罪累る 朝方、雨に打たれながら夜勤終わりのくせえやつの跡をつけてぼろぼろのアパートの一室につき、ドアが開いた瞬間足を差し込んで部屋に押し入った。
郵便受けの赤や青の封筒がばらばらと落ちこいつの名前が見える、シンプルだけどなんか1ばっかでややこしい名前だった。
「おまえエースな、おれルフィ!仲間になれ!」
「知らねーよバカ!ついてきてたのかよもう肉まんもビスケットもお茶もねえよ!」
「ごたごた言ってねーで部屋いれろよ泊めてくれ!なんもいらねえから頼むよエース」
「エースじゃねえし…!思い出したおまえあれだろ、閉鎖された養護施設に住み着いてたガキどもだろ、窃盗強盗集団って噂の」
「そうだよロビンがブリってハットリクリニックにいれられちまってよお、赤髪荘取り壊されちまったんだ。ほんとに頼むエース雨降っててさみいよお風邪ひいちまうよおなんもいらねえから今日だけ…ぐずぐず」
「あっ…?!な、泣いてんのか?おおお男が泣くんじゃねえ!ぅう"、えっと、うう…今日だけなら…」
ばっこちょろい。
泣き真似しながら玄関のカギとチェーンをかけてまごついてるエースの手を引いて部屋の中に入ると小さいテーブルと広げっぱなしの布団があって、早速頭の上のチョッパーと背中の麦わら帽子を置いて服を脱ぎ布団にもぐった。
「家のもんは勝手に食わねえし金もとらねえ、雨しのがせてくれりゃいいからよ、よろしくなエース♡」
「その服洗わねえからな」
「にっしし、乾いたらまた着るから置いといてくれ」
布団の中に脱ぎっぱなしだったおおきめのシャツを着て仰向けになった。
天井のかどっこがかびてて隅の台所に洗ってないカップが置かれていてさみしい部屋。
1か月ぶりの布団はあったかくてきもちいし、ため息をつきながらおれの服を物干し竿にひっかけるエースはやさしい、運がよかった。
寝たふりをしながらテーブルの下のジャージを着て座りスマホをいじるエースを伺う。
頭を掻きながら110番しようとしてたから、ジャージの裾を引っ張ってうるうるしてみせたら下唇を突き出してやめてくれた。
それからしばらくするとまたスマホを手に取ったから抱きついて、たすけてくれてありがとな、おれにはもうエースしかいねえよ大好きって耳元で囁いたりほっぺや乳首にちゅーしたりして何度も何度もスマホの画面を消した。
粘った甲斐あってか昼が来る頃には真っ赤になって「しばらくいてもいいけど…」って手も足も絡ませて抱きつくエース。
やっぱりクソちょろい、デカくて顔おっかねえけど甘ったれだ。
ようやく眠った夜勤明けのエースから抜け出してスマホを奪い、指紋ロックを外して中を見漁る。
LINEの友達が職場のやつひとりだけ、電子決済も未登録でホーム画面に電話とメッセとLINEのほかはTikTokだけとかいうカスマホをすぐに放り投げばからしくなって一緒に眠った。
たっぷり眠って起きたら陽が沈んでる。
テーブルに仕事行ってくると書置きとスペアキーを見つけてエースが心配になった、ちょっとちゅーしてだっこしただけで同棲オッケーで鍵までくれんだ、通報しねえでいてくれるだけでよかったのに。
することがないから昨日見た時とかわらず玄関に落ちてる封筒の束をリビングまでもってきてテーブルに並べる。
光熱費、保険、宗教の冊子、年金、聖書、架空請求架空請求ハーブティーいのちの電話オーガニックオイルもっと稼ぎたくありませんか平和を愛する世界人としてFXに興味のある方架空請求…
なるほどちょろいエースは食われて奪われる側だ。
そのくせに友達ゼロ人で誰にも頼れないで溺れかけてる、やさしいだけじゃ生き抜けないのをエースはわかってるんだろうか。
ゴミ袋の底の方にいらない書類を捨て、自分の服に着替えた。
書置きのはじっこにいってきますと書いてチョッパーをかぶり、近所の監視カメラのない家に忍び込んだ。
一緒に眠ってそれぞれ金を稼いでまた一緒に抱きついて眠って。
1週間くらいくりかえして、朝方帰ってきたエースにお湯湧いてるぞと風呂場を見せた。
後ずさりしてへたりこむエースに抱きつくと、煌々と電気がついたあったかい浴室を見ながら抱き返してくれた。
「なんで水が出るんだ」
「電気もガスもつくぞ」
「おれ払ってない」
「おれが払ったんだ」
かび臭くて暗い脱衣所。
おれの顔を見て、熱くてあかるい浴室をみて、またおれを見て歯を食いしばって笑った。
ちょっと誇らしかった気持ちが曇る、服を脱いで風呂に入って手招きするとエースも脱いで湯船に頭まで浸かった。
背を向けて寄りかかると後ろから抱きしめられ、ふやけた垢が剥がれる。
「すまねえなルフィ」
「いいって気にすんな」
「バイトはじめたんだな、給料は日払いか」
ざらっと胸の奥が痛んだけど小さく頷いた。
嫌味かと思ったけど1か月ぶりの風呂はどこまでもあったかい、頭をなでられて足ごと抱きかかえられ、風呂から水がざばざば溢れる。
「仕事は大変か」
「いや、もう慣れちまった」
「覚えがはええんだな。うらやましい。職場は近所?」
「おう」
「気を付けて行ってこいよ」
手桶で頭からお湯をかけられる。
エースはやさしい、嘘もつかせてくれねえ。
足と足を擦り合わせるとまた垢が少し剥がれ、つっかえる喉から懺悔が漏れる。
「ほんとは盗んできたんだ」
「嘘」
「ほんとだ、ごめんエース」
「嘘こけって」
照明に反射する湯船の水で目が痛い、頭のすみっこがじくじく痛む。
頭の上にあごを乗せられ唇を強く噛んだ。
「ルフィがそんなことするわけねえ」
頬を思いっきりぶたれたみたいだった。
有無を言わせないあったかい声に肩がすくんで下を向いてしまう。
「頑張って働いて稼いできたんだよな。頭下げて怒られて、何時間もしんどいよな、わかってるから」
エースに撫でさすられ腕や足にひっついてた泥や草が垢ごと剥がれ落ちる。
頑張ってない、辛くもないし頭なんか絶対下げねえで毎日逃げ切るだけ。
忍び込んで勝手にスマホ充電して、適当に金ポケットに入れて、なんとなく居座ってテレビ見て、見つかったら殴って窓から飛び降りる、家じゃなかったら朝方の駅でスリをする。
成功したときの万能感はロビンのドラッグ試した時よりずっと強い気がするし、生きるために仕方なくなんて思ったことねえ、エースが囁くくらいじゃ止まれねえ。
頭をなでられながら足の指の間を擦られるとまたお湯がざぶざぶ漏れ出した。
「なあエース、もし、もしおれがまた悪い事したら」
「もしももなにもルフィはしねえ」
「それもういいってエース。おれきっと明日も」
遮るように強く抱きしめてエースは言った。
「しねえったらしねえんだ。おれのこと好きなら絶対しねえ。もしもがきたらおれがやりましたって警察に言ってやる。今日までのお礼に。すきって抱きしめられたのはじめてだった」
ぎゅーとちゅーとすきだけで、あんな子供だましでここまで?
もうしない、悪いことはなんにも…今日だけの誓いだとしても、このやさしいだけの人から何も失わせたくないと思った。
風呂上り、電気がついた部屋はおれがいちゃダメな場所なような気がしたけど、垢が落ちきった体で床に膝と手とおでこをついて泣きすがるとエースはドライヤーを引っ張り出してきておれの髪を乾かしだした。