死後の世界で、記憶がない二人が出会う話①俺は竈門炭治郎、享年25歳。生前は鬼を倒す為とはいえ、色々と身体に負荷を掛け過ぎたせいで大正時代の平均寿命より早く死んでしまった。ただ、早死だったとは言え、子孫も残せたし家族にも金銭面的には不自由のないように過ごせる程度のお金は残せた。現世に思い残すことは何もなく、布団の上で家族に見守られながらゆっくりと目を閉じた……、はずなのだが、気づけばまったく知らない地面の上に転がっていた。
*
地面の硬さに違和感を覚えて、炭治郎がゆっくりと目を開けると、目の前には雲一つないきれいな青空が広がっていた。自分は確か家の中の布団の上で寝ていたはずだからこの青空が目に入るのはおかしいし、そもそも死にかけていたのだからもう目覚めることはないと思っていた。先ほどから意識が朦朧として、まだ夢でもみているんだろうかとも思ったが、身体がやけに軽くなっていることに気づく。ちょっと前まで身体が重たくてもう持ち上がらないと思っていたのに、元気いっぱい動けそうだった。とりあえず一度起き上がろうと手を床に付いて立ち上がろうとしたが、砂利のようなものが手に当たった。その違和感に周りを見渡すと、いつの間にか草が一切生えていない土の上で寝転がっていたようだ。土の上には謎の白いラインが引いてある。そして、自分の右側には見たこともないような高さの灰色の建物があった。
さて、これは一体どうしたものか。急いで起きても仕方ないし、心地よい風が吹く一面の青空の下もう一度寝てしまおうかと思ったその時、突然視界に金色のふわっとしたものが入りこんできた。
「やぁ!君!見かけない顔だな!新入生か?」
「うわっ!!」
誰もいないと思い込んでいた炭治郎は、急に覗き込むように顔を近づけてきた男に驚いて起き上がってしまった。
ゴチン!と大きな音がして、金髪の男はのけぞっておでこを押さえたままよろよろと後ずさりした。びっくりして起き上がった際に、運悪く男に頭突きを食らわせてしまったらしい。その場にうずくまってしまった男に炭治郎は慌ててしまう。
「わ!ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「うー、いたたた……、いや、いきなり話しかけた俺も悪かった。君は大丈夫だったか?」
「はい、なんともないです」
「君、結構な石頭なんだな……、まぁいい。そんなことより、君、見かけない顔だがここに来たばかりだろうか?」
「はい、気づいたらここにいました」
「よし!わかった!だが安心するといい!俺が今から色々と教えてあげよう!とりあえず、まずは校舎の三階にある掲示板で君がどこのクラスか確認しなければ!」
男は何故か嬉しそうな顔をすると、炭治郎の左手を引っ張って灰色の大きな建物の中に入っていった。男に動かないしわくちゃの左手を掴まれて思わず焦ってしまったが、よく見ると綺麗になっているし、掴まれている感覚もある。左腕がまったく動かせなかったのが嘘のようだ。
その違和感に驚いている間にも、黒の詰襟の学生服を着た男にズルズルと引きずられて建物の中を進んでいく。建物の窓に映った自分を見ると男と同じ黒の詰襟の学生服を着ていて、いつの間に着たのか、全く覚えがない。混乱した炭治郎は止まらない男に声を上げた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「待たない!さぁ!行こう!こっちだ!」
全然こちらの話を聞こうともしない男に無理矢理引っ張られて、建物内の階段をどんどん登っていく。炭治郎は何度か引っ張って男を止めようとしたが、意外と力強くて止まってくれない。悪い人ではなさそうだけど、困ったなぁと思っていたら、男から話しかけられた。
「君、ここに来るまでのことで何か覚えていることはあるか?例えば自分の名前とか?」
「えっと、名前は竈門炭治郎で、ここに来る前は……」
男からここに来る前のことを覚えているかと聞かれて、炭治郎はここにきて、初めて自分が今までの記憶をさっぱり忘れていることに気がついた。自分の名前以外、何も思い出せないのだ。先ほどまで身体が重く、左腕が動かないと思っていたようなきがするのだが、今はすごく身軽だし左腕も動いている。何故動かないと思っていたのかも思い出せない。今まで何をしていて、どうしてここに今いるのか、砂利の上で目覚める前の出来事が一切抜け落ちていた。これでは記憶喪失になったようなものだ。
「どうして……、何も、思い出せない……」
「だろうな!ここに来る連中は大概何も覚えていないんだ!」
「えっ、なんで……」
「さぁな。ただ、唯一わかっていることは、ここに来る人間は、全員生前何らかの未練を残したまま死んだということだけだ。つまり、君はもう既に死んでいる。今から死んだはずの君は、この学校と呼ばれる空間でしばらく生活する事になるからな!」
いきなり男から死んでいると言われ、炭治郎は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑ってしまった。だって、死んでいると言うのであれば身体が透けてたり、フワフワ浮いていたっていいだろう。しかし、実際は男に手を握られて、階段を登って建物の三階まで上がってきている。広い廊下の窓から外を見れば、ずいぶんな高さになっていた。
「はぁ?俺が死んでる?うそだぁ、だって、あなたとだって喋れているし、手だって握ってるじゃないですか」
「嘘だと思うなら、そこの窓から落ちてみるといい。ほら」
ほら、と言って、トンと肩を突かれた。炭治郎の身体はビックリするくらい綺麗に吹き飛んで、丁度空いていた廊下の窓から地面まで真っ逆さまになった。
炭治郎が地面に落ちた瞬間目の前が暗転して、次に目覚めたら再び同じ金髪の男が視界に飛び込んできた。先ほど見た光景である。
「ほら、死んでも生き返るだろ?だからここは死後の世界なんだ。ちなみに、ここで死ぬと学校玄関前のこの地面から再開するから」
ニヤっと笑う金髪の男に、炭治郎は少しムッとした表情をした。死んでいるのを実感させたいからと言って、急に窓から突き落とす奴があるかー!と怒ってもう一度頭突きをおみまいしたいところだが、炭治郎も男を煽った手前、少し言い難い部分もあったのでぐっとこらえてため息をついた。
「……、はぁ。死んでいると言う事は、今身を持って理解しました。でももう少しやり方があるでしょう?」
「だって誰も自分が死んでここに来ていると言う事、信じないんだ。最近では、説明するのも面倒になっていてな!君ならまぁ、大丈夫そうだと思ったんだ!」
はははと笑われて、炭治郎はさらに大きなため息をついた。死後、出会うならもう少しまともな人間と出会いたかった。しかし、どうも年上っぽい感じがするし、全くの悪人という風には見えなかった。むしろ、近所の年上のおせっかいなお兄さん、といったところだろうか。
「さて、溝口少年!」
「かーまーどー!かまどです!」
「む、竈門だったか!」
「ところで、貴方の名前は?」
「そう言えば名乗るのを忘れていたな!俺の名前は煉獄杏寿郎だ!君よりかなり前からここにいるから、ここでの生活の方法は把握している!以後、よろしく頼む!」
「えー……、よろしくされたくない……」
こうして、煉獄との奇妙な共同生活がスタートした。
煉獄から説明を受けて、炭治郎は少しずつこの世界のことを理解し始めた。まず、この灰色の大きな建物は学校という施設で、同学年の若い子達が集まって様々な勉強をする場所だそうだ。その隣には寮という施設もあり、学校で学ぶ子達のための共同宿舎といったところだ。煉獄や炭治郎は、ここの世界では学生という身分になるらしく、決まった時間に起床し、授業に出て、寮に戻ってご飯を食べて風呂に入って寝る、というのが日課になるらしい。ここにたどり着いた際にすでに勝手に学年と組が振り分けられているらしく、三階の掲示板を確認したら、確かに新入生として炭治郎の名前が書いてあった。炭治郎は煉獄より二学年下だったようで、同じ学年だったら一緒に生活出来たのに、と少し口をとんがらせる煉獄に炭治郎は思わず笑ってしまった。
しかし、炭治郎の知識では、記憶は曖昧だがこんな場所は生前でも存在しなかったように思う。そのことを煉獄に告げると、俺もここに来た頃は全然見たこともないものだらけだった、俺達が実際に生きた時代ではなく、もしかすると少し未来に来ているのかもしれない、とのことだった。それであれば少し納得できた。死んで少しだけ未来にこれたのは、面白いことかもしれない。
「とりあえず、君はこれからどうしたい?しばらくは授業に出てみるか?」と煉獄に聞かれた炭治郎は、そうですね、そうしてみます、と答えた。学生というのであれば、授業とやらに出て勉強をしなければならないものなのだろうと、何となく思ったからそう答えた。すると煉獄は「じゃあ、君の担当の先生がいるから、一階の中央辺りにある職員室まで行ってみるといい!詳しくはそこで話を聞いてくれ。では、また昼に会おう!」とだけ言うと、煉獄はさっさとどこかに消えてしまった。
急に一人になってしまい、少しだけ心細くなったが、仕方ない。炭治郎は一人、煉獄に教えてもらった職員室に向かうことにした。
職員室の中に入ると、炭治郎のことを待っていたように担任の先生が話しかけてきた。そこで寮の鍵と、食堂ではお金がなくても自由に食べられるが売店ではお金がいるからと、少しだけお小遣いをもらった。一か月に一回お小遣いが貰える仕組みらしい。何もしなくてもお金がもらえるのはありがたい。
担任の先生から、寮に勉強道具と着替えの服があるから一度確認してくるようにと言われて、炭治郎は授業に出る前に先に寮の方に向かった。割り当てられた部屋に入ると、洋式の机と寝具(おそらくベッドと言ったかと思う)と洋服がかかっているスペースがあった。未来はこんな感じなのかと驚いてしまうばかりだったが、学生服だけはそんなに進歩はないようで、少しだけ安心する。この詰襟の感じが何故か懐かしい。もしかすると死ぬ前に学生服を着ていたのかもしれない。
そうこうしている間にいつの間にか昼になり、そう言えば食堂があるとか言われたことを思い出した炭治郎は、食堂へ行ってみることにした。食堂にたどり着くと、既に大勢の学生でいっぱいになっていたが、誰も知らない炭治郎はますます心細くなり始めていた。こうなってくると、あのよくわからない煉獄でもいいので誰かに会いたかった。
「あ、竈門!おーい!」
聞き覚えのある声に振り向くと、煉獄が嬉しそうな顔をしてこちらに近づいてきた。変人だが、知り合いがいるのはやはり心強い。炭治郎も少しだけ頬が緩んだ。
「煉獄さん!」
「君も食堂に来ていたんだな。さぁ、今日のメニューは何かな……、あ!そうだ!君はここが初めてだろうからカレーにしよう!ここのカレーは絶品なんだ!それでいいか?」
「え、あ、はい!それでお願いします!」
相変わらずの勢いで手を引っ張られて、学生の列に一緒に並んだ。煉獄が食堂のおばちゃんにカレーを二つ注文すると、皿いっぱいのカレーをぶっきらぼうに目の前にドンっと置かれた。おばちゃんの勢いに驚いている間に、煉獄がカレーを取ってさっさと席に向かってしまった。炭治郎も慌ててカレーを受け取って、煉獄の横の席に座った。
「竈門はカレーを食べるのは初めてか?」
「いや、以前食べたことがあるような気がしますね……、でもこんなハイカラなもの、滅多に食べませんよ」
「ははは、ハイカラって久しぶりに聞いたな。懐かしい。君といるとここに来たばかりの頃を思い出すよ」
なんだか古風な言葉遣いって馬鹿にされた気がしたが、炭治郎もお腹が空いていたのでカレーを一口食べた。死んでいても、どうやらお腹は空くらしい。
「おいしい……」
「だろ!ここのカレーは絶品なんだ!俺なんて何回食べたか覚えていないくらい食べてるぞ!」
「これは何回も食べたくなる味ですね!」
二人で競うようにカレーをかきこんで食べて、結構な量あったカレーはあっという間になくなってしまった。
「ふー、美味しかったですね!」
「だな!今日の夜はもう一つおすすめのカツ丼を一緒に食べよう! ……、ところで炭治郎、授業に出たり、ここの学生達と会話したか?」
「いえ、まだあまり……、担任とぐらいしか会話はしていないですね」
「そうか、じゃあ、夜までに少しだけ他の生徒と話をしてみるといい。恐らくちょっとした違和感があるから」
違和感って何だろう?と思いながら食堂で煉獄と別れた炭治郎だったが、そのあとすぐにわかることとなった。授業前に自分のクラスの生徒達と会話をしていたのだが、とても良い子ばかりなのだが全く個性がない。授業も淡々と行われて、授業内容自体は知らないことばかりで面白いのだが、授業が終わると皆さっさと自分の寮に帰ってしまい全く話ができない。寮で会って数人と話をしたのだが、薄っぺらい返事をされるばかりで面白くないと感じてしまった。もしかして同学年の皆から早速嫌われてしまったのかと思ったが、皆炭治郎を見るとニコニコと笑顔を向けてくるし、この学校の生徒達は本当に人間なのだろうかと何とも言えない気分になった。
違和感を抱えたまま夜になり、煉獄と食堂で再会することとなった。
「やぁ、竈門。初の学生生活はどうだっただろうか?」
「授業は知らない事ばかりで面白いんですが……、何というか、学生にすごく違和感がありますね……」
「だろうな。まあ、とりあえず夕飯にしよう。腹が減ってはなんとやらだ!」
「ふふふっ、なんだか不思議ですね、死んでいるのにお腹空くって」
「だろう!俺も不思議に思うが、うまいものが食べられるから幸せだ!さて、カツ丼をでも食べよう!」
昼間の食堂のおばちゃんが相変わらずぶっきらぼうに、どんぶりからカツがはみ出ているくらいの大盛を二人分出してくれた。
出来立てのカツ丼は、まだ少し衣がサクッとした部分があって、少し甘さ控えめのタレがうまい。タレがしみ込んだ部分はサクッとはしていないが、噛むとじゅわっとうま味が出てきてそれはそれでうまい。ここのご飯だけはどうやら最高のようだ。
二人はまたもあっという間に食べきり、同時にどんぶりを机にドンっと置いた。
「なんだか、競って食べているようだな」
「本当ですね、俺の方が少し早かった気がします!」
「なんと!そんなことはない!俺の方が早かった!」
二人は顔を見合わせて笑ってしまった。
「いや~、久しぶりにくだらないことで笑ってしまった。ところで竈門、この後何か用事あるのか?」
「いや、特にはないですね」
「じゃあ、風呂に入ったあと、俺の部屋に集合しよう。違和感の正体の話をしようじゃないか」