可愛いあの子はガチゲーマー(前日譚)イデアが監督生を意識したのは、ある日の歴史学の授業だった。
対面参加の授業を避け続けていた彼の元に、額に青筋を立てたトレインが現れたかと思えば、
「次回の授業に出ないのならば単位は出さない。…来年度もよろしくな、シュラウド。」
と、横暴とも言える言葉を残して立ち去ったからだ。
おっかなびっくり最後列の角席を陣取り、フードを被って気配を消していた時、自分の目の前の席に着いたのが、あの監督生なのだ。
ハートとスペードのトランプ兵で両脇を固め、グリムを抱えた彼女は既にちょっとした有名人で。
曰く、リドル・ローズハート寮長公認の名誉ハーツラビュル寮生。
(毎週の様に開かれるお茶会に、招待状まで貰って参加しているらしい。)
曰く、サバナクロー寮長にも喧嘩を売る怖いもの知らず。
(確かに一緒にいる所をよく見掛ける。)
曰く、モストロラウンジの可愛い小エビちゃん。
(アズール曰く、「飲食業の経験があるみたいですよ、動きが悪くないので臨時バイトをお願いしてます。」)
曰く、ポムフィオーレ寮公認マネージャー兼アシスタント
(時々、ヴィルと二人仲睦まじそうにスマホを覗き込んでいる。)
…そして何より、"男子校における、唯一の女子学生"という、あまりにも強い影響力がもたらすエピソードの数々は、普段自室に引きこもっている自分の耳にさえ色々と入ってくる。
それに、オンボロ寮の監督生(というか学園長の奴隷)という立場故か寮長会議にも時たま顔を出していて、タブレットのカメラ越しに目撃した事も数回。
しかし、彼女から自分に話しかける事も、彼女が自分に話しかけて来る事も無かった。
そう、イデアも監督生もお互いにさして興味が無かったのだ。
…あの授業までは。
「監督生、この席空いてるぞ」
「ナイスーほら、グリム先に行っていいよ。」
「ふなっ?オレ様、子分の隣でいいんだゾ?」
「グリム〜、お前さぁ?この前監督生の膝の上で居眠りしたから、トレインに"監督生の隣の席禁止令"出されてんの忘れたのかぁ?」
「ふな〜」
一気に賑わしくなった周囲に、イデアは心の中で悪態を吐く。
「(ハーツラビュルお騒がせコンビと監督生とか、…最悪。)」
文句を言うグリムが、デュースによって席の端に追いやられる。
デュースの隣に監督生が腰掛け、その肩に馴れ馴れしくエースが頭を乗せる。
「っだー出来ねぇここマジでムズい」
「(うるさっ…てか距離感ヤバすぎんかエース氏、陽キャこっわ…。)」
エースのスマホの画面には、なんて事ないパズルゲームの画面。
カラフルなビーズを指でタップし、くるくるとなぞって並べ替えるタイプの、よくあるソシャゲ。
「ん〜?…これ、そんな難しいステージじゃないよ?」
「うるせー、プロゲーマーのお前とは違うんだよー。」
プロゲーマー、という単語に、思わず反応する。
(監督生氏が?プロゲーマー???…ハッ、どうせ「私、ゲームとかもするタイプなんですよー結構ゲーマーだしぃー、オタクでー、漫画とかいっぱい持っててぇー♡♡」っていう自己顕示欲マシマシのめんどくさい地雷女タイプなんだろ??ハイハイ、良かった良かったでちゅねー??…こういうタイプに限って、ガチアニメトークとかすると「えっ、キモ(ドン引き)」みたいなリアクションするんですよ、まじで。)
勝手に恨みを募らせているイデアの事など知らない監督生は、相変わらずエースと楽しそうにじゃれあっている。
「なぁ、頼むライフギリギリだから、ここクリアしときたいんだよ〜。」
「はいはい、ちょっと貸してね。」
「(おっ、お手並み拝見ですな?)」
何となく、……あくまでも授業開始までの暇潰し。
イデアはそっと身を乗り出し、監督生の手元に注視した。
「ここのステージはねぇ、青色から揃えるのがいいの。」
そう言って、ひとつのビーズにタッチすると、迷うこと無く指をスルスルと滑らせる。
PONPONと重なるコンボ音に、隣に居たデュースも、彼女の手元を覗き込んだ。
「おおっ、凄い7連コンボ」
「子分はゲームめちゃくちゃ上手いんだぞ昨日の夜も、追いかけっこするゲームで、負け無しだったんだゾ」
何故か自慢げなグリムに、監督生はスマホから視線を外さず相槌を打つ。
「あれは対戦相手のサバイバーが初心者だったからねー。」
「ふなぁ、ゲームの専門用語言われてもわかんねぇゾ…。」
「その割に、いつも私の事応援してくれてるもんね〜。」
「当然だゾ子分の働きはちゃんと認めてやるもんだからな」
「あはっ、サンキュー親分。…、はい、クリア。」
ステージクリアの文字が踊る画面を、エースに手渡す。
「おー、さすが」
「この辺りのステージは、青と赤が揃いやすいから意識して揃えるといいよ。…この山場を超えたら、新しい種類のビーズが出て来てボムが使える様になるから、頑張って。」
「うっす、サンキューな」
白い歯を見せて笑うエースが、監督生の頭を乱暴に撫で回し、彼女は不満の悲鳴を上げる。
「静かに……授業を開始する。」
トレインの声に、目の前の1年生達はきちんと静かになりノートを開きはじめる。
イデアの顔を一瞥すると、トレインは静かに頷き、いつものように板書を始める。
「…。」
正直、気が気でなかった。
イデアの目の前に座っている監督生は、自分の嫌いな「ゲームが好きな自分が大好きな自意識過剰な女」であるべきだった。
イデアの聖域である、ゲームが好き、というフィールドに土足で入り込んできた彼女の事を、彼はこの日嫌いになった。
これが、イデア・シュラウドが監督生を意識したきっかけだった。
…
「寮長〜、ちょっとお時間いいですか?」
立ち止まってみれば、ゲーム機器の制作が趣味だという2年生が、後輩を何人か連れて自分の元に駆け寄って来た。
「いいけど…、なんかあった?」
「例のゲームが上手く行って、テストプレイしたんですけど…。その、同じ寮の身内だけじゃなくて、色んなプレイヤーにもやって欲しくって…。」
彼が手に持っているゲームパッドは、彼の自作品で。
時折、談話室で後輩を含めてゲーム大会という名の調整作業をしているので、イデアもよく知っていた。
「あー、わかるよ。…外部の忌憚のない意見大事。特に、プログラマーじゃなくて、あくまでユーザー目線の意見。」
「そう、まさにそうなんですよ」
釣られて、彼の後ろの後輩達が力強く頷く。
「…で、他寮のゲーム好きをウチの談話室に呼んで、ゲーム大会やりたいんです。」
「ダメ、っすか?」
キラキラと期待の籠った眼差しを避ける様に、イデアは思わず顔を逸らした。
「……別に?いいんじゃない、談話室なら。…折角だから、ウチのゲーム、色々触らせてあげなよ。」
沸き立つ寮生達にイデアは肩を竦め、その場を立ち去ろうと踵を返した。
「よっしゃー、寮長のOK取れたぞー」
「日付いつにする?」
「早速、監督生に連絡しよう」
「てか、連絡先知らないんだけどー。」
「ちょっと待って誰を呼ぶって」
聞き捨てならないセリフに思わず飛び上がり、後輩に詰め寄る。
ゲームパッドの彼が、ごくりと喉を鳴らす。
「か、監督生…。…オンボロ寮の、監督生です。」
「…。」
「な、なんか不味かったですか…?」
「…。」
「…寮長?」
「…なんでもない。…その日、僕も参加するから。」
後輩の反応を待たず、イデアは足音荒く自室まで突き進む。
「(なんでここで彼女が出てくるんだよっ、…クソッ…。)」
苦々しげに舌打ちすると、イデアはポケットに両手を突っ込み、自室まで黙々と歩き続けた。
…
「お邪魔しまーす」
イグニハイド寮の談話室に、女子特有の良く通る声が響く。
大きな紙袋を片手に現れた彼女は、グリムをお供に談話室を横切った。
「いらっしゃい監督生イグニハイド寮にようこそ」
ゲームパッドの彼が、淡く頬を染めて彼女を歓迎する。
「こっちこそお呼ばれしてもらって、ありがたいです…あ、これお礼のお菓子…。」
「そんな、お気遣いなく…。」
「いえいえ…。ハーツラビュル寮公認のクッキーなんで、味は保証します」
ニコニコと紙袋を差し出す彼女をソファ越しに伺い、心の中で舌打ちした。
「(見境なく媚びちゃって…、あざといわ〜。しかも菓子持参とか、あざとすぎでしょ?)」
「イデア先輩、今日はお邪魔します」
いつの間にか自分の目の前にいた彼女が、ソファに腰掛ける自分を見下ろす形で微笑む。
「よっ、イデア子分が世話になるんだゾ」
彼女の背中からグリムが顔を出し、イデアも思わず毒気を抜かれてしまった。
「ぅっ…あっ、ハイ…ども。」
イデアのポソポソした返事にも彼女は愛想良く笑うと、主催チームに呼ばれて踵を返した。
「…。」
バクバクとうるさい心臓は、対面会話の緊張と彼女への嫌悪感によるものだと自分に言い聞かせ、イデアは唇を噛み締めた。
「あっ、ゲームパッド新しくなってる」
監督生の為に用意された席に座ると、彼女は早々にゲームパッドに興味を示した。
「さっすが監督生…ぶっちゃけ、テストプレイ中に破損しちゃってね、従来型は操作感に重視を置いてたから、強度の面で問題があって……。」
熱をあげて語り出す彼を、イデアはむず痒いような気持ちで遠くから見つめる。
「(あぁあぁ…、オタク特有の早口…ぜったい監督生氏引いてるよ…。女子はオタトーク興味ないんだって…。)」
しかし監督生はイデアの焦燥とは裏腹に、ふむふむと相槌を打ちながらコントローラーを握り、ガチャガチャと動かす。
一通り彼が話し終えた所で、彼女の凛とよく通る声が談話室に響く。
「…いや、正直なところ制作側の気持ちはわかんないんですけど。操作パッドって、個人的にはある程度重さがあった方が操作安定するし、プレイ中に手元が動くと集中出来ないんで、重量重めの強度重視は全然ありじゃないですか?てか個人的に、ボタンの反発がちょっと軽いかな、って。コマンド入力要求するゲームで、"押したつもり"になってるのが1番不味いんで…。」
彼女も負け時とペラペラ話し始めると、ボタンをカチカチと鳴らす。
「…え、……ガチじゃん。」
彼女の真剣な言葉に、イデアは思わず呟く。
幸いにも、遠く離れた彼等にイデアの呟きは聞こえていなかったようだ。
「た…、確かに」
「このボタン、個人制作のレベルなら、既にすっごいんですけど。…先輩達なら、こだわってくれると信じてるんで。」
監督生の言葉に目を輝かせる寮生と、つまらなさそうな顔のグリム。
「…おめーら、何言ってるか全然わかんねーんだゾ。つまんねーんだゾ。」
「あはは…、グリム君ごめんね。…監督生、早速はじめようか」
監督生は苦笑いして、ぶすくれるグリムの頭を撫でると腕まくりをする。
「…じゃあ、誰からやってくれるの?」
所謂格闘ゲームというジャンルで、イグニハイド寮きっての精鋭達が挑む中、監督生は順調に勝利を重ねる。
…というより、"負けたら交代"のルールで、彼女だけがゲームパッドを握り続けている。
ゲーム画面を真剣に見つめる監督生の横顔を、イデアほぼんやりと眺めていた。
「…。」
「ね、監督生強いでしょ」
「お、わっ」
試合に負けたゲームパッド製作者の彼が、いつの間にかイデアの隣にいた。
負けたと言うのに満足感を顔に滲ませ、少し紅潮した頬を冷ますようにエナジードリンクを一気飲する。
「彼女、本当にゲームが好きみたいで。…どんなゲームの話も、…知らないジャンルの話でも一生懸命聞いてくれるんです。」
「…。」
さすがに面と向かって、「キミ、クソちょろ童貞じゃん」とは言えず、イデアは黙り込む。
「寮長も、監督生とプレイしてみてくださいよ大丈夫ですって彼女、分かってる側の人間ですから」
「あー、はい、うん。…そのうちね。」
K・Oアナウンスと共に、寮生が湧き立つ。
やはり勝利したのは監督生の方だったらしく、彼女は心底楽しそうな笑顔でグリムとハイタッチしている。
「…無邪気に喜んじゃってまあ。」
思わずひとり悪態をつく。
イデアは舌打ちもしそうな勢いで、監督生を細目で眺めていたが、隣の彼が立ち上がった事で話は変わってきた。
「次寮長が監督生とやりたいって」
「はっ、はぁあ」
「よろしくお願いしまーす」
「……っ、しゃす。」
「子分〜、ボコボコにしてやれ〜だゾ〜」
手汗でベタつく手をズボンで拭い、イデアは静かに深呼吸する。
「(大丈夫、アドバンテージはこちらにある。監督生氏は今までプレイしてきた疲労もあるはずだし、僕の方がこのゲームはやりこんでる。…落ち着け、落ち着け。)」
"ラウンド…、ファイッ"
カン!!と小気味よい鐘が鳴り、試合が始まる。
まずは様子見、と言わんばかりの動きに、イデアは思わず舌打ちする。
(…悔しいけど、かなり上手い。)
回避攻撃からの弱攻撃は、あっさりとカウンターを決められてしまった。
(くそ、…コマンド入力上手いな。それに迷いがない。…割とマジできついかも…。)
「先輩、考え事ですかぁ?」
挑発的な声に、思わず思考が止まる。
バキッ、と監督生の操るキャラクターが、渾身のパンチをイデアのキャラクターに叩き込んだ。
K・O
「おお、凄いさすが監督生」
「寮長相手に、1本取ったぞ」
ザワザワと騒がしい観衆に、イデアは思わず舌打ちした。
「…ま、まぁ?監督生氏はせっかく遊びに来ていただいてるお客様ですし?多少はサービスとかしないとねぇ〜?…まぁ、これが拙者の本気だと思われても困りますけど〜?」
いつもの癖で憎まれ口を叩くイデアに、監督生はひょいと顔を向けた。
口元を手で覆った彼女が、嫌味な程高い声をイデアにかける。
「…あ、すいませぇん♡……先輩、手加減欲しいタイプでした?」
こてん、と効果音が付きそうな程のあざとさで首を傾げる彼女。
ゴォッ、とイデアの髪が赤く燃え上がる。
直ぐに炎は落ち着きを戻し、いつもの青色に戻ったが。
その一瞬の剣幕に、寮生達は言葉を失った。
「…舐められちゃ困るんだけど?は、なに?拙者がいつ手加減欲しいって?は?」
「ごめんなさぁい♡…だって、あのイグニハイド寮長ともあろうイデア先輩が、負けて悔しいからって憎まれ口叩くなんて思えなくってぇ〜。」
わざとらしいぶりっ子口調の監督生は、露骨にイデアを挑発した後、スっと冷めた目をイデアに向ける。
「やるなら真剣にやってくださいよ、ゲーム、好きなんでしょ?」
彼女の視線は真っ直ぐに、イデアの目を穿つ。
「好きなら本気で、かかってきなよ。」
ずぎゅん、
イデアの心臓が、奇妙な音を立てて捻れる。
「…。」
「ふー…。」
首を鳴らし、肩を回すと、イデアは静かに深呼吸した。
「……上等だよ、かかって来い。」
コンテニューボタンを押し込む。
「負けて泣いても知らないよ、監督生氏。」
「望むところです」
"ラウンド…、ファイッ"
激闘の末、イデアのキャラクターの必殺技が監督生のキャラクターにぶち当たる。
K・O!!
わっ、と歓声があがる。
「さすが寮長」
「すっげぇ、綺麗に決まったなぁ〜」
わいわい盛り上がる外野をよそに、イデアはぐっと拳を硬く握り締める。
「…っしやった、やったどうだ監督生氏」
「…。」
何も言わない彼女に、イデアは勿体ぶって立ち上がると、両手をポケットに突っ込んだまま、カツカツと彼女の席に近付く。
「まぁ〜あ?監督生氏も中々に健闘したんじゃないでござるかぁ〜?なんせ、まぐれとはいえ拙者に1本取りましたし〜?まぁ?拙者の持ちキャラの前には為す術なく負けてしまった訳ですが、延長戦まで持ち込めたのは大分頑張りましたなぁ〜、偉いですぞ〜これに懲りたら、歳上をからかうのも程々にしとくんですなあ〜?」
腰を屈めて、彼女の涙でも拝んでやろうとその顔を覗き込む。
(そうしたら、この高ぶる興奮も、ちくちくした胸も、少しはマシになる気がしたから。)
突然、がしり、とイデアの両手が監督生に取られる。
「…ひっ」
「すっごいです、イデア先輩マジで強いですね」
彼女は頬を興奮で真っ赤に染め、イデアの両手をぶんぶんと振り回す。
「いや、ラストの超秘めっちゃ決まってました予測可能回避不可能ってあんな感じなんですねあの盤面だと、私はコンボ決めるしかないっていうの予想して、…からの、アレですよねやっぱり経験ですかすごいですいいなぁ、私もあんなプレイ出来るくらいやり込みたい…さすが、イグニハイドの寮長」
「ぅ……、ぐ。」
仕舞いにはぴょんぴょんその場で跳ねる彼女に、イデアは僅かに頬を染めて小さく唸る。
「あ、それから。…いくら本気でやって欲しいからって、煽ってすいませんでした。ゲーマーとして恥ずべき行為でした。」
突然両手を離し、ぺこりとお辞儀する彼女に釣られて、イデアも思わず腰を折る。
「あっ、いや…。せ、拙者が先に言ったみたいなとこあるし。きっ、気にしてないから、全然っ」
慌てて謝罪の言葉を述べるイデアと監督生の間に、ひょっこり後ろから現れたグリムが挟まる。
「子分〜、エースから電話なんだゾ〜?」
「あ、やばい。」
監督生は慌ててスマホを受け取り、さっさと帰り支度を始める。
「エース?ごめんごめん、いまイグニハイド。…分かってる、忘れてないから…うん、うん。よろしく〜、じゃね」
ゲームパッド制作者の彼が、監督生に食べ切れなかった菓子を手渡してやりながら尋ねる。
「監督生、大丈夫?何かあったの?」
「あ、大丈夫です夜に、エース達とホラーゲーム一緒にやろって約束してるだけなんで」
「まだゲームするの」
「格ゲーとホラゲーは別腹じゃないですか〜」
「ふなっ今日もサバイバーをボコボコにするんだゾ」
「違うよグリム、今日はゾンビ倒す方。」
「ふなぁ〜俺様、あれ嫌いなんだゾ〜」
楽しそうに片付けを終えると、彼女はカバンを背負い直す。
「…さて、お世話になりました…イデア先輩」
ぼんやりと監督生を眺めていたイデアの肩が、名指しされて大きく跳ねる。
「…ふ、ふぇ?」
「また遊んでくださいね…じゃあまた」
監督生はぶんぶんと手を振ると、スマホで時間を確認しながら談話室を駆けて行った。
ひらひらと踊るスカートの裾と、遠ざかるローファーの足音。
グリムと2人、ゲームの話を楽しそうにする笑い声。
きゅん、
「あ、…まずい。」
「寮長、どうかしました?」
思わず口をついて出た言葉に、片付けをしていた寮生が首を傾げた。
「あ…いや。なんでもない。…ごめん、片付け任せていい?」
「もちろんですまた、監督生呼んでいいですか」
「…いいよ、好きにしなよ。」
「ありがとうございます」
次はどんなゲームをしようかと盛り上がる寮生達を背中に、イデアは自室まで急いで足を進める。
「……まずいことになった。」
きゅん、
慌てて自室に飛び込むと、イデアはベッドに倒れ込む。
「(まずいまずいまずい)」
思わず自分の頬を両手で覆う。
……熱があるかと錯角する位熱い。
「…まじで、まずい。」
イデアはひとり呟きながら、監督生の手の柔らかさや、声の色や、真剣な眼差しをなるべく思い出さないように気を付けながら目を閉じた。
"「好きなら本気で、かかってきなよ。」"
「っう、わぁああっ」
脳内リフレインする監督生の言葉に、思わず顔を枕に埋めると、枕に向かって色々な感情を掻き消すように叫ぶ。
これが、イデアが監督生を"意識するように"なった出来事だった。