アイス 日溜まりを見つめながら意識の中には靄がかかっていて、それを見ていた。頬杖をつく。靄の奥に潜んでいるものの正体を見ようかどうしようか迷いながら、内側の目を凝らすと、やかましく聞こえていた蝉の声が消えて、ふっと静寂が訪れた。その中で考える。
日溜まりと表現すれば柔らかに聞こえるが、実際は肌を暑く刺すような強い日の光で、じりじりと晒されている肌から湯気が昇りそうだった。他に尻を下ろせる場所がなく、植込みで影の落ちて座れる温度だった境界ブロックに座って足を投げ出して、アスファルトの凹凸を見るとなく見て、自分の腕を見て、日溜まり全体に視線を戻す。また内側の目を凝らす。そうやって見ていた地面にすっと濃い人影が現れて、背後から俺を被うように近付いてきた。少し顔を起こし、ついていた頬杖を外す。振り向こうか振り向かまいか、考えていると声が掛った。
尾形。
声と共にキャップ帽が降ってきて、熱持っていた頭にそれが被せられる。
日陰で待ってろよな、お前、また倒れちゃうだろ。
声の主が隣に座り込んできて膝と膝がぶつかり、視線を感じる。少しだけそちらを向くと首筋を汗が一筋流れて落ちていった。
おい、尾形お前、意識あるか、熱中症なってないか。
そう訊かれて、大丈夫だ、と呟いて頷く。目を閉じる。それまで見ていた光と影の強いコントラストが全く別の色になって目蓋の中に現れて浮遊する。全く別のものになる。その変わり方はまるで杉元が隣に座った時の俺みたいだと思う。
だから日陰で待ってろって言ったのに。ほら、アイス。
くしゃりと音を立てながらアイスを手渡されて受け取り、黙って袋を破って取り出して口に運ぶ。平たい棒に刺さった四角いアイスでソーダ味のそれは、表面が少し固く少し厚みがあって噛むと中の方はしゃりしゃりと氷の特有のした歯応えを感じた。もう既に少し溶けていて持ち手の棒を甘い汁が伝って手のひらがそれで濡れてくる。
あーあー、尾形、垂れてるって。ほら急げ。溶ける。
自分は買って帰ってくる途中に食いきったのか、アイスは俺の分しかなく、溶ていくのを見て人の手首を掴んで杉元が垂れたアイスを舐める。俺の指も嘗める。その動作があまりに自然で思わず見惚れた。
頬が火照っていると自覚して、それが暑さの所為なのか、杉元の所為なのか、どっちだろうと舐められながら考える。杉元が慌てた顔をして、でかい口で二口アイスを素早く齧って、てか、尾形、これはお前の分なんだから早く食えって、と急かされて我に返った。
杉元に齧られたアイスの歯形の上から自分も口を開いてアイスを齧る。暑くて冷たくて頭がくらくらする。頭の中の靄がさっき目を閉じて見えたピンク色になる。それは白よりも質が悪い。そんな色では解ってしまう。そこに俺が隠しているのは淫靡な感情だということが。朝起きてからずっと反芻していたということが解ってしまう。靄で暈して、誤魔化しながら、昨日杉元としたことをずっと反芻していた。今は今食ったアイス色の靄も意識の中に入り込んできて、これは今、杉元と同じものに口をつけたからだろう。ピンク色と水色が混ざって淡い紫色になる。白か黒かしかなかった俺の世界がこうやって色づいて、俺の見知らぬ俺になっていく。
どんどん溶けていくアイスの最後のひと塊を齧って口に含むと杉元の唇に口を近付ける。合わせる前に上目に見つめたら酷く真剣な目の杉元が見えた。ぞくりとする。こうやって一緒に食ったら俺はどうなる。杉元はどうなる。そう思いながら唇を合わせにいく。合わせて直ぐに少し乱暴に杉元の舌が入ってくる。杉元のかいた汗の匂いが鼻に届いて腕を掴まれて、アイスの棒が指から離れる。かつんと幽かな音を立てて地面に落ちる。手を伸ばして杉元の背中のTシャツの生地を握る。靄が晴れてくる。もう隠しきれないな。またあれをしたい。こいつに食われたい。