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    ナナ氏

    なんかいろいろ置いてる

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    ナナ氏

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    【世界樹Ⅲリマスター】喋るお化けドリアンこと「どりぴ」のお家にお邪魔するお話

    ドリアン御宅訪問 アーマンの宿の夜は比較的静かでした。
     大きな騒ぎも起こらずクレナイが暴れたりもしない珍しく平穏な日。毎日がこうだったら良いのにと誰もが思うような、理想的な平和な一日でした。
     平和な日の締めくくりに、自室のドレッサーに向かって髪を梳かしているスオウは珍しく上機嫌、鼻歌まで歌っていました。
    「しっかし今日は平和で暇だったわ。暇なのは嫌いだけどたまにはいいわねこういうのも……」
    「すーちん! ただいま!!」
     静寂は長続きしないのがこの世界のお約束。深夜帰宅を成し遂げたサクラはいつものドレスではなく薄桃色のワンピース姿で帰還を果たしました。
    「ただいま」
     頭の上にはもちろんどりぴもいます。
    「やっと帰ってきたのね、どこをほっつき歩いてたのよ」
     ドレッサーから目を逸らすことなく呆れて返したスオウに、鏡越しに映るサクラの姿が飛び込んできます。
    「聞いて聞いて聞いて! パフェ食べ放題のチケットが当たったんだ! 福引で!」
     興奮気味に報告したサクラはスオウの目の前にチケットを置き、視界に無理矢理ねじ込みました。
     チケットにはスオウもよく知っている有名なケーキ屋の名前があります。多くの人々を魅了し、特に女の子には絶賛されている有名なお店です。
    「あら、よく当てたじゃない」
    「頑張ったもん! 街中駆け巡って福引券を集めた甲斐があったってもんだ!」
    「帰りが遅くなった理由それでしょ」
    「うん! おいしいパフェをいっぱい食べような〜どりぴ〜」
     頭の上にいるどりぴを持って抱き上げてやれば、魔物は嬉しそうに手をバタバタさせまして。
    「ぼくまものだけどパフェたべる、たのしみ」
     はっきりとした人間の言葉で答えたのでした。
    「ん? どりぴって……」
    「そうだすーちん! これってチケット1枚で3人まで行けるんだけどさ! すーちんも来る?」
     興奮冷めやらぬサクラはスオウの顔を横から覗き込みますが、スオウは相変わらず涼しい顔をしたままで、
    「いらない。たらふく甘いものなんて胸焼けしそうで嫌だもの」
    「すーちんそういう内臓的なやつは年相応なんだなあ」
     スオウは怒鳴らずにサクラの脛を蹴りました、いい音がしました。
    「痛い!!」
     痛みのあまりどりぴを落としそうになりましたが寸前で耐えました。
    「まったく……てかアンタ、どりぴを連れて行くワケ?」
    「う、ゔん。すーちんがダメならわかでも誘おうかな……絶対に喜ぶと思うし」
     じんわりと熱を残す痛みに耐えつつ答え、どりぴが心配そうに眺めていました。
     すると、スオウは小さくため息を吐いてから櫛をドレッサーの引き出しに仕舞い、ようやくサクラを見ます。
    「ワカバは駄目よ、上限なく永遠と食べ続けて店を潰す可能性が大だから。ドケチ守銭奴女が許可しないわ」
    「ぢゃあ無理だなあ」
     ぼやいた後にサクラはもう一度スオウを見て、
    「すーちんってリーダーに対する呼称っていくつ用意してんの?」
    「思いつく限り」
     冷たく言い放った後に続けます。
    「どりぴをパフェ食べ放題に連れて行くみたいだけど、一部の飲食店は魔物というかビーストの入店を許可していないところもあるわよ。アンタそれちゃんと確認したの?」
    「んえ?」
    「ふわ?」
     ふと気付いたサクラとどりぴ。顔を見合わせます。
     そして、どりぴをドレッサーの上に置いてからチケットを拾い上げてまじまじと確認。有名店の名前と「パフェ無制限食べ放題券!」という文字。
     ひっくり返して裏面を見ると店の住所と簡易地図、開店時間等が記載されており注意事項の項目もありまして。特に目につくのは「冒険者の皆様へ」という項目、色々と書かれていますがその中に。
    「衛生的な問題の都合上、ビーストの入店はご遠慮いただいております」
     と、太文字で書かれていました。
    「…………」
     絶句するサクラ。
    「…………」
     同じく言葉を失うどりぴ。
    「あーあ」
     ドレッサーに頬杖を突いて心から呆れるスオウ。
     幸福による喜びから一点、己の過ちに気付いたサクラから重苦しい空気が発せられ、とうとうがっくりと項垂れてしまいました。
     沈黙はしばらく続き、スオウが大きな欠伸をしてそろそろベッドに入ろうと立ち上がった時、
    「ど、どりぴは……」
    「あん?」
     ガラの悪い返答をしつつも一応話を聞く姿勢。
    「どりぴはビーストじゃなくて、ドリアンだし……フルーツだし……たぶん、行ける……」
    「冒険者ギルドに戦闘能力皆無のビーストとして登録してあるでしょうが。諦めなさい」
     サクラは床に崩れ落ち、どりぴはドレッサーから転がり落ちたのでした。



     翌日。今日も探索はお休みです。
     一晩悩んだ末、サクラはどりぴを置いてパフェ食べ放題に出かけることにしました。誘いに乗ってくれたカヤとクレナイと一緒に。
     サクラとどりぴは宿の玄関で今世の別れのように大騒ぎし、カヤに顔から火が出る思いをさせつつ出かけて行きました。
     別れを見届けたコキとスオウは玄関先に立ったまま、
    「連れてけって言わなかったのね」
    「馬鹿みたいに甘いものを食べたくないもの。てかこっちに残っていた方が面白そうだったもの」
    「また何か見たな……」
    「今日は見てないわよ、今日は」
     他者からは想像もつかない未来予知の能力に顔を引き攣らせつつ、コキは視線を玄関からロビーにある共有スペースへと向けます。
     複数人で使えるテーブルと少しだけくつろげそうなソファーがあるだけのちょっとした憩いの場です。たまに冒険者が作戦会議に使用しているとか。
     現在、テーブルを独占しているのは。
    「パフェ……」
    「ぱふぇ〜……」
     向かい合ってテーブルに伏せ、分かりやすく落ち込んでいるワカバとどりぴでした。置いて行かれた悲しみは海より深く、ゲートキーパーよりも重いのです。
    「……やれやれ」
     小さく息を吐いたコキはワカバの隣に立つと、頭を優しく撫でてあげます。
    「お店を潰すわけにはいかないんだから仕方ないでしょ? サクラたちにお土産を頼んだんだからそれに期待しましょ? ね?」
    「うー……」
     慰められるのは嬉しいので少しだけ顔を上げますが、置いて行かれたことは不服なのでぐもった声で返答して、また顔を伏せてしまったのでした。
     機嫌の治らないワカバをどこか嬉しそうに慰め続けるコキを横目で見ようとせず、スオウはさっさとどりぴの後に立ちまして、
    「てかどりぴ、今日はサクラがいないけどアンタはどうすんの?」
     なんて問いかけるとどりぴは立ち上がります。テーブルの上に。
    「わからない、キャンバスにはいってからべつこうどうしたことあんまりないから」
    「へー」
    「だからひさしぶりにいえにかえる」
     さらりと日常会話のように言うと、スオウが反応する前にコキが目を丸くしてどりぴを凝視。
    「家?! 家ってここのことじゃないの!?」
    「ううん。ぼくのいえ……じっか? たるみのじゅかいにあるよ」
     なんてことまで言って、
    「え」
     コキがワカバを撫でる手を止め、
    「は」
     スオウが言葉を失って、
    「へ」
     宿で受付をしてくれている少年が掃除の手を止めました。
     そして沈黙が……流れる前にコキが急いで続けます。顔を引き攣らせて。
    「しょ、世帯を持っておられ、る……!? 魔物が、どりぴが!? ひとりで!?」
     震える声で確認すればどりぴは全身を使って頷きます。
    「そうだよ。そういえばしばらくかえってなかったから、おそうじをしにかえりたい」
     コキ絶句。社会人として負けた錯覚に陥り言葉を失いました。
    「その人間臭い感性はどっから得てくるのよアンタ、サクラの影響?」
    「ぼくまものだからわかんない」
     スオウの質問に曖昧な答えを付けて返し、どりぴはテーブルから降りました。
     この時には周囲の動揺に気付いたワカバが顔を上げており、どりぴに声をかけます。
    「どりぴ、垂水のじゅかいに行く?」
     声に反応したどりぴは全身を使って振り向きます。
    「いくよ」
    「じゃあわたしも行く」
    「いいよ」
     とんとん拍子で同行が成立。
     ワカバが椅子から立ち上がってコキの横を通り抜けて行くと、ようやくコキが我に返って、
    「ま、待って!?」
     慌てて制止の言葉をかければどりぴとワカバはコキを見ます。
    「え、マジで行くの? どりぴの家に? ホントに?! 垂水ノ樹海に家が、あるの!?」
    「あそびにくる?」
    「超気になるから行く」
     コキ即答。休日の短期クエスト消化もといバイト活動は諦めました。



     垂水ノ樹海。
     アーモロードの冒険者が最初に入ることになる世界樹の迷宮の玄関口。ここで多くの初心者冒険者が悲鳴を上げ、命を落とし、挫折や希望を掴んだと言うアーモロードの冒険者にとって非常に馴染みの深い階層。
     それはキャンバスにとっても例外ではありませんが……どりぴの家に帰るという状況下においては全く関係がないので割愛。
     コキとワカバとスオウの三人がいるのは地図に描かれることのない、言わば人が使う道から完全に外れている獣道です。
     腰まで伸びた草や鬱蒼と覆い茂る木々に囲まれているこの場所を進んでいました。
    「案の定と言えば案の定ね……魔物の通り道なんて人間が管理できるものじゃない。普段通らない道……道? を使うのは当然っちゃ当然かあ」
     地図にこの道を描くことを早々に諦めたコキはワカバとどりぴ先導の元、草や縦横無尽に伸びたツタや枝を避けつつ進んでおりまして。
    「狭い! 暑い! 鬱陶しい! なんなのよこれ! 正規ルートぐらい使いなさいよ!」
     後ろから文句と怒声しか飛ばしていないスオウに対し、本日何度目か分からないため息を吐きました。
    「仕方ないでしょ、どりぴは人間社会に馴染んでるとはいえ元はここで生まれ育った魔物なんだから……人間の都合なんて知ってるわけないでしょ?」
    「人間社会に馴染んでるなら人間に優しい道を開発するぐらいすればいいじゃないの!」
    「魔物に無茶なことを言う……文句を言うなら付いて来なかったらよかったのに」
    「こんな面白レアイベントを見逃すワケにはいかないでしょ! それぐらい考えなさいよ!」
    「はあ」
     理不尽にしか聞こえない暴言はスオウの呼吸のようなもの、コキは適当に流しておくことにしました。
     そんな二人の前を歩くワカバは、
    「なつかし、なつかし」
     表情はあまり変わらずともどこか上機嫌にぼやき、腰ぐらい高い草地を踏み散らしながら、邪魔そうな枝やツタをナイフで切りながら進んでいきます。
     さらにワカバの前には家まで案内してくれるどりぴがいるのですが、背の高い草たちに邪魔されており姿形が確認できません。
     見失う心配はありますが、
    「ここだよー」
     時折そう言いながら草むらから飛び出し、位置を教えてくれるお陰で見失う心配はほぼなく進めます。
    「うーむわかりやすい。万が一があってもワカバはどりぴの匂いを追えるし迷子になる心配はほとんどないわね」
     関心しつつコキがぼやくと、切った枝を草むらに捨てたワカバは振り返ります。
    「ここ、なつかしいね」
    「そうねー」
     軽く返したコキですがスオウは怪訝な顔。周囲の環境の悪さもあって目つきの悪さが二割増し。
    「なんで懐かしいワケ?」
     この疑問に答えてくれるのはもちろんコキで。
    「私と出会うまでのワカバは冒険者登録をしないまま勝手に樹海に入ってたのは知ってると思うけど……その時は衛兵に見つかると厄介なことになるからって獣道ばかり使っていたの。かくいう私も一度だけワカバが独自に開発した獣道ルートで樹海を巡ったことがあるんだけど、それがこんな感じだったのよ〜懐かしいな〜」
    「……」
     心底呆れたスオウ、ノーコメントでした。
     呆れてもどりぴの家には着かないので歩みを進めます。
     小川を乗り越え、見たことない獣と睨み合ったもののワカバの絶対的捕食者のオーラにより完勝を納め、襲ってきた猫を眠らせて先へ進み続け……。
     少しだけ、ほんの少しだけ開けた場所に出ました。
     テントひとつぶんの広さしかないそこは細い木が一本だけぽつんと、まるで周囲の樹海の木々から仲間はずれにされているような距離感で立っており、小さな穴がいくつか空いています。枝に葉が付いてなければ枯れ木と誤解されていたかもしれません。
     ワカバ、コキ、スオウの三人は木を目の前に立ち尽くしてり、
    「ここって……」
     コキがぽつりとこぼすと、
    「ウェルカムマイホーム」
     足元にいたどりぴが声を上げたことで瞬時に理解しました。
    「ここ!? ここがどりぴの家!?」
    「おあがりください」
    「お、お邪魔します……?」
     首を傾げつつ一歩だけ進みます。
    「あ〜やっと着いた。家っていうのに巣みたいなものなのね、木のうろに住み着くみたいな感じで」
    「ごりっぱ」
     スオウとワカバも口々に言って一歩だけ前に出ると、どりぴはその辺りの地面を指し、
    「どうぞおすきなところにおかけになってください」
     なんて促したので、スオウは呆れ顔。
    「だからその人間臭い感性はどこから出てくるのよ」
    「ぼくまものだからわかんない」
     曖昧な返答はさておき、獣道をひたすら進んで疲労しているのは確かなこと。促されるままに適当な場所に座りました。ほぼ地面ですが。
     その間にどりぴは慣れた様子で木に登りってそこそこ太い枝に体を乗せます。
     枝の先端に向かって足取り軽く進み、太い枝から伸びている細い枝から、綺麗な状態の葉っぱを三枚取りました。
     続いてくるりと引き返し、太い枝の根本にあるうろに頭から入ってごそごそと体を動かしていたかと思えば、すぐに出てきてまた慣れた様子で木から地上に降りました。
     コキたちが見守る中、地上に降りたどりぴは彼女たちの目の前にそれぞれ取ってきた葉っぱを置きます。
     そして、その上にどんぐりを一粒ずつ乗せ。
    「どうぞ、たいしたものではありませんが」
     全身を使ってお辞儀をして締め括ったのでした。
    「…………」
     意味が分からず三人はしばしぽかんとしていましたが、葉っぱの上に乗ったどんぐりを眺めて何かに気付いたのか、コキが口を開きます。
    「……もてなし?」
     指しつつ尋ねるとどりぴは軽く飛び跳ね、
    「そうだよ。のみものはないけど」
     さらりと肯定されるとコキは顔を引き攣らせまして、
    「い、いやいや? そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫だから? これはどりぴの食料なんだしわざわざ私たちに振る舞わなくても」
    「おきづかいなく」
    「気遣うから!? アナタの貴重なご飯をたかりに来たワケじゃないのよ!?」
    「おきづかいなく」
    「越冬用のご飯なんじゃないの!? いいの!? 気安くあげても! 良くないわよね!?」
    「おきづかいなく」
     なんという頑固者。頑丈なのは緑色の棘ボディだけではないということか、意志は非常に固いようです。
     葉っぱごと返そうとして持ち上げたコキでしたが、不意にスオウから大きなため息が漏れます。
    「出してもらったなら大人しくもてなされておきなさいよ。返す方が失礼に値するじゃないの」
    「……でも自分より小さな子に気を遣われるのって」
    「アンタとしては心底複雑なのかもしれないけど一番優先されるべきはどりぴの気遣いともてなしの心でしょうが、ちょっとぐらい無い頭を捻って考えなさいよね」
     道中で暴言を吐きまくっていたとは思えないほど真っ当な意見にコキは返す言葉もありません。
    「おいしい」
     なお、ワカバは既にどんぐりを完食していてご満悦。
    「アタシのもあげるわ。ありがたく食べなさい」
     ぽいっとどんぐりを投げるとワカバは首を動かして空中でぱくりと食べました。
    「どんぐりおいしい」
     すぐに完食、満足そうな笑み。
    「目の前で押し付ける方が失礼なんじゃ……」
     小声でぼやいてから次の言葉を飲み込みました。スオウを刺激する方が後々が面倒なので。
     と、目の前まで来ているどりぴと目が合い。
    「おきづかいなく」
     ひたすら続けるどりぴを前にして、気まずそうに目を逸らします。
    「あー……わかった。ありがたく貰っておくわ。すぐには食べないけど」
     どんぐりを手に取るとポーチの中に入れたのでした。
    「うん」
     納得したように全身を使って頷いたどりぴ、くるりと背を向けると再び木の元へ歩いていきます。
     そして、木の根元の土を掘ってできたであろう穴に辿り着くと、体の半分をそこに突っ込みました。
    「はっぱのベッドがおちばになってる、おひるねのばしょだからきれいにしないと」
     全身ごと穴の中に入ってしまうので、コキとスオウが首を傾げつつ顔を見合わせていると。
    「気になる」
     ワカバが立ち上がると同時にどりぴが穴から出てきました。
    「よし」
     両手にそれぞれ一枚の枯葉を持って。
     どりぴが一仕事終えたような自己感に浸っている最中、木の根元まで来たワカバはどりぴの横でしゃがみます。
     視線に気付いたどりぴが視線を向けます。
    「おかわり?」
     そう尋ねるとワカバは首を横に振りました。
    「おそうじって何するの?」
     率直な疑問を尋ねればどりぴは穴の中を指します。
    「おちばをだす、くさったらダメだからだす」
    「おー」
     ワカバが納得したところでどりぴは持っていた落ち葉を地面に置きました。
     落ち葉は緩やかな風に流され、穴に戻っていきました。
    「あー」
    「おー」
     のんびりと木の抜けた声を出して穴を眺める一匹とひとり。短く、気まずく、微妙な時間が流れました。
     するとコキ、小さく手を挙げまして。
    「……手伝おうか?」
    「よろしくおねがいします」
     どりぴ即答により掃除開始。
     穴は十五センチ程度のどりぴがすっぽり入る広さなのでそこまで大きくはなく、穴の中に手を入れて落ち葉をかき出すだけで掃除は終了。
    「取り出した落ち葉は風に乗って穴に戻ってこないような所にばら撒いておこっか。ここから土に還れば養分になってくれるはずだし」
    「それでいいよ」
     家主の許可も出たところで、コキは落ち葉を木の周りにさっと撒いて掃除を終わらせたのでした。
     なお、スオウは面倒くさそうに見ているだけで一切手伝ってはくれませんでした。
    「また葉っぱ入れる?」
     しゃがんだままのワカバがどりぴを見て尋ねると、どりぴは体を横に振り、
    「いれないよ、こんどきたときにつちのうえでおひるねするから」
    「今度って?」
    「いつだろ」
     中身のない会話が短く続いたところでスオウから大きなため息が発生。
    「いつ帰るか分からないんだったら手放したらいいんじゃないの? アンタはどうせサクラと一緒にいるんだからあえてここを残しておく理由なんてないでしょ?」
     自身のふわふわの横髪をいじりながら吐き捨てると、どりぴは黙ってしまいましたが、
    「ちょっと! なんてこと言うの!」
     コキから反論が飛び出したことで面倒臭そうに横目で見てやります。
    「何よ。アタシが間違ったこと言ってるように聞こえたの?」
    「聞こえたわよ!」
     更に反論を続けるととっさにどりぴを抱き上げて、
    「どりぴには帰る場所がある、思い出の場所が自分の手の届く場所にあるのよ? 皆が持っていて当然じゃないとても大切なモノがある! 心の拠り所のようなそれを“帰ることがないから”って憶測だけで取り上げるなんて乱暴すぎるでしょ!」
    「どりぴはいいよ、わたしにはそれがないから」
     おまけにワカバまで加勢してどりぴの固い頭を撫でてやりました。
    「アンタたちが言うとフツーに重い……ってか、ワカバまで言うの……? えぇ……?」
     予想外の加勢に顔を引き攣らせるスオウ、いつも通りあることないことで反撃してやろうと思っていたところですっかり興醒めしてしまい、勢いを失ってしまいました。
     コキは続けて、
    「帰る場所があるっていうのは、素晴らしくて恵まれていることで……羨ましくもある。だって私にはそれがもうないから。二度と戻ってこないぬくもりでもあるから……いいなあって思うのよ」
     目を伏せて言い、ワカバとどりぴが何も言わずにコキを見つめました。
     呆気に取られていたスオウ、しかしすぐに我に返ってしまい、
    「……って、アンタが帰れなくなったのはアンタの自業自得でしょうが!」
     説明は割愛しますが色々あって故郷にいられなくなったコキに向かい、その辺りに落ちていた小石を投げました。まずまずの速度でした。
    「後ろと見せかけて右に避ける」
     正面から来るまずまずの速度の攻撃などシノビにとっては止まって見えるも当然で、コキは難なく回避。
     本来の着地点を失った小石はすぐ後ろの茂みに落ち、葉と石と小枝が衝突した音に加えて、

     こつん。

     と、別の固い物にぶつかった音が聞こえ、一同の視線がすぐに向けられました。
    「ん? 今の聞き慣れない音は?」
    「いる、いっぱいいるニオイする」
    「分かってたなら言いなさいよ!」
     スオウの怒声と茂みがガサガサと音を立て始めるのは同時で、どりぴはコキの腕から離れて地面に逃げます。
     魔物がいつ飛び出して来ても良いように武器を取り出し警戒態勢。コキは身を引いて距離を取り、スオウが本のページを広げ、ワカバの腹の虫が鳴きました。
     そして、ガサガサという音が次第に大きくなっていき、茂みから現れたのは、

    「みー」
    「めー」
    「もー」

     小さな小さなおばけドリアン。全長十センチ以下、それも十匹近く。
    「………………え?」
     コキが間の抜けた声を出し、警戒態勢はあっさり解除されました。
    「何この……ちっさいの」
    「どりぴより小さいね」
     スオウとワカバも口々に言うものの、武器を納めるようなことをせずに小さいお化けドリアンたちを見つめるだけ。
     通常、魔物は自身の縄張りに侵入した人間や視界に入った人間に強い敵意と殺意を抱き、有無を言わさず襲ってくるもの。
     そして魔物と対峙した人間は己の身の安全を守るために武器を振るい、討伐したり追い払ったりします。それは冒険者の鉄則であり命を守る手段でもあります。
     しかし、このお化けドリアンたちは人間と出会っても敵意を向けないどころか警戒心の欠片すらなく、草の上でころころと転がっているだけ、状況を飲み込めず遊び続けているようにも見えるわけで。
    「えっと、どうしよ、これ……」
     敵意のない魔物に戸惑いを隠せないでいると、木の穴に隠れていたどりぴが顔を出し、
    「たぶん、さいきんみのったこたちだよ」
     状況を見て一言発しました。
    「実った」
    「実った」
    「みのった」
     聞き慣れない動詞に呆気に取られていると、どりぴは小さなお化けドリアンたちの元に走って行きます。
     小さなお化けドリアンたちは怯える様子もなく、自分たちより少しだけ大きいどりぴに集まると独特な鳴き声を上げます。
     どりぴも似た言葉で返して互いに鳴き声を上げている様子は、まるで会話をしているよう。
    「……何を言っているのかしらねえ……」
    「知らん。ドリアン語とかそんなのでしょ」
    「わにゃわにゃ」
    「あら似てる。ワカバってばモノマネが上手ねえ」
    「えっへん」
     人間には手出しできないため他愛のない会話をして待つこと数分、どりぴがコキの足元に戻ってきました。
    「どうだったの?」
     その場にしゃがんで声をかけると、どりぴは小さいお化けドリアンたちを指し、
    「ここをあげることにした」
    「へぇ?」
     首を傾げるとどりぴは続けます。
    「このこたちさいきんみのったこだから、まだからだがちゃんとできてなくててんてきからみをまもりにくい、せいちょうするまでみをかくすところがひつよう、でもぼたいがなくなったからこまってる」
     手を振りながらの説明を終え、コキは立ち上がって小さいお化けドリアンたちを見つめます。
    「成長して固い体になったり悪臭や盲目の棘を出せるようになるまでこの木で身を隠してもいいってことね……というか母体って何?」
    「ドリアンの木とかそんなんじゃないの? 知らんけど」
     スオウはそう言って本を閉じました。戦闘の心配はすっかりなくなったので。
     ワカバも槌を仕舞ってからどりぴの側でしゃがみます。
    「ここ、どりぴの家じゃなくなる?」
    「うん」
    「寂しくなるね」
    「ぼくまものだけどそうおもう」
     聞き慣れた台詞を淡々と述べたどりぴの視線は小さいお化けドリアンたちに向けられています。
     住処が見つかり喜んでいるのかぴょんぴょんと飛び跳ねたり、その場で回転したり駆けたりしていました。今一匹転んだ。
    「寂しいかもしれないけど……小さい子たちの命を繋げるために住処を譲ったのは立派なことだと思うわ。その寂しさはサクラや私たちが埋めてあげるから、しょんぼりしなくていいのよ」
     優しく慈愛に満ちたコキの声。どりぴは振り向くこともなく、
    「……うん」
     と、小さく答えたのでした。
    「ってかこんなにたくさんのお化けドリアンが寝る場所なんてこのヒョロイ木にあんの? あの穴だけじゃ全部は入りきらないでしょ。リフォームするって言うならアタシは協力しないわよ」
    「無防備に地面で寝てたら猫のおやつにされそうね……地面の穴とどんぐりが入ってたウロに何匹か詰め込んだらイケるんじゃない? あ、ちょっと可愛いかも」
    「ねるときはしっぽをえだにひっかけてぶらさがるよ」
     どりぴから答えが飛び、コキとスオウの会話は終わりました。



     帰りはもちろんアリアドネの糸を使い、アーマンの宿に戻りました。
     受付をしている少年にどりぴの家のことを根掘り葉掘りと尋ねられたので、コキとスオウは事の顛末を丁寧に順序よく話していました。
     その間、どりぴは共有スペースの窓辺から外の景色を眺めていました。
     ワカバも一緒に。
    「……なんでずっとああしてぼんやりしてるワケ」
     少年と話し終えたスオウが呆れながらワカバたちに声をかけますが答えは返ってきません。
     代わりに返すのは隣に立つコキで、
    「ずっと住処にしていたあの木はひとりぼっちだったどりぴにとってかけがえのない場所だったはず。それを幼い子供たちのためとはいえ手離してしまったんだから、思うところのひとつやふたつぐらいはあるってものでしょ」
    「そういうものなの? アタシは不倫して自分の居場所を自分の手で失ったアンタと違って帰るところがちゃんとあるから理解できないわねー」
    「ハッキリと言うなハッキリと」
     ドスの効いた声で物申してもスオウは知らんぷり。興味なさげに目を逸らして耳を塞いでしまうのでした。
    「一発殴ってやろうか……?」
     拳を握ったその刹那、
    「ただいま――――――――――――!!」
     玄関のドアが開放されたと同時に深都まで届きそうな大きな声、発生源はもちろんサクラ。
    「戻りましたわ〜」
    「サクラさん、もう少し声量は控えた方が良いかと……」
     クレナイとカヤはその後ろにいて、一緒に宿へ入ります。
    「あらお帰り」
    「はい……あれ? コキさん今日はバイトに行かなかったんですか?」
    「バイトよりも気になってしまったの、どりぴの自宅訪問が」
    「どりぴさん世帯をお持ちになられてたんですか!?」
     カヤ絶叫。窓辺のどりぴを見ますが返答もリアクションも一切なく首を傾げました。
     違和感を抱いたのはクレナイも同じようで、
    「あらあら、どりぴちゃんもワカバちゃんも窓の外を眺めてどうしましたの? 男の死骸でもありました?」
    「日中の街中にそんなものあっても喜ぶのはアンタだけでしょうが。じゃなくて、どりぴは家を手離しておセンチな気分いなっているだけだと思う」
     コキがそう答えて、
    「おセンチ」
    「おせんち?」
    「おせんちぃ?」
     聞き慣れない言葉に呆気に取られているクレナイたち。ぽかんとしている間にもサクラだけは窓辺まで近づきます。
    「んーと、なんかよくわっかんねーけどどりぴは落ち込んでるってことだな? 元気出せって、わかも」
    「ぼくまものだけどおせんち……」
     どりぴはそう言い、窓ガラスに頭を軽く押し付けてしまいました。
    「別れは辛いよね、わかるよ」
     達観したような言い草のワカバが慰めの言葉をかけ、どりぴの頭を優しく撫でます。過去の自分を見ているような想いに浸りながら……。
    「そっかそっか、お土産にケーキ買ってきたけど食べるのは後にしよっか?」
     サクラはそう言ってケーキが入った箱を持ち上げます。パフェ食べ放題のお店のロゴが入っている箱でした。
     刹那、どりぴはくるりと振り向いて。
    「ぼくまものだけどケーキたべる!」
     落ち込み具合はどこへやら、声高らかに叫ぶではありませんか。
    「ケーキ!!」
     ワカバも同様にこの反応。見守っていたコキとスオウは一気に脱力感を覚えていました。
     元気の良い返事を聞いたサクラはにっこり笑って。
    「おけまる〜んじゃおやつにしよーな!」
    「では、ワタクシはキッチンで紅茶を淹れてきますわね」
     そう言ったクレナイがキッチンへと向かって行った後、どりぴは飛び跳ねてサクラの頭の上に着地。
    「おーし! それじゃあケーキ食うぞ〜! まあウチはパフェ食ったからもう食えないけどな!」
    「たべるケーキたべる」
    「ケーキ食べる!」
     二人と一匹は「ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ! ケーキ!」とはしゃぎながら、クレナイの後を追うように共有スペースから去ったのでした。
     呆然として見守るだけだったコキたちはそれぞれ顔を見合わせて、
    「ま、まあともかく、元気になってよかった……ですね」
    「ケーキひとつで吹っ飛ぶセンチメンタルかあ……」
    「アタシさあ、あのドリアンは二度と野生に帰れないって断言できるわ。やっぱ住処を手離してよかったじゃないの、ホントに」
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