リーンカーネーション(再終/nowhere now here)「アンタはここにいるように見える。今この場ではそれは事実だ」
人間は首をかしげる。何を言っているのとでも言わんばかりだ。
「だって、きみの目の前にいて、ぼくがいないように見えるなんてことある? ここにいるのに?」
居るのが当たり前。アタリマエ、アタリマエ、と言い聞かせるように口の中で繰り返す。物理的に見えていなければおかしい。
それでもなお見えていないのであれば、確実に認識能力に何らかの異常がある証拠だ。
その異常を他人に意図的に起こすことができるのか? できないだろう。
「戻っていたんだな」
曖昧にそいつは頷いた。別に戻りたくて帰ってきたわけではない、とでも言いたげだ。
「考えるべきことがあって。それでもう一度きみたちのことを踏まえて、それから前に進もうと思ったんだ。……断っておくけど、きみや、きみたちのことについては一応の決着をつけたのだから、もうぼくがどうこうできることはないよ」
ぼんやりと椅子に座ったまま、床の継ぎ目を見つめている。金色の光。決意の輝き。世界が傾いでいく感覚がする。支離滅裂なその思考で一体何を考えるというのか。
「……きみは、ぼくの友達?言葉の定義通りの意味で」
「観点によるな。可能性がゼロじゃないのは友達という立場だが、だとしても「あんた」は嫌いだ」
「それじゃ、フリスクは?」
「……解らない。クイズならもっと簡単なやつにしてくれよ」
困ったなあ、と子どもが笑いを漏らす気配がした。人間の方でも答えが出ていないから解りようがない。
「もう一度最初から話を整理しよう。ぼくの名前はフリスクである、オーケー?」
「オーケー。それで?」
「ぼくは自分で覚えているうち、少なくとも四回リセットした。一人で地上に出たのが一回。みんな塵にしたのが二回。みんなで地上に出たのも二回。二回もやって間違いなんてことある? だから自分の意志で、やりたくてやった。オーケー?」
「本当に反吐が出るくらい立派な経歴だ。黙っていれば俺に疑われるだけで済んだのにな」
「そうだね。そうする手もあった。……ぼくは「本当の」ほんとうのなまえを持っている、そして初めてみんなと地上に出る直前までぼくの名前を知らなかった。ぼくはぼく自身の口でその名前を言ったはずなのに、その時まで知らなかったんだ。つまり、このぼくはフリスクという人間ではないと言える」
「解った。要するにお前は「フリスクと名乗っているだけの人間」であって「フリスクそのものじゃない」と言いたいんだな?」
「やっぱりそうなっちゃうでしょう? でも、どんなに探しても「フリスクそのもの」という人間はいない。ぼくは間違いなくずーっとこのぼくという意識を持って、……そして地上にいる限り、きみの大勢いる友達のうちのひとりだよ。……でも、決して友達なんかにはなり得なかった。そんな可能性は万に一つもなかった。そのことをきみが知っている。他のきみに言わないと約束したことも。全部矛盾だらけだからこそどこかで帳尻を合わせないと何もかもだめになる。どんなに歪でも事実は事実として飲み込んでおかなきゃ。セーブデータに追記するものにはリセットされた分の記憶が加えられ、消去するものには受けるべき幸福の分が取り除かれる。ぼくの引いたタイムラインにフラウィーを倒した結果を追記して、きみにはリセットされた分の記憶が加えられた。だからきみは思い出して、このぼくを見つけることができた。友達でも何でもないぼくを探すことにそんなに価値があった? 放っておけばいずれ消えたはずなのに」
「価値があったかどうかじゃない。お前さんが期待したからさ。あんたのせいで俺はここに呼びつけられた。そういう解釈をすることもできる。お前さんの考えている俺と俺が考える俺ってのは多分違う」