▲北海道新幹線のつくりかた①
「僕の負けないものですか?」
憧れの星を真似て脱色した白髪を揺らしながら、北海道新幹線はうーんと唸った。
それからポンっと手を叩く。
「まずは顔、次に歌。
でも一番は本線への愛です!」
その言葉に溜息を吐きながら苦笑う。
けれど、彼の口はくるくると回る。
「聞いておいて反応がしょっぱい!
でも本当ですよ?」
北海道新幹線は囁く様に言った。
「僕は本線のことが好きなんです。」
②
誰にでもわかる北海道新幹線の作り方を説明しましょうか。
延伸計画?ブロック組立?構体結合?
いーえ、そう言うのじゃないです。
というか、今暗い話しないでくださいよ。
泣いちゃいますよ。
北海道新幹線である「僕」の作り方です。
え?戸井線の頃と同じだろって?
まあ、あながち間違いじゃ無いですけど。
材料として必要ですからね。
嘗て函館本線の支線として作られて、打ち捨てられた未成線は必須ですよそりゃ。
僕は生まれた時から本線と接続することだけが使命でした。
勿論貨物とかお客様とかまあ色々運ぶ仕事もその先にありましたけど。
一番は函館本線への接続ですよ。
函館本線との当時の思い出?
そんなに無いですよ?
だって本線は開拓の星で、たくさんの支線を束ねる名の通りの本線でしたから。
初めて挨拶をした時に数言話したのと、あとは廊下ですれ違った時に敬礼するくらいが関の山でしたよ。
カニ飯?あれは大事な思い出ですけど!
僕もう未成線になってますし!
とりあえず置いておいて。
支線である以上、戸井線であった僕は当然本線のことを慕うわけです。
もう支線の本能ですよね、これ。
だって支線って本線のために望まれて作られるわけじゃないですか。
例に漏れず僕もそうでした。
支線の仲間達と遠くにいる本線を見つけて騒いだりしたっけ。
懐かしいなあ。
まあほとんど消えちゃいましたけど。
僕も消えましたしね。
そう、戸井線はね、ほとんど出来ていたのにだめになったんです。
資材が足りなかったんですよ。
なんて、説明する必要もないか。
もーそりゃ、どうしたものかと思いましたよ。
だって、あと少しで本線の隣で走れるはずだっんですよ?
五稜郭駅から出発して、もう目前に戸井駅になる筈の場所に辿り着くのに。
あれは本当に困り果てました。
しかも、その頃にはもう僕は本線の隣で走って、本線の為に存在する気満々でしたから。
この想いは何処にやったら?って思いましたよ。
未成線になった後も暫くは後処理だとか、本線が回してくれる雑務をこなしてましたけど、やっぱり鉄道の本能っていうのかなあ。
違うんですよね、戸井線としてある頃と。
なんか、ぐるぐるするですよ。
支線として本線を慕う感情だけが置いてけぼりになっちゃった感じ、ですかね?
その後何度か僕の復活疑惑もありましたけど、ダメだったじゃないですか。
もうお陰でずーっとぐるぐるして。
でも、本線がカニ飯を奢ってくれたのは本当に嬉しかったなあ。
そんな事されたら好きになって当然でしょう?
支線じゃなくなったって好きになって当然な筈です。
だって僕のことをそんなに気にかけてくれる人なんですよ?
そう、そうやって、支線じゃなくなったって僕は本線を好きでいる理由が出来る訳です。
他にも色々とあるんですよ…
僕が泣いた時はいつだって慰めてくれましたし、時には喝も入れてくれて。
僕が内地に行く時だって見送ってくれたし…
そう、それで僕は候補生3番になりました。
え?どうだったって?
何もいいことないですよ!
人間の教員達は厳しいことばかり言って、偉そぶってきて!
毎日嫌味と嫌味と嫌味と接待と接待と接待と勉強と勉強と勉強ですもん。
本当に楽しいことなんてなくて。
戸井線って名前なんて誰も呼ばないし、ただただ3番って呼ばれて…
だんだん自分が何だったのかわからなくなるんですよ。
でも候補生って、僕みたいなやつばっかりじゃないでしょう?
元々候補生として生まれてきた…っていうんですかね?
元の名前がない候補生の方が多くて…
その代わり、彼等はなりたい物が明確だった気もしますけど。
だから余計に、3番って称号は怖かったなあ。
だってほら、僕はダメになって内地に行っただけでしたから。
特段なりたいものもなくて、元の名前は消えていって。
もう若干パニックですよ。
自我の消失ってああいうことを言うんでしょうね。
支線として生まれたぼくには、元から何もなかったから消失っていうのもおかしな話かもしれませんけど…
あぁ、そう、それで!
それで、一生懸命考えて思ったんですよ。
僕が僕たり得るものって、本線への愛だなって。
え?飛躍してる?何でそうなる?
えー、だってわかりやすいじゃないですか。
普通の人だってその人の人となりを知りたい時ってまず好きなこととか趣味とか聞くでしょ。
それで本当にその人がわかるかは置いといてですけど。
僕って別に趣味とかあったわけじゃないですし。
でも本線が好きだったのは事実でしたから。
戸井線の頃生まれたこの好きを、僕はずうっと持つことに決めたんです。
戸井線の好きは支線から本線の好き。
でも本線は僕に優しくしてくれて、誰もが知る鉄道黎明期の三路線の一つでカッコよくて。
だから候補生の僕が本線を好きになるのは、何もおかしな事じゃなかった。
実際すごくしっくりきたんです。
地獄みたいな日々だって、耐えられましたよ。
だって好きな人の隣に並びたいって思うのはすごくわかりやすいじゃないですか。
山陽新幹線?
あれは未だ納得してないので今は置いといてください!
とにかく僕はそれからはずうっと本線のことが好きで、本線に憧れて、本線の隣で走るのを夢見て…
まあ、もう貴方がご存知な僕の出来上がりですよ。
これが僕、北海道新幹線の作り方です。
③
「え?僕から始まって僕で終わってる?
そりゃそうですよ!そう言うものです。
別に本線の僕への気持ちとかは関係ないです。」
「本線が好きな自分が好き…?いえ?別に。
僕、僕のことはどーでもいいので。」
「大事なのは僕は本線のことが好きってことだけなんですよ。」
心底楽しそうに嬉しそうに、目の前の上官は言った。
「わかってくれましたか、本線!」