咀嚼 いつもなら肩を並べて映画でも見ているような時間。
「リョータ、出て来いよ」
「…」
「ごめん全部俺が悪い」
「…うっせぇ」
「、なんで怒ってんの?…開けてよ」
冷えた部屋の空調をつけることすらせず、【エージ立ち入り禁止】と勢いに任せて書き殴ったであろう字で書かれた紙が貼ってあるドアの前で立ち尽くす。
リョータと気兼ねのいらない友人から睦まじい恋人になり生活を一緒にし始めてから、しょっちゅうと言うほどではないがこういう事は何度かあった。素直で真っ直ぐな愛を惜しみなく注いでくれる恋人は、対して自分に与えられる愛情には懐疑的で、往々にして無理難題を言っては何も映さない鈍く反射する瞳でこちらを見据えるのだ。そんなもんで自分の愛情を量れると思われているのは納得いかないが、自己評価がバグってる恋人が少しのコップで愛情を掬っては大切に抱きしめて満足しているのを見てどうして愛おしく思わないでいられるだろう。
「お前にだけは嫌われたくないよ俺」
恋人だから、友人だから、
それらを超えた言葉にしたくない胸の奥の暖かいモノがこの存在は失ってはいけないと情けなくも縋るのだ。
「リョータ、」
扉の向こうで何を思うか。彼なりの咀嚼時間を待ってあげられない自分の耐え性のなさに溜息を吐き、冷たさを背にずるずると床に崩れた。