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    ShiaYugiri

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    ShiaYugiri

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    橘かげまる医局長と科場諸朋のSSです。

    ⚠️注意⚠️
    ・科場の過去&橘の恋愛観のネタバレがあります。
    ・実際のキャラクター及びストーリーには関係ありません。
    ・オリキャラ&設定が出てきます。

    #ストグラ
    stogra
    #ストグラ救急隊
    stograAmbulanceCorps
    #ストグラ鳥
    #ユニベロス

    Summer blue sky「い、いきょくちょぉ~~~~!!!」
    早番で出勤して来たばかりの俺に半泣きで駆け寄る葉風邪。その勢いに引き気味の声が出る。
    「お、おお…おはよう葉風邪、どうした」
    「おはよう~~~!あのね、どこから話そう、えっとね」
    慌てふためいた結果何一つまとまっていない葉風邪の後方からぎんとましろが現れる。
    「おはようございます」
    「医局長おはようございます、ちょうどいいところに」
    「おはよう、ぎん。ましろ。ちょっと待ってな、葉風邪が」
    「ああ、それ、同じ話だと思いますよ」
    ぎんはあくびをしながら腕をもじゃもじゃの頭の後ろに組む。呑気にしてそうだからすくなくともぎんにとってはそれほど重要な話ではないのだろうか。
    葉風邪は周りに救急隊以外のだれもいないことを確認し、今だと話そうとするが、ましろに念には念をと奥の方に連れられる。TOYのオルゴール音楽が流れるテレビの前になんとなく集合する。
    「じゃあ、葉風邪。話を」
    「う、うん、あのね、実は、」
    その時、後方の入院病棟の方から何かものが床に落ちたような音がした。
    「…え?」
    「ああ~またですよ」ましろが頭をかかえる。
    「いや~もう見てもらった方が早いんじゃないですか?」
    ぎんのその発言に満場一致で頷く。葉風邪はそのままケガ人対応でロビーに残り、ぎん・ましろ・俺で音のした方へ走った。

    音のする部屋は最奥だった。
    「だれか入院することになったのか?」
    「入院というか、経過観察というか」
    「経過観察?」
    頭に?を浮かべたまま、病室のドアを開けると、そこには幼い子どもが床からベッドに這い上がろうとしていた。
    大体3~4歳くらいの男児だ。ドアの音に気付いた男児は自分の行動を停止し、こちらを振り返ってじっと見つめる。少し癖がかった翡翠色の髪に、くりんとしたシルバーホワイトの瞳。やわらかそうな頬。厚めの唇をきゅっと結んでいる。伸ばされた手の指はもちもちとしており、腕をゆらゆらと揺らしている。体勢を変えようとしているのか、足を動かすために腰をフリフリと振っているがうまく足を動かせていない。白いパーカーを着ているが、隠せないポッコリとした下腹には濃紺のカンガルーポケットがついている。小さな足に履かれた靴からは、体重をかける毎にビックリチキンの鳴き声と同様な音が鳴る。世に言う「かわいい」「大変魅力的」とはこのことと言わんばかりの愛らしさをたたえた子どもだ。
    「あ~やっぱり。寝たと思ってきたのに、ベッドから落ちちゃったんだ」
    「ベッドから落ちたって…?この高さからか?」
    基本的にこの街は成人がほとんどであり、子どもであっても職についていて、そのような者は自分で考えることができるし身体の制御ができている。そのため、いくら病院であってもベッドは成人に合わせて作られている。高さが結構ある中、寝てたとは言え、体が小さくまだ手足を成人並みにコントロールできない子を放置していたというのだろうか。
    俺は急いでその子を診断するものの、異常は見つからず胸をなでおろした。しかし、お腹は腹4分目位で、喉も同様に乾いていた。
    俺はその子にゆっくり近づき、腰を落としてその子の目線に合わせる。
    「こんにちは。俺は橘かげまると言うんだ。君は?」
    「……」
    「あれ、人見知りかな」
    その子は真顔だったものの、何かを見てギョッとした表情になるとすっと顔をそむけた。
    気配を感じて振り返ると、ぎんやましろがのぞき込んでいた。
    「おい、そんなにのぞき込んだら怖がらせちゃうだろ」
    「あ、はい」「すみません」
    タッパのある男どもがひゅうっと後ろに引っ込む。小さい声で「さすが小児科」と聞こえた気がする。小児科関係あるか?あるか。
    「なあましろ、この子はどうして病院に?親は?」
    「それが探したんですがわからないんですよね、この子も口をきいてくれないし」
    「わからない?」
    俺は立ち上がって腕を組んで考えた。迷子…だとしても、救急隊の高ランクでほぼ毎日いる二人が親探しをしてわからなかったなら、他の街から迷い込んだぐらいしか考えられないが、ここは島国だし、市長が結界を張っているから、認可がない状態で入るなんてどうも考えられない。
    「まあ、あと考えられるとしたら医局長の隠し子ぐらいですか?」
    「隠し子ォ?!」
    笑いながらとんでもないことを言い出すぎんにましろが悪ノリする。
    「そうですよ、それしかありません」
    「そんなわけないだろ」
    悪ノリにしては意固地になる二人。
    「それしかないんです」「そういうことにしましょ、ね、医局長」
    「はあ?なんでだ」
    「「もう考えたくないんです」」
    べそをかいて、もう一方はひどく疲れたように、キレイにハモる二人。なるほど、もう親を探してやりつくした結果なのか。きっと葉風邪が半泣きだったのもそれだろう。
    「にしてもだ、隠し子なんていない。ほら、ええと、ズズのとこのじゃないのか」
    「その子ズズさんにもチョコラータさんにも似てないじゃないですか」
    「そうだな、チョコラータくんに似ていたらトナカイだしズズにも似ずにおとなしいな」
    困った、八方ふさがりだ。カップリングの話を聞いただけであってそれぞれの関係について詳しいことが分からない為になすることもできない。でもこの子は自分の子であるはずがない。2年近くこの街にいてそういう関係にならないようにふるまってきたのだから。
    ポーンというダウン通知と葉風邪の無線の声を皮切りに、とりあえずロビーに戻ることを提案する。
    「その子をひとりにしても危ない。とりあえず連れてこよう」
    もう一度腰を落とし、「ここは危ないから安全なところに連れていくけどいいかな?」と声をかける。
    子どもは首を縦に振ると、両手をおずおずと伸ばした。えっ、まさか。
    「抱っこしてほしいみたいですね」
    なんで俺が、という言葉をひっこめて、子のわきの下に手を入れて胴を持ち上げて胸の前まで持ってくる。そして腕の中に入れて安定させた。そこそこの重量だが、抱き上げられないほどではない。腕の中に小さい命。ぬくもりがあることを感じてその責任の重さに目がクラクラしてくる。
    なんとか気を取り直してロビーに戻ってくると、てつおが出勤していた。
    「かげまるおは……え?」
    「あ」
    何かを察したのか、てつおはそのまま口を閉じてすれ違い、屋上へと向かった。
    「てっちゃん!!!」
    しかし今子どもを抱いている以上素早く動くことが難しいし、屋上に行くのは危ない。どうもできずに汗だけが流れる。
    「とんでもない誤解の瞬間を見た」
    「くそぉ…なんてことだ…」
    呑気なぎんの横で子を抱きながらうなだれていると、隊長とももみ、そしてベリーくんが出勤してきた。
    「おはようございます!えっ、いきょくちょー?!」
    「おはよう。あれっ、かげまる、その子は?」
    「おはようございますー!えー?!どうしたんですかその子!息子さんですか?」
    「あーーーーーーーーーややこしくなってきたよコレェ」
    タバコを吸いたくなるぐらいのストレスを受けながら、隊員につつかれる。
    いつの間にかいなくなっていたましろと、屋上に去ったてつおが帰ってきた。てつおをどうにか連れ戻したらしい。
    「かげまる、どういうこと、その子は隠し子ってきいたんだけど」
    このてつおの発言を皮切りに隊員たちがワラワラと集まってくる。
    「えっ隠し子なんですか?」「かげまる、認知はした方がいいぞ」「確かにこの子は顔が整ってます!」
    「違う違う違う!おいましろ、てっちゃんに何を吹き込んだんだ!」
    「え?だからその子は医局長の隠し子だって」
    「違うって!!」
    否定に熱が入り過ぎたからか、腕の中の子が短い悲鳴を上げる。慌てて腕を緩めて床に下ろすと、俺の足の間に入って、まるで秘密基地を見つけたかのように満足そうな顔つきになる。
    「タイミングいいので」と、ましろとぎんはこれまでの経緯を話始めた。昨日出勤したらこの子が病院の前に気を失って倒れていたこと。倒れた時にできたのか膝をすりむいていたので治療をしたこと。目が覚めて名前や親を聞いても首を振るばかりだったので、写真を撮ってTwiXに呼びかけ、他の隊員や飲食店に手伝ってもらったが1日経ってもわからなかったこと。
    「なるほど…にしても、何か、どっかで見たことがあるんだよなあ…」
    隊長は子に気を取られ、床に這いずりながら子どもの顔をじーっと見つめる。
    「隊長、傍から見るとまずいですそれ」
    俺の股間の前にこないでほしい。絵面が。
    何があったかわからない様子でベリーくんが首をかしげる。
    「もしかして隊長の隠し子?」
    「それはもっとやばいが、生憎この子は俺にも妻にも似てない」
    「俺にも似てないからな!」
    何がなんでも否定している中、ふらふらとした足取りの金髪の女が入ってきた。
    「怪我しちゃった~~~もみもみ治して~」
    「あら~パティパティどうしたの~!」
    「頭~頭打った~」
    その後ろから上半身裸の男も入ってくる。羽山パティの付き添いだろう。ここにおさよつがいなくて良かった。
    その場で治すももみの後ろからパティの視線を集める。
    「…その子…」
    「んっ?ああ、この子は…」
    「もろもろに似てるね!!!」
    付き添いの二人と隊長とぎんとましろが振り返る。
    「もろもろに似てる?マジ?」
    「うん、よく見て」
    「ああまあ言われてみれば…」
    子がサッと左ふくらはぎの裏に隠れる。
    「この子は医局長の隠し子ですよ」
    「違うぞ?ましろ?嘘はいけないぞ?」
    「隠し子なの~?似てなーい」
    「そうだよな、似てないよな」
    ふーっと息を吐きながらポケットから薔薇の刺繍がされたハンカチを取り出し額を何度も拭く。
    「え、もろもろに似てるならもろもろに連絡した方がいいんじゃない?」
    「あ、そうだね~…えーっと」
    上裸の男に促され、パティはどこかへ電話を掛ける。もろもろ…って誰だ…?
    すると病院の外から「科場さんお電話です」というDr.ギガの声とロックテイストな音楽が聞こえ、「もろとも~!」というサビらしき音が聞こえると思うとすぐに止まる。着信音だろうか。
    「あれ、切れた?」
    「ああ、ちょうど出血してここに。ここにいるぞ」
    「もろもろいたんだ~!」
    たまたまその「もろもろ」くんが、病院の前にいたらしい。
    ベリーが手当をしている間、パティから指をさされる。
    「ねえねえ、あの人の下にいるガキ見て~!」
    後方で隊員がパティのガキ呼びにショックを受ける声が聞こえる。
    「ん?」
    「ああ、初めまして、俺は初日から数々の命を救う救急隊員、時にはレンタル彼氏や一日ホストクラブの店長も務めた、橘かげまる、この病院のTOP2だ」
    「あっ長……どうも、科場諸朋だ、よろしく」
    引き気味に挨拶をしてくれた。あれ?科場って…なんか聞いたことあるな。
    確かにパティが言った通り、翡翠色の髪に、整った顔立ち、シルバーホワイトの瞳を持っている。年の離れた兄弟と言われても遜色ないほど似ている。
    子がそろりそろりと俺の股下から顔を出す。その子の顔を見て科場くんが目を丸くした。
    「この子もろもろに似てるでしょう?もろもろの隠し子じゃないよね~?」
    「……」
    科場くんは途端に不愉快そうに顔をゆがませた。すぐに否定しないというのは、何か心当たりがあるのだろうか。それこそ兄弟とか。
    科場くんは額に手を当てて「うーん…」と呟いた。隊員たちやパティ一行が予想外の反応にざわざわとしている。見かねて隊長が声をかける。
    「あの、科場くん、この子に心当たりはないんだよな?」
    「ああ。この子に心当たりはない。でも、隠し子なのかは正直わからない」
    「……おっと、なるほど」
    隊長と俺は顔を見合わせた。ベリーくんが後ろで「認知しろ~!」と叫んでいる。
    「帰る」かすれた声でそう言った科場くんはそのまま踵を返す。
    「ええ!ちょっと!」葉風邪が追いかけていくが、科場くんはそのまま車に乗って立ち去った。
    「逃げられた…」
    息が上がっている葉風邪が戻ってくる。隊長は額に手を当てて何かを考えている。
    ぎんは一連の話が終わったと見れば魂抜けしてるし、ましろもごはんの準備を始めた。
    「医局長、さっきの人戻ってくるまでその子どうするんですか」
    不安そうな顔をしたベリーが駆け寄る。
    「そうだな…」
    足元の子を見る。ベリーと同じく不安げな顔をしていた。
    そうか、大人のやり取りを見て、意味はわからなくとも雰囲気は感じ取っている。聡明な子どもたちがいるからこそすぐに理解できる。
    「しばらく、親が見つかるまで病院で預かるのがいいだろう。親も探してるだろうし」
    隊長がそれを聞いて頷く。
    「そうだな。常にだれかがいる病院が一番安全だろう。差し当たって、その子の名前は何と言うんだ?」
    「それが、答えてくれなくて」
    子を見ると、子は「ん」と発音し、ももみが出した雷電を指して「きゅーきゅーしゃ」と発した。おとなしいだけで喋ること自体はできそうだ。
    「そうだねえ、救急車だねえ。ぼく、お名前を教えてくれるかな?」
    「…」
    子は押し黙って、首を横に振る。
    「教えちゃダメって言われたのかな?」
    さらに首を横に振る。俺と隊長とベリーは顔を見合わせた。
    「…名前がわからない?」
    子は首を縦に振った。いくら子どもとはいえ、3歳~4歳の子には名前くらいあるはずだと思ったのに。
    「困ったな…」
    「かげまるがつけたらいいじゃないか」
    「え?」
    隊長がとんでもないことを言い出した。そんなことをしたらこの子の父親みたいになってしまうじゃないか。
    「今、救急隊の中で一番懐かれてるのはかげまるだぞ」
    「たしかに!ずっと医局長の足元にいるもん!医局長がつけたらいいんじゃないかな!!」
    目を輝かせるベリーに便乗して隊長もニヤニヤと笑っている。うう、荷が重すぎる。
    めしょみのようなウサギに名前をつけるのと、将来的に独立する子に名前を付けるのは訳が違う。それに、人間の子なんて、親が考えに考え抜いてつけるもので、ぱっと言われてつけるものでもないだろう。腕を組んで、うーんと唸りながら考える。
    ふと、この子の相貌が思い浮かぶ。青い髪に白い目。まるで雲が浮かぶあれのような。
    「そうだな…空はどうだ?」
    「いいじゃないか。君は「空」って呼ばれるの、どうだ?」
    子は一瞬何があったのかわからずぽかんとしていたが、すぐに目を輝かせた。
    「そら」
    「うん、そうだ。空」
    空は満面の笑みで両手を上げて飛び跳ね、俺の周りをうろちょろした後に、左足にガシッとしがみついて頬ずりをした。
    「ぼく、そら!これは、ぱぱ」
    「パ…」
    隊長や、帰ってきたましろ、ぎん、そしてベリーから生温かい目を向けられる。
    「パパぁ???!!!」

    「なあ、俺が「パパ」だったらどう思う」
    「なんですかいきなり」
    SKEのシャッター内で科場の車を直すペティは科場になんだこいつという目をやる。
    「どういう世迷言ですか」
    「なんか、病院に俺の隠し子というガキが今いるらしくてな」
    ガチャン!と大きな音が鳴る。科場が音に目をやると車の下部を寝転んで確認していたペティの顔の横にスパナが落ちていた。ペティは息をのんだ。
    「おい、それを顔の近くに落とすなんて、危ないぞ」
    「はい…え…なん…隠し子?」
    「3、4歳くらいか、おそらく」
    スパナを拾い上げ、作業を再開する。
    「つまり3~4年前ですか?それなら科場さんはジーザス様の元にすでにいたんですから大丈夫でしょう」
    「まあそうなんだが…」
    「何か気になることでも?」
    「俺と瓜二つだ」
    再びガチャンと音を鳴らしてスパナを落とす。
    「おい、ケガするって」
    ペティが俺をすごい目で見やる。
    「科場さん、あなた…」
    「知らん、俺は。」俺は顔をそむけた。
    正直、本当に心当たりはない。なので単にそっくりなだけなのだろうが、謎によくわからない不安があった。俺はため息をついてタバコに火をつけると、携帯が鳴った。
    知らない番号からのメッセージ。そこには、
    “市の命令だ。子どもを預かれば報酬をやる。これは前金だ。ただ市の命令であることは伏せろ。”
    と書かれており、2000万円振り込まれていた。
    振込者は…市。
    「ペティ」
    「なんですか、もう終わりましたよ、はい請求書」
    「ありがとう。…ちょっと急に腹痛くなったから病院に行ってくる」
    「はっ?え!?」
    その間に車に乗り込み、病院に向けて走り出す。
    ペティが何か言った声が聞こえたが、何を言ったかは聞き取れなかった。

    ももみが空と積み木で遊んでやっている中、俺は近くの椅子に腰かけてうなだれていた。
    「なんで…俺がパパなんだよ…パパじゃないのに…まだ25だぞ…」
    ましろがぽんぽんと背中を軽く叩いでなだめてくる。
    「医局長、25歳だと…ワンチャン空くんの年齢の子どもいる人、います」
    「ウッ」
    ぐさりと矢がささったような悲鳴を上げながらさらにうなだれる。そこに空が積み木を持って歩いてきた。
    「ぱぱ」
    「パパじゃないよ」
    「もらった」
    見ると、テディベアをギュッと抱えていた。なんだこのかわいい生き物は!
    ふと目線を移すとももみが生温かい目で見てくる。おそらくこのテディベアは俺がももみの誕生日にあげたものだろう。
    「ももみ、これは」
    「空くんがね、欲しいって言ってたからあげたの。医局長が「パパ」だからいいだろうって」
    「パパじゃない!」
    頬を膨らませてプー!と拗ねていると、病院の扉が開く。病院の真ん前に車を停めた科場くんが現れた。それを見て俺は立ち上がる。
    「誰かいるか?」
    「怪我ですか?…あ、ちょっとそこ、駐車禁止なので、駐車場にお願いします」
    「ああ、すまん」科場くんはそのままタバコを吸い始める。
    「あっ、院内タバコ禁止です」
    「そうか」
    科場くんは「チッ、次はシケモクかよ」と言ってタバコを仕舞い、車を駐車場に持っていく。なんだあいつ。
    ほどなくして帰ってきた科場は、奥にいる空を見て「あ」と声を漏らす。
    「あの子だけど」
    「ああ、空のことか」
    「空?」
    「ああいや、あの子の名前を仮でつけてるだけでな、ええと、それで?」
    「あの子はこちらで引き取ることにした」
    「え?」
    ましろとももみ、そして空が集まってくる。
    「あ、やっぱり認知するんですか」
    「もっと遊びたかったけど仕方ないね~空くん、今からあの科場さんが「パパ」だよ!」
    「「パパ」?違うぞ。科場だ」
    空はももみと科場くんと俺の顔をきょろきょろとしている。
    「もーみおねえちゃん」
    「なあに空くん」
    「どっちもぱぱ…?」
    「「パパじゃないからな」」
    「ぱぱじゃ、ないの?」空の大きな瞳にじわりと涙が浮かぶ。ましろはそれにハッとしてフォローを入れる。
    「あ~もう二人とも!空くんのパパになってやってくださいよ!」
    「だから俺は「パパ」じゃなくて科場だ」
    「あっ…科場さん、「パパ」を知らないんですか?」
    「……そんなことはどうでもいい。とにかく、その…空くんをこちらで引き取りにきたんだ」
    それを聞くとももみが複雑な顔をした。
    「ええ…でも科場さんって犯罪者じゃないですか、そんな人に空くんを預けるなんて……」
    科場はため息をついた。
    「ももみ、さっきは親を探しているといってただろう」
    「まあそうですけど」
    「他の奴は否定したんだろうが、俺は……否定も肯定も出来ないからこそ、その子を預かるんだ。もし俺が本当に親だった場合、病院に迷惑もかけてられないと思ってる。」
    嘘は言ってなさそうな眼差しだった。犯罪者に預けるのはちょっと、と思うところもあるが、もし空が彼の子ならば、彼の責任になるだろう。
    ましろは俺を向いて進言する。
    「これだけ言ってるなら、いいんじゃないですか」
    「まあ……そうだな…」
    ももみをちらと見ると黙っている。
    「大丈夫かももみ」
    「「パパ」が言うならいいんじゃないですか」ああこれは完全に拗ねている。
    「すまんなももみ、空と遊ぶのが楽しかったんだな」
    俺がももみに謝ると、科場がももみに向き直る。
    「また、病院に連れてこよう。」
    ももみはそれを聞いて渋々許容したような表情で、科場に空を渡す。空は科場を見て何があったのかわからない様子だったが、黙って科場の隣に立つ。
    「またねえ、ももみおねえちゃん、ぱぱ~!」
    「またね、空くん」
    科場が空を連れて駐車場に向かう。その背中を見送ったが、どこか寂しい気持ちを覚えた。空が病院にいた期間は短かったが、それでもいなくなるのは寂しいものだな。
    俺は久しぶりに見る、日が傾いた茜色の空を見上げた。

    空、と名付けられた幼児を乗せ、車を走らせる。
    もうすっかり夜も更けてしまった。とりあえずはユニベロスの家に向かえばいいだろう。
    それよりも気になるのはこれが市の命令だということだ。
    「そうだ、ちゃんと名乗ってなかったな。俺は科場諸朋だ。」
    「しなばもろとも」
    「ああ、そうだ。科場とか諸朋とかもろもろとか好きに呼んだらいい」
    「もろもろ」
    「それが言いやすいか、分かった。お前のことは空と呼べばいいか?」
    「はい。諸朋さん」
    「…ん?」
    俺はブレーキをかけ、乗っていたジャグラーを路肩に停車させる。そして助手席にいる空を振り返ると、空は先ほど病院にいたような無垢な幼児の顔つきではなく、「大人な」子どもの顔つきだった。それは、どこか昔の俺に似ていて、ひどく驚いてしまった。
    「……お前は、どうしてこの街に来たんだ?誰かに強いられたのか?」
    空は俺を真っ直ぐ見つめると、口を開いた。まだ舌足らずなはずなのに、発せられる言葉はやそのときの表情は年齢にそぐわないほど大人びていた。
    「この街に関する試験運用のため、と言えばいいですか」
    「試験運用?」
    「はい、「コウノトリプログラム」です。」
    俺は一旦ガラス越しに周りに誰もいないかを確認する。夜であり大通りから離れているため、周りは静まり返っていた。
    「「コウノトリプログラム」ってなんだ?」
    「最近増えているカップル間に子どもがいる人は観測されていませんので、そのような人たちに子どもを持ってもらう意識を植えるために市が行う予定のプログラムです。」
    なんと、そんなことなのか、あまりにくだらない。
    「ハ!気色悪いことを市も行うんだな。で、それの試験運用というのは?」
    「ロスサントスの住民の誰かと似せて作った幼体を街に導入し、「子」として街に印象付けることです」
    「……その住民の誰かって」
    「はい、科場諸朋さんです。あなたは誰よりも「子」がいる可能性がありましたので」
    「……」
    俺は頭を抱えた。気持ち悪い。薬を飲んでいないのに頭がグルグルする。
    そもそも、「子がいる可能性」は、俺が望んだ行為じゃないのに。
    「クソが」
    俺は半ば感情に任せて車のダッシュボードに置いておいた銃を握り、空に向ける。
    「駄目ですよ。私は市の試験運用のためのアンドロイドです。撃てばあなたが死にます」
    奥歯を噛みしめながら銃を下ろす。
    「……試験運用の為に誰か住民を巻き込むということか、腹立つな」
    「大丈夫です。連れて歩くだけでいいですよ。」
    「大丈夫じゃないが」
    エンジンをつけて再び走り出す。目的地はユニベロスの家ではなく、MOZUの事務所へ。
    「言っておくが。試験運用なんだろう?俺は何も責任取らないぞ。クソ、どうにもならないところからのプログラムなの本当にやめてくれ」
    「はい、ご了承ありがとうございます。このことは他の方には秘密にしてくださいね」
    空がニコリと笑った。あまりに吐き気がする顔だった。
    盛大なため息をつきながら事務所の駐車場に入ると、駐車場には不二子がいた。
    「諸朋くんおはよう。あらっ?その子は?」
    「おはよう。ああ、ええと…「空」という。俺の……子どもだ」
    言いながら唇を噛みしめすぎて血が出てくる。
    「え?!子ども?」
    「多分。」
    「多分?!どういうこと?」
    「あー話せば長くなるんだが……」
    とりあえずプログラムのことは言えないため、病院であったことを話す。不二子はみるみるうちに不安げな顔になる。
    「それ…もしその……諸朋くんの子だったら、お母さんの方は……」
    「さあな。可能性があるってだけで、俺は何もわからない」
    空は俺の足にしがみついた。
    「あ、ちょっと、おい」
    「ぱぱ、じゃないの?」
    「あー離れろ、とにかくここで立ち話もなんだから、中へ」
    不二子に見られつつよたよたとしながら事務所に入る。するとイチカとナタルがいた。
    「おはよう諸朋。その子は?」
    俺は空を見た。相変わらずくりんとした目をしている。俺は目を逸らした。
    ああ、こいつがいる限り一生聞かれるじゃないか。めんどくせえ。
    「ぼく、そらっていうの」
    あー、そうかこいつに話させたらいいか。
    「そらは、ぱぱのこどもだよ~」
    その発言でナタルとイチカは交互に俺と空を5度見した。そりゃあそういう反応になるだろうな、この二人は。
    「諸朋、お前……もしかして、いい人が」
    「いない」
    「えっでもじゃあ」
    「その可能性があるってだけだ」
    「えぇ…」
    ドン引きの2人。そう言えばこの間2人は付き合っていると聞いたな。まだ結婚までは行かないとも、ルーファスやボスの了承までは得ているらしい。……ああ、この状態でボスやルーファスと会いたくねえな。
    「あ、おはようございます、ボス、ルーファスさん」
    「おはよう」
    「おはようございます」
    この街の運命力、つくづく憎むぜ。
    爺とルーファスは挨拶後すぐにこちらを見て立ち止まる。明らかにこちらを見ている。
    「おや……」
    「何、何だそれは?諸朋」
    「あー…」
    言い淀んでいる間に、空がすっと前に出る。いくらアンドロイドでも、怖いもの知らずだ。
    「ぱぱを、いじめないで!」
    子どもにしては美しいTポーズを決めて俺の前に立つが、守るには背丈が全く足りていない。むしろイチカや不二子に「かわい~!」といわれている。あざとい。
    「パパぁ?」
    「ハァ…こいつは…」
    これ以上色々聞かれてもかえって面倒なため、不二子に話したことと全く同じように病院であったことを話す。興味のある目をらんらんと光らせるルーファスに、困惑と呆れの両方が目に浮かぶ爺。
    「危険な場所に行くのに、ガキなんてなんで引き取ったんだ」
    俺は目を伏せた。
    「もし、こいつの親が俺だったなら、俺が責任を取るべきだと思って。俺みたいな奴をもう一人生まない為に。俺の見えるところに置いておいた方がいいと」
    爺は一瞬何かを考えた後、サングラスをずらして俺の目を見ると、ふう、とため息をついた。以前話をしたからか、なにか思い当たったのかもしれない。
    「安全なところに置いておきたいなら家の方がいい。ミッション中に足手まといになるようであれば、その時はわかっているな?俺たちはギャングだ。」
    「まあ、そうなるよな」
    空はTポーズの後、俺のふくらはぎに抱きつき、様子をうかがっている。ちらと空を見ると、不満そうな顔をしていた。そりゃそうだ、空からすれば家に置いておくことは軟禁であり、空の目的とは真逆になってしまう。
    「ぼく、ぱぱといっしょにいる、おうちにいたくない」予想通りの回答。
    爺はかがみ、空の目線にあわせる。
    「帰れ」
    「やだ!」
    「それでは私が預かってもよろしいですか」
    爺の後ろからルーファスが現れる。空はあからさまに嫌な顔をした。そりゃあ、もうイチカぐらいの娘がいる者には関係がないからだろう。それにしても顔に出過ぎだ。
    「やだ!ぱぱか…そこの赤のおねえちゃんがいい!」
    空はイチカを指さす。「私?」
    ナタルが複雑な表情で問いかける。「なんでイチカがいいんだ?」
    「ままに似てるから!」
    瞬間、空気が凍り付く。おい、空それは本当にまずいやつ。
    ナタルが冷たい目で俺を見る。
    「おい、諸朋…お前…」
    「な、なんだ」
    「ちゃんと認知してやれよ」
    「そっちか…」
    イチカはナタルとルーファスと目を合わせ、1つ首を縦に振った。
    「いいよ、私で良ければ」
    「やった~まま~!」
    「「ママじゃない」」
    ナタルとルーファスの声が見事にハモる。その後キミトスやだよから受注についての連絡が入り、大型に参加することになったため、イチカに預けることになった。

    大型から帰って来ると、イチカと空が事務所で待っていた。
    「あ!ぱぱ~!おかえり!」
    「ああ。すまないな、子守してもらって」
    「いいよ、楽しかったし」
    「あ~面倒見てもらった分払わないとな…」
    「え、いいのに」
    イチカに500万を払うと、直後に何者かから同額振り込まれる。
    「え?」
    振込先を見ると、市となっている。俺は無言で空を見た。空はビジネススマイルでニカッと笑った。まあ補填されるならいいか…。
    面倒なので市から直接支払われればいいのに、とも思ったが、空の事情はそういえば他言無用だった。怪しまれないように一旦俺を経由しないとならないのだろう。
    「空くん、いい子にしてたよ」
    「そうか」
    「うん、私もこんな子いたらいいのに~なんて思っちゃった」
    「…だとよ、ナタル」
    「「え?!」」
    イチカとちょうど事務所に入ってきたナタルの声が重なる。
    「何?なんか言った?諸朋」
    「いっ言わなくていい!言わなくていいからね!」
    「ん?イチカ?何?」
    「なんでもない!」
    「なんでもなくなさそうだけど」
    言い争いが始まりそうだったので、大型の報酬を受け取ったら空を連れてさっさと退散する。今日は大成功だったので特段フィードバックもない。
    空は俺の車に乗ると、満足そうにつぶやいた。
    「いい仕事をしました」
    「そうかよ。金稼いでないのにか?」
    「お金稼ぎが仕事ではありませんので」
    「ふうん」
    車を高級住宅街にある家に走らせ、駐車場に停める。家に入ると、幸い誰もいなかった。
    「ここが家ですか」
    「ああ。ユニベロスという7人で住んでいる。あんまり起きてこないやつもいるけどな」
    「へえ…」
    ユニベロスという単語に興味を示した2秒後に興味を失った声を発する。
    「検索してみたんですがみんな恋人いないんですか…」
    「居たら撃つ」
    「はあ…」
    空はへにゃへにゃとした表情になり、俺の部屋のベッドに腰かける。
    「とりあえず今日は遅い。他のメンバーが帰ってきてばれないように早めに隠れるぞ」
    空は頷いて、寝転がる俺の腕の中に滑り込む。俺は驚いて体をびくりと震わせたが、空はすぐに眠り…というか、スリープモードになった。
    俺はやれやれとため息をついた。そしてなにかとても疲れた感じがして、そのまま気絶するように眠りに落ちた。
    それから数日間、白黒問わず様々なカップルの居場所に連れ回された。空を見た鬼野ねねは爺に子をせがみ、ズズはメアリーに電話をかけ、豆やんとダミアンは空をずっとなでくりまわしていた。他にも様々な人間に出会い、空の虜になっていく。
    ユニベロスのペティ以外にバレないように、家やセーフハウス、教会を転々として睡眠をとる。徐々に精神疲労が来てげっそりとし始めた時、その話が出た。
    「諸朋さん、もうすぐプログラムの試験運用が終わりそうです」
    「試験運用が終わる?」
    「ええ、データが十分に取れたので」
    「ほう。つまり市の管理に戻ると?」
    「そうです。明日市長が迎えにくるそうです。日本に帰るという体で」
    「日本?」
    「市長がそう言っていました。日本に住む市長の親戚が両親だったということにするそうです」
    「へえ、なるほど」
    「それで諸朋さんには一つだけお願いがあるのですが…」

    病院でいつでも空を迎え入れられるように準備をしていた俺の電話に知らない番号からの着信があった。
    「あ、電話だ。はい、もしもし、こちら救急隊橘―」
    『科場だ。』
    「…科場くんか」
    正直緊張するので犯罪者と連絡を取りたくないが、おそらくクレームではなさそうだ。
    『空のことで少し。』
    「空がどうかしたのか?!怪我?」
    『今日、病院に連れて行こうと思うが、時間は大丈夫か?』
    「え!ああ、今日は3時までなら大丈夫だし、いつでも」
    『そうか。今から連れていく』
    「わかった。ありがとう」
    そう言うと、電話が切れる。空が来ると聞いて俄然楽しみになった。今日は命田夫妻やももみ、おさよつもいるから子どもを見たら喜ぶだろう。
    「かげまるさん、なんか楽しげね」
    「あんずさん!空…ええと、仲のいい子どもが遊びに来るんです」
    「そうなのね」
    「いきょくちょ!もしかして空くん?」
    「うん、そうだ」
    俺が電話中に来たダウン通知に隊長が向かっているため、病院に滞在しているあんずさんとももみとそのようなやり取りをしていると、なぜか険悪なムードのおさよつが入ってくる。
    「信じられない」
    「だから誤解だって…!」
    「誤解でも誤解されそうなことする方が悪いのよ」
    「信じてくれよぉ、よつはぁ…」
    「なんだ?また浮気でもしたのか?」
    「してねえよ!」
    試しに茶々を入れてみるが、よつはの雰囲気的にこれ以上は止めておこうと引き下がる。
    「なによ、警察の新人さんにデレデレしちゃって!」
    「してない!してないよ!」
    「してたじゃない!」
    益々溝が深くなりかけそうだし、病院外でやってくれ…と言いかけた時に、治療室の奥から出てくる隊長。
    「大丈夫か?送るか?」
    「あ、はい、迎えが来てるみたいなので」
    「ならいいんだ。お大事に」
    松葉杖をついた患者を見送ると、隊長はおさよつを振り返って「病院外でやれ」と苦言を漏らす。それにおさよつは押し黙る。
    すると、病院の前に見覚えのある車が停まる。
    「あのーそこ、駐車禁止で」
    「あーそうだった。すまない」
    グレーブルーの車がそのまま駐車場へ向かう。あいつは学ばないのか?
    ほどなくして、空を連れた科場が現れる。ももみがそれを見て走り出す。
    「空くん!」
    「もーみおねえちゃん!」
    空に頬ずりをするももみを見て、おさよつは俺に「誰?」という目線を送る。あんずさんも含め、経緯を話す。
    「…ということなんだ」
    「へえ、つまりこの科場さんって方のお子さんなのね?」
    「まあ、多分」
    空はおさよつや命田夫妻もこちらを見ていることに気付き、ニコ、と笑うと、ももみを振り切って俺にしがみつく。
    「ぱぱ~!」
    「「パパじゃない」」
    俺と科場の声が重なる。なぜか1人の声に聞こえもしたが偶然だろう。
    「あら~かわいいわね。見て、治」
    よつはに促されて治が空をのぞき込むと、空はニコ!と笑う。それを見て「お~!かわいい!笑ったぞ!」とよつはとキャッキャッしてる。喧嘩などどうでもよくなったらしい。
    ふとももみを見ると隊長に何か耳打ちをしており、あんずさんはそれを見ていた。科場の方を見ると、疲れた様子でロビーの椅子に腰かけている。
    「なにかあったのか、疲れてそうだけど」
    「ん?…ああ、俺か。別に。子守が大変なだけだ。」
    以前見た時よりもいやにげっそりとしている。一応体調を確認するも、問題はなさそうで、疲労は精神的問題のように見えた。勝手に診断したことに怪訝な目を向けられるが、ひどく疲れているのか、ただそれだけで特に何も言われなかった。
    空に視線を送ると、空はおさよつに愛嬌を振りまいている。以前の人見知りからは考えられないほどの社交性を発揮している。
    俺は科場が武装していないことを確認し、隣にすわった。
    「空を見てるといい子に育ててるんだろうなってわかるよ」
    「え?」
    信じられないという顔でこちらを見る科場。
    「あの治とよつははさっきまで喧嘩してたんだけど、空がああやって積極的に関わってくれたおかげで、喧嘩してたのが嘘みたいだ」
    「ああそう、それなら良かったんじゃないか」
    愛想がない返事に眉をしかめたが、疲れてそうだったので目をつむってやった。
    「橘先生」
    「なんだ?」
    「空、明日帰るらしくて。…日本に」
    「え!?」
    驚いて大声で立ち上がったためか、一斉にこちらに注目が集まる。
    「帰るってなんで?」
    「…市に親の捜索を依頼して、両親が見つかったらしい。そいつらが日本に帰るから、空もついていくってよ」
    「そうか…さみしくなるな」
    「え!空くん帰っちゃうの!?」
    ももみや隊長、あんずさんの声が聞こえてくる。
    「うん、パパとママがいるの」
    「科場さんがパパじゃなかったのか?」
    「そのパパって誰なの?」
    「えっと…」
    空がこちらを振り返った。同時に科場が立ち上がる。
    「…市長の、親戚らしい。忙しい人らしく、市長が代わりに送り届けるそうだ。」
    病院内がざわっとする。市長より忙しい人なんてそうそういないからだ。
    空がこちらに駆けてきて、俺の足にしがみついてきた。
    「ぱぱ、ありがと」
    「やあ空。親御さん見つかってよかったな」
    「…うん!」
    俺は空の頭を撫でた。空はニコニコと笑顔を崩さない。
    なんだろう、まるで大人びているような感覚に陥る。
    それを妨げるように、科場がこちらに声を掛ける。
    「おい、そろそろ―」
    その時、目の前に市長が現れた。
    「わ!?市長!びっくりした~!」
    「空くんの回収にきたぞ」
    「しちょう」
    空が俺から離れ、市長にふらふらと歩いていき、足にしがみつくと思いきや目の前で停止する。市長はそのままひょいと空を抱き上げると、みんなに声をかけた。
    「空くんはこれから日本へ帰る。空くん、いいわすれたことはないか」
    「みんな!ありがと!じゃあねえ!」
    空は腕をぶんぶんと振り、挨拶をした。心惜しくて寄る者もいたが、市長の足はそれより速く、病院を出ていく。空を一目見て、そして市長を見送ろうと病院から出るものの、そこに空と市長の姿はなかった。そして、いつの間にか科場も病院から去っていた。

    空のいない助手席を気にしながら車を走らせていると、電話がかかってくる。
    「はい、もしもし。こちら科場」
    「こちら一番偉い人だ。科場諸朋くん。この度は空くん…IGAN-00の件でありがとう」
    「はあ、どうも。ん?IGAN?…愛玩?ハ!趣味悪」
    「空という名前をつけてくれてよかったよ」
    「その名前は橘先生が付けてたぞ」
    「そうなのか。それで空くんのことだが、これからも他言無用でお願いするよ。今回は貴重なデータがとれた。今後に生かせる」
    「ああ、そう」
    この数日で一体どんなデータがとれたのかわからないが、俺に関係ないからどうでもいい。
    「それでな、君には協力金で送金するから。ああ、何のお金か問われたら、空くんの親からの養育費だとかなんとか言ってくれ」
    「協力金?」
    すると、2千万ほど振り込まれる。
    「大型ミッション1回分くらいかな?多分」
    「そうだな。ありがとう」
    「うむ。それじゃあ、ご協力感謝する」
    そう言って、電話は切れた。
    「ふん、数日にもわたって4000万じゃ少ないけどな…」
    虚空にぼやくものの、なにか心にぽっかりと穴が空いた感じがして、なんとも言えない寂寞の感情が車の助手席に残されていた。
    いつか、また会えるだろうか。
    車から降りる必要もないが、わざわざ降りて、夜の冷たい空気の中、タバコを吸った。

    「IGAN-00、今は空くんか」
    「はい、市長」
    市長に回収された空は頭の中でデータを整理していた。
    「今回どうだった」
    「大変貴重なデータがとれました」
    「そうだけど、そうじゃなくて」
    「はい?」
    「楽しかったかい?」
    市長は長い髪を揺らしながら椅子から立ち上がり、市役所の窓の外を見た。
    「楽しかった…そうですね、楽しかったと思います」
    「おもいます?」
    「私には感情がわかりません。それっぽく振舞うことはできても、感情を理解はできません」
    「そうか、そうだったな」
    「でも、時間がすぎるのが早かったり遅かったり感じました。時間は一定に刻むと理解しているのに」
    「ほう?」
    市長は空を振り返った。
    「初めてのことが多く、濃密でした」
    「それはなによりだ。」
    再び、市長は窓の外を見やると、先ほどまで降っていた雨があがっていた。
    「空、ね…やはりこの街は面白いな。」
    アスファルトが濡れて雨の匂いがする中、青空には高い雲が立ち昇り、虹がかかっていた。
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    ShiaYugiri

    MOURNINGストグラの科場諸朋・羽山ペティ中心の二次創作小説です。
    注意⚠️:架空の団体が登場します。なんでも許せる方向け。
    兄と妹「科場さん」
    「なんだ、ペティ」
    UFORUで珍しく客が途切れ、大した会話もなく2人で食器やカトラリーを片付けていた時に、ペティの呼びかけによってその沈黙が破られる。
    ペティはそのまま手を動かし続けながら言葉を続ける。
    「科場さんは…ペティが黒になるかもしれない、と言ったらどう思います?」
    科場は手を止めた。あのとき…ケンシロウ襲撃の前後で何度も何度も考えたことだ。
    この街では白市民の証明である白市民パスを持っていてもバレないように犯罪をしたり黒市民に協力をしたりしている住民が一定人数いる。それはMOZU内外にもいるため、科場がよく知らないわけではなかった。
    ケンシロウ襲撃の際には、ペティが明確な殺害依頼を科場に出し、それに承諾して実行したため、実行犯は科場であってもペティは共犯になる可能性がある。自分の手を汚していないだけでやっていることは犯罪である。しかし、その犯罪はバレておらず、ペティは未だ白市民として活動している。その前置きがあった上でペティが「黒になるかも」と発言するのには何か深い理由があるのだろうと科場は察した。
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