イヤホン=ジャックのプロデュース①プロむこのまだ付き合ってない勝デク♀の背中を後押しする耳郎ちゃん。
最終回ネタバレあり⚠️
※先天にょた
「はぁ…」
雄英高校を卒業し、プロヒーロー3年目となったイヤホン=ジャックこと耳郎響香は小さくため息をついた。
つい一昨日、誘拐の疑いで捜索していた敵を確保する際に、敵の個性である刺激煙を吸い込んだことによって喉を負傷してしまった。
昨日・今日と病院へ行き、診察結果を聞けば日常的な会話程度の声量であれば問題ないが、大声や歌を歌ったり、刺激物を食べたりするのは2ヶ月程控えなさいと言われてしまった。
ヒーローとしての仕事も内容によってはセーブしなければならなくて、終いには趣味の延長で月2でアップしていたバンドのカバー動画も喉の痛みで歌えず上げれない。
そんな悩みを抱えながら事務所からの帰り道を歩いていると、ふと目の前を歩いてくる女性に目が行く。
その女性はUA時代の同級生であり友人の緑谷出久だった。
耳郎の目線に気づいたのか、出久が声を掛ける。
「あれ、耳郎さん?」
「緑谷?久しぶりー!」
久々の再会にキャッキャする2人はそのまま近くのカフェに入り、お互いの近況報告という名の女子会をすることになった。
2人はカフェオレと紅茶を頼み、ひと息ついてから話し始めた。
耳郎が自分で近況報告をしなくとも、出久は自他ともに認めるヒーローオタクなので耳郎の活躍もしっかりと追っていた為、自分から話すと言うよりは出久から質問されるのを自分が答える事が多かった。
勿論耳郎が一昨日の敵の個性の被害を受けていることも把握済みだったので、カフェに入る前から心配されていた。
逆に耳郎が出久の近況を聞くと、自分とは全く違う生活を送っていることに内心ショックを受けていた。
それは出久が『ヒーロー』である事が当たり前だったからだ。
出久は大戦後にOFAを使い果たし、無個性となってヒーローになる道から教師になる道へ変え、大学へ通っていた。
『ヒーロー』と『大学生』では当然生活も大きく変わる。
出久は大学へ通っていることを理解していたはずなのに、どうしても違和感が拭えなかった。
他のみんなは現場で一緒になったり、活躍をニュースに取り上げられたりして、わざわざ近況報告をしなくても元気でやっていることは大体わかるが、今の出久はヒーローではなく一般人で大学生。直接やり取りをしなければどんな生活を送っているかなんて分からないのだと思い、耳郎は寂しさを感じた。
だがきっと出久はそれ以上に寂しさを感じているのだろうと耳郎は思った。
ヒーローとして活躍しているみんなに迷惑をかけまいと、グループチャットでも発言は控えめだった。
少し、話題を変えようと彼女の幼馴染である爆豪の話を振った。
「最近爆豪に会った?」
「あ、ううん。卒業以来たまに電話やメッセージのやり取りするくらいで全然会えてないんだ」
あの爆豪が卒業以来出久に会ってないなんてことないだろ、絶対気付かないように見守ってるに決まってる。
「そうなの?意外だね、爆豪って大戦以降は緑谷と一緒にいること多かったじゃん。1年の頃なら考えられなかったけど」
「ほんとにそう思う」
UA入学当初からは考えられない程の関係改善である。
「かっちゃん、プロになってから色んなところで活躍してて、敵相手は勿論だけどメディアとかも出てるし、最近だと海外にも出張してるみたいだから、そうやって頑張ってる姿を見れるの嬉しいんだ」
「爆豪の活躍見てると、自分も負けてられないって思うんだよね(まあ、爆豪の海外出張は緑谷のためなんだけどね…)」
「うん!」
そうやって幼馴染の活躍を嬉しそうに語る出久の顔に少し寂しさを感じたのを耳郎は見逃さなかった。
爆豪と出久は両片思いだった。
過去に色々あった2人は大戦の最中に和解し、お互いの良き理解者となり幼馴染らしい関係性へ改善された。
そのまま2人は付き合い出すので無いかと思われたが、周りの予想とは裏腹に幼馴染としての関係に留まった。
そこには高く立ちはだかる、『ヒーロー』への道を進む爆豪を始めとした私達と『教師』の道を選んだ出久との壁があった。
ヒーローになる為に訓練を積む私たちと、教師になる為に大学を受験する出久とでは学校生活にも違いが出たのだ。
高二では殆どの時間を共に過ごしていた2人は、高三になればお互いの進路のために離れて過ごすようになった。
違う道に進むことは、こんなにも2人を引き裂いてしまうのだと痛感した。
爆豪も出久も、それに対して何も言わなかった。
何も言わない2人に、周りも何も言えなかった。
無事に卒業式を追えた後、卒業後すぐにプロヒーローとなる私達は教室に集められ、校長からの激励を受けた。
それが終わってすぐ、爆豪は「お前らに話がある」とある話を持ちかけた。
それが『緑谷出久をヒーローにするためのサポートアイテム開発』だった。
その時に爆豪は何があっても『ヒーロー』であるの緑谷出久の『隣』で走り続ける事を諦めていないのだと知った。
だがUA時代も出久本人に自覚が無くともかなりモテるので爆豪の周りへの牽制は最早セコムで常にセンサーを張っていたのに対し、出久へ直接好意を伝える事に対してはかなり慎重な印象だった。
一方でそもそも自己評価の低い出久は爆豪の邪魔にならないように、ひっそりと見守ることを選んだのだろう。
一度、麗日と共に「爆豪へ気持ちを伝えないのか?」と出久に聞いた事があった。
出久は小さく首を横に振って、「やっと普通の幼馴染みたいになれたから、それで充分なんだ」と言った。
ちなみに爆豪の出久への想いは出久を除く元1Aメンバーにはバレバレであり、出久の爆豪への想いは元1A女子と機微に鋭い瀬呂辺りにはバレている。
気づいていないのは本人達だけ。
周りから見ればこんなにもお互いに想い合ってるのバレバレなのに、緑谷は鈍感だし爆豪は緑谷に対して慎重だからなぁ…。
これは爆豪も大変な相手を好きになったもんだと耳郎は思った。
だがそのぽやぽやしている出久が可愛くて仕方ないのだろう、わかる。
ふと、耳郎は一昨日会った上鳴との会話を思い出す。
「この前爆豪と切島と瀬呂も呑みに行ったんだけどさー、爆豪が珍しく酔って『いずく、いずく』ってずっと緑谷の事を話すのよ。色々仕方ない事情があるし、そのために爆豪頑張ってるのも知ってっから、何か切なくなっちまってさぁ〜」
それを聞いて爆豪の愛の重さと一途さに胸動かされた。
___2人が早く隣に並び立つところが見たい。
そして思い付いたひとつの『提案』とヒーローの基本であるお節介を出久へ提示した。
「ねえ緑谷、ちょっとお願い聞いて貰えない?」
「ん?お願い?もちろん聞くよ!」
___ここからイヤホン=ジャック、もとい耳郎響香のプロデュースが始まる。
【イヤホン=ジャックのプロデュース】
話題の新人ヒーローの中でも人気を集めるプロ3年目のイヤホン=ジャック。
彼女は音楽に精通し、歌や演奏も上手い。
そんなイヤホン=ジャックは月2のペースで自分のSNSでカバー動画を上げていた。
だが、先日の任務で敵の個性である煙を吸い込み、喉を負傷してしまった。
イヤホン=ジャックのファンは暫くカバー動画は配信されないか…と落胆していたのだが、なんと昨日の夜にSNSで最新のカバー動画の告知がされたのだ。
告知内容は、報道の通り喉を痛めているため暫く歌えない事と、その間はイヤホン=ジャックが楽器演奏で、友人である『みく』が歌う、との内容だった。
そして配信当日。
イヤホン=ジャックと『みく』は2人とも首から上が映らないような角度で配信された。
選曲は5年くらい前に流行った青春恋愛ソング。
イヤホン=ジャックがギターを持ち、『みく』が歌うその動画はたちまちバズった。
《イヤホン=ジャックのアコギ、めっちゃ良い…》
《『みく』さんの歌声、何か安心する声でずっと聞いちゃう》
《イヤホン=ジャックの喉が治ったら2人で何かデュエットして欲しい!!》
《イヤホン=ジャックのカバー動画見る度に思んだけど、これも音楽サイトで配信して欲しい…俺絶対買う…》
《みくさん何者???歌上手いんだけど??!!》
などとたちまち大反響になった。
そして動画の最後には『みくに歌って欲しい曲のリクエストを受付中。リクエスト応募は専用サイトへ!』と書かれたボードを持ったイヤホンジャックの姿で締められていた。
すると配信後すぐに応募サイトにリクエストが殺到。
1万件以上のリクエストに、流石に全て目を通す訳にも行かず、耳郎と『みく』こと出久はどうしたものかと耳郎が暮らすアパートで悩んでいた。
「こんなに反響があるなんて…流石イヤホン=ジャックのファン!皆音楽好きな人達なんだね!僕の歌でもこんなに嬉しいコメントが貰えると思わなかったよ」
「いやいや、こんなに再生回数伸びたの初めてだよ。みんな緑谷の歌が良かったからこんなに反応くれるんだよ」
「へへ、人に歌を聞かせるなんて初めてでドキドキしたなぁ」
「確かに。緑谷の歌ってる姿ってもしかして1A女子しか知らない?」
「そうかもしれない!」
偶然出久と再会したあの日、耳郎が出久にお願いした事は『喉の調子が戻るまでイヤホン=ジャックのカバー動画で代わりに歌うこと』だった。
話を聞いてすぐは出久も「歌を披露するなんて無理!!」と首を横に振っていたが、UA時代から出久の歌声が好きだったこと・誰かと一緒に音楽をやるのがやっぱり楽しいから出久さえ良ければ一緒にやって欲しいと耳郎が伝えれば、人のいい出久は断らなかった。
話が決まれば何を歌おうかと2人で盛り上がった。
UA時代に流行った曲が主に挙がり、その中でも出久の思い入れがある歌にした。
耳郎も「うん、緑谷のイメージに合ってる」とそれに賛同し2人で予定を合わせて練習をした。
『みく』というニックネームは動画を撮り始める直前に2人で急ごしらえした名前だ。
『みどりやいずく』の最初と最後の文字を取って『みく』。
決して緑のツインテールの某ボーカ○イドから拝借した訳では無い。
出久は「『みく』って名前、【デク】みたいでちょっと嬉しい」と言ってはにかんだ顔がとても可愛くて耳郎は思わず出久を抱きしめた。かあいい。
さて、話を戻そう。
2人はリクエストが殺到しすぎてコメントを追えないことに困っていた。
1万を超えるコメント全てに目を通す訳にも行かないし、どうしたものかな…と思っていると2人のスマホが同時にピコンと通知を知らせた。
「あ、1Aのグループチャットだ」
チャットを開けば同級生たちが耳郎の配信を観て、感想やらリクエストやらを送っていた。
「みんな見てくれたんだ。あ、瀬呂と尾白がちゃっかりリクエストしてる」
「わぁ!こうやって皆から感想貰えると嬉しいね!」
「だよね!これがあるから配信て辞められないんだよねー。うわ、峰田のヤツ『このみくって子紹介してくれよ!』だって。こいつも懲りないねぇー」
「はは、正体は僕なのにねー」
「でもこれで『みく』が緑谷だって事は身内にもバレてないね」
「うん、ちょっと安心した!」
今回の配信に対して、耳郎も緑谷も決めていた事は歌っているのが『緑谷出久』だとバレないことだった。
大戦の事があって出久の顔は世間一般にも知れているが、今は一般の大学生。何事も問題の種になりそうなことは前持って詰んでおきたいというのが2人の共通認識だった。
「でも流石に女子にはバレたね」
「前は皆でカラオケ行ってたし、僕の歌聴いたことあるもんね」
元1Aでもバレなかったのは男子だけ。
女子からはそれぞれ個人チャットで「『みく』って緑谷だよね??」という趣旨の連絡が来た為、1A女子のグループチャットで事の説明をした。
「あ、女子のグループでリクエストの振分け方法の相談してみる?」
「いいね!聞いてみよう!」
出久が早速グループチャットへ相談を送ると、皆から色んな意見が出た。
それにあーでもないこーでもないと2人で悩んでいると耳郎のスマホが一通の通知を受信する。
通知を開けばなんと爆豪からで、そこにはただ「音源寄越せ。」とだけ書かれていた。
流石爆豪、緑谷の声は分かるよな。と思いつつ実は爆豪にはバレる事は想定していたしバレなければ耳郎の計画は全てパーになるのだ。
耳郎は爆豪への返信を打った。
『Jiro:音源渡す代わりにちょっと協力してくれない?』
そう送ると割とすぐ返事が来た。
『爆豪:何だよ。』
耳郎もまたすぐに返事を送り返す。
『Jiro:みくへのリクエスト教えてよ。本人に直接さ』
__これが耳郎の狙いだった。
爆豪が出久のために忙しいヒーロー活動の合間でアーマードスーツの開発に熱心に取り組んでいることは出久以外の元1Aメンバーには周知の事実だ。
そして満足のいくアーマードスーツの完成には途方もない時間と労力が必要である事も明確で、爆豪に焦りが出ているのもみんな薄々気付いていた。
その焦りによって、何より大切にしたいはずの出久に会えていないなんて、おかしな話である。
そして出久自体も誰よりも爆豪と過ごした時間が長いが故に、ニュースなどで見受けるココ最近の爆豪の姿に疲れを感じ取って会いに行くという選択肢が取れないのだろう。
これは耳郎なりの2人への後押しなのだ。
耳郎が出久と選んだ1曲目の選曲も、高二の頃に爆豪と出久が2人でこの曲を聴いていたのを知っていたからだ。
爆豪に教えてもらったというその歌を緑谷が口ずさむ姿は耳郎にとって深い印象を与えた。
それは『ヒーロー』のデクでは無く、ただ『恋をする1人の女の子』の緑谷出久だったからだ。
歌を口ずさむ出久を横目に見て穏やかに笑う爆豪は、本当に気持ちを隠さなくなった。
その2人の姿を耳郎は鮮明に覚えている。
2人はやっと過去の確執も、柵も乗り越えてお互いに大切だと気づけたのに。
やっと、やっと2人は隣を歩いて行けるのに。
何故こんなところですれ違わなければならない。
爆豪から教えてもらったこの歌なら出久はありったけの感情を込めて歌える。
そして出久が歌うこの歌を聴けば必ず爆豪は何かを感じる。
それは耳郎にとって確信に近かった。
__だから、本当の気持ちを思い出して欲しい。
お互いが大切だと言う気持ちに、素直に会いたいと言う気持ちに立ち戻って欲しい。
そう願いを込めた耳郎の作戦だった。
メッセージと同時に音源データも送る。
するとメッセージに既読がすぐ着いた。
さて、もうひと肌脱ぐとするか。と出久を見れば女子のグループチャットを見ながらブツブツと思考の海に浸っていた。
耳郎もグループチャットに目を通せば何とも行き詰まっているようだった。
すると出久のスマホが鳴り出した。
「わっ、…え?」
「どうしたの?」
「か、かっちゃんから電話が来たっ!」
「え、マジ??」
まさかこんなに早く行動に移すとは思わず耳郎も驚いた。
「ウチのことは気にしなくていいから、電話でな!」
出久にそう伝えれば頷いて、部屋から移動し電話に出た。
「も、もしもし!かっちゃん?」
『ん、』
「久しぶりだね…いつもニュースで活躍見てるよ!」
爆豪からの電話に出た出久は久しぶりの爆豪との会話にテンションが上がっていた。
『そーかよ』
「うん、この前の銀行強盗の事件もあっという間に解決だったね!」
「ハッ、相手が雑魚だったからな。」
声を聞く度、言葉を交わす度、出久の心の奥底に隠した恋心が疼く。
『ふふ、かっちゃんに斯かれば何でも早期解決だね。
…かっちゃんの事だから心配要らないなって思うけど、メディアにも最近よく出てるし、海外での仕事もしてるってニュースで見たから、体調に気をつけてね』
『ん、わーっとる』
「うん、ずっと応援してるよ。
そういえば突然の電話だったけど、どうかしたの?」
そういえば電話の要件を聞いていなかったことを思い出し、爆豪に問えば少し間を置いて爆豪が声を出した。
『…出久、耳郎の配信で歌ってたのお前だろ』
ド直球で核心に触れた爆豪の言葉に出久は動揺を隠せずそのまま声に出た。
「え???!!!あ、いやっ、えーっと、あのっ」
『もうバレてんだわ、今更隠そうとすんな』
「うー…。はい、そうです…」
泣く泣く出久は自分が『みく』である事を認めた。
『リクエスト』
「え?」
『リクエスト募集してんだろ』
「う、うん」
『寝る前に聴けるやつ』
「…うん?」
『絶対に歌えよ…おやすみ』
「へ、あ、おやすみ!」
そのまま通話は切れ、事態を飲み込めずに扉の前に立ったままで居た。
「えぇぇええ???!!!」
数秒経ってようやく事態を飲み込んだ出久は顔を真っ赤にして叫び出し、扉を開けて耳郎の元へ勢いよく縋り付いた。
耳郎は一瞬驚いたが出久の様子を見て、爆豪はしっかり伝えたんだなと確信し、出久に話しかけた。
「お、どうだった?」
「かかかか、かっちゃんがっ!!!!」
「爆豪が?」
「か、かっちゃんに『みく』だってバレて!!」
「バレて??」
「曲のリクエストされて電話切れた!!!!」
「そっか〜〜」
真っ赤になった顔を落ち着かない様子でぺたぺたと触りながら「どうしよう!どうしよう!」と言う出久は大変可愛く、耳郎はよしよしと頭を撫でた。
__ああ、私が見たかったのは緑谷のこの顔だ。
耳郎の横にいる出久は正しく、『恋する女の子』の顔だった。
「ねぇ、緑谷」
「なーに?」
出久は顔の火照りが治まらず、ずっと手で頬を仰いでいた。
「爆豪に気持ち、伝えないの?」
耳郎がそう言えば、ピタリと仰ぐ手を止めて下ろした。
構わず耳郎は言葉を繋げた。
「前にも聞いたししつこいかもしれないけど、本当にそれで緑谷はいいの?」
「耳郎さん…」
「今の緑谷、すっごくいい顔してた。
恋って強いエネルギーになるんだなって思った。
…その強いエネルギーを心の奥に隠し続けるのってしんどくない?」
出久の爆豪への思いの強さは、きっと耳郎では計り知れない。
出久にとって爆豪は、幼馴染で、ライバルで、憧れで、大切な人で、好きな人なのだ。
思いを隠すことは出来ても、無くすことなんか出来やしない。
「緑谷の恋心を救える『ヒーロー』は、緑谷しか居ないんだよ」
そう言って出久の手を握れば、出久も優しい力で握り返してくれた。
「…本当はね、自分で諦めてただけなんだ。
小さい頃から一緒に夢見てた『ヒーロー』としてかっちゃんの隣に立つことも出来ない僕が、かっちゃんに恋していいのかなって」
「…うん」
「でも、卒業して暫く経った今でもかっちゃんへの恋心は無くなるどころか、会えない事でより一層大きくなって、苦しかった」
出久は真っ直ぐ耳郎の目を見た。
「でも配信でこの歌を歌ったときに、『この歌かっちゃんが教えてくれたな』とか『口ずさんでたところをかっちゃんに見られて恥ずかしかったな』とか、色んなことを思い出しちゃって、ずっとしまい込んでた気持ちも抑えられなくなった…」
耳郎の目を見つめる出久の瞳は力強かった。
「だから、気持ちを伝えるためにもう少し勇気を付けたい。
例えかっちゃんがこの気持ちに応えてくれなくても、思いが届くように。
耳郎さん、僕も『みく』にリクエストしていいかな?『好きと伝える勇気が出る歌』を」
そこに居るのは寂しそうに笑う女の子では無く、自分の恋心を救うと決めた緑谷出久が居た。
「そうこなくっちゃね!」
__やっと作戦のスタートラインに立った。
耳郎は出久に負けず劣らず二ッ笑った。
「『寝る前に聴ける歌』ねぇ…」
「ねぇ…」
出久から聞き出した爆豪のリクエストに、耳郎は少し面食らった。
具体的な曲名でもアーティスト名でも無く、『こういう時に聴きたい』と場面を指定されるとは。
「確かに緑谷の声って聴くと安心するから寝る前に聴くってありだなーって思ったんだよね」
「そ、そうかな?」
「うん。あ、女子のグループチャットでも聞いてみよう」
耳郎はそのままグループチャットで相談すると全員が賛成して、リクエストの中からリラックスできる・静かな曲で数曲選ぶ事になった。
そこまではスムーズに行ったのだがその中から1曲となると、みんなの「これも聴きたい」、「あれもいいよね!」が始まって中々決まらなかった。
「『寝る前に聴ける歌』ねぇ…。いい歌いっぱいあって決まらないなぁ…」
「そうだねぇ…。あのさ、『寝る前に聴ける歌』ってジャンル別れるよね」
「え?」
「『寝る前に聴ける歌』って明日も頑張ろうと思える歌とか、リラックスできる歌とか色々あるし、そう思うと何曲かあった方が嬉しいのかなって思って」
そう答えた出久に、耳郎は爆豪のリクエストの真意を完全に理解した。
アイツ、そもそも歌わせる曲を1曲だけにさせるつもりが無い。
いっぱい聴きたいってか、あの野郎…。
まあ、良いだろう。
「確かにそれなら今選んだ曲数で丁度いいかも。
でも緑谷が歌うの多くなるけど、それでも大丈夫なの?」
「うん!かっちゃんも勿論だけど、リクエストくれた人達がちょっとでも元気になれるなら嬉しいなって思うから」
本当にいい子すぎるな緑谷。爆豪に渡すの嫌になってきた。
だけど、やっぱり緑谷は爆豪と隣合ってる姿が似合っている。
耳郎は改めて出久と向き合った。
「そしたらまだまだお付き合いよろしくね、『みく』」
「こちらこそ!」
イヤホン=ジャックのプロデュースは始まったばかりである。
【1曲目のイメージソング:若者のすべて/フジファブリック】