眠れないベジータ「……はぁ」
ベジータは、薄桃色のインクをぶちまけたような、静かでどこか不気味で幻想的な空が広がっているのを眺め、うんざりとため息をついた。のろのろと寝返りをうつと、先ほどまで苦しそうに軋んでいたベッドのスプリングが再び軋む。それを聞いて腹の奥がズクンと疼き、同時にどろりとした感触が太腿を伝うのを感じて、またしてもため息をついた。それも無視して瞼を無理やり閉じていたベジータであったが、次第にこめかみがピクピク痙攣しだす。
「……ッ」
何度も寝返りを打ち、そのたびにベッドが軋む。深呼吸すると、少し前まで野獣の如く荒れ狂っていた同族の太陽のような匂いと共に、独特の生臭い匂いが鼻をつく。大の字になると、すぐそばで寝ている奴の腹部に腕が直撃し、「うぐ」と呻くのが聞こえ、ベジータは少し気分が良くなった。しかしそれも束の間で、もったりとした眠気と、じっとしていられない妙な感覚とが同時に襲いかかってきて、堪らずベジータは目を開けて空を眺めた。
「……はぁ……」
そして冒頭にかえる。
要するにベジータは眠れないのである。思えば、今までまぐわった後に眠れなかったなどということは全くなかった。今回のように発情期かと疑うほどに荒々しく抱かれた時はなおさらだ。凄まじい倦怠感と疲労と解放感で、後始末する余裕すらなく死んだように眠りに沈むのがお決まりだ。
しかし今日は違った。倦怠感などはいつものようにベジータの身体にまとわりついていたが、腹の底の疼きが消えず、どうにも眠れないのである。かといって抱かれ足りないのかと聞かれれば即否定するだろう。身体中がどちらのものとも分からぬ体液でベトベトであるから、それが原因なのかもしれない。そう思ったが、立とうとして床に崩れ落ちるのは目に見えているのでやめた。あんなに激しく抱かれたのだから、腰が抜けているのは間違いない。寝返りはうてても、起き上がったり立ったりすることは出来ないだろう。ベジータは再びため息をついた。
ふと、ベジータの脳裏に「アイツとキミってどういう関係?」というビルスの声が蘇ってきた。元は宿敵であり、現在はライバルであり、共闘などしない、馴れ合いなどしない関係であり、日々切磋琢磨している関係。簡単に言えばそうなるのだろうが、なんせ色々ありすぎたので、咄嗟に「か、仇同士というか……」とごまかすしかなかった。
間違ってはいないはずなのだ。なのに、気づいたら恋人同士でするような甘ったるいセックスをするようになっていた。
「……チッ」
ここでベジータは考えるのをやめた。考えても仕方がないと身をもって知っているからだ。ずっと不思議で仕方ないのは、悟空について考え始めた瞬間、頭にもやがかかったように思考が働かなくなることだ。眠ろうとするのを諦めたベジータは起き上がり、立とうとしてみた。立てた。鍛え上げた身体のおかげで腰は砕けずに済んだようだ、とベジータは己の肉体を誇らしく思った。
冷たいような、ぬるいような、何も感じない静寂の中を歩いていくと、やがて外に出た。ビルスも悟空も寝ている今、起きているのは天使であるウイスを除けばベジータ一人である。その事実がベジータの胸を妙な優越感でもって満たし、ベジータは口角を少し上げた。が、次の瞬間イラッと顔をしかめた。
「お、やっぱりベジータだ」
先程までグースカ寝ていたはずの悟空は、目を丸くしてベジータの前に降り立った。きょとんと首を傾げた悟空が何か言う前に、ベジータは遮るようにして声を発した。
「……帰れ」
「ひでえな。おめえがどっか行く気配がしたから来たのによ」
「……」
「なんでこんなとこにいんだよ」
「……貴様には関係ない」
ベジータが背を向けて歩き出すと、悟空はすかさず腕を掴んだ。
「眠れねえの?」
「………チッ」
舌打ちは肯定。悟空がベジータと過ごすうちに学んだことだ。離せ、と腕を振り払われるのにもめげずに悟空は距離を詰めた。
「見るな近寄るな話すな。帰れ」
「ひでえな……ほら」
「……は?」
真っ直ぐに差し出された手を見て、ベジータは怪訝そうな顔をした。構わず悟空は言う。
「寝ようぜ」
ベジータは一瞬、こいつまだ抱く気かとぎょっとしたが、悟空の穏やかな表情と顔を見て違うと気付いた。
「…………はぁ」
「どうした、寝ねえのか」
「やかましい」
「えぇ……」
ベジータはくるりと踵を返すと、悟空のそばを通り過ぎてさっさと部屋へと向かう。悟空が慌てて追ってくるのを感じ、少しだけ笑みがこぼれた。