「ここに最近出来たスケートリンクの無料チケットが二枚あります」
リビングで歓談中、おもむろにニコが二枚のチケットを取り出した。ぴら、とニコの手の中で揺れるチケットに、そこにいたケイゴとミハルの視線が集まる。
「ああ、それでモリヒトさんとデー……」
「わー!ちょ、ちょっと待って!!」
一番最初にニコの思惑を察したミハルが、いつも通り言葉をオブラートに包もうとせず喋りだし、慌てるニコを察した座ったケイゴが口を塞ぐ。
「オレがどうかしたか?」
飲み終わったマグカップを洗っていたモリヒトにはミハルの発言は届いていなかったらしく、かろうじて聞き取った己の名前に応えた。
「なっ、なんでもないのよ!モイちゃんは関係ないの!」
「……そうか」
名前まで出たのに関係ないと言われ、意外にもわかりやすくしゅんとしたモリヒトは、ソファに座りテレビを点けた。
「あ、あの、そうじゃなくて、えーっと……」
だん、と机に手をつき、しどろもどろに言葉を探す。
余計なことを言わないように、とミハルの口を押さえたまま、頑張れ、とケイゴは内心ニコを応援した。
「ニコ、スケートしたことないのよ!だから、モイちゃんに教えて欲しいな〜って思って……」
よく言ったニコ、と安堵してミハルの口から手を離す。
「ちょっとケイゴさん、手汗が酷いですよ。まったく……」
イラッとすることをひと言ふた言言われたような気がするが、ひとまず無視をして、とりあえずニコの動向を見守ることにする。
ふむ、と顎に手を当て、考え込んだモリヒトが口を開いた。
「それならオレよりケイゴの方がいいんじゃないか?経験者だし」
「えっ!?オレ!?」
急に話題を振られ、思わず大きな声が出た。
「ああ、オレも滑れるだろうが、実際に滑ったことはない。確実に滑れるようになるならその方がいいだろう」
「さすが、わかってないですね。ニコさんはモリヒトさんと……」
「わーっ!わーっ!」
モリヒトを除く三人が思ったことをミハルが口にしようとして、必死にニコが誤魔化す。
「…………」
誰か二人をデートさせるための理由を考えてくれ、とおのおの天を仰いだ。照明が眩しい。
「なんや、ワシ抜きで盛り上がってんなぁ」
「カンちゃん!」
バイトを終えて帰宅したカンシに、一斉に視線が向く。
「どないしたん?」
「ああ、ニコさんがモリヒトさんとデートしたいのに、あの人朴念仁だから……」
「ち、違うのよ!そうじゃなくて!」
カンシがミハルを見た。そこからニコ、ケイゴ、モリヒトと視線を移し、ゆっくりと深く頷く。
任せろ、と指でOKサインを作る。
「あんな〜モリヒト、今日バイト先のオッチャンにええもんもろてん!」
「そうか。近いな」
すっとモリヒトに擦り寄り、ぐっと肩を組んだ。頬がくっ付きそうになるのを片手で拒み、目を真っ黒にしてカンシと離れようとする。
「ちょっ、ちょお待って!なんやそれ傷付くわぁ」
「いや、お前がちょっと近過ぎるんだ」
すんとした態度で軽くカンシをあしらう。
「せっかくええもんやろうと思ったのに」
「……それはすまない」
大袈裟に落ち込んだ態度を見せれば、モリヒトも悪いと思ったのか、小さく謝った。
「わかればええんやで」
けろりと態度を変え、ごそごそとポケットに手を突っ込む。
「あーっ!それ!」
くしゃくしゃになったチケットを見つけたニコが大声を上げる。
「知っとるんか?最近出来たスケートリンクらしいで」
「知ってるも何も……」
「今、ちょうど二枚あるチケットでどうにかニコさんとモリヒトさんがデー」
「わーっ!わーっ!」
「今日のニコはいつにも増して元気だな」
手を振ってミハルの言葉を遮ると、モリヒトが小さく頷いた。
「これ期限が週末ですね」
「ワシ週末はバイトやねん」
「ボクもちょっと予定が……」
モリヒトとデートをしたいニコ、経験者のケイゴは決定として、最後の一人をどうするか。
「別に三人でもいいんじゃないか」
『それは困る』
ニコとケイゴの声がハモった。三人では都合が悪い。
しかし、残りの使い魔二人は生憎予定があるようで、どうしたものかとニコが顎に手を当てて考え込む。
「いいこと思いついたのよ!」
後は任せて、と胸を叩いた。
☆
「あの……なんで私が……」
屋内スケートリンクにはしゃぐニコを前に、ネムはポシェットのベルトをぎゅっと握り締めて呟く。
ニコからのラインは相変わらず意味がわからなくて、遊びに誘われたと気付くまでに少し時間が掛かった。
「来てくれて嬉しいのよ!」
テンション高く迎えるニコと、その隣で会釈するモリヒト。
ウルフとの約束は保留状態だが、指定された待ち合わせ場所にケイゴを見つけ、三日月グッズを持ってくれば良かったと後悔した。
「ああ、商店街の福引で入場券を当ててきたみたいで、それを理由にニコがモリヒトとデートしたかったんだけど、モリヒトってああだろ?」
「え、ええ……?」
「券が四枚あって、経験者ってことで俺がダシに使われて、あと一人はニコが誘うって言ってたらキミになったわけ」
ごめんね、とケイゴが眉を下げる。
「別に、そういうことなら……」
モリヒトに対するニコの想いは、先日初めて知った。そういう話はニコ以外としたことがないが、あの二人が少女漫画のように上手くいく筈はないということだけはわかる。
ケイゴがいるなら、悪い気はしないが、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えられない。
「ネムちゃん、滑ったことある?」
ケイゴの問いに首を振った。スケートリンクばかりか、友達とこんな風に遊んだこともない。学校の友人はどちらかと言えばインドアだ。
「ってことは、オレ以外未経験か……」
「マイシューズとかあると思ったのよ」
「辞めて何年経ったと思ってんの。さすがに昔の靴は入らないよ」
入場券はあるが貸靴は別らしい。足のサイズを確認して、各々がスケートシューズを借りる。
「わっすごい紐。結ぶの難しそう」
「ああ、慣れれば大丈夫だよ。モリヒト、ニコの見てあげて」
「ああ」
「ひぇっ!?なんでモイちゃんが!?」
四人並んでベンチに座り、ニコの前に置いたスケートシューズを指さす。計画通りといえばその通りだが、予想しなかったケイゴの言葉にあわあわと手を振った。
「俺じゃ不満か」
「違うのよ!だってモイちゃんもスケートしたことないって言うから!」
「大丈夫だ。今日のために、スケートの歴史から基礎から全部調べてきた」
万一ニコが怪我でもしたら大変だからな、と黒い瞳を伏せる。ぼっとニコの顔が真っ赤になった。
口をぱくぱくと動かしながら、ケイゴとネムを見る。二人揃って首を振った。あれが全て無意識だと言うのだから、たちが悪い。
「……モリヒト君はいつもああなの?」
隣に座ったケイゴにこっそりと耳打ちする。固いスケートシューズは紐が長くて、何処に引っ掛けていいのかわからない。
「あー……まぁ、そうかなぁ。誰でも気付くのにね」
ニコに言われるまで気付かなかったのは黙っておいた。一度意識すれば、なるほどと思うことが多い。
「普通に立つだけでグラグラするのよ」
靴を履き替え、揃ってリンクに降りた。リンクサイドにしがみ付きながら、ぐらぐらと滑っていきそうな足を抑えた。
「さすが、モリヒトはこういうの出来るな」
「転ばないというだけなら出来る。ほら、ニコ」
「片手はこっち持ってていい?」
「ああ」
初めて、とは到底思えないスムーズさでモリヒトがニコの左手を取り、ゆっくりとリンクを滑る。
照れてはいるが、ニコの表情は嬉しそうだ。
(いいなぁ)
ふ、と溜め息を吐く。氷の上に一歩踏み出す勇気が持てないまま、ぎゅっと手すりを掴んだ。
「怖い?」
「えっ!?ううん、そんなこと」
床より一段低くなったリンクの上で、ケイゴがネムの目の前に立っていた。気付いたらニコとモリヒトは半周くらい先に進んで行ってしまったようで、初心者のネムを置いていけない、と待っていてくれたらしい。
「精神状態に左右されない分、慣れればフロウトより簡単だよ」
ほら、とケイゴが手を差し伸べる。当たり前のように自分の手より大きくて、どきん、と鼓動が跳ねた。
(やだっ、待って、まだ心の準備が……!)
不器用に柔らかな毛並みを撫でる、猫の体温より冷たい手のひらの感触を知っている。
「ネムちゃん?」
俯いたネムの表情を伺うように下から覗き込む。
「だっ、大丈夫だから!」
裏返った声で、勢いに任せてケイゴの手を取った。そっと優しく包み返され、煩い鼓動は自分の意思とは関係なく滑り転がる。
「わっ……」
勢いよく足を踏み出したせいで、氷の上で足がもつれてしまう。
「大丈夫?」
転ぶ、と思った瞬間は来なかった。ケイゴの手はしっかりとネムを掴み、転ばないように支えている。
「…………ええ」
真っ直ぐにケイゴの顔を見れない。さっきからずっと煩い心臓が口から飛び出してきそうだ。
(どうしよう……あっ)
「ニコたちは?」
誤魔化すには良い答えを見つけた。救済を求めて二人を探したが、生憎すぐには見つけられない。
「それなんだけどさ」
ケイゴがネムの手をリンクサイドに添える。手すりを頼りになんとか立ち止まれば、そっとケイゴが耳打ちした。
「あの二人、今結構良い感じなんだ。出来れば、はぐれたことにしてそっとしておいてあげたい」
現在地の対角を指す。そこには、嬉しそうに笑うニコと、少しだけ、本当に少しだけ満更でもなさそうな表情を浮かべるモリヒトがいた。
せっかく四人で来たのだから、もちろん全員で遊んだら楽しいと思う。ニコだって、太陽のような明るい表情で笑うに決まっている。むしろ、はぐれたことで心配するかもしれない。
「そうね」
それでも、全身で好きだと表すニコの笑顔が眩しくて、水を差すことが出来なかった。
きっと、半分くらいはこうなることを期待していただろう、と結論付けて、ケイゴを見る。
(えっ!?待って、でもそうするとケイゴ君と二人きりになるってこと!?)
促されるまま、柵沿いに進んできてしまった。出入り口は遠く、一人では戻れそうにない。
助けてニコ。いや、ダメよ二人の邪魔をしちゃダメ。葛藤が頭の中をぐるぐると周り、出来ることなら猫になって逃げ出してしまいたかった。
「ネムちゃん、結構上達早いね」
「えっ?そう?」
「うん。真っ直ぐ立つだけなら、もう手を離しても大丈夫じゃないかな」
考えごとをしていたせいで気付かなかったが、そういえば氷の上でも足が勝手に滑っていかないような気がする。
「でも……怖い」
「転びそうになったら支えるから。氷の上を滑るって、結構楽しいよ」
そんな風に笑うのは、心臓がいくつあっても足りないからやめて欲しい。
「じゃあ、まずは……はい」
ネムと向き合い、両手を差し出す。ケイゴが後ろ向きに滑り、引っ張るということらしい。
多分、おそらく、ニコがモリヒトとやりたかったのはこういうことなのだろう、と思った。ニコはモリヒトのことが大好きだし、願ってもないシチュエーションだろう。
「わっ、勝手に進んでく……」
「そうなるように引っ張ってるからね。どう?」
「少し……楽しいかも」
指先なら鼓動は伝わらないだろうか。いや、今なら滑ることが楽しい、と誤魔化せるかもしれない。
歩くスピードと大差ない速度で、ケイゴが氷の上を滑り、それに引っ張られる形で進む。
「手、離してみる?」
「待って、まだダメよ、転んじゃう」
「もう大丈夫だと思うけどなぁ」
転んだら、という不安半分、繋いだ手を離したくない、という気持ち半分だ。
「あーっ!二人に追いついたのよ!」
「随分ゆっくりしてるな」
後ろから元気な声が掛かる。そう広くないリンクだから、先に滑っていたニコたちが追い付いた。
「もう滑れるようになったんだ」
「うん、モイちゃん、初めてとは思えないくらい教え方が上手だったのよ」
「モリヒトなら、まぁそうだよな」
「あんまり調子に乗ると転ぶぞ、ニコ」
ケイゴの手から手すりに指先を移し、そこで立ち止まる。助かった、と思った。このまま二人でいたら心臓がもたない。
「ネムちゃんはどう?」
「ま……まぁまぁかしら?」
本当はまだ全然滑れない。赤ちゃんで言えばつたい歩きだ。意地を張ったわけではないが、その瞬間に口から出てしまったのだから仕方ない。
「いやぁ、久し振りに滑ったけど、やっぱり楽しいね」
すい、と氷の上で円を描く。欲目かもしれないが、ここに来ている誰よりも上手に滑るな、と思った。
「ねえケイゴくん、なんかバーンとすごいことやってみて!」
「バーンと、って……」
「無茶言うなよニコ。ケイゴにはブランクがあるだろ」
「そうだよ。体もだいぶ硬くなってるし、あ、」
ケイゴが右の中指を見る。そこには、ニコが魔法を封じ込めた指輪が嵌まっている。
「……お前今ろくでもないこと考えてるだろ」
「ニコがバーンと、って言うからさ。コレ使えばちょっと面白いこと出来るかなって」
「不用意に魔法を使おうとするな」
「え〜、でも、ちょっとだけなら良いと思うのよ?ねっ、ネムちゃん」
「えっ!?私!?」
突然ニコに話しかけられ、ビクッと背筋が伸びた。
「……うん」
ケイゴは格好良い。不用意に魔法を使うのは良くないと思う。しかし、魔女の不文律と、ケイゴの姿とを秤に掛ければ、残念ながら恋心が勝つ。
「ケイゴくんの、ちょっとイイトコみてみたい♪」
「コラそんな飲み会みたいなことを言うな。だいたい、一気飲みは急性アルコール中毒とリスクが……」
「そもそも未成年だからアルコールはダメでしょ」
「まぁ一回だけだから」
ぱちん、と指を鳴らす。いつの間に、とニコとモリヒトは驚いていたが、ネムは少しも驚かなかった。
「見ててよ」
助走をつけ、人をかいくぐってスピードを出す。周回コースの中心は、ジャンプの練習をしているスケーターたちが数人いるだけで空いている。
「わー……」
一回、二回、三回……。テレビで観るオリンピック選手より高く飛び、くるくると回った。
「イテテ……やっぱ着地は無理か」
飛びすぎたせいか回りすぎたせいか、バランスを崩し尻餅をつく。しかし、すぐに立ち上がり、ニコたちのところへ戻る。
「すごいのよ!クルクルくるくる回ってどうなることかと思ったわ!」
「成功してたらもっと格好良かったんだけどね」
「ううん、さすが元アスリートって感じだったわ!ね、ネムちゃん!」
「え、ええ……そうね」
格好良い、すごい、最高。手放しで褒めたい気持ちと、ケイゴ君が格好良いのを知っているのは自分だけでよかったのに、という気持ちがせめぎ合って複雑だ。
突然リンクの中央に滑って行ったケイゴが、着地に失敗したものの、世界大会ですら誰も成し遂げたことがない回転を飛んでしまったせいで、にわかにざわつき始めた。
「言わんこっちゃない」
ほら見たことか、とモリヒトが溜め息を吐き、リンクを上がる。
「やー、テンション上がっちゃって、つい」
ケイゴを見る人が増えてきたのもあり、一度休憩することになり、モリヒトに続き、ニコとネムもリンクから出た。
自動販売機で買ったカップのココアを飲みながら、視線を周りに向ける。ちらちらと、通りすがりにケイゴのことを見るのが面白くない。
「次は誰がいちばん早く滑れるか競争しましょ!」
「それだとよっぽどハンデつけないと面白くないよ」
「そもそも人が増えてきたから危ないだろ」
一つ屋根の下で暮らしているせいか、息の合った三人に置き去りにされた気持ちになる。
(なんだろう……)
楽しい筈なのに胸が苦しい。さっきまであんなに煩かった鼓動もすっかり落ち着き、今度は締め付けられるような痛みに変わった。
「わ、私は……まだあんまり上手く滑れないから見てるわ」
最悪だ。みんなで楽しもうという空気を、自ら壊していっている。
「そう?ネムちゃんも滑れてたのに」
「それに少し疲れちゃって」
それなら仕方ないね、と、残念そうにニコが唇を尖らせた。ちくり、と胸が痛む。
「じゃあニコたちはもう少し滑ってくるのよ」
「ええ、気にしないで」
無理強いはしない、という気遣うニコの視線に負い目を感じながら、カップの底に残ったココアを啜る。甘ったるくて、苦い。
(私ったら最低だわ)
深く溜め息を吐いた。自分の感情も上手くコントロール出来ないくせに、理解って貰おうだなんて虫が良すぎる。
「えっごめん、オレなんかした?」
「ひゃあっ!?」
突然聞こえたケイゴの声に、驚いて顔を上げた。隣にはニコたちと滑りに行った筈のケイゴが座っていて、目を丸くするネムに首を傾げる。どうやら心の声が漏れていたようだ。
「ううん、なんでもない、なんでもないわ!」
「それならいいんだけど、途中から元気なくなってたよね?」
「それは……」
まさか、気付かれていたなんて。感情を表に出してしまうなんて宮尾家の魔女失格だ。
自分自身が不甲斐なくて、空になった紙カップを持ったまま俯いた。肩が揺れる。
(どうしよう、この気持ち)
ケイゴだけが、ネムの気持ちに気付いてくれた。それが嬉しくて、カップを持つ手が震える。
もともと、互いに会話が続けられるタイプではないが、ケイゴは何も言わない。はからずも二人になってしまった嬉しさと緊張に、言いたいことも見つからない。
(でも、このままじゃダメよね……)
好きな人にはちゃんと自分を見て欲しいのだ。全部をさらけ出す勇気はまだ持てないが、ほんの少しだけ、どう思っているかを知って欲しい。
場の雰囲気を悪くしたことも詫びて、ニコたちと合流しよう、そう思い口を開いた。
「その……ケイゴくんが、色んな人に注目されて、もちろんそれは良いことだと思うんだけど、」
ごにょごにょと言い淀む。何を言おうとしているんだろう、とと思い止まってしまった。紙カップが、くしゃ、とへこむ。
「スケート好きなんだなぁ、とか、ニコたちと仲良しだなぁ、とか、そんなこと思ってたら、私アナタのこと何も知らないって、急に落ち込んじゃって……」
こんなことを言っても困らせるだけだ。わかっているのに、一度吐き出してしまった台詞は止まらない。
(って、私ったら何言ってるのよ!)
ひとしきり吐き出して、すっきりすれば急に恥ずかしくなる。
(ほらケイゴくんだって黙っちゃったじゃない)
紙カップの先の地面に向けていた顔を上げる。
「よぉ。お熱いこった」
「ウルフ!?なんで!?」
思わず立ち上がり、後ずさった。周りを見ても三日月のものはない。
ウルフがネムの手元を指差した。
「えっ……?」
指に誘導され、視線を落とす。力が入った拍子に潰したカップが、ちょうど三日月の形になっていた。
「ちょっと、こんなのでも変身するの!?いつから!?」
「いや、ほんとついさっきだぜ。ケイゴくんがーってメソメソしてるあたりか?」
「ほぼ最初からじゃないの!?」
「どーせ言ってから恥ずかしくて後悔してんだろ。オレで良かったじゃねぇか」
ウルフがにやにやと笑う。ケイゴに聞かれたいわけではないが、ウルフにだって知られたくない。
「どうする?伝言してやってもいいぜ?」
「そういうのいいから!」
ウルフの言葉に、頬を真っ赤に染め、ぱくぱくと口を動かす。完全に揶揄われているとわかっているのに、ついむきになって反論してしまう。
「まー、せっかく変身したことだし、ちょっくら遊んでくるわ。なんだこれ脱ぎにきぃな」
ぶつぶつと文句を言いながら、靴紐をほどく。裸足になったところで靴はどうするんだ、と思ったが、ネムが何かを発する前にウルフの姿が遠くなった。
「なんなの……」
狼のくせに、猫のような気まぐれさに溜め息を吐く。
手元に残った潰れた紙カップに首を傾げ、重たい感情と一緒にゴミ箱へ捨てた。
「まぁ、いっか……」
ニコとモリヒトはまだリンクで遊んでいるだろうか。二人の邪魔をするのも申し訳ないな、と思うが、まずは心配かけたことを詫び、ウルフの件も伝えた方がいいだろう。
(別に、後悔なんてしないんだから)
いずれ、誰に聞かれても恥ずかしくないような気持ちになる予定だ。