回遊魚 壁に飾られてる日めくりカレンダーは赤い、目を覚まして夜が明けた今日はサボを精神病棟につっこんで警察から逃げた日からおよそ一年ちょっとの日付だった。
足の神経がいってて歩けないし、指も曲がってるし、耳はずっとこぽこぽいってるし、声も出ないし、ずっと痛くてつゆがあふれて寒い、警察の人がふたりきて何か言ってたけどマスクしてて何喋ってんだか…
がんばって唇を開くと顔の左側がばき、と割れてすーすーした、おれ今どんな顔してんだろう。
警察の人…ほんとに警察か?そいつのひとりが身を乗り出しておれを覗き込むと、となりのベッドのティーチがマジックハンドでぱっとカーテンを開けてゼハハハと笑った。
「おいおいにいちゃんたち!仕事熱心なのはいいけどよ、そんなに声張られちゃ昼寝もできねえ!」
おれにも聞こえるデケえ声。
おとこふたりがティーチのほうを向いて、三人でなにかを喋ってて…ややしばらく喋ってたから目を閉じた。
ある程度治ったら逮捕されんだろうな。
サボはもう退院したんだろうか。
ルフィは大学にスリしにいったり…さすがにもう忍び込んだりしてねえか、おれはまだ…
どこにも穴が開いてないのに息をするたびどこかにすきまがあいてる気がする。
布団にもぐって冷たい空気を呑み込んでいると痛くて眠ってしまった。
次に目を覚ますと点滴の交換をされていた、失礼しますもお変わりありませんかも何もない、しゃべれないしうまく聞こえてないからか、看護師は目もあわせず口も動かさず作業をしカーテンを閉めて出て行った。
布団を頭までかぶろうとぐねぐね動くとカーテンが勢いよく開いて笑顔の男が3人入ってきた。
ひとりはティーチ、あと点滴刺さってるハゲ、そして片足の無いデブ。
ベッドをリクライニングさせ、おれを囲んで談笑をはじめる。
おでこに全く力が入っていないティーチがひとのベッドでポテチをばりばり食っておれの口にいれたけど、噛めなくて頑張って舌でしなしなにして飲み込んだ、味とかわからない。
3人のごきげんな会話を聞く限りここは重症な犯罪者を治療してる部屋らしい。
ティーチは料理人を殺した、ハゲは強盗して老人を階段から突き落とした、デブは女を強姦して首を絞めた。
3人の全員笑い皺が深く刻み込まれている。
ティーチもハゲもデブも近所で炊き出しのカレーでも作ってそうな、たぶん会社勤めしてたら上司にも部下にも好かれそうな雰囲気をかもしだしてるやつら。
おとな2人殺して一番重症のおれは「隊長」らしい、プレートに書かれた名前が読めないって言われたけど喉が死んでるから自己紹介もできない。
弱ってるとこ見られてるのが恥ずかしくなって布団にもぐろうとしたら足先まで布団を剥がれた。
服着てるのに恥ずかしい隠したい、夜なのに明るすぎるんだ、なにか、土とか花とか虫とか…
がんばって手を伸ばしてからだを起こそうとしたら皮膚がむけてないおでこをおされてベッドに頭をつけさせられる。
「隊長ぉ~布団の中でねばくってる場合じゃねえぜ、はやく治して刑務所いかねえと」
「そうだぞ隊長、とっととかさぶた乾かせ。ムショじゃここよりもっといいメシ出るらしいぞ、おれ来月退院だ」
「楽しみだよなああったけえメシと風呂と仕事だ、刑務作業なににしようかまだ迷っちまう」
「ゼハハハ!おれはイカ巾着だぜぇ」
「マル極シリーズってあれ買う奴いるのか?」
「さあな、作業選べんならおれはホタテの網だ」
「おれは車の整備してえな、木箱はいやだ」
「木箱はな」
「ああ木箱は」
デカい声で喋ってんのに誰も注意しにこない、他の部屋もうるせえのかな。
それから何時間かわからないけど3人がめいめいに理想の刑務所ライフを語り続けてるのを聞いてるとものすごくいいとこそうに聞こえた。
なんもしなくてもメシが出てきてクビにならずに働けて仲間(?)と過ごすなら割と天国なんじゃないか。
ルフィもサボもときどき面会に来てくれてちょっとお喋りできるなら…でもルフィとえっちできねえのは、うう…
冷蔵庫からウィダーゼリーを出してキャップを開けてくわえさせられる。
にこにこやさしい顔したティーチに、ティーチっていうか、ティーチによく似たこいつにおれのこと覚えてるか?って言いたい、覚えてないに決まってるけど言いたいし、動けるようになったら一発殴りたい。
それからまた一年が過ぎて、文字通りひと皮むけちまったおれの皮膚はつぎはぎされまくってどうにかフィルム無しでも外に溶け出ることはなくなった。
足は熔けたプラスチックやガラスがたくさんこびりついていたらしく左足に麻痺が残り、指は曲がってるしやっぱり聞こえづらいし、声もちょっとしか出ない。
風がふくだけで全身ひりひりする、松葉づえでぎこちなく歩きながら退院し、逮捕された後はまっすぐ少年刑務所にいれられた。
動けないししゃべれないし、夫婦ふたりが誰なのかは伏せられてるらしい、おれが誰か2人を殺したという罪だけが残ってとんとん拍子に言われるがまま受刑者たちの部屋に通された。
部屋の隅に座るとその部屋のボスっぽいやつ…オヤジっぽい顔したデケえやつがにこにこ人のよさそうな笑顔を浮かべながら歓迎してくれて、明日ちょうど黒ひげチームと春の対抗球技大会があるから見ておけと言われた。
受刑者の家族も見に来るらしい、そんなイベントごとなんてあるのか?
おれ学校のイベントすらちゃんと参加できたことなかったのに。
オヤジにおぶられて食堂に行くと晩御飯はキムチ鍋で、みんな静かにめちゃくちゃおいしそうに食べてた。
寝る前の一時間ちょっとは明日どうやって黒ひげチームを倒すかを真剣に話し合っていて、消灯五分前にみんなが布団を敷き始めたからおれもよたよた手伝った。
ふっかふかの布団、川の字になって並んで横になる。
…ここ刑務所だよな?
サボとルフィは病院に一度も面会に来なかったし今どんな生き方してるかは知らないが、たぶんふたりよりずっといい生活を強制的に送る気がする。
罪を被ったご褒美かもしれない、おれは明日の球技大会が楽しみすぎてなかなかうまく眠れなかった。