ワンライ『夢』『はじめての』(2022/11/30)「突然だけど司くん。僕の夢の話を聞いてくれないかい?」
「…夢?演出家の事では無いのか?」
「あぁ、確かにそれも夢ではあるのだけれど。ちょっと別の話さ」
明日は練習も学校も無い正真正銘の休みの日。
久しぶりの休みなのだから何か普段出来ない事をしようと話し始めた時の事だった。
「僕の夢はね。友人を家に招いてお泊まり会をすることなんだ」
「……オレは今、誘われているということか?」
「フフッ、話が早くて助かるね」
ちょうど両親が不在なんだ。と続ける類を横目に、端末を叩く。
断る理由はないのだ、あとは親の許可を取れればイエスを伝えることが出来るわけで。
「即断…だったね」
「それはもちろん。恋人の頼みを断る理由などないからな」
「……そう、かい」
先程までの飄々とした様子はどこえやら。
耳をすっかり真っ赤にした類に、抱きしめたくなる気持ちをグッとこらえる。
放課後の空き教室とはいえ、ここは学校だ。
必死に己を律していると、ピロンと端末から音が聞こえ文字が浮かび上がった。
文字を読み、隠しきれない口元の緩みを自覚しながら顔を上げる。
「叶えに行こうか、お前の夢を」
「っ!…うん!」
顔を赤くしながら子供のような笑顔を見せる類に声を掛け、空き教室を後にした。
―――
一旦学校で解散し、泊まるための準備を整え類の家に辿り着く。
辺りは暗くなり始めていたが、お泊まりなのだ。
楽しい夜はまだ始まってすらいない。
インターホンを押すと、ガチャと扉が開いた。
「やぁ司くん、来てくれありがとう。上がって上がって」
「あぁ。お邪魔します!」
先程聞いていたため誰もいないのは知っているが、挨拶をきちんと行う。
勿論靴を揃えるのも忘れない。
扉の鍵を閉めた類は、階段を登っていた。
「丁寧にありがとう。僕の部屋はこっちだよ」
「そういえば、いつもガレージの方だから母屋の部屋は初めてだな」
「そう…か。フフッ、僕の初めて……沢山貰ってくれて嬉しいな」
「お前…言い方というものがあるだろう……」
類が入っていった部屋に連なり入室する。
類の部屋は、なんと散らかっていなかった。
…というより、物がなかった。
「お前、ここで生活しているのか?」
「普段はガレージで過ごすから、あまりこの部屋には来ないんだ」
「ソファーではなく、ちゃんとベッドで寝ろ!」
類は笑いながらベッドに座る。
真面目に忠告しているのだが、と思いながらも隣に座る。
「あらためて、ようこそ。司くん」
はにかんだ笑顔を見せた類に胸がいっぱいになる。
先程は学校だったため我慢したが、ここは二人以外誰も居ないのだ。
愛しい恋人を力強く抱きしめる。
「フフッ司くん、いたいよ?」
「お前の夢を叶えられるのが、オレでよかった」
ぎゅうぎゅうと抱きしめ続けていると背中を叩かれたので解放する。
「………」
「………」
なんの前触れも無く、視線が…絡み合う。
何度かそういう雰囲気になったことはあった。
ただ、その度にどちらともなく場を乱し先送りになっていたのだが。
「…………」
「………………類」
「…っ……う、ん…………」
「…………いいか」
「……………………っ」
顔を真っ赤にした類が目を逸らしながら小さく頷く。
場を乱すのは大抵が類だったが、なんと同意がもらえてしまった。
計画的に作り上げた雰囲気ではない。
何度も頭の中で考えたシチュエーションとは少し違うが…ここで引いては男が廃る!
改めて向き合い、肩に手を置く。
此方の様子を伺っていた類は、ビクッとしながらもその美しい月のような瞳を瞼の裏に隠す。
無駄な力が入っているのがわかる、ロボットのような動きで顔を近づけていく。
「……………ん、っ……」
「……っ…んぅ……」
本当に一瞬唇同士が触れ合っただけのはずのそれは、身体中に心地良い電撃を走らせた。
再び視線が交わる。
一度乗り越えてしまえば、もう二人を隔てるものは無い。
「……ん、………」
「…………んっ…………」
触れ合わせ、離れてはまた触れ合わせる。
生まれて初めての口付けはとても夢心地だった。
「……はぁ……っ」
「…ぅ……る、い……」
「………ま、って……いき、くるし……っ」
胸をトントンと叩かれ中断される。
気付かず上がっていた息を整えながら顔を覗き込み、息が詰まる。
変わらず顔を真っ赤にしながら目に涙を溜め息を整えるその様子を見るのは、はじめてで。
「……るい」
「…ぁっ!つか、しゃく、まっ……ぅんっ」
身体中に走った衝動のまま唇を合わせる。
息を吸おうと開かれた隙間に勢いのまま舌をねじ込んだ。
「…んっ!?…………んっひぁ……」
「……ん、……は、ぁ…っ………」
気持ちいい、思考が溶けていく。
最初は抵抗を示していた類も、諦めたのか腕を後ろに回してくれる。
さらに密着し、互いの息遣いしか聞こえなくなる。
「……っ、はっ……るい………」
「…んぁ……んっ……つかひゃ、くっぅ……」
酸素が足りなくなると少し離れて、また吸い寄せられるように唇を重ねて。
境界線が無くなっていく。
「……んっ、…はぁ…ん……ふ、ぁっ………」
「…ん、む…ぅ……ふ、ぅんっ……」
どれほどの時間が経ったのだろう。
どちらからともなく離れると、二人の間を銀色の糸が紡いだ。
先程の表情に加え唇から雫が垂れており、再び火がつきそうだったので慌てて抱き寄せる。
「………キス……して、しまったな」
「…フフッ…うん。キス、しちゃったね」
また僕の初めてを貰われてしまったよ。と笑う類の声を聞きながら息を整えていると、ぐうぅ~と音が聞こえた。
「…………………」
「あははっ、お腹、空いたね。夕飯は温めるだけの状態だからすぐ食べられるよ」
「……あ、あぁ……それは、良かった」
腕の中からすり抜けて部屋を出ていく類を追いかける。
夢を叶える楽しいお泊まり会は、まだ始まったばかり。