のびないふえない 国際手配されてたトラ男にマグロ漁船のふりしたドラッグ密輸船の積み荷に乗せてもらい、5年ぶりにおれらのまちにこっそり帰ってきた。
サボが作った植物のまぜものはこの地域どころかこの国にこっそりしっかり根付いているらしい、ディズニーの灯りより明るいいさり火のあいだを通りぬけ、他の密入国者と一緒に積み荷を運びながら船をおりると警備員や漁の人たちはみんな見ないふりをしてくれた。
5年経ったというのに全く様変わりしない田舎まちを歩く。
公園で冷凍のグラタンをかじるホームレスのおじさんたちとお喋りした後寝袋と段ボールを貸してもらい一緒に眠った。
朝起きてこのまち唯一の小さな図書館に行き、地方新聞を探す。
ネットじゃ全国区の小さい記事しか読めなかったから。
2年前夫婦二人を殺害した容疑の22歳無職の男性が警官を暴行し逃亡
自宅を放火
証拠隠滅と自殺未遂か?
全身焼けた状態で保護
それだけ。
その夫婦ふたりはただの夫婦じゃないとか、サボとおれの存在とか、ドラッグの話とか、なんでアパートが燃えたのかとか、保護されたエースのその後とか、その2年前ほんとはなにが起きていたのかとか、そんな話は一切載ってなかった。
このジジイババアしかいねえ地域の新聞なんかこの図書館でなきゃ見られない。
さすがに5年前の新聞は表に出ていなかったから、カウンターに行き手をつく。
「おーい資料室あけてくれー新聞読みてえんだ」
奥の方に声をかけるとばさばさばさっと本やら書類やらが落ちる音がした。
もういちどおーいと声をかけるとメガネをかけてガタガタ震えた70歳くらいのババアの司書がゆっくり車いすにのって出てきた。
「…ああ…」
「資料室あけてくんねえか」
「ルフィ…」
そのババアは両手をぷるぷる上げて、胸の前でクロスさせた。
ババア…ババアじゃないロビンだ、ヤク中で捕まってハットリクリニックぶち込まれたロビン、嘘だろくせっ毛で頭白髪でわかんなかった、35でこんなことになるか?
肩を掴むと骨と皮しかねえ、おっぱいも消えてる、なんだこのヒョウ柄なんだか花柄なんだかわけわかんねえ派手なスカート。
「おいロビンどうしたおまえ老けすぎだろ!誰かと思った」
「そっちこそ誰かと思ったわ…図書館に人が来るなんて。このまちにいたのね、もうみんな世界中に散ってしまったのに」
「みんな?ゾロとかサンジとかか?あいつら元気か?」
「ええ、みんな元気にそれぞれダークウェブで活動してるわ。このまえウソップとナミがホワイトハウスに忍び込んでライブしてた」
「あひゃひゃおもしれえことしてんな、おれなんか全然大したことねえや。また今度聞かせてくれ、ところでな…」
言いかけると、ロビンはカウンターから20ポケットのクリアファイルを出した。
ばらばらとめくり5年前のあの日の一面を震える手で指さす。
入居者がいない古いアパートから火災、自殺未遂の22歳無職の男性を保護。
意識不明の重体、生活苦によるもの。
あとはエースの親戚と、エースが前にバイトしてたコンビニの店主の長ったらしいインタビューが大半だった。
ロビンの顔を見るとぐったり憔悴していて目がきいろい、あのあまいドラッグのにおいがする。
今ならわかる、ロビンはおかしくなったんじゃない、思い出したんだ。
「ルフィのことも、サボのことも何も報道されなかったわ。一緒に住んでいたんでしょう?私そのときもまだハットリクリニックにいたの。エースが目覚めないからって警察から何度もあなたのことで事情聴取を受けて」
「なに喋ったんだ?」
「昔話よ。ある海賊王の話。誰も信じなかったけど。事情聴取されたことも内密にって言われたわ。どうなったのかしらね、ルフィのお兄さん」
「そっかわかんねえか。ありがとなロビン」
「ルフィは知ってるかしら、海賊王とその仲間の話」
おれが腕をいっぱい振り回した後、ぐらっぷ!と言って自分のタマを握るふりをするとロビンは笑った。
笑ったと思う、ロビンの口のはしっこがぴりって裂けたから。
「にしし…知ってるし覚えてるけど、ときどき忘れちまう」
「そうね。頭が強く揺れないと忘れてしまうんだと思うわ。忘れないようにいっぽんどう?」
吸引器を軽く振るロビンにおれは首を振った。
ドラッグより今この状況が強烈すぎてなにも忘れらんねえ。
全国紙より情報が少ないなんて思わなかった…そらそうか、表も裏もちょっと牛耳ってる元王家の資産家の一族のことなんてうかつに書けない。
おれがじっと記事を見ているとロビンはまたばらばらとファイルをめくり、つい先月の記事の一面を広げた。
「じゃあこっちは知ってるかしら。サボがハットリクリニックから脱走したって記事」
「先月?…はあ?!先月?サボまだ入院してたのかよ!」
「ええ、おかげであのヤブ医者の患者への虐待が話題になって閉院したの。あのド雑魚くるっぽーも捕まったわざまあみろヴォケよね」
ハットリクリニックに来院した面会希望者が、閉鎖病棟の大勢の患者が重体、死亡しているのを発見したという記事。
その混乱に乗じてふたりの患者が脱走、その片方がサボでどちらも行方はわかっていない。
10歳くらいの金髪で目がデカい少年の写真もあわせて載っている、歯は欠けてねえのな。
「これなんでサボだけ写真出てんだ?」
「サボ、5年前から行方不明として捜索されていたのよ。今も年に1回くらいアパート暮らしの黒髪ひっつめ髪の女性がこの写真持って息子を探していますとハンカチで涙をぬぐってる映像がテレビで流れるの」
「へー…代役立ててまで探されてんのか。なあこれってよ、もしサボが親戚に見つかったら」
ロビンは肩をすくめた、ちぢれた白髪がはらりと肩に落ちる。
ロビンは知ってんのかな、それ作ってんのサボの家族だって。
サボ見つかったら絶対ドラッグ製造者&密輸の主犯の濡れ衣着せられてブタ箱行きだ、そのために屋敷に幽閉されてたんだし…庭の青いバラの下で親に言われるまま原料の花育ててたとか誰がどう聞いてもアウトだろどうすんだ。
むずかしい。
おれの腕はもう伸びねえし誰かをぶっ飛ばしてどうにかなることがいっこもねえ。
まずなにからしたらいいんだろう。
「なあ、エースって牢屋にいんのかな」
「さあ…保護されたってこと以外は。行くの?」
「行けねえだろぉ~おれ悪いこといっぱいしてるから絶対捕まっちまう」
「そうよね、毎日ひとの家に忍び込んでいたし」
「エースは捕まってぬくぬく刑務所暮らしとして、先にサボだな。ロビン行くぞ手伝ってくれ」
「お誘いはうれしいけど無理よ」
「仕事終わるまで待つぞ?昼間あんまり動きまわりたくねえし」
ロビンはたぶん笑って、がりがりの腕で長いスカートを膝までたくしあげた。
カウンターの下をのぞくと膝から先がない。
「どうしたんだこれ」
「病院での治療よ。頭のおかしいことを喋ってると、なぜか手足が動かなくなって最後は壊死するのよ。なぜかね」
「治んねえのか?」
「義足をつける手術があるけど、そんな体力ないもの。箸持って口に入れて飲み込むのがやっとよ。私は3年で出させてもらえたから運がいい方かもしれないわね」
ロビンの顔をもういちど見あげる。
きいろく濁った目にすっかすかのまつげ、がびがびに渇いて血が出てる唇、笑ってるように見えるけど首は今にも折れそうだ。
「ロビン、また来るからな。大丈夫だ、おまえおかしいこと何も喋ってねえんだからな」
「本当にそうかしら」
「船長のおれが言ってんだぞ、おかしくねえったらおかしくねえんだ。ロビン、今日から毎日絶対肉を買って食えよ。また来るからな、毎日とにかく食うんだぞ」
「そんなお金ないわよ。あっても、食べるだけで疲れるわ」
「じゃあ、じゃあ…」
ロビンの手を握ると枯れ枝よりパサついていて粉が舞った。
ポケットに手を突っ込み、手のひらサイズの瓶を折れそうな手に乗せる。
「全部諭吉だ、これで食え」
「なにこれ」
「おれの貯金箱だ。かわいいだろポルトガルの瓶なんだ。疲れたら寝てもっかい起きて食え。いいか絶対だからな。この瓶の中がからっぽになるまで毎日食うんだぞ。ロビンがつれてってって言えねえんだったらおれがまたここにくる。だから…」
「それも言わないわ。泣いたり叫んだりする元気もないの。ない脚がずっとずっと痛むのよ。こんなに痛いのに、誰も本当のことをわかってくれないのに、毎日わざわざ帰りにスーパーで肉を買うの?肉を買って、帰ってキッチンで焼いて、箸を持って食べるの?そんなことに意味なんてあるかしら。今ルフィに言えって言われたって、もう言わないわ」
「言わなくていいから」
ロビンのスカートのポケットからスマホをスリとる。
ロビンの瓶を持ってない方の手をスマホにあてロックを開き、おれのスマホを出してLINEと電話番号とメールを登録してまたスカートのポケットに戻した。
カウンターにあごとひじから下をべたっとつけてロビンを見上げる。
「もういっかい言えなんていわねえ。なんも言わなくていいから、おれのせいにしてくれ。足痛いのに誘ってきたおれのせいで、食いたくねえのにこんなもん渡したおれのせいで、泣いたり叫んだりしたくねえのにLINE交換したおれのせいで、しょうがなく肉買って食って毎日痛がってくれ。朝起きたらカーテン明ける前にLINEスタンプ1個押して送ってくれ。おれが昔ロビンに言わせちまったんだ。だから言い訳全部おれのせい。なっ?」
うまく笑えてるかわからなかったけど、ロビンは頭をなでてくれた。
たくさんの腕でゆりかごを作ってくれなくたって、このたったひとつの手が、5本きりの指がたまらなく嬉しい。
もしかしたらロビン以外誰とも会えないかもしれねえから…
伸びない腕でおれよりずっと細い体を抱きしめて図書館を後にした。
行先はサボと出会った屋敷。
あそこ封鎖してたから誰もいねえだろ、5年前の時点ですげえ寂れてたしバラ園も椿園も荒れてた。
しばらく寝泊まりさせてもらおう。
昼間に訪れるのははじめてだ、屋敷について塀をのぼり、枯れ切ったバラ園を突っ切って物置をよじ登り、鍵があいてる窓をあける。
ぼろっちい天蓋ベッドのはしに、ショートカットでパジャマ姿の女が腰掛けていた。
そいつはがうがう言いながら、どこもかしこも白すぎてほぼベッドと同化してる女の長い髪をブラシで梳いていた。
そーっと窓を閉じてまたバラ園を突っ切り屋敷を後にして、おれはまた公園のホームレスたちのとこに戻った。