リーンカーネーション(中/報いを携える者)「わたしが帰ってくるためには非常に都合がいい、と考えた。あの子のソウルを得た以上、今やわたしはフリスクであり、フリスクであった者はわたしである。あるいは怪物と闘い、その過程で自らが怪物と化した者はみなわたしである。深淵を覗き込んだ者のうち、そこから這い出でた者はフリスクという名のわたしである。わたしは彼らに、また彼女らに、顔を潰した写真を見せつける。自らの行いを振り切ったと思い込んでいるに過ぎないことをただ淡々と通知する」
それを聞いたフラウィーは待ってましたとばかりにその図体を現した。耳をつんざく歪んだ笑い声を上げながら、最早花とは言い難い異形の物体であるその体を引きずり這い出し、縦に裂けた赤い目が嘲笑うようにこちらを見下ろす。
「そうだ、世界中に思い知らせてやろうよ。きみの素晴らしいアイデア通り、あいつがちっとも救われていないことをさ! 上っ面ばかり汲み取って小難しいことを言いながら何にも解ってない連中をぼくたちの所まで引きずりおろしてやろうじゃないか! 特にあいつだね、意味があるように見えて無意味な機械はただのゴミと同じでしょ。リョーシリキガク、なんて気取っちゃって、ああ寒い寒い。小難しい単語を並べて解った気になっているなんて目も当てられない」
ねえ、きみもそう思うだろ? 嫌な薄ら笑いで花が問いかける。
「……あまり煽らない方がいい、自身の価値を損ねる。それに、あまり人のことは言えない」
「だって……きみだって人間嫌いでしょ」
予想に反してたしなめられたのが気に食わなかったらしく、フラウィーは口を尖らせる。
「そうだね。嫌いだ。嫌いだとも。わたしは人間ほど嫌悪するものは他にない。半数は愚かだ。残りの半数のうち、六割方は賢くあろうとするが、それで却って失敗している。もう四割弱の方はようやくまともに近いものの、各々の主観に根ざした信念とやらを無自覚に振り回すので質が悪い。残りの一パーセントにも満たない連中は例外なく気が狂っているか、狂っている上に頭が悪い。そんな連中のいずれかと並べられることは我慢ならないね。しかし、わたしは自身が賢くあろうとして失敗していると認めよう」
「昔からそうだったよね。本当は頭いいって言われたいくせに」
「きみから見ればそうかもしれないな。賞賛は確かに快いが、知能が優れていることを必ずしも保証するものではない。わたしにも知らないことは沢山ある。理解の及ばないことも多数ある。真に智に優れた者ならば、全人類を抑えつけることなど容易いだろう。その頭脳をもって治めるならば、一日と要らずに全人類が諍いを止めるだろう。しかし現実には愚者と同じ量の血が流れている。血が流れる限り、多かれ少なかれ人類は皆愚かだと言わざるを得ない。そしてわたしは人間なので、その範疇に十分含まれる」
「本当に嫌な奴だな、少しはぼくのことを信じてよ」
「そっちこそ意気地のないやつだね。自分が人間から受けた仕打ちを忘れたかい。……どうやらこのフリスクは、「本当は」他のフリスクを相当に僻んでいるらしい。全てを知りながら平和主義者を名乗るフリスクがどうしても羨ましいようだ。そして自分では手を下さずに知りたがる連中にはその目にナイフを突き立ててやろうと爛々と目を光らせている。わたしと出会っていながらフリスクの名がついた瞬間にハッピーエンドを迎えたのだとおめでたく浮かれている奴らにはその道程を思い出させてやろうと決意を滾らせている。奴らを全て撃ち落とす気でいる。背後からこっそりと近寄っていって、これは逆恨みだと笑いながらナイフを突き立ててやろうと常にその隙を狙っている。全く恐ろしい人間だよ。さあ撃ち落としてやろう。悪意に満ち満ちた深淵に。真っ先にハッピーエンドに辿り着いたと思い込んでいる連中には目にものを見せてやろう。できるだろう? わたしと、お花のフラウィーちゃんならきっと簡単さ」