薄く草木が凍る冬、私は久々に外に出てみることにした。理由もなくただ自分が行きたいと思うところに行く。といってもあまりこの神社から出ることは無い。いちいち本来の姿になるのも面倒だというのもある。
神という地位についてから何百年経っただろうか。もう覚えていない。かすかに覚えているのは幼少期のことぐらいか。
森から聞こえてくる鳥の声を聴きながら神社の中をうろついていると神社の鳥居の階段に見知らぬ幼女がぬいぐるみのようなものを抱えて泣きながら座っていた。
普段ここに人間は来ない。というか私自身あまり人が好きでは無いから軽めの結界を張っているためまず来ることは出来ないがもしかしたらたまたま結界をすり抜けてここに来たのだろう。話し相手もいないし子供なら丁度いい。腹も減っていた。満足したら食ってやろう。
私は興味ともうひとつの欲を持ちながらその子に近づいた。
「何をしているの?貴方」
私が声をかけると幼女はびくっと体を震わせて恐る恐るこちらに振り向く。こんな格好しているから怖がられるかと思ったが人がいたことに安心している少し警戒心が薄れた目をした。
警戒心を出さないように私は彼女の隣に腰かけ優しい口調で彼女に聞く。
「なにかあったの?もしよかったら私と少し話をしない?」
そう言うと幼女は顔を俯かせながらぽつりぽつりと口を開き始めた。
「……あのね、あたし捨てられたの」
「捨てられた?誰に?」
「……パパに捨てられたの」
今どきの人間は実の子でも簡単に捨てられるのかと呆れながら聞いていたがこの子の場合は少し違っていた。
「1週間前にねママが亡くなってそれからパパはあたらしいママを連れてきたんだけどママには子供がいたの」
「そう」
「それからあたしはママにもパパにも見られなくなったの。いつもあの子ばかり」
幼女は段々と涙を流しぬいぐるみを抱きしめながら口を開く。
「…本当はパパに捨てられたわけじゃないけどでも……あたし……誰にも必要とされないもん」
なるほど。つまり両親は母親の連れ子しか見なくなってこの子の事を放ったらかしにしているというわけか…
私にはあまり関係ない話だが私はこの子に興味が湧いた。よく見ると今食うのはあまりに勿体ないくらい綺麗な瞳をしている。それに今はまだ幼いが大きくなればきっと……
私は嗚咽をしながら泣く幼女の背中をさすりながら幼女にこう言った。
「ねぇ、そんなに家にいるのがつらいなら私とここに住まない?」
そう言うと幼女はすぐに顔を上げるが少し顔を曇らせる。
「でも…でも…」
「安心なさい。私は貴方を見捨てたりなんかしないわ。ずっと貴方の傍にいてあげる」
私は幼女を抱き抱えるともう一生出られないように結界をきつくして神社の境内に幼女を引き入れる。幼女は私の服をつかみながら私に身を預けている。
「そういえば貴方のお名前は?」
「………アスカ」
「アスカ…か。いい名前ね」
「……おねえさんの名前は?」
「私?私はミサトよ」
微かに残る記憶の中でその名前が浮かんでいた。多分それが私の名前だということはわかる。私はこれからこのアスカという幼女と共にする。この子が「成熟」するその日まで。
それまで喰うのはやめておこう。
腹は空かせておいた方がこの子を美味しく喰えるから。
「それじゃあ……これからよろしくね。アスカ」
私は彼女を抱き抱えながら神社の奥へ奥へと歩みを進めて行った。その後のアスカを知るものは私以外誰もいない。