兄と妹「科場さん」
「なんだ、ペティ」
UFORUで珍しく客が途切れ、大した会話もなく2人で食器やカトラリーを片付けていた時に、ペティの呼びかけによってその沈黙が破られる。
ペティはそのまま手を動かし続けながら言葉を続ける。
「科場さんは…ペティが黒になるかもしれない、と言ったらどう思います?」
科場は手を止めた。あのとき…ケンシロウ襲撃の前後で何度も何度も考えたことだ。
この街では白市民の証明である白市民パスを持っていてもバレないように犯罪をしたり黒市民に協力をしたりしている住民が一定人数いる。それはMOZU内外にもいるため、科場がよく知らないわけではなかった。
ケンシロウ襲撃の際には、ペティが明確な殺害依頼を科場に出し、それに承諾して実行したため、実行犯は科場であってもペティは共犯になる可能性がある。自分の手を汚していないだけでやっていることは犯罪である。しかし、その犯罪はバレておらず、ペティは未だ白市民として活動している。その前置きがあった上でペティが「黒になるかも」と発言するのには何か深い理由があるのだろうと科場は察した。
「…なんだ?闇医者になるのか?あるいは…つまり白市民パスを返納するような、そんなことをするのか?」
科場がペティを振り返ると、ペティは手を止めてうつむいていた。
「闇医者になる気はありません」
「じゃあなんだ?半グレ?ギャングに所属するとか?」
「ペティがギャングに所属するように見えます?」
「見えないな。だから聞いてんだ」
「……」
ペティは黙って何かを考えた後、再び手を動かし始めた。それを見て科場も再び手を動かす。
「お金に困っているわけではないんです」
「まあ、そうだろうな」
「…どうして科場さんは黙って聞いてくれるんです?」
科場はペティに目をやる。
「お前が黒になるかもしれないという理由を聞いていただけだが」
それを聞いたペティは目を泳がせた。科場は話しにくそうにしているペティの黒になるかもしれない理由はさておき、最初の質問に答えることにした。
「…以前、お前には白市民でいた方がいいと、強制ではないが勧めただろう。あれはあの時も言ったが、白市民パスの恩恵をユニベロスが受けられるからだ。それに…一度黒に染まれば、白に戻すのは相当大変だろう。再びパスを取るには時間が必要だし、メカニックもやめなければならないし、周りからのお前への評価や印象も変わる。白であるが故にできた仲のいい人間もいるだろう。黒になって白市民パスを捨てることはユニベロスにとっても、お前にとっても大きく影響することだから、お前が黒になりたいならそれはそれでいいが、迷う以上は白市民でいた方がいいんじゃないかという、そういう考えの元の話だ。今もそれは変わっていない」
「そうですか…」
「それ以上もそれ以下もない。他になにが聞きたい」
「こんばんは~」
そのとき、UFORUのドアが音を立てた。入ってきたのはブラックジャックスだった。
「あらジャックスさん、いらっしゃいませ」
「おい、どの面下げて」
「ボス!…今誰も居ませんし、俺は客として来ました」
科場は時間を見て、そしてマップを見る。3:30。魔女の酒場や、珍しく他の飲食店も開いている。客足が減ったのも理解でき、これからも客はほとんど来ないだろうと予想された。
「……注文は」
持ち上げた声色を元に戻し、科場は淡々と注文を取る。ユニコーヒーが注文された。手際よく豆を挽き、淹れたてのコーヒーをカップに注ぐ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「どうぞ。…請求するぞ」
「ありがとうございます。ボスの淹れるコーヒーは美味しいですね」
「ふん…」
太鼓持ちか、と鼻を鳴らしながら請求書を書いている横でペティがブラックに話かける。
「ジャックスさんは今日も救急隊に出勤してたんですか?」
「あ~まあ、早番の時間でですけどね。0時くらいからは退勤してました」
「へえ、何してたんですか?」
「街で人と話してました。今日は何か色々飲食店開いてたみたいなので」
淀みなく紡がれる会話に、科場は先ほどまでうつむいていたペティの顔を思い出す。ふと、ペティの顔が曇る。
「あの…ジャックスさん。これはここだけの話なんですけど」
「ん?なんですか?誰にも話しませんよ」
「その…」
ペティは科場をちらりと見る。科場に考えが過ぎる。きっと、今のブラックはペティが黒になったらという話を聞けば、「えぇ?危ないですよ、やめたほうがいいです」って言うだろう。そしてペティはそれがわからないはずがない。ペティは黒になるのを止めて欲しいのだろうか。
「別にいいんじゃないか」
「…そうですね。ジャックスさん、もしペティが黒になったらどう思いますか?」
時は少し遡り、一週間前。
「あ~疲れた~あ!姉様おはよ~!」
疲れたと言っている割には太陽のような明るい声色で、パティがペティに話しかける。ちょうどSKEにいたペティは、工具を持ったまま着陸しようとしているスパロウに手を振った。
「おはようございます、パティちゃん」
まるで羽のようにふわりと着地したスパロウから天使のような金髪の妹が出て来る。
「今日もかわいいね」
「えへへ~姉様もかわいいよ」
「そうかなあ」
他愛もない会話をしながらスパロウをチェックし、修理を行う。数秒後にパティは「あ!」と何かを思い出したかのような声をあげる。
「そういえば、なんてら教みたいな人が教会にいるの見かけた~姉様は知ってる?」
「なんてら教…?もしかしてスペースキャット教とかハンバーガー教ですか?」
「あ~いや違うと思うなあ、なんか複数人でいて、みんな黒ずくめだった」
黒ずくめ、でMOZUが思い浮かんだが、そもそもMOZUを自分より知っている闇医者のパティの口調的にMOZUではないのだろう。
「なんか~フード被ってて~、怪し~い集団だったよ、1人に話しかけたらなんてら教~って言ってた」
「ふうん…気になりますね」
「ね!気になるよね!」
「あそこはユニベロスの土地ですから」
「たしかに!ああ~そっか、来ないでって言えばよかったかなあ」
「もう来てたんでしょう?何してたか見た?」
「何してたか…うーんとね…あ~あの、ほら、え~っと、もんもん…ボタリンさんが居たかも」
ペティは手を止めた。ボタリンさん、という明確な名前が出ると言うことはボタリンは黒ずくめの一人ではなく仕事か何かでそこにいたことが分かる。つまり不動産ではないか?
「ボタリンさんって不動産屋さんですよね」
「あ…そうかも」
パティも何かを察したのか、声色が低くなる。
「ええ、じゃあ、あの黒い人たち、教会を買おうとしてたってこと?」
教会は公共施設のためメインエントランスは買えないはずである。裏や側面のドアは購入が可能だが、それらはほとんど科場やペティが購入していた。
会話をしているうちに修理が終わる。ペティが電卓をたたく中、パティが呟く。
「教会はユニベロスのものなのにねえ…へんなの」
「ええ、どこの馬の骨かもわからない宗教団体に渡してはいけません。…請求しますね」
「はーい!ありがとう姉様!仕事入っちゃったから行くね~」
「うん、気を付けてね」
ペティがスパロウに乗って去るのを見送った後、ふとTwiXを開くと、その「なんてら教」の正体が分かった。
「アンドロメダ教…?」
アカウントがあり、つい最近できたばっかりのもので、いくつか投稿がある。
「『我らはアンドロメダ教。教会より我らの教えを発信する予定だ。取り急ぎ、ここの物件を持っている者とは相談をしたい。心当たりのあるものは連絡してくれ』…ですって…?」
直後、科場から「おはよう」とユニベロスのグループチャットに連絡が入る。ペティは意を決して科場に電話をかけた。
「もしもし科場さん?」
科場はセーフハウスで目が覚め、そのままコンビニ強盗をしようかと人質を取って現場に急行中だった。電話越しのペティの声は何か重く冷たいものを抱えていた。
「おはよう、なんか用か?」
「えっと今大丈夫ですか?」
「あー…まあ、いいぞ」
どうせまだ事を起こす前だ、と割り切り、電話に耳を傾ける。
「TwiX見ました?教会を奪おうとしてるアンドロメダ教なるものがいるらしいですよ」
「アンドロメダ教?」
「ええ。教会を発信地にしたいから、物件持ってる人は連絡しろって」
「…はぁ?アホか。連絡なんてするわけないだろ。あれはユニベロスの土地だ。誰にも譲らない」
「ですよね」
「まあ、なんというかよくわからない宗教団体も出来たもんだ。あの女の宗教でいっぱいいっぱいだっていうのに」
「スペキャ教のあの方はでも、単独ですよね。でも今回のアンドロメダ教はパティちゃんによると複数人の黒ずくめの団体らしいですよ、ボタリンさんに相談してたみたいです」
「複数人の黒ずくめ…ふうん。ボタリンさんも不動産購入者の名前はさすがに言わなかったか」
「科場さん、さすがにですよそれは」
「そりゃそうか…ふーんなるほど。とにかく分かった。お前は今どこにいるんだ?」
「ああ、SKEですよ。この後店も開ける予定です。」
「分かった。俺も後でUFORUに行く」
そう言って電話を切る。
「アンドロメダ教…ふん…厄介なことになってきたもんだ…」
科場はそのままとりあえずコンビニを襲い、いくらかの現金と宝石を手に入れた後、無線を入れる。
「科場起きた、おはよう」
その声に何人かが「おはよう」と挨拶を返す。比較的人が少なく、この人数だとさすがに大型は厳しいのではないかという様子だった。皆各々の作業をしている様子が無線の飛び交いから察することができる。ある意味情報収集には好都合だ。
そして、ちょうどよく銭形が無線を入れた。
「科場さん、アンドロメダ教というものがTwiXにいますけども、何かユニベロスと関わりがあるんですか?」
「ああ、それか。…いいや?関わりはない」
「異教徒ってことか」
ナタルが鼻を鳴らす。
「まあ良くわからんが…友好関係にあるわけではない。俺も今日そんな宗教があることを知った」
「ジーザス様に関係は?」
「ない。ジーザスはしばらく起きてないし…俺はちょうどその宗教団体について情報ないか聞こうとしていた」
無線が途切れる。MOZUメンバーも良く知らないのだろう。
「なんか聞いた話だと複数人の黒ずくめの集団、だそうだ」
「え?」「黒?」「あ~…」
黙って聞いていた堕夜と銭形とナタルが口々に無線に声を乗せる。言葉にするのが難しいのかそれから無線は聞こえなくなった。
「…めんどくさいだろう?」
「はぁ…マジ…」
ナタルが頭を抱える声が聞こえる。そう、MOZUは黒のギャング。勿論構成員がアンドロメダ教に組しているわけではないだろうが、アンドロメダ教が何かをしたときにMOZUに飛び火したらたまったものではない。
「あー…まあ、科場さん、こちらでも情報集めてみますので、もしよかったら科場さんたちの方でも何か分かったら共有してください」
「ああ、分かった」
それから他の話題が無線で飛び交うようになり、科場は車を乗り換えて薬の売買のためナルコス探しに向かう。ちょうど西海岸のナルコスが科場の持っていない種類の薬の受付をしていて落胆したところに、ペティから再び電話があった。
「どうしたペティ」
「科場さん…助けてください…」
震え、消え入りそうな、怯えた声。今にも泣き出しそうな声に緊張感が走る。
「何があった」
「あの…人質に取られてしまって」
科場は眉根を寄せた。人質に取られて電話できる状況に多少のきな臭さを感じつつも、インベントリにアサルトライフルがあること、アーマーは十分足りていることを確認する。
「今どこだ」
「教会、です」
「教会…?向かう」
教会。おそらくそのアンドロメダ教かもしれない。
スペースキャット教もハンバーガー教もそれほど大きなうわさが聞こえてこないため、穏健派や慎重派かもしれない。アンドロメダ教の過激派の可能性を目線から外していたのは迂闊だった。
科場はそう考えながら黒スーツに着替え、パティに電話をかける。しかし、パティは寝てしまったのか繋がらない。これでは万が一自分がダウンした場合、ペティの命が危ない。
一瞬迷ったが、科場は無線に手を伸ばす。
「今空いてる奴はいるか?ペティが人質に取られた。おそらくアンドロメダ教だ」
和やかな無線に緊張感が走り、銭形、ナタル、堕夜…今日起きている全員がペティ救出に名乗りを上げる。パラゴンに乗り込んだ黒スーツの男は、苦虫を噛みしめながらそのまま南を目指した。
最近寄っていなかったが、話にも上がったしせっかく鍵をもらっていたのだからと久々に教会に行ってみたのが全てのきっかけだった。
ペティはそれをアンドロメダ教に見られ、強引に拘束され無線を取り上げられる。そして表まで連れてこられ、教会の土地を渡せと迫られる。
「待ってください、私は鍵を所有しているだけであの物件の購入者は別にいますから」
「じゃあその者を呼び出せ」
「……では電話をかけますので、一度拘束を解いてもらっていいですか」
ペティは科場に電話するのを少しためらったが、黒ずくめのアンドロメダ教徒はその多くが成人男性のような声色をしており複数人いたため、素直に科場に助けを求めた方が早いと思ったのだった。
「どうしたペティ」
「科場さん…助けてください…」
「何があった」
「あの…人質に取られてしまって」
アンドロメダ教徒に話の内容を悟られないように伝える。
「今どこだ」
「教会、です」
「教会…?向かう」
そう言われて電話が切れる。そしてパティにも電話をかける。しかし寝たのか繋がらない。
手に汗がにじむ。もし科場が来たとて科場が倒れてしまったら?医者の自分が拘束されていれば何もできない。目の前で倒れて血を流す兄を助けることができない。そう思うと目の前が真っ暗になった。意を決して、とある連絡先に手を伸ばした。
科場と、合流した銭形、ナタルが駆け付け、堕夜はヘリで周りを監視する。
現着した科場らは中から話声が聞こえないことを確認して、顔を青ざめる。
耐えきれず科場が扉を勢いよく開ける。
「ペティ!!」
扉を開けた先の光景は、黒ずくめローブを羽織り、深くかぶったフードの下の顔はよくわからない複数人の教徒たちによって、両腕両足を拘束され、口には猿轡をされ、腕は背中に回した状態で床に正座させられているペティが取り囲まれていた。ペティの周りの床には、ペティの涙と思われるもので濡れたであろうシミができていた。それを見た科場はかっとなって教徒たちに銃を向けるが、ナタルがそれを静止する。
「あ~えっと?アンドロメダ教の人たち?ちょっとさ~ペティさんを返してくんない?」
ナタルが警戒心を保ったまま飄々とした口調で呼びかける。教徒の一人がこちらを向く。
「お前たちは関係ない。我らはこの神聖なる教会の土地を所有する正当な理由があるため、物件の持ち主と交渉する場をこの娘に儲けてもらっている最中なのだ。邪魔をするな犯罪者のカスどもめ」
「おーおーおー言ってくれますね」
銭形が驚く中、科場がナタルの手を避けて前に出る。
「あ、ちょ、諸朋?まだ…」
「そのカスが教会の土地を持っているって思わないのか?」
教徒たちはその発言を聞いてたじろぐ。MOZUのメンバー達も科場を振り返る。
「…お前が持っているというのか」
「そうだな」
教徒がざわざわと何かを話した後、科場に向かって言う。
「では、その土地を寄こしなさい」
「嫌だが」
「これは命令だ!」
「お前たちの勝手な命令だろう?市の依頼での立ち退きは不動産屋経由だしな。そうじゃなければ従う義理はない」
「…この娘がどうなってもいいのか」
教徒の一人がナイフを取り出し、ペティの首筋に当てる。ペティは恐怖に顔をゆがめて言葉にならない声を上げた。まさか、あれは。
「おい、なんでそれを持っているんだ」
「この娘も物騒なものを身に着けていた。野蛮だから回収し、野蛮な者へ有効活用しただけだ」
確かに、教徒の一人がペティに差し向けるナイフはペティの持っているナイフと同じデザインのものだった。教徒が持っているということは、ペティを拘束する際にまさぐられて取り上げられたということだ。
「諸朋、大丈夫か。」
ナタルの落ち着いた声にハっとする。再び引き金に手をかけようとしていたようで、ナタルからすごい力で手首を握られ止められている。
「今銃を撃ったらペティさんが危ないだろ」
「……」
科場は自分の感情を抑えながら教徒に対峙した。
「そもそも、この教会の土地を所有したい理由は何だ。それであんたたちは何なんだ。話はそこからだ」
すると、一回り小柄な教徒が前に出る。女性だろうか。
「我らはアンドロメダ教の教徒。アンドロメダ様がお造りになったこの世界に創造主の名前を広めることが目的でこの教会を使いたい」
「なるほど。お前らのことは分かった。でも、俺にもここを譲れない理由がある。ユニベロスという宗教団体の所有物だからだ。言っとくが、この教会以外の教会を頼ったところで無駄だ。俺がほぼ全部抑えてあるからな。」
ナタルと銭形は顔を見合わせた。教徒はそもそもここ以外の教会があることが初耳であり、且つそれらほぼ全てが抑えられていることに困惑している様子だった。
「墓場の近くの教会は俺も知らない所有者がいる。俺はペティを人質に取られても教会を明け渡したくはないし、ペティも明け渡すことを望んでないだろうから、交渉するなら墓場の教会がいいんじゃないか。まあ誰が所有してるのかまでは知らないけど」
ペティは科場に向かって首を縦に振った。背後でナタルと銭形が少し動く気配がする。
しびれを切らしたのか、別の教徒が叫んだ。
「ここが教会として一番認知されている限り、我々に引き渡すべきだ。そのようなよくわからない邪教に運用させていれば世界は終わる!」
ペティはその教徒に向かって驚き、侮蔑のまなざしを向けた。ナタルと銭形が目を泳がせいて「おっとっと…」と小声でつぶやく。その時点ではすでに科場の眉間に青筋が浮いていた。
「……おい、今ユニベロスをバカにしたか?それはジーザスを侮辱するのと同等だぞ」
「ジーザス?それがお前たちの教祖か?ではそいつを殺せばよいのか?まあこの娘がこんな状況になっても救いが来ない教祖なんて、所詮偽物、といったところか」
科場はナタルの静止より早く、その教徒の頭を撃ちぬいた。教徒たちの悲鳴があがる。
何人かの教徒が銃や刀や斧などの武器を取り出す。引き金を引いたり襲い掛かろうとする前に、ナタルと銭形が教徒たちに弾を当て戦闘不能にする。
科場はそれを見届け、震えているペティに駆け寄り、拘束具を外す。
「大丈夫だったかペティ」
「ペティさん、すみません、あいつらとはいえ巻き込まれる距離感で銃を向けてしまって」
「こいつらのあとの処理は何とかしておくわ。とりあえずペティさんを病院に運ぼう」
銭形とナタルも駆け寄り、銭形は堕夜に無線を入れ、ナタルはダウンして気を失った教徒たちをズルズルと外に運び出す。
ふらふらと立ち上がったペティは、正座していて隠れていた足の部分に怪我を負っていた。
「くっ…」
「怪我をしていたのか。よく頑張ったな。無理するな」
「すみません、巻き込んでしまって」
「大丈夫だ…くそ、パティが居ないか…」
科場はペティの怪我した足を見る。その視線に気づき、ペティは顔を上げる。
「ああ、それなら…」
「ペティちゃーん!!!」
スパロウのプロペラ音と安心を感じさせるアルトボイスが響き渡る。ペティは事前にこうなることを予測していたか念のためなのか、個人医を呼んでいたのだ。
「ゆちゃさん!」
「ペティちゃん!大丈夫か~??あ、もろもろおはよ~」
「おはよう。…ペティを任せる」
「うん、治療はUFORUでやるからこのまま行くね。どうしてこんな怪我しちゃったの~!?」
「すみません、ゆちゃさん。いろいろあって」
「そうなんだ、とりあえず乗って~」
ペティはゆちゃめろでぃの乗ってきたスパロウに乗り込み、そのままUFORUに向かった。
科場、ナタル、銭形、堕夜はそれぞれ教徒たちを教会の外へ引きずり出した。
「っクソ、重てェ~」
「ナタル~めんどくさいんで、後でこの死体の山にグレネード投げて証拠隠滅しよう~」
「堕夜さんとんでもないこと言いますやん…それに科場さんの土地なんでしょう?」
「いい。堕夜に同意だ。ただし大型か何かにかぶせないと警察来るし面倒なことになる。一応ここが俺が持ってる物件の土地なのは秘密にしてくれないか?」
3人は顔を見合わせた。
堕夜がヘリで上空にいたため、あの後教徒たちを引きずり出しながら情報共有を行った。堕夜の顔は話を聞きながら徐々にこわばっていった。
「僕は宗教とか良くわからないですけど、ペティさんを怪我させて拘束してたなんて許せませんね」
「そうですね。諸朋さんの家族っていうのもありますけど、個人医でありメカニックでもありますから…ね」
銭形がそう続けた。
ギャングにとっては個人医もメカニックも大切な存在である。MOZUとしてはそれを最近再確認したのもあって、教徒の行為に思うところがあったのだろう。
ナタルは口数の少ない科場に声をかけた。
「ありがとな」
「は?」
科場は理解しがたいものを見るような顔で振り返る。
「諸朋の家族の話なのに、MOZUに声かけてくれて」
「…一人では無理かもしれないと思ったからだ。情けない理由だ。」
「情けないとかは思ってない。一人でできることの限界は誰にもある。それにMOZUにとっても呼び出されて良かったと思ってるよ、少なくとも俺はね。個人医とメカニックに手を挙げたアンドロメダ教の実態が分かったし」
「……」
「大丈夫だ、諸朋。」
再び正面を向いた科場の肩に手を軽くポン、と叩いた。
「さて皆さん、ちょうどユニオンやってたみたいなので、今からグレネード仕掛けますから離れてくださいね!」
銭形の声に合わせて教会から離れつつ、背後から爆発音が聞こえるのを尻目に、科場はその場所を後にしてUFORUに向かった。
「ペティちゃん、大丈夫?」
UFORUに着いたゆちゃはペティの容態を気にしていた。ペティから電話があった時から北のオイルリグからすっ飛んできたのだ。いつ怪我をしたのかはゆちゃにとっては不明だが、ペティの顔がすっかり憔悴していることから相当前から怪我を我慢していたのではないかと感じられた。
「大丈夫です、ゆちゃさん、ありがとうございます。」
それにしても白市民であるペティがなぜ個人医を頼ったのか…と診察してみると、切創があった。これでは病院に行けば根掘り葉掘り聞かれたり警察を呼ばれたりするだろう。
ゆちゃが最後に回復キットを巻き終わったところで、科場がきた。
「あ、もろもろ、ちょうどペティちゃんの治療終わったよ」
「はい、とても元気になりました」
「ああ、それなら助かる」
科場もひどく疲れた顔をしていた。しかしあの教会でなにがあったのか、それを聞いていいものなのか逡巡する。そんな中、通知音が鳴り響いたため、ゆちゃはそれに向かった。
2人、ポツンとUFORUに取り残された中、口を開いたのは科場だった。
「ペティ」
「はい」
「アンドロメダ教はこの街から追い出さないとまずい」
「ええ、そうですね。ジーザス様を侮辱した者たちを許しはできません」
「それだけじゃない、あいつらは自分たちの思い通りにならないと手段を択ばなくなる。それで今回はペティを誘拐し怪我させただろう?次にパティが狙われたら…」
ペティは押し黙った。パティに一番無事でいてほしいのだろう。
「俺は、ユニベロスという家族が一番大事だ。宗教とかはお前やサタンよりはよくわからないが、それでも家族は守りたい。そのためには脅威を減らしておくに越したことはない。それだけだ」
「はい…あの、ペティ、科場さんに怒られるかと…」
「なんか怒られるようなことしたのか?」
「いいえ」
「俺が理由もなく怒る奴じゃないって知ってるだろう」
「そ…そうですよね」
科場はため息をついた。
「とにかく、あそこにいたアンドロメダ教徒が全てではないと俺は思ってる。だからしばらくは気を付けるように」
「はい、わかりました」
ペティはふぅ、と胸をなでおろす。確かに悪いことはしていない。ただ教会に立ち寄っただけである。でも結局兄を巻き込んでしまったことには変わらない。それに関してやきもきしていたところはあったのだ。
「…ちょっと大型に呼ばれた、飛行場だ」
「わかりました、お気を付けて」
MOZUの起床メンバーが増えたのか、科場はMOZUの大型ミッションのために店を後にする。
ペティは思案した。結局自分は守られる側にあるのだと。それでもよしとしてきたのだと。ペティ自身UFORUやメカニックに出勤している時が多く、現場の様子も良くわかっていない。
―――いざというときに兄を守れるのだろうか。
パティのような闇医者になりたいわけでもないし、アヌギフのようにギャングに所属したいわけではない。でも今回の事件を通して、助けられてばかりの自分に少し嫌な感情を持ってしまったのだ。
「はぁ…どうしたら…」
時はもどり。
「ジャックスさん、もしペティが黒になったらどう思いますか?」
ジャックスは科場をちらっと見た。科場はジャックス、ペティと視線を合わせた。
「…いいんじゃないですか?」
「ブラック」
科場が何を無責任な発言をと思ってジャックスに目線をやるも、ジャックスは知ってか知らぬか話を続ける。
「ペティさんが何を思って黒になることを考えたのかはわからないですが、ペティさんの決断はペティさんのものだと思ってますよ。でも。でもですね。今、ペティさんはUFORUとメカニックと個人医をしているじゃないですか。救急隊で働いているとなんとなくわかりますよ、ペティさんは白市民と黒市民の掛橋になってる人物に見えます」
「白市民と黒市民の掛橋…?」
「少なくとも私はそう見えますけどね」
ペティはハッとした。闇医者になりたいわけではないしギャングに入りたいわけじゃない。でも黒になれば兄を助けられると考えていたが、もっと他の道があった。
ペティやパティには毛色はちがうものの白黒それぞれに友人がいる。それが羽山姉妹の強みであり、兄を助けるのに役立つことかもしれない。もちろん、これはその発見であって、様々なことをもう少し考えなければいけないことではあるが、一旦もやもやと絡まっていた糸がほどけたような、そんな感覚がした。
「ありがとうございます、ジャックスさん。おかげで霧が晴れたような感じです」
「えっ、あ、はい、そうですか、役に立ってよかったです」
ジャックスは少し照れながらもそれを隠すようにユニコーヒーを啜った。
科場は何も言わずペティに視線を向けると、晴れ晴れとはいかずとも、何かしこりがとれたような顔をしていた。いくらペティが問いかけた内容であっても、ユニベロスに触れてほしくない。でもペティを泣かすことは許さないから…と、科場は深いところにまで触れてくるジャックスに、複雑な感情を抱く。
(ペティも悩むように、俺もこの街にあてられて考えることが多くなったな…)
科場は誰にも気取られないようなため息をつき、久々にタブレットで麻雀をはじめた。