迎え アルコール臭い人間に囲まれ、アルコール飲料を握らされ思わずため息が出る。好きでこの場にいるわけでもないし正直とっとと帰りたい。知り合いがこの場にいないわけではないが、その知り合いも人数合わせで呼ばれたのか、死んだ目で何も語らずひたすら萎びたレタスを貪っている。
「お酒、進んでないですね」
突然声をかけられ思わず驚く。
なるほど。料理の匂いがわからなくなるほどの香水にわざとらしく開いた胸元、下から覗き込んでくるでかい黒目は作られたものであるに違いない。
「全然そんな事ないピョン。少し風に当たってくるので楽しんで」
「えっ」
軽く頭を下げ、縋るような視線を無視し立ち上がる。わざとらしいとは思うがこれくらいハッキリしないとこう言う場に来るような人間は分からなかったりするのだ。この先会う事もどうせ無い人間に優しさを持つほど出来た男では無い。
チラリと知り合いに目をやると、変わらずに死んだ目でジョッキを煽っていた。
風に当たってくるとは言っても、ここはただの居酒屋だ。庭園があるわけでもバルコニーがあるわけでもない、都会のビルの隙間風に頬を撫でられるだけである。それでもあの場にいるよりはマシだ。どうせなら、と上着やら荷物やらも持ってきたのは正解だったかもしれない。
「…さん」
無駄な時間を過ごした。
今日は特に、早く帰りたかったのに。
「深津サン!」
「…!はい、」
人の気配もわからなくなるほどに疲れていたのか。思わずため息をつきながら振り向くと、そこに居たのは想像もしていなかった人物で、たった今吐いた息をヒュと吸い込む羽目になった。
「りょ、た」
「お疲れサマす。迎えきました」
ニコと、はにかみそこに立つのは紛れもなくリョータその人で、都合のいい幻覚かと何度も瞬きしてみるがその姿が煙に消えることはない。その間抜けた様子がおかしいのか、けらけらとリョータが笑う。
「はは!驚きました?」
「何でいるピョン」
「待ってるか悩んだけどせっかくなら驚かせたいなって。久々のオフなのに一緒に居れないの、寂しいでしょ」
恥ずかしさを隠すようにへらへら笑いながら饒舌に喋るリョータの姿は、ふわりと髪を下ろしオーバーサイズの装いと相まって、いつもよりも幾らか幼く見える。
「俺の都合で予定が潰れたのに、悪い。」
「いーんすよ、一成さんが頑張ってくれたのも知ってるし」
「…でも、申し訳無さより嬉しさが勝つピョン」
やけに可愛く見えるリョータを、頭の天辺からつま先まで余すところなくじっくりと見ていると、じわじわと照れや恥ずかしさが込み上げてきたのか人より小ぶりな耳が先端までほんのり赤く染まっていく。
「帰ろうか」
「帰ったらコーヒー点ててね」
「ピョン」
「深津サンの好きなケーキ買ってあるよ」
「…本当に出来た恋人ピョン」
静かに雪が降り始めた夜、いつもよりも狭い歩幅で小さい手を握り、ゆっくりと一歩一歩踏み締めるように帰り道を歩いた。
後日、例の死んだ目をした知り合いに、先に帰ったことをネチネチと責められることを、この時の深津は知らない。