再会 ちりちりに白く伸びた髪をコアラに遊ばせながら本を読んでいた。
100年前の連続短編小説…ゴア王国って国の末裔だかなんだかが書いたっていう、あんまおもしろくない本。
強い弟と死んだ兄弟のことで9割埋まってて結構読むのがしんどいけど仕方ない、そもそも本なんてコアラがめくってくんなきゃ読めないし…
あくびをするとコアラが立ち上がって窓の方に歩いた。
「どうした」
「今窓になんかいたかも」
「おいおいまた幻視かよ勘弁してくれ」
「そんなこと言うなら今日おふろ抜きでーす!」
「いいよひとりで入ってやる」
「トイレも行けないのに?」
「入るったら入るんだほっとけ。…あっ」
ちょっと力を入れてふりかえると弾みでベッドにぽすっと倒れてしまった。
起きあがろうとうでをジタバタするのをコアラはじっと見守る。
うなじに汗をかきながらひじをつき、頭の重さにめまいを感じながらふっと息を止めて腹と腕に力を入れて体を数センチ起こす。
コアラはそこに手を差し入れゆっくりゆっくり抱き起こし、傾きかけたおれの横に座って、またどっかから拾ってきた櫛でおれの髪を梳く。
「自力で起きれるようになってきたよね、座ってられる時間も伸びたし」
「起きれてない全然。数センチ背中浮かせれるだけ」
「今日ごはんなに食べよっか」
「賞味期限きれてねえやつ」
「寒いから豚汁とか」
「いやだあんなお湯に豚肉一枚浮いただけの」
「それしゃぶしゃぶじゃない?」
「ちげーよ豚汁だ、もやしと砕けた豆腐しかねえやつ。おまえほんとになんも知らねえよな」
「記憶とけたサボくんに言われたくありませーん!」
きゃきゃっと笑うコアラはいつも幼稚園児みたいな顔をしてる。
なのに手の拳は硬く分厚く骨がしっかり削れている。
屋敷にたむろしにくるチンピラ…毎日いるけどほんとにチンピラか?そいつらを追い回してぶん殴るから。
この部屋にこびりついてる血も多分おれが寝てる間にやったんだと思う、あんまり人いじめるのはよくないぞと言ってるのにあんまり通じない、教育って難しいもんだ。
コアラがおれのひざに本を置き直すとじりじりじり、と虫みたいな音が屋敷中に響いた。
「今のなんだろ?」
「チャイムだ…チャイム鳴るんだなこの家」
「誰かがサボくんの家族の誰かに会いにきたんだね、どうしよ出る?」
「見てきてくれ。いたずらじゃないならおれの知り合いかもしれねえ」
「知り合いだったとして覚えてる?」
「いや全然…」
もう一度チャイムが鳴り、コアラがばたばたと走って部屋を出て行った。
コアラが立ち上がった弾みでおれのからだはゆっくり傾いて、またベッドにぽすっと沈む。
コアラ帰ってきたら起こしてもらおう。
…いやだめだ、こんなんじゃいつまでも自力で起きれねえ、コアラがかわいそうだろ、あいつ行く当てもねえバカだからいいけど、おれの介護で一生過ごすのは嫌なはずだ。
仰向けになった体を右に寝ころばせ、左の肘に力をいれる。
骨と皮しかねえような体をどうにか起こそうと四苦八苦してだいぶ経ったがおれは起き上がれなかったし、コアラもしばらく帰ってこなかった。
布団を引き寄せようとしても動けない、どうしよ。
疲れてぼーっと天井のシミを数えてると廊下から階段をのぼる音が聞こえた。
かしゃ、かしゃ、と金属の音がかすかに聞こえる。
めちゃくちゃゆっくり一段一段上ってるみたいだ、のぼり終わったあともかしゃ、かしゃ、とゆっくりゆっくり。
音がどんどん近くなって止まり、コアラがドアから半分顔をのぞかせておれを見る。
「連れてきたのか」
「うん。ちょっとわかんないから…サボくんこの人知ってる?」
そういってドアを全開にすると、コアラの肩に手を乗せる男が立っていた。
男は杖をついていて、髪が灰色で、靴はスリッポンでジャージを着ている。
顔は左半分が盛り上がっていて、ほかの肌が見える部分も全部硬そうで、指が曲がっている。
「……いや知らない…」
「サボくんのこと知ってるみたいだよ、お茶とか出す?」
「お茶ねえじゃん」
男はおれを凝視しながらぎこちなく部屋の中に入ってきて、茶色く汚れた丸テーブルのそばの椅子に腰掛けた。
こんにちはとか天気いいですねとかお名前はとか聞いても何も言わねえ、何しにきたんだろう。
土から這い出たゾンビみたいな男は陽が沈むまで黙ってそこにいて、涼しい夜がくるとそっと帰っていった。