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    フジノ

    @0000_fujino

    エーサボと勝デの沼に落ちました(五体投地)
    雑多垢です!

    基本的に絵を描いたり、小説書いたり気の向くままに生きてます。(生存if・現パロ・転生パロ・にょた化等描きます。)
    CPは固定で描きますが何でも見ます。
    とんでもコミュ障ヤロウなので壁打ちがデフォです。

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    フジノ

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    プロむこ勝デ♀の背中を後押しする👂ちゃんの💥目線の2話目です!
    最終回ネタバレあり⚠️
    ※🥦先天にょた、本文の初めに注意書き有ります!

    1週間の間で2万字以上書いたことないよ…。
    💥🥦の熱気と年末年始恐ろしいな。

    #勝デク
    katsudeku

    イヤホン=ジャックのプロデュース② side:K⚠️医療的な話が出ますが、専門知識無く書いているので現実と矛盾があったらごめんなさい💦
    ⚠️🥦♀が抱える心の傷について描写しています。




    ___鳥のさえずりが聞こえた。

    ふと目を覚まし、勝己は瞬きを何度かしてから覚醒しきらない頭で自分が置かれた状況を把握する。

    見慣れてきた病室の天井、吊るされている点滴やそれを腕に通すための管、自分の脇に置かれた大きめの保冷剤、そして左手に重なる暖かい重みを眺めて漸く覚醒してきた勝己は自分がまた寝込んでいたのだと理解した。

    ベッドサイドに置かれた時計を見ればまだ早朝と呼べる時間帯で、この時間なら担当の看護師も暫く確認に来ないことは今回の入院生活で早々に把握していた。

    ゆっくりと身体を傾け自分の左側を見た。

    そこには泣き続けた事を物語る赤く腫れた瞼を閉じて眠る出久の姿と、包帯が巻かれた出久の両手が絡まる己の左手だった。

    もう泣かせたくなど無いのに、

    「…なに勝手に泣いとんだ…」

    勝己は出久を起こさないように小さく呟いた。

    __せめて、もう少しだけでもいい夢を。

    そう思いを込めて、自分の左手に繋がれている出久の右手の甲を指で撫でる。


    熱に魘された暗い夜から儚いくらいに優しい朝へ俺を連れ出してくれるのは、いつだって傷だらけの柔らかな手と泣き出しそうな優しい歌声だった。





    【イヤホン=ジャックのプロデュース② side:Katsuki】





    出久へ曲のリクエストを伝えた日から、勝己の生活は少し変わった。

    一つは最近の大きな悩みだった不眠の解消。
    出久の歌を聞いて眠る事にこれ程効果があるとは思わなかった。

    そしてもう一つは寝る前に出久と連絡を取り合うことだった。


    リクエストを伝えた次の日、事務所から帰る途中で耳郎から貰った音源データを再生しながら帰路に着いていた。

    その時、ふと勝己は思った。

    __今なら、出久と自然に連絡を取り合う事も出来るんじゃないかと。

    家に着いた勝己は手早く手を洗い、スマホからチャットを開いてアドレスから《出久》を探す。

    いざ文章を打とうとして、なんと送ればいいか悩み出す。
    『元気か?』『大学どうだ?』
    いや、キモすぎる。サブイボが立つ。悪寒までする。
    今更そんな在り来りな言葉を交わす仲では無い。
    悩みに悩みまくりスマホを握りしめてから小一時間、時計を見れば深夜と呼ばれてもおかしくない時間帯。
    これ以上遅くに連絡をするのは常識的にヤバい。

    パッと思いついた言葉を打って送信ボタンを押す。

    あー、送ってしまった…。

    チャット画面に映る今しがた自分が送った素っ気ない『おやすみ』の4文字。

    なにが急におやすみだ、アホか俺は。

    勝己は今思えば日頃の疲れから思考がおかしくなっていたとしか思えないが、その時だけはそれしか頭になかった。

    もう深く考えるのは辞そうと、勝己はさっさと就寝した。




    その翌日、仕事を終えて事務所でヒーロースーツから私服へ着替えようとロッカーを開き、私物のスマホを開くとチャットアプリに通知がある表示が出ていた。

    この日は遅番で仕事が終わるのはもうすぐ日付が変わる頃だった。
    連絡寄越したのは誰だと思いながらチャット画面を開く。

    「っ、」

    チャットを開けばそこには《出久》の文字が現れていた。

    一先ず私服へ着替え終えて更衣室を後にし、個別チャットを開いて出久からのメッセージを確認した。

    『かっちゃん連絡ありがとう!
    この前のリクエストも!このリクエストで次の曲探してみるね。
    今日もきっとお仕事だったよね?お疲れ様!
    明日もお仕事頑張ってね、おやすみ!』

    「相変わらず人の事ばっかだなコイツは…」

    出久らしい文章に思わず笑みが溢れ、返信を打つ。

    『お前こそはよ寝ろ、学生だろ。
    明日は授業ねぇんか?』

    送信ボタンを押してチャットを閉じ、スボンのポケットにスマホをしまって事務所を後にした。
    雄英から卒業した出久は、教師になるために県内の大学へ通うことになった。それは出久本人から伝えられた。
    実家から離れた場所なので大学の近くでアパートを借りて一人暮らしをしている。

    帰路に着いている途中でまたスマホが鳴った。
    連絡が来る相手が予想できるだけで、こんなにも気分が上がるものなのだと勝己は初めて思った。

    『明日は午前中空きコマなんだ!
    なので今日は夜更かしです💪
    かっちゃんは?』

    出久の場合の夜更かしは大抵ヒーロー関連に費やされることが大いに予想出来た。
    相変わらずのクソナードっぷりに呆れを通り越して謎の安心感さえ覚える。

    『今日遅番だったから今帰り。おやすみ』

    その安心感が無性にイラつき、またもや素っ気ない文章を送り付ける。
    すると直ぐさま返事が来て『お疲れ様!』『おやすみ!』というオールマイトをデフォルメしたスタンプが送られてきた。
    さすがクソナード、期待を裏切らないスタンプだ。


    __それからほぼ毎日夜になると出久と眠る前に連絡を取り合うようになった。

    早く仕事が終わった日は電話を掛けることもあった。

    5分程話して終わる時もあれば、俺が大きな事件を解決した日にはクソナードによる分析マシンガントークが止まらない時もあった。
    そんな時は俺も事件解決後の興奮が冷めやらず、出久とあーだこーだと話が続いた。
    その話の中で、分析が明らかに現場で動く『ヒーロー』目線で語られているのが勝己にとってはこれ以上なく嬉しかった。




    今日も遅番の仕事が終わり、事務所を後にして家に着く。
    帰宅すれば22時を既に回っていた。

    シャワーは事務所で済ませてきたため、昨日作り置きしておいた夕飯を食べる。
    食べ終えた食器を片付けてスマホを手に取ってチャットを開く。
    さすがに遅い時間なので今日は電話では無くメッセージを送る。

    『もう寝たか?』

    出久が寝てない事は予想が付くが、そうメッセージを送信する。
    すると案の定直ぐに既読が付いて返信が来た。

    『ううん、明日の授業の準備してたところ。
    かっちゃんもお仕事お疲れ様!』

    予想通りまだ寝ていなかった事に安堵し、返信を打つ。

    『はよ寝ろ。』

    相変わらず素っ気ない文章しか送れないのか俺は。
    まあいいか、出久だし。と無意識の甘えに勝己は気付いていない。

    『もう寝るよ!
    ちなみに明日の夜に耳郎さんとの動画を配信するよ!
    かっちゃんも早く寝てね、おやすみ!』

    また直ぐにメッセージが送られてきた。
    きっと出久は恥ずかしがって自分から動画の配信を教えることなんてしないからどうせ耳郎の差し金だろうが、まあ連絡寄越してきただけ良しとしよう。

    『ん、分かった。
    誰に言っとんだ、オメーこそはよ寝殺せ。おやすみ』

    明日は協力要請で勝己が所属する事務所から離れた場所へ行く事になっていたので朝は早い。
    勝己は早めに休むためにベッドへと身体を滑り込ませた。





    予定よりも早めに終わった任務に協力要請先の事務所でシャワーを借りて私服に着替えてその事務所を後にした。

    電車でここまで来たため駅を目指し、その途中にあるコーヒーチェーンに寄り電車が来るまで時間を潰す。
    カウンターで頼んだコーヒーを受取り、被っていた黒のキャップを外して席に着くとスマホが通知を知らせた。

    見れば送信相手は耳郎で、『今さっき動画上げたよ』とのメッセージとその動画のURLだった。

    コイツも律儀だな、とコーヒーを半分程飲み終えてから肩に掛けたカバンからイヤホンを取り出してスマホに繋ぎ、動画を再生した。

    映し出された画面は前回と同様、歌う曲名が書かれたスケッチブックと首から下だけが映る出久とアコギを持って座る耳郎だった。


    __『夜明けの来ない夜は無い』。

    そう歌い出された声を聴いて、まだ薄暗い病室の天井と左手に感じた暖かさを思い出した。

    「っ、」


    優しくて、柔らかくて、儚くて、強くあろうとしている。
    余りにも、__あの頃の歌声に似ている。


    そう思ったら、居ても立っても居られなかった。

    動画を見終えた勝己は残ったコーヒーを飲み干してから店を出て、持っていた黒いキャップを被り直してスマホで出久の大学がある方面へ向かう電車の時刻表を確認する。

    あと10分程で出発するそちらへ向かう電車がある事を確認し、駅へと急ぐ。

    駅に着く前に連絡先から《出久》を探し、通話を掛けると5コール目で繋がった。

    『も、もしもし?』

    出久の声が困惑しているのが分かる。
    そりゃそうだよな、今までこの時間帯に電話なんて掛けていないんだから。

    「出久、今どこにいる」
    『え?』

    歩きながら通話しているせいで言葉が吐息混じりになる。

    『今はアパートに帰る前にスーパー寄ろうとしてた』
    「…そのスーパーの最寄りはどこだ」
    『?…○○って駅だけど』
    「わーった、行く」

    駅の改札を通り抜け、目指す駅へ向かう電車のホームへ移動する。

    『え、行くって…かっちゃんの事務所から離れてるだろ?』
    「今日近くで仕事あったんだよ、電車乗るから切るぞ」

    近くと言っても車で15分程は掛かる距離だ。
    ホームへ着くと丁度電車が入ってくるところだった。

    『あっ、ちょっと待って!僕も駅の近くにいるから向かう!』
    「はぁ?」

    まさか出久が駅の近くに居るとは思わず、声を上げた。
    すると、

    『だって、その方が早く会えるだろ?』

    出久が放ったその言葉に勝己は一瞬動きを止めた。
    その言葉は出久も俺に会いたいと思っていたという事だと都合良く理解していいのだろうか。

    「…っ、改札の前で待ってろっ!」
    『うんっ!』

    電車に乗り込む前にそう言い放って出久の返事を聴いて通話を切る。
    プシューッと音を立てて開いた電車の扉から素早く乗り込んで扉にはほど近い壁に寄りかかった。

    慌てすぎて何処から電車に乗るのか、何時に着くのかも伝えていない。
    我ながら唐突すぎると思うがあの歌声を聴いたら居ても立ってもいられなかった。

    勝己は上着のポケットに入れた自分の左手を強く握った。

    __また知らない所で勝手に泣いてるのか、アイツは。


    思い出すのは柔らかな手と泣きそうな歌声だった。







    ___大戦後、セントラル病院。

    致命傷レベルの怪我を負った勝己と出久、オールマイトは入院を余儀無くされていた。

    勝己は負った傷のレベルから絶対安静だったが、出久のOFA消失を知ってからは毎日足繁く出久とオールマイトの病室に足を運んだ。

    ある日、勝己は熱を出し寝込んだ。
    それはその時だけに限らず入院中に何回か起こった。
    ただ寝込んでいる間は解熱の点滴のせいなのか起き上がることも出来ず、頭も熱のせいでボーっとするため眠っていることが殆どだった。

    医者からも入院したての時に高熱が出る可能性が高いと伝えられ、必ず対処するから問題ないと伝えられていたので勝己は熱が出ることに対して不安は無かった。

    が、問題は出久だった。
    何も知らされていない出久は毎日病室に来ていた勝己が突然来なくなり、どこで知ったのか勝己が熱で寝込んでいること知って勝手に自分の病室を抜け出して怪我を負った身体に無理を言わせて勝己の病室まで文字通り這って来たという。

    担当医の吉田からは「幼なじみってそこまで似るの?」と言われたのは1回目の発熱後だった。
    んな訳あるか。
    この医師にこれまでの拗れまくった俺と出久の関係を言ってやろうかと思ったが辞めた。

    同じく1回目の発熱後、オールマイトからもかなり心配されたが医師から元々発熱する可能性を聞かされていた事を伝えれば少しホッとした表情で納得してくれた。
    そして2回目の発熱後に伝えられたのはやはり出久の事だった。
    「実は君の発熱が2回目だから1回目より緑谷少女の行動も落ち着くんじゃないかと思っていたんだが…」
    「まあ、また病室抜け出してきたな」
    「そうなんだよねぇ、君の熱も心配なんだが緑谷少女の事も心配なんだ」
    __あんなに取り乱してる彼女を初めて見たよ。
    そう言ったオールマイトの言葉をもっと真剣に聞けばよかったのだと後々後悔した。

    それから出久は勝己が熱を出す度に病室を抜け出すため入院生活の後半は勝己と共に問題児認定されていた。



    何度目かの発熱を起こした夜。
    ふと、小さな声が聞こえて頭が少し覚醒する。

    左手には柔らかく暖かい感覚。

    __ああ、また居るのか。


    出久が隣に居ることは想定済みだった。
    勝己が熱を出す度に病室を抜け出す出久に頭を抱えた医師と看護師は勝己にある事を聞いてきた。
    「君が熱を出している間、緑谷さんを君の病室に居させても良いか」と。
    それは勝己のためでは無く、出久のために聞いているのだと言うことは直ぐに分かったので了承の意を伝えた。

    出久が自分の身体の傷を顧みずに動いてしまう事への対策だろうと思って聞いていたが、どうやらそれだけでは無かった。

    「それもあるけど…、彼女の精神的にね、君と一緒に居させた方がいいと思っているんだよ」

    勝己はそれを聞いた時に「は?」と思ったし実際声に出してしまった。

    「本格的にPTSDを起こす前に緩和したいんだ」

    PTSD__心的外傷後ストレス障害。

    出久は勝己の心臓が止まりかけた場面に遭遇しているし、それによって個性を暴走させた事もベストジーニストから聞いていた。
    出久がそれほど心に傷を負っていたと思い至らなかった事に、自分でも衝撃を受けて思わず視線を下げた。

    「…カウンセリングとかは、」
    「もちろん受けてるよ、だから今この状態で食い止めたい」

    医師の言う通りだと勝己は思った。
    __症状を緩和するのは今しかない。

    勝己は真っ先ぐ、顔を上げて医師に言った。

    「俺が熱出した時は、出久の意思を優先させて下さい」

    __それで出久の心が少しでも軽くなるならそれでいい。

    その時はそんな事を思ってたが、熱から覚めた時に隣に出久が居る事は勝己にとっても有難かった。
    負けるつもりなど無かったが、自分達はあの大戦を生きて帰ってこれたのだと実感出来た。



    まだ覚醒しきらない頭に、小さな歌声が響く。
    それは明らかに出久の声で、勝己は初めて聴く歌だった。

    『夜が怖いなら、いつでも傍に居る』

    聴こえてきたその歌詞が出久の事を歌っているようだと勝己は思った。

    勝己が熱を出して魘される夜に、必ず傍にいる出久。


    歌い終わったその後に小さく出久が呟いた。

    「…かっちゃん、明日は起きてくれるかな…」

    その涙声を最後に泣き疲れて眠ってしまったようだった。

    __ああ、起きるよ。
    出久がもう泣かなくても済むように。

    スースーと聞こえる寝息を確認して緩く繋がれた左手を握り返すした。


    明日、出久が目を覚ます前に起きてこの手を強く握り直す。
    そして起きている自分を見て優しく泣き笑いする出久が「おはよう」と言うまで手を繋ぎ続ける。
    その後で涙で濡れた頬を拭う。


    そんなやり取りを入院中に何度も繰り返した。

    熱に魘された夜から覚める度に必ず傍に居てくれたのは出久の柔らかい右手と泣き出しそうな歌声だった。







    入院当時を思い返していると、あっという間に目的の駅に着いた。

    電車の扉が開き、人が疎らに降りていく。
    勝己はそれを上手に掻き分けてホームへ降り、階段を登って改札を目指す。
    その時間さえもどかしく感じた。

    改札に付き、通り抜ける前に改札前の広場を見渡すと目的の人物が壁にもたれかかっていて、緑の瞳と目が合った。

    __ああ、やっと会える。

    改札を通り抜けてそのまま出久の元へ向かい、目の前で足を止めると出久はぼーっと勝己を見たままで痺れを切らして勝己は声を掛けた。

    「出久…?」

    すると出久はふにゃりと笑ってやっと声を出した。

    「かっちゃんだ…」
    「っ、」

    その声が余りにも泣き出しそうで、勝己は思わず左手で出久の右頬に触れてスリ…っと右頬に残る傷跡を親指で撫でた。

    「ふふ、もう痛くないよ?」

    そんなことは勝己も知っている。
    でも自然と出てしまった手はもう戻せない。

    「別に傷を撫でてんじゃねぇよ」
    「じゃあ、これはなぁに?」

    柔らかく笑う出久が嬉しそうに聞いてくる。

    「…居なくなったソバカスを偲んでんだよ」
    「えー?」

    苦し紛れの勝己の言い訳に出久はまたクスクスと笑った。
    少しずつ蘇るあの頃のやり取りに自然と会話が増える。

    「久しぶりに会えて嬉しい、かっちゃん」
    「ん、」
    「ここまで来てくれてありがとう」
    「ん…」

    そう言って勝己の左手をとって頬から下へ降ろした出久は先程の嬉しそうな顔から少しだけ寂しさを滲ませた。
    何か勘違いを起こしている。
    そう悟った勝己は出久の手を握り返して足早に駅を出る。

    出久と離れたくなかったのと単純に腹が減っていたので半強制的に夕飯を一緒に摂ることに決めた。

    出久は勝己がまだ帰らない事を知った途端、また表情が明るくなった。
    分かりやすくてこっちまで顔に出そうだ。


    出久がオススメされたという店へ歩き出す。
    …いや待て、誰から聞いたんだその店の情報。
    ことと次第によってはソイツを見つけ出して抹消しなければならない。

    「…ちなみにそこを教えたヤツは誰だ」

    自分でも驚く低い声で出久に問うた勝己はハテナを浮かべた出久に意図が全く伝わっていないと察した。

    「大学の附属図書館の職員さんだよ。資料探しをいつも手伝ってくれて優しいお姉さんなんだ」

    そう素直に答えた出久の返答にホッと心の中で胸を撫で下ろした。

    「…あっそ」
    「え、かっちゃんから聞いたのに反応それだけ?」

    勝己の反応が気に食わなかったのか、軽く言い返す出久を適当に誤魔化した。

    「うっせぇ、つか店に行く道合ってんのか?」
    「あ、もうすぐ右に曲がるの」


    どんどん進む店への足取りに、勝己はペースを緩めて話を始めた。

    「耳郎との配信、見た」
    「え、もう聴いてくれたの?」
    「…自分でリクエストしておいて見ねぇのはおかしいだろ」
    「そっか、そうやってかっちゃんに直接言われると照れちゃうね」

    えへへ、と出久は繋がれていない方の手で頬を掻く様子を見て、勝己は歩みを止めて出久の顔を見て言った。

    「…また、泣いてんのかと思った」

    「え?」

    勝己は出久の目をしっかりと見て言った。
    __もう出久には泣いて欲しくない。

    「病室で歌ってた歌に似てっから、」
    「かっちゃん…あの歌、聴こえてたの?」
    「人間寝てても耳は聴こえてんだよ」

    聴こえてないと思っていたらしい出久は、驚いた顔していた。

    「そっか…」
    「ん、」

    勝己から目線を逸らさない出久の瞳は薄く涙を張って揺れていた。

    「あの時の不安は、今でもたまに思い出すよ。
    暗くて静かな夜だと余計に…」

    出久の視線がどんどん下がっていく。
    それを見ていた勝己は握ったままの出久の右手の甲をスリ…っとひと撫でした。
    もう泣くなと気持ちを込めて。

    すると出久は顔を上げてまた勝己と視線を合わせた。

    「でも、かっちゃんが傍に居てくれるから、乗り越えられる」

    その目には、もう涙は無い。
    力強い返事に勝己は少したじろいだ、。
    __出久は今、「傍に居てくれた」と言った。
    あの入院生活で勝己の傍に居てくれたのは出久だった、でも出久にとってはそれが勝己だったのだと今の言葉で伝わった。

    「…傍に居たっ言ったって、最近なんて会ってなかっただろうが」

    ぶっきらぼうにそんな言葉でむず痒い気持ちを誤魔化した。

    「それでも今日逢いに来てくれただろ?」

    でも悲しいかな、そんな時だけ察しの良い幼なじみはそんな言葉に誤魔化されてくれない。

    「…チッ」
    「うわぁー、かっちゃんの舌打ち聴くの本当に久々だぁ」
    「んで舌打ちで懐かしんでんだよ」
    「僕だって自分が舌打ちで懐かしんでる事に驚いてるよ」

    思わず舌打ちをするがそれさえも出久は懐かしむように楽しんでいる。
    楽しそうに笑う出久が勝己の手を引っ張って前へ進む。
    その足取りは先程よりも軽やかに感じた。


    そこでそういえば、と感じた疑問を出久に聞いた。

    「病室で歌ってた歌、歌うんだと思っとった」
    「リクエストのやつ?」
    「ん、」
    「あ、そっちの方が良かったかな?」
    「いや、配信の歌も悪かねぇけど、単なる疑問」

    聞かれた出久の顔を見ればどんどん赤くなっていく。
    勝己は何かおかしな事を聞いたか?と一瞬悩んだが出久が話し始めた。

    「その歌は…かっちゃんの傍でしか歌いたくないなって、思ったから…他の人に聴かせるのは…ちょっとなって…」

    その可愛らしい赤い顔に、勝己の胸には好きが積もっていく。
    今この時だけは、出久は俺のものだと錯覚してしまいそうになる。

    いつか絶対出久が泣く必要も無い平和な日常で歌ってもらう、2人だけの子守唄を。

    勝己はどうしようもなく愛おしさを感じて、握っていた出久の右手を指を絡めるように握り直して歩くペースを上げた。

    「今度はその歌歌っても泣くなよ…」

    そう言った自分の耳が熱くなっている気がしたが、気のせいだと放っておくと、出久が勝己の手を優しく握り返した。

    「…それはかっちゃん次第かな?」
    「うっせ、テメェの涙腺の根性が弱っちいんだよ」
    「涙腺の根性とは??」

    クスクスと笑う出久の声が嬉しかった。
    __傍に出久が居る。

    握った手の温もりを確かめて勝己も釣られて笑う。

    手を握って歩く2人の他愛のない会話は目的の店に着いたあとも続いた。






    「かっちゃん、その麻婆豆腐何辛なの?」

    真っ赤に染まった勝己の目の前にある麻婆豆腐の皿を見て出久は顔を顰めた。

    「10辛」
    「うわぁー…」
    「やんねーぞ」
    「いやそんな赤いの貰っても食べれないよ。
    あ、僕の油淋鶏いる?」

    そう言って出久は自分が頼んだ油淋鶏を勝己に見せた。

    「食う。お前炒飯は?」
    「欲しい!」

    油淋鶏を小皿によそって渡す出久に、代わりに勝己が頼んだ炒飯を小皿によそって渡す。

    おいしい!と目をキラキラさせて笑う出久を目の前で眺めるのは悪くなかった。



    夕飯を食べ終え、店を後にする。
    会計で「僕も払う!」「いい、いらん!」と一悶着あったが勝己が押し切り全額を払った。

    「なんか申し訳ない…」

    しゅん、と縮こまった出久が少し不満気に唇を尖らせた。
    勝己は出久の尖った唇をぎゅむっと摘んだ。

    「いーんだよ、俺が勝手に来たんだから」
    「ムー…」
    「…次メシ食う時は払わせてやるよ」
    「ん!」

    勝己の言葉に満足した出久はニカッと笑った。
    それを見て勝己はパッと摘んでいた出久の唇を離して左手を差し出した。
    摘まれた唇を擦る出久は「ん?」とハテナを浮かべてその手を見つめた。

    相変わらずこういう類には察しが悪くて良いような悪いような…。
    勝己は小さくため息をついて出久の右手を取って指を絡めて手を繋いだ。

    「へ?」

    やっと差し出された左手の意図を察したのかじわじわと顔を赤く染めていく出久は自分の右手と勝己の顔を何度も見返す。

    「もう夜遅いから送る」
    「っ、い、いいよ!かっちゃんの帰りが遅くなっちゃう!」

    出久は絶対そう言うだろうと思ったが勝己とて意見を譲るつもりは無い。

    「お前とここで別れて帰ってみろ、俺が各所から叱られるわ」
    「う、」

    そもそも1人で帰すつもりなど無いが、仮にもし出久を夜遅くに1人で帰したと知れば何処からともなく殴り込みに来る連中がウジャウジャいる。(※主にA組関係)
    勝己も出来ればそれの相手などしたくない。

    「で、どうする?」
    「…かっちゃん、お願いします…」
    「ん、」

    了承した意を伝えるために手を握り直せば、出久はまだ赤い顔をふにゃりと綻ばせて笑った。

    「ふふふっ」
    「なんだよ急に笑い出して」
    「さっきもだけど、かっちゃんと手繋いで歩くなんて子供の頃以来だから嬉しくって」
    「そりゃあヨカッタナ」
    「なんでカタコトなの?」
    「ガキみたいに手ぇブンブン振り回すヤツが成人迎えてるとは思えなくて引いてたんだよ」
    「だって嬉しいんだもん」
    「ハイハイ」
    「ハイは1回だよ、かっちゃん!」

    楽しそうじゃれ合う2人の姿を夜空に浮かぶ月が照らしていた。
    そんな幼なじみ2人はアパートまでの道中、その手を離すことは無かった。





    ちなみにその2日後に出久からこの日の事を聞いた耳郎から「そこまでやっておいてなんで告らない?」と勝己の元にメッセージが来たのは言うまでもない。




    ▽▽▽▽▽▽
    (おまけ)

    出久のアパートに着いて「あ、かっちゃん部屋に寄ってく?」と言われた時は、勝己は自分が持てる全ての理性を総動員させ帰宅した事は勝己以外の誰も知らない。

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