『22日のショートケーキ……8日なら?』 期待をしなかったかと聞かれれば、それは、当然した。めちゃくちゃした。
だって、今日は俺の誕生日。
年に一度のスペシャルチートデー!
白髪も生え始めた五十路のおっさんが、自分の誕生日にそうテンション上がるものかねって普通なら思うかな。思うのかもしれない。
でもうちにいるのは普通じゃないスペシャルに可愛い嫁。二世紀強もの間、毎年これでもかと自分の誕生日を血族親族に祝われてきた吸血鬼。楽しいことが大好きで楽しいことしかしないと豪語する享楽主義者。そして自分が与えられた分だけ、周囲へと与えるのに躊躇のない天然のお人よし。あるいはノブリスオブリージュ。手を変え品を変え俺の誕生日を毎年祝ってくれる気まぐれ装い愛情深猫ちゃん。
3年前のような30年前のような気がするいつぞやの誕生日には、メモに書かれた謎を解いてく宝探しにも巻き込まれたっけ。こっちは疲れてんのに無駄におちょくられて遊ばれて時間かけさせられて、むかついたけどオム焼きそば美味かった。
それに、落ち着いて考えれば、むかついたそれも全部、滅茶苦茶可愛いんだ。
だって、わざわざ俺の行動を読んでヒント考えて手間暇かけて準備してさ。どう思ってどう行動するか推理するなんて、俺のこと分かってなきゃ出来ねぇことだって気づいたから。どんだけ、俺のこと好きなんだよ。構ってほしくて憎まれ口叩くんだよなぁって、気がついてからは全部が愛おしくてたまらなくなった。
どんな心境の変化だか髪が伸びて大人っぽい顔をするようになったドラルクは、今でもオナモミ見かけたら俺にくっつけようとしてくるしょーもないガキの一面も持ってる。俺もそれに全力で答えて殺す。
でも、内心ではイタズラ子猫ちゃんって思ってたりもする。俺が本気で怒ってないのがわかるのか、つまんないって口を尖らせる。それも全部が可愛い。
扉一枚を隔てて、リビングで棺桶の蓋の開く音がすると、日没の合図だ。俺はあまり進まなかった執筆を切り上げて、ドラルクにおはようの挨拶をしに行った。棺桶の中で伸びをするドラルクが立ち上がるのに手を貸して、それから、今日の予定とか体調とか、愛してるって伝えながらキス。一番に言ってもらえるかなって思った「お誕生日おめでとう」は、まだ言われ無かった。期待してたせいで、ちょっと俺もテンション上がってて、起き抜けにベロ入れるキスなんかしちゃったせいで怒ってたから、それで言い逃したのかも。俺のおばか。だからって「今日は誕生日」って俺から言うのは止めておいた。ドラルクから言って欲しかったから。
ベロチューでふわふわになりながらプンスコしてるドラルクの尻を揉んで、さらに怒られて。いつものように挨拶の後はまた自分の仕事に戻る。
身支度だとか掃除機の音だとか、パタパタごとごとゴーゴーと聞こえる生活音。幸せの日常の音。
でも、ドラルクが完全に俺の誕生日を忘れるとか、怒ってスルーするってことは無いはずなので。期待してる。めちゃくちゃ期待してる。
そわそわしつつも仕事に集中していた数時間の後。
かちゃり、と音を立ててリビングから顔を出したドラルクの手の上には、黒くて丸いいつものお盆があった。その上にあるのも、いつもの俺用赤いマグカップ。ドラルクの格好も、いつもと同じ黒いシンプルなエプロンだ。
お疲れ様、と置かれたマグの中では黒い液体が、蛍光灯の光を反射していた。
いつもの、コーヒー、だよな。
ありがとう、と口では伝えたものの。少し残念に思ったのは確かだ。
じゃあ、頑張ってね。とリビングに戻るドラルクを目で追いながら、いつものように無意識でコップを掴み、口元に運び、コーヒーを飲もうとして。
「ん?……ええ?」
当たり前のように飲もうとしたそれが口に入ってこないことに、咽せた。
慎重に持ち上げたマグカップを、まじまじと眺めてみる。
手に伝わる取っ手の温度が冷たかった。アイスコーヒーなのかと思ったが。
はてなと、疑問符を浮かべながら、試しに傾けてみるとコーヒーの水面は変化せずに、まるで停止してるみたいに固まっている。
すげぇ、なんだこれ。コップに入ってるイコール飲み物だと、完全にだまされた。マジックみたいだ。
混ぜる用だと思っていたティースプーンで黒い表面を突いてみると、ぷるん、と簡単に割れたそれは、多分コーヒーゼリーかな。ぱくりと一口。ほろ苦い味。カフェインの強い刺激が脳に効いて、目が醒めるけど、ちょっと俺の舌には苦いな〜。と思ってたら下から白いクリームが出てきて口の中で混ざり合いちょうど良くなった。
クリーム、だけじゃなく、ババロア? ミルクプリン? ふわふわして柔らかくて、甘くて美味しい。
味わいながらさらに食べ進めると真ん中あたりにチョコソースが入ってる。優しかった味にパンチを与える強い甘みと、それからこれは俺の好きなミントの味。滑らかだった口当たりが変わって歯でカリカリと砕けていく感触も楽しい。小さいクラッシュキャンディーになってるんだ。鼻と喉にツンと抜ける清涼感がいい。
味変だ、美味しい! ちょうどいいミントの味! 好き!
うまうまと楽しんでいると、もう、コップの半分以上を食べちまってた。このまま食べて全部無くなってしまうと思うと寂しくて、自然とスプーンを運ぶペースが落ちる。大事に、スプーンの先でひとすくい。濃厚なチョコミントソースを、舐めるように味わっていく。
お! 糖分を補給された脳が動いてきたのか、今回の依頼に良い感じのネタが思いついたぞ! 忘れないうちにパソコンで走り書きしておこう。多分俺以外が見たら意味のわからない言葉の羅列。でもひらめきは残ってる。後はこれを文章としてさらに良い感じにまとめたらなんとか締め切りには間に合いそう。よし、よかった、と一息ついて、さらに残しておいたのを食べることにした。
少しだけ溶けかかってチョコやミントが混ざってるのも、これはこれで美味しい。すると、まるで俺がここで一回箸休めするのをわかっていたかのように、溶けてきたチョコソースを受け止めるスポンジ生地が出てきた。アーモンド? カラメル? わからないけど少し香ばしい。すご! めちゃくちゃ手が込んでるな?!
チョコの口がリセットされて、またホイップになって、ああ、これでお終いか〜と名残惜しく最後の一口を大きく掬うと。最後にドキッとするほど赤くて艶々した赤い果実が顔を出した。慎重に掘り進めて、丁寧に周りのクリームを取り除き、ゴロンと出てきたのは、真っ赤な苺。
俺の気のせいじゃなければ、それはハートの形をしていて。
愛! キュンときた! 可愛い!
俺の心臓撃ち抜かれた!
甘酸っぱいそれをキュンキュンしながら美味しく全部平らげたタイミングで、もう一度ドラルクがこっちに来てくれて、今度は本物の冷たいアイスコーヒーを差し入れてくれた。
「ナイスタイミング! おやつとコーヒー、ありがとうなドラルク♡」
「美味しかった?」
「ああ、美味しかったし、最初飲もうとしたら飲めなくさ! チョコとか色々出てきてびっくりしたぜ」
「ふふふ、大成〜功〜」
「そんで、びっくりするほどkyawaii〜〜大好き〜〜」
「おや、カップケーキ、そんなに気に入ったかね」
「俺が可愛いって言ったのはオ・マ・エ♡」
「……わ、私が可愛いのは世界の真理だし? 君が私のこと大好きなのも知ってるが?」
って言いながらそっぽむいて頬を赤らめてるのが可愛いよな。元々可愛かったけど、30年でもっと可愛くなったと思うんだ。俺も素直に可愛いって言えるようになったし。
デスクチェアをドラルクの方へ回して、腕を広げて待てば、情景反射のようにすっぽりと収まりにくる痩身。軽い重みの腰と尻をホールドしたら、トラウザーズ越しに感じる手触りがいつもと違うのに気が付いた。
え? これは、ノーパン?!いや違う、布面積少なめ薄めのえっちおパンツだ! えっちおパンツ履いててくれる! もしやと覗き込んだ黒いエプロンの下にも、白いシャツにうっすらと透けている赤い模様。ここにも苺! おかわりの苺だ! 食べて良い?!
耳、頬、目元、可愛いと思った場所全てにキスを落とす。最終目的地は二つの苺。より正確には苺模様のアップリケかニップルシールか、その下に隠された俺の可愛いおっぱいちゃん。艶々プルンプルンになるまで今日も可愛がってやるぜ!
あわよくばこのままここで、と思った俺の下心はしかし、ドラルクの「待って」の声に阻まれた。
「クイズだよ。どうして、苺が下に隠されてたのか解るかな?」
ええ、クイズ? なぞなぞ? なんで? 見えなくする可愛いイタズラってだけじゃなくて? 苺が下の意味?
それに隠されてた苺って、どっちの意味?
ああ、もちろんカップケーキの中にあった苺のこと、だよな。締めとして食べ応えあって美味しかったしハートで可愛かった。愛を感じた。
でも正直、今はその苺よりも、目の前に隠されている美味しそうな苺の方が俺は気になるのですがね? 美味しそうな両胸の先端、啄んじゃダメ?
「正解者には、ご褒美の苺もあるから、頑張ってね?」
そう、言いながら俺の唇を人差し指で優し〜くなぞるドラルクはえっちだった。
このプレゼントを今すぐに開封できないのは残念だけど、ドラルクもノリノリで用意してくれてるんだから、ここは押し切って無理やり暴くよりも乗った方が最終的により楽しい思いができる見た! 慌てるゴリラは貰いが少ない。大きい葛よりも小さい葛だぜ。
なんだろう、絶対に正解せねば!!
ああ、くそ! でも、誘惑しやがって可愛いな! 焦らされた分大事に舐め転がして味わってやるから覚悟しとけよ!
真っ赤な果実を下に隠した、とある8日のバースデープレゼント。
ヒントはカレンダーだよと、こっそり教えてくれる俺のシュガー。
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