12/19:アイスクリーム ジャックが店の名前を「ビストロ・ドラゴンナイツ」に改名してから暫くし、ヴェインを通して冬向けの新メニューが完成したという話を聞いた。
特にデザートのアイスクリームは好評らしく、久しぶりに顔を出すついでに食べに行きたいと思っていたが、忙しい日が続きなかなか店に行けないまま時間ばかりが過ぎてしまった。
今日も大量に追加された書類の処理を進めていると、執務室の扉が叩かれる。
「どうぞ」
促されて室内に入って来たのは、少し予想外の人物だった。
「息災か?ランスロット」
「ジークフリートさん……!ご無沙汰してます」
その顔を見た瞬間、心なしか気持ちが軽くなった気がした。久しぶりに会えて喜んでいたからだとしたら、我ながら単純過ぎて呆れてしまう。
ジークフリートさんは積まれた書類に気付くと、複雑な笑みを溢していた。
「そうか。もうそんな時期か」
この時期はとにかく調整のために提出する書類が多く、ジークフリートさんは懐かしむように苦笑いをする。いつもはヴェインと分担して進めているが、今日は見習い達の指導の方に集中して貰っているので、書類の作業は自分1人だけで行っていた。
「えぇ……ですが、今日の分はこれで終わりなのでこのまま一気に進めていくつもりぇす」
そう言うとジークフリートさんは微笑ましいものを見たような表情で、そうか、と返して下さり、かと思えば、何かを少し考えたような素ぶりを見せる。
「少し、厨房を借りても良いか?」
思案を終え申し出た内容も予想がつかないもので、しかしそれを否定する必要性はどこにもなかった為、俺はそれを快諾した。
ジークフリートさんは、また来ると告げて執務室を後にした。一体厨房で何をするのかと、全く説明のなかった、ジークフリートさんがずっと手に持っていた袋の正体が気になるところではあるが、俺はとりあえず書類仕事に戻ることにした。
***
書類の山を、残り僅かな所までどうにか片付けることができたので、立ち上がって身体を伸ばしたりして少し休憩を取っていた。
長時間室内で暖炉の温かさに蒸された体を、軽く散歩でもして冷まそうかと考えているところへ、ジークフリートさんが戻って来た。いつの間にか鎧は全て外しており、軽い服装の姿へと変わっていた。
「少し休憩にしないか?」
そう言って俺の机にジークフリートさんが置いたのは、浅く小さなグラスに丸く乗せられたアイスクリームだった。
「溶けない内に食べてくれ」
「あ、ありがとうございます……!」
気を遣わせてしまって申し訳ないと言う気持ちと素直な嬉しさ両方を抱えたまま、ジークフリートさんに言われるがまま俺は、白と茶色が混ざり合ったそれを一口食べる。
存在感のある苦みと、まろやかで甘いミルクの風味が混ざり合い、そのバランスが絶妙でとても美味しかった。特にこの苦味には覚えがあり、コーヒーなどとは違う独特で不思議な重量感は昔口にしたエレメンタルソルベのものとよく似ていた。
「このアイスクリーム、もしかして魔力の実を使っているんですか?」
俺の質問に、ジークフリートさんは頷いて説明をしてくれた。どうやら、魔力の実が入っている精霊の力の結晶の調達依頼が今回はグランの騎空団に来たらしい。そして、それらを渡しに行った際に、丁度新メニューとして出ていた件のアイスクリームの話が上がり、作り方を教えてくれたとのことだった。
「本当は作り方の詳細をヴェインに伝えることと、納品分から余ってしまった結晶を渡すのが目的で来たのだが、アイツも忙しそうでな。とりあえず、手も空いていたし俺が作ることを提案したんだ」
そうしたらヴェインが自分のことのように嬉しそうに「それ、ランちゃんめちゃくちゃ喜びますよ」と言っていたと、ジークフリートさんは丁寧に教えてくれた。
非常に恥ずかしいが、心の中でヴェインに対して少し憎みつつ沢山感謝をし、顔の熱を取る為に多めにスプーンに乗せたアイスを再び口に含んだ。