ぽっきーのひ何時になく上官の挙動が落ち着かない。
元々落ち着きがないというか、情緒不安定の気はあったのだけれど、それを抜きにしても落ち着かない。
それでも仕事はしっかりと行っているので、別に良いかと放っておいた。
カチリ、と時計の針が動く。
丁度午前11時。
あと少しで昼休憩かと息を吐く函館本線に、不意に小さな箱が差し出された。
「本線、本線。ポッキーの日ですよ!」
北海道新幹線の言葉に、函館本線は漸くああなるほどと納得した。
11月11日。
もう百何十回目のこの日付に、こじつけのような意味が付けられて暫く経った。
企業戦略に乗せられたのかただただ騒ぎたいだけなのか、両方な気もするこのイベントを
目の前の上官もしっかり認知していたらしい。
「…俺、プリッツの方が、」
「こちらにご用意してます!」
「相変わらず手際いいな。」
差し出された緑色の箱を受け取りながら苦笑う。
それからはたと気付く。
「まさかお前…
この時間帯に内勤するために、今日早番に変えたわけ?」
「…ぅ、」
痛いところを突かれたとばかりに北海道新幹線の肩が跳ねる。
それでも黙って見つめていれば、やがて言い訳をする子供のようにぶんぶんと両手を振って北海道新幹線は言った。
「確かに早番にはしましたけど!
でも運行ダイヤとかは変更してませんから!」
「当たり前だしそこは疑ってない!」
ピシャリと言い返した途端にひぇ、と小さな悲鳴を漏らす上官に溜息を吐く。
それでも時間は刻々と迫っていて、こんな事のために早起きをした上官の為に少しは報いてやろうかと箱を開けながら問い掛ける。
「お前って何気にこういうイベント事抑えてくるけど、好きなの?」
「いえ?別にイベントとかはどうでもいいです。
ただ本線と一緒にいろんなことしたいだけです!」
「おー、ここまで来るといっそ清々しいな。」
何処か可笑しくて、けれど予想通りの返答にやっぱりなあと頷く。
見慣れた菓子を口に咥えて、時計を眺めていれば、やがて時計の長針と秒針が2を少し過ぎた先で重なり合った。
「プリッツ!」
「お前のポッキーだろ。」
ポッキーを上に突き出して笑う子に思わず突っ込む。
途端に北海道新幹線は頬を膨らませて、函館本線に言う。
「いいんですぅ、こう言うのは思い出が大事なんです!お、も、い、で!」
はいはい、といなしながら頷けば、もー!と唇が突き出される。
けれどそこにすかさずプリッツを差し込んでやれば、ポリポリと音を立てながら咀嚼していくものだから面白い。
「本線もポッキーいります?」
「俺はいいや。」
断れば、そうですかーと残念そうな顔をして北海道新幹線はポッキーを手に取る。
軽やかな音が静かに部屋に響いて、少しずつチョコレートの部分が消えていく。
「これで終わりか?」
「…?終わり、ですよ?
あっ、付き合ってくれてありがとうございました。」
「おー」
どこかズレたお礼に苦笑いながら頷く。
どうやら、上官様のポッキーの日は終わったらしい。
何とも慎ましくかわいいポッキーの日なことだ。
「北海道。」
「はい。」
名前を呼べば、素直に此方を向く。
ついでにチョイチョイと指を振れば、当たり前のように此方に近づいてくる子の手からポッキーの箱を奪う。
「やっぱり食べたかったんじゃないですか!
もう一箱買ってきましょうか?」
「んー…そうだなあ。」
少しだけチョコのついた唇を親指で撫でて、それからポッキーを咥えさせる。
律儀に咥えたまま、本線?と不思議そうに首を傾げる子の頬を両手で包み込みながら、大きく口を開いた。
「ひっ、…っ、ほん、…せ、っ…!」
ポキンと折れたポッキーを口の中に転がしてもう一度口を開いた。
途端に頬を真っ赤に染めて、ぎゅうっと目を瞑る目の前の子に笑いを噛み殺す。
唇が触れる寸前のところまで食べ進めて、それから咥えられたポッキーを抜き取るようにして口を離した。
「ん、ごちそーさん。」
「え、え?、あの、本線?」
心底不思議そうな顔をする北海道新幹線に、函館本線は肩を震わせて笑った。
途端に揶揄われたのだと気付いた北海道新幹線は、相変わらず赤い頬を両手で隠すようにしながらひどいです!と叫んだ。
けれどその眉はこれでもかと下がっていて、プレゼントを貰えなかった子供のようで。
「続きはまた今夜、な。上官様?」
甘やかす様に頬にキスをして笑いかければ、ひぅっ、と悲鳴を上げながら目の前の子はこくりと頷くのだった。