イヤホン=ジャックのプロデュース① side : Katsuki出久の声を聴いた時、俺は『会いたい』と素直に思った。
【イヤホン=ジャックのプロデュース side : Katsuki】
あの大戦が終わって4年、俺達が雄英を卒業してから2年が経過した。
街は少しずつ復興を遂げ、人々は活気を取り戻していった。
今でもヒーローの仕事としては復興支援がメインだが、時折発生する敵に対しても即掌握。
大戦時の交流のお陰もあり、先輩ヒーローや同期との連携も問題なく熟す。
与えられた任務を完璧に遂行し、着実にトップヒーローの道へ進んでいる。
____隣に出久が居ないのに。
勝己が無個性に戻った出久の為に、いや、勝己が出久と共にヒーローとなる為に『デクのサポートアイテム開発』を思いついたのは、大戦が終わってすぐだった。
その後オールマイトと話し合いを重ね、オールマイトが懇意にしているという技術者のシールド親子とサポート科の発目に開発を依頼。
開発への途方もない道のりと資金集めが現実として伸し掛かった。
本当は勝己1人で資金集めをする積もりだったが、オールマイトからの提案もあり、A組に協力を依頼すると全員が快諾したし「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!?」と怒られた。
だが、いざ開発を始めると立ちはだかる壁が多く、想定よりも制作が遅れていた。
作ってはボツ、作ってはボツを繰り返し、時間だけが無常に過ぎていった。
その間にもヒーローとしての仕事は進み、実績は積み重なっていく。
気付けば卒業以来、出久に会わずに2年をとうに過ぎていた。
会わないようにしていた訳では無かった。
スーツの開発が終わるまで会う訳にはいかないと思っていた。
__いや、違う。
可能性としては低いが、出久がもう『ヒーロー』を諦めてしまっていたら、その姿を見てしまったら、とてもじゃないが立ち直れない。
強がっていた。
そう、強がりだ。
今までの人生の中でずっと近くに居たものが無い、それは無意識の内に人間を疲弊させる。
勝己にとっても例外では無い。
瀬呂に、「バクゴー、気付いてないと思うけど無意識に緑色のものを目で追ってるぜ」と言われた。
察しのいい男は極めて明るく言ったが、その言葉には気遣いが聞いて取れる。
気付いていた。
気付かないふりをしていた。
やっぱり俺は、隣に出久がいて欲しい。
出久が隣にいない事が、こんなにも心にポッカリと穴が空くように辛いことだと、出久が雄英を去ったあの時に思い知っていたのに。
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その日は日勤で昼過ぎまでは平和に管轄区内をパトロールしていたが、緊急コールで銀行強盗発生の知らせを受け、現場に急行し即敵を確保した。
その後、警察への引渡しと報告書の作成を終えて帰路に着く。
家に着き、汚れたコスチュームを脱いで夕飯を取って風呂に入り疲れを癒す。
風呂から上がると丁度スマホが通知を告げた。
スマホの画面を見ればグループチャットで、上鳴からの通知だった。
このグループチャットは上鳴が高校時代に作った瀬呂、切島、勝己を含めた4人のチャットだった。
3バカ、もとい気の知れた仲間同士の有益な情報からどうでもいいような情報まで流れてくる。
先日もチームアップの任務を終えて4人で飲みに行った。
その時は丁度サポートアイテム開発が4回目の振り出しに戻ったばかりで、心が荒れていた。
そのせいなのかここ最近は眠りが浅かったので酒の力を借りるのも悪くないと思い誘いに乗った。
最初こそ任務の話をしていたが、後半になるにつれデクのサポートアイテムの話になり、どんどん酒は進み最後の方は何を話していたか珍しく記憶が無い。
ただ、気が緩み出久の話をしていたことは何となく覚えていた。
話は戻り、上鳴からの通知を開くと『コレ見て!』という言葉とある動画のURLだった。
サムネイルを見ればどうやら耳郎の配信動画だと言うことがわかった。
前から耳郎が趣味でガバー動画を配信していることは知っていたが、ほんの数日前に喉を負傷したとニュースで流れていたのを知っていたので歌えるのか?と疑問を持ちながら動画のURLをタップした。
画面には首から下を写した2人の女性、1人はギターを持っていて曲を弾き始めた。それが耳郎だとわかった。
聞こえてきたイントロの曲は高校の時に流行った曲で勝己も聴いていたし、出久に教えたこともあった。
出久はこの曲が気に入ったようで、時折口ずさんでいた事もよく覚えている。
耳郎の喉の負傷を考えれば恐らくもう1人の女性が歌うのであろうが、勝己は何故かもう1人の女性に既視感を覚えた。
首から下しか写っていないから、歌声を聞けば確信を得られるだろう。
__そう思った瞬間、勝己の中にある可能性が頭をよぎった。
負傷した耳郎がこのような個人的な依頼をするなら可能性が高いのはかつてのA組女子である。
だが流石に駆け出し3年目のプロヒーローともなればお互いの休みが被る事などそうそう無い。
そしてこの『既視感』も幼い頃からずっと傍にあったものだと結論付けるとなれば、割り出される人物は1人しか居ない。
この結論に思い至ると同時に動画の中でイントロが終わり、もう1人の女性が歌い出す。
声を聞いて確信に変わった。
___出久だ。
何で歌っているのかとか、どうしてこの歌なんだとか、思う事はいっぱいあった。
久々に聴いた出久の声に、あんなにも冷たかった心の穴がじんわりと暖かく満たされて行くのを感じた。
そして、無性に出久に会いたくなった。
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朝、スマホのアラームで目が覚めた。
ベッドでスマホを持ったままの体勢だったので、どうやら無意識に動画をリピート再生しているうちに、勝己は寝落ちしていたらしい。
起き上がると身体はスッキリしていて、ココ最近の不眠からは考えられないほどの快眠だった。
その日の任務は体の調子が良すぎて早く終了し、ここ暫くの激務もあることから早めに帰宅を促された。
着替え終わり、さて帰路に着こうかという時にふと例のカバー配信が頭に過ぎった。
___出久の声が聞きたい。会いたい。
なんて、本人に直接言えた試しなんか無いのに心の中は雄弁だな、と一人で虚しく笑った。
家に着く頃、個人のスマホからメッセージの通知を知らせる音が次々と鳴った。
一体何だとメッセージを開けば元1Aのグループチャットで『みく』の話題が盛り上がっていた。
内容を少し遡って読んでいくと、どうやら『みく』=出久だと気付いていないようだった。
確かに出久の地声と歌声は少し違う。
気づく方が珍しいかもしれない。
そんな事を考えていたら余計に出久の歌が聞きたくなり、カバー配信を再生しようとする前にある事を思い付き、とある人物へ連絡を入れるためにチャットのアドレスから目的の人物を探す。
そしてその人物へ「音源寄越せ。」と一言送り付けると直ぐに返信がきた。
『Jiro:音源渡す代わりにちょっと協力してくれない?』
とある人物__耳郎からの要求になんだ?と思ったが、音源が貰えるならば手段を選ばないつもりだったので直ぐさま「何だよ。」と返信した。
するとまた直ぐに返信が来た。
その内容は、
『Jiro:みくへのリクエスト教えてよ。本人に直接さ』
「は、」
勝己は思いがけない返信にスマホを落としかけたが、寸でで持ち直し改めて返信を見返した。
リクエストを??本人に直接だと??
そう思っているうちに耳郎から対価となる音源が送られて来たので、何がなんでもリクエストをしなければならない状況になっていた。
いや、勝己は分かっていた。
しなければいけない訳では無い。耳郎は敢えてそういう状況を作り出して出久と話すきっかけを作っただけだ。
これだけお膳立てされて何もしない自分では居られない。
スマホの連絡先から『出久』を探し、一呼吸置いてcallを押した。
『も、もしもし!かっちゃん?』
7コール目でやっと出た出久の声に、自然と顔が緩んでいた事を勝己は知らない。