最低な嘘「あーーやりたくねぇ~~…」
俺の眼前に置かれたそれなりに大きい机には女の子達から借りた可愛いが露出の多い服が何着か並んでいる。フリルが付いたもの、腹が冷えそうな程丈が短いトップス、それはもはやパンツが見えるんじゃないかってくらいの長さのスカート、背中が大きく開いたワンピース。どれを取っても俺にとっては最悪だ。__彼女達には申し訳ないけど。女装癖を持たない俺にとっては着る機会なんて露ほども無い服たち。
そもそも俺が貴重な休みの夜の時間を使ってまでレディースの服を選んでるのは全部一昨日の朝のあの電話のせいだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
クラブでの仕事を終え、始発の電車に乗ろうと、人が疎らな街をのんびり歩く。歩く俺の視界に入る人々は様々だ。酒に飲まれたサラリーマン、颯爽と歩くOLらしき女性、よく分からんじいさん。まぁでもそんなもんだ。夜よりも少なからずは治安が良い朝のその街を一つ一つ楽しむように歩く。
マナーモードにしてズボンのポケットに雑に突っ込んだスマホが震えた気がして手に取る。表示された画面には『サニー』と単調な文字が浮かんでいた。朝に電話するなんて珍しいなと半ば浮き足立った自分に気づきながらも通話ボタンを押す。
「もしもし?おはよ」
「あぁおはよ。どーした。珍しいな」
寝ぼけた声を予想していたが通話口から聞こえたのは思ってたよりもシャキッとしてる。「あー頼みたいことがあるんだけどさ…」と淡々と告げるサニーが続ける言葉は予想だにしてなかった単語だった。
「潜入捜査!??」
意図せず大声が出た。俺の隣をちょうどすれ違ったスーツ姿の女性が驚いたようにこっちを見てサッと目を逸らした。驚かせてごめんな、綺麗なお姉さん。でも俺もびっくりしてる。
「そう、潜入捜査。女装でよろしく」
「よろしくじゃねぇよ!何がだよ!俺何も了承してないんだけど?」
「別にいいじゃん、お前昼間暇だろ?」
「暇とかの問題じゃねーよ。まず俺部外者なんですけど?VSFの隊長さん?」
「ったく素直になれよ。したいだろ?女装」
「したくないわ!勝手なこと言うな!!」
「じゃあ、そういうことだから。よろしく」
藪から棒すぎるだろ。ツーツーと流れる電話終了の音に思わず舌打ちする。頼まれたからにはやるが…やるけど勝手すぎないか?
「とりあえず服借りねーとな…」
頭の中はもう既に服を気軽に貸してくれそうな女の子たちをリストアップしてる。今の気分は最悪だし、もし可能なら数分前に戻って電話を無視したいくらいだ。
だがわざわざ俺に電話するってことは相当大事なことなんだろう。一肌脱ぐしかない。服を借りる旨の文を考えながら俺の指は自動的に連絡先をスライドしていった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ピンポーン
間抜けな音が玄関から聞こえた。いつもは合鍵で俺の家に入ってくる男がなぜか今日に限っては呼び鈴を鳴らしてる。意味がわからない。机に並べた服たちを素早く紙袋に入れてから玄関の鍵を開けに行く。
「…まだ着てねぇの?」
扉を開けて開口一番に言う言葉がそれか?思わず文句を垂れそうになったが止まらくなりそうだから深く深呼吸して一旦文句を心の端に置いとく。
「ちょうど選んでたんだよ」
「なら今着て俺に見せて」
俺が判断するから、と薄く笑う男の顔はやはり綺麗で不覚にもときめく自分につくづく呆れる。顔が良いとなんでも許しそうになるこの状況になぜか釈然としなくてとりあえず目の前にあった肩を殴って自室に向かう。背後から聞こえる抗議の声は愉快さが滲んでいた。
リビングに続くドアの前で深呼吸をする。そもそも女性服を着たのが初めてだし、恋人に見せること自体ももちろん初めてだ。緊張しない野郎の方がおかしい。
結局悩みに悩んで俺が選んだのは背中が大きく開いたワンピース。男性らしい体つきを出来るだけ隠すには丈の長いゆったりとした服が最適という自分なりの考えだ。我ながら頭が良い。事前に浮奇に教えてもらったメイクを下手くそなりにも顔に施したからか少しはマシなはずだ。意を決してドアを開けた。
リビングでソファに座りのんびりカフェラテを飲んでいた元凶の男はドアの開閉の音が聞こえたのかこちらを見て…………静止した。静止してる。そんなに駄目か?この女装。結構イケてると思うんだけど。
「おい、うんとかスンとか言えよ。恥ずいんだけど」
反応がない。ただ目線だけは上下に動いてる。生存確認バッチリだ。
「…こっち来て、ユーゴ」
おおよそ1分の沈黙の後ようやく言葉を発した男はなぜか耐えるような顔をしながら俺を呼んだ。
そんなキツいか、これ。
途端に自信が消えていく気がするが大人しくサニーの元へ向かい俺のために開けられたソファのスペースにそっと腰を下ろす。
俺がソファに座るまで片時も目を離さなかったサニーが再びじっと俺の全身を見だした。さすがに怖い。
「そんなにひどいか?今からでも代役を」
探そう、という後に続くはずの言葉は空気を揺らすことなく消えた。サニーの唇が俺のを塞ぐ。サニーの節のあるでかい手が俺の顎を乱暴に掴み深く口づける。薄く長い熱を持った舌が俺の口内を荒く弄る。上顎を舐め、舌先を吸い、歯列を確かめるかのやうに舐めたあと満足気にサニーの顔が離れていったときには既に俺の息はあがっていた。無意識に掴んでいたサニーの背中から手を離す。じんわりと湿った手のひらの汗は俺の火照った顔を代弁しているかのようで、ちょっと憎たらしい。
「なんでキスを」
「女装してるお前最高に興奮する」
俺の言葉を遮って言葉を放った恋人の顔は獲物を狙う捕食者のようで。思わず唾を飲み込んだ。
ゆっくりと俺の腹を撫でる仕草から次にされる行為を察した。顔に熱が集まったのを感じる。
あぁ、この服を貸してくれた子に謝らないと。
「…潜入捜査は、?」
苦し紛れに紡いだ俺の言葉を一蹴するかのようにサニーが鼻で笑う。
「部外者に頼むわけねーだろ。今日が何の日かわかるか?」
熱を帯びた綺麗な瞳が、顔が俺に近づいてくる。
ごめんね、と服の持ち主に心の中でもう一度謝ってから俺は応えるようにサニーの首に手を回した。