うまくなる 目の前でうずくまるルフィの頭に触れると指先がびりびり痛んだ。
爪がうまく生えてこないから。
手のひらで髪をそっとなでると手の甲のかたまった皮膚からうっすら血が滲んだ。
ほんとうにルフィなのか?まだ信じられねえ、だってスマホ見せてくれたからわかったけど、そうじゃないならルフィだと思わなかった顔よすぎて。
いくらなんでもイケメンになりすぎだろ…24歳?眉がはっきりしてて目から光線出てる、まぶしい、髪も潮っぽくてべたべたしてるけどそんなの気にならねえむしろセットしたのかってくらい様になってる、短パンからはみでるふくらはぎはがっしり重たくて、白髪だらけで全身剥けて手も足も変になったおれなんか消し飛んじまうくらいルフィはかっこよく成長していた。
どうしよう、ふ、風呂?銭湯でも連れてくか?それで明日一緒にサボのとこ…つか今どこ住んでんだまだあのマンションに住んで…いやまずメシだな。
ルフィのうでにはコンビニ袋がひっかかってて、中に肉まんがふたつはいっていた。
おれがさっきほっともっと(最近できたらしい)で買った弁当と箸をルフィの前に置いて手をとんとんっと小突くとルフィはからだを起こして弁当をたべて、肉まんふたつ口に詰めた。
イケメンってすげえな、鼻ひろがってもありえないくらいほっぺ伸びてもどこ歩いてきたんだってくらい服どろどろでもイケメンなんだな、すすけて月明りの透ける部屋が輝いて見える。
自分の顔を隠しながらいっぱい食べるルフィをじっと見てると泣けてきた、全然面会に来てくれなかったから忘れられてると思ってたけどこうして会えたし、おれが出したもん食べてくれるし、こ、こんなキモい見た目でも逃げねえでいてくれるし、おれ5年前どころか大昔も強くてかっこいいルフィに抱かれてたんだと思うとそれだけでなんか100年生きれそうな気がする、運命じゃん。
Tシャツ短パンじゃ寒いかなと思ってジャージを脱いで背中にかぶせるとこっちを見た、うう、正面から見んなよきらきら…。
「目は見えてんだな」
唇の動き的にたぶんそう言ったんだと思う、うなずくと鼻水垂らしながら笑ってくれた。
顔ご飯粒まみれだし拭いてやりてえけどティッシュもってねんだよな…トレーナーの袖で顔を擦ってやると眉毛をつりあげてなんか言った、やべえ口見てなかった、聞こえねえなんつったんだ、もうちょい声張ってくれねえと。
口をぱくぱくさせながら右手を顔のそばでぐーぱーするとルフィは眉間にしわを寄せた。
もう一回ぐーぱーすると頭を掻いて首を傾げた。
スマホのメモを開いてがんばって『でけえこえで』って打って見せると「あー」と納得した声を出して手を叩いた。
「先にいえよなひゃひゃひゃっ」
通じたのがうれしくて顔をもう一回トレーナーの袖で拭ってやるとぱっと避けられた。
「擦ったらがびがびがびっていったぞ、皮が服にくっついてんじゃねえのか、鉄くせえし」
そんなのいつもだから気にしねえ、動くたびどっかが裂けたり剥げるんだ気にしてたらなにもできなくなる。
おれのかたく粉をふく手の甲をなでながらルフィはおれに聞こえるくらいでけえため息をついた。
「こんなになって、おれのことまだすきなのかよ」
頭を3回縦にふるとうつむいて小さくなんか喋った。
なんつったか知りたくて服をひっぱると、立ち上がって「まってろ」と言い残し窓から出ていった。
こんなにって何が、おれはルフィが元気で怪我なく笑っていてくれりゃなんだって。
そわそわしながら言われた通り20分くらい待った。
どこいってんだろ、トイレかな。
窓の向こうをドキドキしながら待ってると鍵かけたはずの玄関からルフィがするっと帰ってきて、おれと松葉杖をかかえて外に出た。
外に出て、白いセダンの助手席に乗せられる。
ルフィ今こんなたけえ車乗ってんだ…なんでチャイルドシートがあるんだ?け、結婚してる、とか?
ルフィの肩を叩いて後ろを指さすと「いとこから借りた車だから」と笑って言った。
…いとこなんていたか?
いるんだろう、ルフィが言うならきっと…うそついてたらすぐわかる。
シートベルトをしめるとルフィはおっかなびっくり運転をはじめた、免許は…いや、免許はとってるはずだ、とってるけど普段運転はしてねえんだな、急がなくていいから赤信号で急ブレーキはやめてくれルフィおまえのスタッカートきいたブレーキのせいでおれのからだが血まみれだ。
「ホテル行こうぜ、あそこじゃ寝らんねえ」
顔を見ると笑顔だった。
おとなびた完璧な笑顔で、目は全く泳いでない。
うそついてたらすぐわかる、けど、わかったところでおれのできることは変わらないし、作り上げた顔をつつきまわすようなことはしたくなかった。
正面を向いて空を見上げると、いつか砂漠で見たよりずっとちゃっちい夜空が木や電柱に邪魔されていて、全然星が見えなかった。