夜を駆け抜ける窓に映る横顔「お大事に~…こんばんは、どうされまし…あ」
今日は早番出勤をした。ちょうど今ましろやメキーラも出勤しているものの外出しており、たまたま一人病院待機をしていた。そこに翡翠色の髪を揺らす男が久々に目の前に現れる。今日は白いダウンコートに濃紺のハイネックという厚着をしているようだ。もう春の陽気だというのに。顔を見て警戒態勢に入る。変な刺激をしないように。ライフル銃は背負っていないようだが、拳銃などを持っているかもしれない。
「怪我ですか?ホットドッグの押し売りですか?」
「押し売りだったら買ってくれるのか?」
「メニューによるけど」
「ええとSRが…いいや。今日はホットドッグを売りに来たわけでも怪我の治療に来たわけじゃなくて。橘さんに用があって来たんです」
「じゃあましろ…俺に?」
ましろに連絡を取ろうと無線に手をかけたのをやめる。
「ちょっと込み入った話をしたいが、今暇か?」
それほど関係もない人、しかもギャングとランク4以上の公務員が対面で込み入った話?俺は訝しんだ。後にわかることだが、この感覚は正しかったらしい。
「病院じゃダメなのか?今留守番でな」
「それなら大丈夫じゃないですか?誰かきたみたいだしな」
「おはようございまーす」「おはよう医局長!」
ももあくんとカテジだ。俺は立ったまま静かに頭を抱えた。
「ああ、おはよう」
ロビーにいる犯罪者に気が付いたようでカテジが話かける。
「…おあ?初めましてか?」
「ああ、初めまして。科場諸朋と言います。この医局長さんに今日用があって」
「ん?医局長にか!俺たちは病院にいるから、医局長は行ってきていいぞ」
カテジは何も聞いていないのかもしれない。救急隊が客船で撃たれたこと、その犯人がこいつであること。だから、「行ってきていい」のは素直な親切心にしか聞こえない。
どうにもその親切心を無下にするわけにもいかないし、見た目は丸腰で来て俺にある用というのも気になってきた。それにももあくんとカテジが病院で待機してくれるなら、何かあった時に対処できるだろう。それに今警察官の人数が多くないということは大型犯罪が発生していないということだから、事件対応もそう多くはないだろう。
俺はやれやれといったため息をつきながら無線に手をかける。
『橘、ちょっと外す』
それを見て聞いて思い出したのか、ももあくんとカテジの二人は「あっ無線」と慌てて無線機の電源を入れている。
その間に裏に回り、普段着のスカジャンの袖に腕を通す。
戻ってきたころには犯罪者はロビーの椅子に足を組んで座っており、俺の姿を見かけるとゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、じゃあ俺の車に」
そう促され駐車場に向かうと、バチバチに「MOZU」と書かれたステッカーが貼られたシックなカラーの車に案内される。恐る恐る乗り込むと、すぐにエンジンをかけてバックして駐車場を出て、レギオン方向へ向かう。
「…どこへ行くんだ?」
「そうだな…」
運転しながらスマホを見るという危険運転を行う犯罪者は、何かの画面を確認した後、スピードを落としつつもキュッとUターンしたと思うと、カジノ方面に車を走らせる。
「砂漠の方へ」
ブロロロ…
明らかに法定速度を超過したスピードで走る車は、時々排気口あたりから火花を散らす。そういえば、Futoもそんな感じだったな、と振り返る。山本社長、今はどうしてるかな。
「さあ着いた」
車窓から見えるのは、見覚えのある風景。…ってここ、俺が誘拐された場所だよな?
「な、なにをするつもりだ…?」
「?普通に話をするだけだが」
犯罪者は、俺が何を言っているかわからない様子で首をかしげる。
あの時はキーモットを助けるために必死で、その後に誘拐されたためによく見ていなかったが、ここはモーテルと…管理人室か。
「ええと、ここは?…君の家?」
「家?……ああ、そういえばあんた不動産屋か。うん、そうだ」
最近不動産屋に就いたばかりで救急隊がメインだというのに、俺が不動産屋であることを知っていた。耳が早いのか。念のためGPSがでるようにジョブを切り替えていないので、ここが家であることを知ってしまっていいのか。まあ一カ所知ったところで、という奴なんだろう。
「家の中には案内できないが、ここならだれにも話は聞かれないだろう」
車に乗ったまま、犯罪者―科場はこちらに目を流す。
「医局長サン…橘かげまるサン、ね」
「な、なんだ科場諸朋くん」
何が起こるかわからない恐怖と、科場の流し目から漂う得も言われぬ色気のある雰囲気に気圧されてしまう。
「こないだの電話のことだが、どこで知ったんだ?ユニベロスを。」
「ユニベロス?」
初めて聞く単語だった。こないだの電話といえば、彼に「兄弟はいるか」と聞いたものだった。「家族はいる」とのことだったので、それ以上の追及は控えたが。
「もしかして知らないで電話してきたのか?」
「え?なんだ?新しいギャングか何かなのか?本当に知らないぞ」
「…この街に俺を含め家族7人で引っ越してきたんだが、その名前がユニベロスだ」
なるほど、合点がいった。兄弟もとい家族について聞いたから、どこで科場に家族がいると知ったのか知りたかったのだろう。これはなんかアンジャッシュ状態になっていそうだ。
「電話の話はな、ぴん子さんに占ってもらったからだ」
科場は少し首をかしげる。ぴん子さんを知らないのか、占いというものの存在がロスサントスにあることを知らないのか。
「占い?」
「…以前、君が指名手配だったろ」
科場は「あっ!」と何かを思い出したように目を見開いた。
「あんただろ、通報したの」
「公務員だから当然だ」
通報したことに怒るかと思って身構えていたが、ため息をつかれただけで、それ以外は気にしてないらしいそぶりだった。
「話をもどすと、それで通報後も指名手配書から名前が消えたときも、君のことが何かと気にかかってね、何かあるんじゃないかと思ってぴん子さんに占ってもらったんだよ。その時に兄弟とかいうワードが…そのほかはあんまり覚えてないけど、とにかく「兄弟」という言葉が気になってな」
科場は半目になっている。とても怪しまれている。
「つまり、なんだ、俺があんたと兄弟だと?」
「いや、そんなわけはないが、その言葉になにか、可能性がね?あることを示唆されたから、一応聞いてみたわけじゃないか。そしたら家族がいるって話だから、まあそれ聞いたらそれ以上はいいか、と」
兄弟。そもそもこの男と兄弟なはずがない。見た目だけでいえば同年代だし、顔も似ていない。それに俺は両親も健在だし一人っ子であるはずだ。でも何か…何か引っかかる。
少し焦りながら話す俺を横目に科場はそのまま頭を抱えた。
「そうだな…」
言葉を選んでいるような雰囲気が感じられる。犯罪者なのに妙にまじめな部分もあるものだ。そんなことを考えていると、何かを振り切るようにして彼は顔を上げた。
「家族、ユニベロスのみんなとは血縁関係はない。教祖のジーザスという男の元に集まった集団だ」
「そうなのか。それはMOZUとも関係があると?」
科場の整った眉がぴくりと動いた。
「それも知ってるのか。あ、まあ救急隊だからか」
反応的にまさか客船で撃った救急隊員だとは覚えていないようだ。大型犯罪などでダウンし逮捕され護送されたところを牢屋で治療するということをやっている以上、警察ほどではないにしろ、ギャングの情報は少なからず入ってくる。
「MOZUには関係ない。それにユニベロスには白市民もいる。ああ、そういえばジーザスが救急隊に興味ある感じだった」
「はあ、じゃあまず体験に応募してもらって」
「ああ。それはジーザスに言っておく。」
そのジーザスという男は身内にギャングがいても公務員を志願するのは大丈夫なのか?と思ったが、それはまた別の話なのでさておき。
ユニベロスに白市民がいるということは、組織立って犯罪や仕事をしているというようには感じられない。本当に「家族」という絆のつながりなのだろう。
「で…俺は昔スラムにいて、親は知らないし、学校に通ったこともない。」
「…うん」おっと…?急に情報量が多くなったな。
「だから、ユニベロスは家族だし兄弟のようなものかもしれないが、血縁関係のある兄弟はいるのかどうかもわからない」
なるほど、言いたいことは分かった。ユニベロスはもしかすると孤児の集団なのだろう。自分の出自がはっきりしないがために、「自分とお前が兄弟かと思ったのか」というような発言がでるのだろう。
俺はとりあえず腕を組んで車のシートに寄り掛かった。話を聞く限り―嘘かもしれないがだとしても、俺とは育った環境があまりに違い過ぎる。今隣にいるからと言って何ができるわけでもない。占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦だと分かっていても、ぴん子さんの「兄弟」という言葉には何かの引っかかりがあった。一体なんだったのだろう。
「今の話を聞いて、要するに俺が気にしなくていいわけだな。うん、わかった。それだけ分かればいいさ。君の生い立ちについては漏らさない。」
「ありがとう。こちらも誤解をしてしまったな。そこは申し訳ない。」
科場はエンジンをかけ、そのまま元来た道に戻る。「送り先は病院でいいな?」
先ほどまで夕暮れだった街はいよいよ夜が更けてきた。外が暗くなり、自分の顔と科場の横顔が窓に反射する。そよぐ黒髪と揺れる翡翠色の髪。
俺は自分たちの顔が映った窓から目が離せなかった。
なぜか、似ていないはずの顔が「あの時」の自分の顔に少し似ていたから。