まだ足りないん、という声とともに差し出された手には綺麗にラッピングされたブラウニーが包まれていて思わず「え」と声が出た。恐らく手作りだろう、それを差し出した当人は「受け取れよ」と俺の中途半端に伸びた手に軽く置く。恋人になってから初めて迎えるバレンタインに正直期待してたのは勿論そうなんだけど、
「お前…これもしかして作ったの?」
「ん?うん。あ、手作り苦手だった?それなら全然捨てていいから」
事前に聞けば良かったな、とユーゴは軽く笑い俺の手に置かれたブラウニーに手を伸ばす。その勘違いを訂正する間も惜しくてブラウニーを胸で抱えた。
「おい、」
「違う、そうじゃなくて。手作りめっちゃ嬉しい。ありがと」
「あぁ、どういたしまして?」
「もしかしてわざわざ作ってくれたの?チョコ嫌いなのに?」
「うん、まぁバレンタインだし。味見してねーから不味かったらごめんな」
透き通った青い瞳を伏せて誤魔化すように笑うユーゴがいじらしくてついその瞼にキスしたくなったがなんとか理性で踏みとどまる。
「そんなことない、絶対うまい」
「まだ食べてねーのに分かるわけないだろ笑」
チョコが嫌いなくせして俺のためにお菓子を作ってくれた事実にぐっときてつい矢継ぎ早にまくし立てるとそんな俺を見てかユーゴが楽しそうに声をあげた。笑顔が見れたことが嬉しくて、思わず目の前のユーゴの手を握る。
「ねぇ俺もうちょっとバレンタイン楽しみたいんだけど」
握りしめた手の力を少し強めてユーゴの目を見つめる。
「いやあげたじゃん。まだ何か欲しいのか?てか誰が見てるかわかんねーから手離せ」
ここまだ教室だぞ?と少し声を潜めてユーゴが言う。
「そうだけど、そうじゃなくて。あっち方面で」
最後の方は流石にまだ学校だから言葉を濁したがユーゴは数度瞬きをした後察しがついたのか「は!?」とでけぇ声を出した。
「明日も学校なんだけど?」
「午後から一緒に学校行けばいいじゃん」
「それは…そうか?」
「なに、嫌なの?俺とするの」
「そうとは言ってないだろって…」
はぁ…とでかい溜息をつき少し思案する様子を見せたあとユーゴはよし!と勢いよく顔を上げた。
「いいよ、いいけど、俺何も準備してないからな?」
「ゆっくりやろうよ。明日午前休みだし」
「サボりって言うんだけどそれ」
呆れ顔で呟くユーゴの口を塞ぐように静かにキスをする。最後までバレンタインを楽しむ開始の合図のように。愛しい恋人が抗議のように軽く叩いてくる衝撃を甘んじて受け入れながら更に深くキスをした。