ここをあけてドンドンドン……!ドンドンドン!
重厚な城の扉は来客のノック、と呼ぶにはいささか激しい殴打によって、外側から今にも破られそうだった。ホールに響く破城槌のごとき轟音。これが体当たりではなく本当にただのノックだと言うのだから恐ろしい。
いつものようにお茶の準備をし、いつものように気に入りの菓子を持ってくると言う恋人を、城へと迎え入れた私は、しかし彼の姿を一目見た瞬間反射的に扉を再び閉めてしまったのだ。
「おじ様?いったいどうなさいましたの?ねえ、ここを開けてくださいませ。私です、貴方の可愛いロナルドですわ。」
扉越しに聞こえる愛らしい恋人の声は、哀れなほど震え。今すぐにでも謝罪して笑顔で出迎えたくなる。
が、いやいや、まてまて。
「どうしたもこうしたもないよ!お嬢さん?!本当にお嬢さんかい?!君こそ、一体全体どうしたのだねその姿は?!」
扉の隙間から垣間見得たのは筋肉の妖怪かな?と目を疑う様なムッキムキのゴッリゴリのロナルド君だった。
大胸筋も三角筋も、上腕三頭筋も僧帽筋も、上腕二頭筋も大腿四頭筋も臀筋群でさえも!!筋肉という筋肉がパンプアップしまくっている。つい先週会った時には、ルネサンスの芸術家が魂を込めて磨き上げた彫刻のような肉体美だったはずなのに。ナイスバルク!一週間で仕上がりすぎだろチョモランマかい!腹筋で大根おろししたろかい!
ああ……、華も恥じらう顔かんばせだけがかろうじて無事なのは、幸いと言うべきか滑稽というべきか。
顔と身体で掲載誌が違う。顔はボニータ、身体はチャンピオン。歩く姿はプリンセス。なかなか語呂のいい秋田縛り、って言ってる場合じゃない。
アニメなら作画崩壊ってトレンドになるぞ。
「ああ、この身体ですの?吸血鬼世界マッチョ化計画なる方とちょっと(拳で)お話し合いを。」
「吸血鬼世界マッチョ化計画?!!」
意味がわからなすぎて復唱してしまう私。もちろん復唱しても意味はわからないが。
「ええ、万物をマッチョにするプロテインを操るんですって。面白い能力ですけれど、迷惑行為ですので是非希望する方にだけその能力を使う様にお願いいたしましたわ。」
えええ、何それ。うらやましい。私にもその能力効くかなぁ。
もし効果があるならそのプロテイン定期購入したい位だ。そうすればロナルド君との手合わせも今よりもっと楽しいものになるだろう。私はどうしても取り得る戦術が限られてしまうからね。私にも筋肉があれば、飛んだり跳ねたり、持久戦も……。
「無事反省していただけましたし。この程度の後遺症は、退治人にとっては瑣末なことですわ。」
そうだった。まだ見ぬ己のムキムキよりも今は目の前のムキムキだ。
普段からすでに丸太のような腕をしていると言うのに、ぼこぼこと血管が浮いている様はまるで、縄文杉のようで。その威容は瑣末などと表現できる迫力ではなかったが。
ドンドンドン……!
「私のお仕事にご興味がおありなの?おじ様にならいくらでも語って差し上げるわ。でも、だから……」
ドンドン……ドンドンドン!
ドアノブ握りしめて扉を押さえる私の身体に、ノックと呼ぶには強すぎる。地響きの様な振動が伝わる。
「ねぇ、おじ様いじわるなさらないで。愛する方。お顔が早く見たいわ。そして、ねぇ熱い抱擁を……」
はぁ……とこぼれた熱い吐息。扉越しにもその熱が伝わってくる様な。
ああ、お嬢さん。せっかく来てくれたというのに閉め出してしまう形となったことは、私だって不本意だ。慚愧の念が絶えない。胸が痛む。まさか泣いているのではあるまいね。可哀想に。私も今すぐにもこの胸へ抱きしめてあげたいよ。
しかし、しかしね。
今の君の有り余る魅力には、私の器が足りないのではないかという心配がね。
そう、物理的に。
危惧しているのは、つまりそういうことだ。
恋人関係となった私たちは会うたびに身体を重ねている。
お茶を飲み菓子をつまみ戯れる様に手合わせをして、そして夜も更けてから明け烏がなくまでしっとりと。ということもあれば、会ってすぐ情熱的に、ベッドルームへと行く時間も惜しんで、このホールで性急に。はしたなくもバラ園の茂みの陰で密やかに、ということもある。
恥ずかしながら、というべきか彼の逞しい雄蕊おしべを受け入れているのは私の方だが。そのことについて今更何も言うことはない。
受け入れる方が身体の負担は大きいのだから身体が資本でもある退治人の彼に無理をさすよりも、年長者であり再生能力のある吸血鬼の私の方が適していると判断してのこと。
それに、彼と会わなければ体に備わったその秘所を、何かに使うということもなかったのだから。
だから、そう。それは良い。勉強熱心かつ精力旺盛な彼の手管によって開かれて慣らされることも、それは甘んじて。ああ、まさに甘い執着と共に飲み込んで受け入れたことではあるのだから。
が……、しかし、だからとは言えあんな、あんな大きさは……。無理だ!
壊れる!裂ける!絶対。
成人男性の腕か野球バットほどもあるような、あんな大きいのが入ったら。
気持ちいい場所を全て押しつぶされて、入ったことのない奥まで開かれて。
私は……。私は……。
へその上の辺りにまで入ってしまうのではないかと、無意識にさすった手のひらに、あろうかとか自身がピクリと反応した。
腹の内がズクズクと疼く。喉が渇き、唾液が溢れる。
薄く幕の貼った思考を、ドンドンドン……!ドンドンドン!という再びのノックが遮る。心臓が跳ねる。待ってくれお嬢さん、心の準備が!
そして、ふと、私は思い出した。
初めて彼がこの城を訪れた、あの運命的な時間を。
その時も彼はノックをして。それだけで扉は、蝶番から壊れて倒れてしまったのではなかったか。
翻って、扉を見る。
今は鍵さえかかっていない。
私が咄嗟に閉めてしまい、押さえているというだけだ。手合わせであれば受け流すこともできるが、こと純粋な腕力による押し合い勝負ということになれば勝敗は火を見るよりも明らか。
つまり彼がほんの少しでもその気になりさえすれば、容易く扉は開かれる。
だというのに彼は「開けて」と懇願するばかりで、無理に押し破ろうとはしない。会いたい気持ちも私と同じ様に募っているだろうに、私が閉めたという事実を前にちゃんと手加減をして待ってくれているのだ。ああ、そのなんと健気なことか。
そうとも。怖がることはない。いくら姿形が変わったとしても私のお嬢さんは、変わらず可愛いらしいお嬢さんではないか。優雅なお茶会と小粋な会話。甘味と花と、そしてなにより私を愛してくれている。私のファムファタール。運命の人。比翼連理。
多少、そのアレが大きくバキバキになって、もう限界だと思う以上の奥まで開かれて、体力も筋力もいつも以上に際限なく求められ高められたとしても。
そう、それすらも、なにもかも。私は彼に開け渡しているのだから。
「まぁおじ様。私を焦らすなんて、可愛い方。」
気づけば、私は自らの手で扉を開いて、彼を招き入れていた。
「うふふ……♡我慢した甲斐がありましたわ、良いお顔。ご期待に添える様がんばりますわ♡」
選択を早まったかもしれない。