奉仕し悦ばせるためのものだろう。自分ばかり満足して、何だその体たらくは。俺にサービスするんじゃなかったのか?」
「だっ、だからって尻を叩くなんて、っう⁉」
ばちん、ともう一度さっきより強めに平手打ちをお見舞いすれば、カーヴェは悲鳴を上げながらもきゅうきゅうと後ろを締めた。後から知ったことだが、これはいわゆるスパンキングというプレイにあたるらしい。このときは純粋に灸をすえるというか、懲らしめてやりたい気持ちだったのだが。
「それで、バニーボーイの使命は果たせそうなのか?」
「や、やる、っ……いまにみてろよ……!」
カーヴェは未だ快楽の余韻で腰を震わせているが、強がりは彼の得意分野だ。意を決したように息を吞むと、こちらのルームウェアをひっつかみ、下着ごと降ろす。
「……ひゃっ⁉」
ぶるん、と下着から飛び出したモノが彼の頬を叩く。それもそのはず。恋人の痴態と煽りにあてられ続けたそこは、尻のファスナーを降ろしたあたりから痛いくらいに猛り、張り詰めていた。
「なんだ、君も結構興奮して……ひぎゃ⁉ うっ♡」
「早速お喋りとは随分と余裕だな。口の使い方が違うんじゃないか?」
再度尻に平手打ちをかますと、悲鳴とも喘ぎとも聞こえる声を零す。それがまた酷く劣情を煽り、下半身に熱が籠った。
「ちゃんと、舐めるからっ……ん、ッ……う」
くぐもった吐息の後、カーヴェは剛直を口に含む。体勢の関係で顔は見えないが、おぼつかない呼吸と舌使いからして、彼なりの精一杯で頑張っているのだろう。
「ぅぐ、んッ……、ふ……は……っ」
必死になっている様は健気なのだけれども、残念ながら彼の口淫はお世辞にも上手いとは言えない。案の定、半分ほど咥えたところで軽くえずきはじめ、すぐにぺろぺろと舌を這わす程度の生ぬるい動きに変わってしまう。
「んぷ、っ、う……♡」
下手くそなくせに、零れ落ちる吐息は一丁前にいやらしく、ますます煽られるばかり。中途半端な刺激ではとても達することなどできず、そのくせぷっくりと熟れた後孔は眼前に晒されていて、生殺しにも程がある。ご奉仕どころか拷問だ。ひくつく後孔を指でなぞってやると、それだけでカーヴェは完全に動くのを止めてしまった。
「んゃ⁉ あッ♡ うしろ、指、や……あぅっ♡」
「はぁ…………」
深く長い溜息が零れた。まあ、わかってはいたのだ。天才と称される彼ではあるが、性技の才能は皆無である。上に乗ってサービスするなどとのたまっていたが、そもそも騎乗位ができない。実際、以前彼の提案で騎乗位を試したときは、腰を振るどころか挿入した瞬間に崩れ落ちていた。
「カーヴェ、君は今から兎に徹していろ」
「え、あ? うわっ⁉」
カーヴェをひっくり返すようにして上体を起こす。シーツに沈んだ彼の後孔からプラグを引き抜き、うつ伏せに寝かせて腰を持ち上げた。
「なっ……もう挿れっ……⁉」
「仕掛けた側がコンセプトを忘れたのか? 交尾の準備はできているはずだが」
下の口で存分に奉仕するといい。耳元で告げた後、剛直を後孔にあてがう。
「ひ、あ――⁉ ッ♡ く……ゔぅ、ッ♡」
慣らしはいらない。いつもなら馴染むまで待ってやるところを、一突きで肉杭を根元まで押し込む。待って欲しいとせがんだくせに、柔く蕩けた雄膣は甘えるようにちゅぷちゅぷと肉杭を食んだ。
「ぁ、や……♡ おく、まだ、ッ♡」
「交尾なら、ここを開けないと意味がないんじゃないか?」
「ふ――ゔ、ッ⁉ 、あぁ♡」
ぐっと腰に力を籠めると、先端が奥の入り口に食い込む。普段ここを暴くときは、彼が何度も達して、心も体もとろとろになった頃を見計らうのだが。甘く優しく奥にキスをして、完全に力が抜けきったときにお邪魔する場所。それを初めて、強引にこじ開けようとしている。
「ぃぐ、ぁ♡ 奥ッ……おくは、り、っ♡♡」
口先だけの抵抗が余計に欲を掻き起す。苛立ちと劣情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、加虐心を駆り立てていく。カーヴェはシーツを握りしめて首を振り、逃げるように腰を引いた。抵抗など許されるはずがないのに。それでも枕に顔を埋めようとするので、着け襟の後ろをぐいと引っ張った。
「かは、っ⁉ あ……ぁ♡」
頭の動きに合わせ、お飾りの兎耳が揺れる。これをつけたのはカーヴェ自身なのだから、愛玩動物としての自覚を持つべきだ。
「君はいつも声を抑えたがる。俺に奉仕をするというなら、今日はしっかり聞かせてもらおうか」
「そんな、っ……きみ、僕の、声なんか……っ⁉ 待っ、ぉッ♡」
気が逸れた隙を狙って奥を穿つと、緩みかかった奥の入り口に先端が食い込んだ。
「ひぎっ、あぁ♡ 壊ぅ、め、ッ……♡」
「……ッ、開けろ」
今さら力を込めてももう遅く、みち、みち、と少しずつ口が開いていく。カリ首が奥をこじ開けた瞬間、カーヴェはかひゅ、と喉を鳴らした。
「―—ッ⁉ ぉ――、ほッ⁉ 、あああッ♡」
雄子宮への強引なディープキス。苦しげな喘ぎの中には隠しきれない甘さが混ざり、呼応するかのように剛直に卑肉が絡みつく。
「は……へ♡ ……ぃぐ、イ……て、ゔぅ♡」
「ふぅ、っ……」
慣らし切らない胎内は普段より締め付けが強く、それでいて根元からぐっぽりと咥えられる快感に脳が揺れた。行為中は知能指数が下がるというが、今の自分はそこらのキノコンか、キノシシ、スライム以下だろう。カーヴェをめちゃくちゃにして、頭のてっぺんからつま先まで味わい尽くすことしか考えられない。びくつく身体に後ろから覆い被さり抱きしめると、互いの荒い呼吸が聞こえる。
「ふ……っ、ゔぅ~~ッ♡」
「……やればできるじゃないか」
「ぎが、っ……むり、やり……」
「多少強引だったのは認めるが、君が本気で嫌がっているならここはこうなっていないだろう?」
「―—⁉ ~~ッ♡」
剛直で膨れた腹を撫で擦ると、ガクガクと腰が揺れる。相変わらず声を抑えようとするのはいただけないが、身体が素直なのは大変好ましい。ちょうど今擦ったあたりは肉杭に貫かれた雄子宮があり、無理やり暴かれたという割には夢中で亀頭に吸い付き、媚びてくる。
「発情期の兎らしく、ここで受け止めてくれ」
「ぇ、あ……も、中にッ⁉」
腰を掴みなおして引き寄せ、注挿を開始する。彼の痴態が過ぎるので忘れかけていたが、こちらはまだまともに動いていないのだ。
「ひっ、ひぅ……ぁ♡ ふ、うぅ……」
結腸からカリ首を引き抜くと、カーヴェは安堵と快楽の混じった喘ぎを零す。無理矢理最奥をこじ開けるような男が、ただで終わらせるはずがないというのに。そのままゆっくりと腰を引く……と見せかけて、閉じかけた奥の口へ再度ディープキスを贈った。
「~~⁉ ほ、ッ、ぉ♡♡」
肉杭の先端で雄子宮を揺さぶり、何度もこじ開けるの繰り返し。いちばん深いところでの律動は彼の理性を融かし、唇からは言葉の形を成さない濁音が零れ落ちる。
「ひ―—ッ、お、♡ あッ、ああ♡」
「兎は交尾の刺激で排卵するそうだ。なら、こうするのが正しいな?」
「――ッ、ぅ~~♡♡ ぃ、ぅ、ゔ♡」
快楽漬けにされた兎は、もはや喘ぎ声すらおぼつかない。けれど彼の胎内は絶えず快楽を求め、奥をぐちゃぐちゃにされてもなお肉杭に絡みついてくるのだった。
「っふ、カーヴェ、ッ……」
「あ、ぁ――」
中に出されるのを悟ったのか、カーヴェはぎゅっとシーツを握った。必死に受け止めようとする仕草に口角が吊り上がる。
「い、ぎゅ♡ いく、ぅ、ッ――♡♡♡」
本能に揺さぶられるまま、彼の胎内に白濁を注ぐ。子種で満たされた雄子宮は搾り取るように先端を啜り、一滴も零さぬようにきゅうきゅうと締め付けてきた。
「ほ、ふ……♡ ぁ……おく、まだ、出て……ッ……♡」
「っ……」
絶頂後のぼんやりした思考の中、どく、どく、と脈打つ感覚に自分でもやけに長いなと感じる。最後の一滴を注ぎ込んだ後も離れるのが惜しくて、繋がったまま二人でベッドに沈んだ。抱きしめた身体が時折ぴくんと動くので、彼がまだ快楽の深いところに居ることを察する。しかし、快楽にとっぷりと使っているカーヴェに対し、こちらは頭が冷静になってきており、じわじわと己の愚かさを自覚しはじめていた。
「(……やりすぎた)」
たとえ賢者であろうとも、人間である以上過ちは犯す。けれど今の自分は欲に負けたただの獣だ。煽られたからといって尻を叩き、性急に挿入した挙句、無理矢理奥をこじ開けるなんて。確かに疲れて溜まっていたし、カーヴェの煽りと焦らしも相当なものだったけれど。
「ん……ぅ、アルハイゼン……」
「すまない、無理を――」
言葉が続かなかったのは、彼がきゅうっと中を締めたから。何が起こったのか処理しきれないまま硬直していると、くふくふと艶やかな吐息が聞こえる。
「ぼくは……お菓子より、おいしかった、よ、な……?」
彼は顔を上げてこちらを見ると「一口で満足かい」と笑った。紅い瞳はとろりとして、欲を湛えている。彼の誘いに呼応するかのように、こぽ、と胎内で白濁が音を立てた。
「……いいだろう。もう一回だ」
ここで食べなければ無作法というもの。戻りかけた理性をごみ箱に投げ捨てて、甘くて美味しい兎の首筋に噛みついた。