230114「……えっ?」
二子一揮15歳。ポジションはフォワード__と言いたいところだが現在ディフェンダー。どうしたんだとばかりにキョトンと首を傾げる目の前の美男子に、どうしたんだはこっちの台詞だとあんぐり口を開けた。
*
「御影くんもディフェンダーなんですね」
「あぁ__不本意だけど、な」
勝たなきゃいけねえんだ。ポジションこだわってる場合じゃねーよ。
時は約1ヶ月前に遡る。U-20日本代表との試合を控え“最終合宿”が始まった“青い監獄”では、絵心の指示の下ポジションごとに分かれた練習が始まった。
全員入寮前はフォワードをしていた監獄生たちであるが、相手はプロの選手たち。即席ではあるがチームとして機能しなければならない。そういうわけで、二子たちのように本来とは違うポジションでの活躍を期待される選手も出てくる。合宿開始から数日が経過し、自らの新たなポジションに適応し始めた頃だった。
「にこー」
「何ですか、御影くん」
「お前はホント黙々と練習やんのな」
「ソレって」
何か問題でも。眉を顰めた二子に近付いてきたのは御影玲王、“青い監獄”での第一試合で大敗を喫したチームVの司令塔。あれだけ自信満々だった姿は今の彼にはない。二次選考で凪誠士郎にこっぴどく振られたと聞いている。それは置いておいて、時に憂いを含んでかつての相棒を見つめる切なげな表情は色気たっぷりだと密かに話題である。本人は気付いていないが(因みに凪誠士郎にバレると大変な目に遭うとの噂だ。この害悪カップルが)。そろそろ休んだ方がいいぜ。隣に腰かけた玲王がスポーツドリンクの入ったボトルを手渡す。
「これ飲めよ」
「…ありがとうございます」
素直に受け取ると玲王は嬉しそうに顔を綻ばせた。どころか、すらりと伸びた手が二子の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。ふわんと花畑のように甘い香りが揺れた。僕も同じ備品を使ってるはずなのになんだこの差は。
「ちょ、何ですか」
「え、あ__ワリ」
ヤだった? 嫌とかじゃないですけど__
「__御影くんって、誰にでもそんな感じなんですか」
「……? そんな感じって?」
「パーソナルスペースが狭いのかって。聞いてるんです」
「うーん」
そうなのかなー。考え込んでいる。
別に詳しく聞きたいわけではないのだ、こっちは。
「まァ、そーでもないと思うぜ。“青い監獄”に来るまでそんなに深く他人と関わることもなかったしな」
「へぇ……意外ですね。友達めちゃくちゃ多いとばかり」
「んー、友達は多かったけどさ。なんつーか……広く浅くってカンジ?」
「陽キャですねぇ」
「なんだよそれー」
そういう二子はどんな高校生だったんだよ。本格的にお喋りモードに突入した玲王が楽しげに身を寄せる。ソレソレ、ソレです御影くん。
「……なんでそんなに僕に構うんですか?」
「えぇ?」
うーん、また玲王は首を傾げる。
先程からちくちくと背中を刺す視線に流石に耐えきれなくなり、チラリと後ろを振り返ると案の定といったところか、漆黒の瞳がこちらを見据えて鈍く光っている。
気付いていないのは御影くん、あなただけですよ。自分の練習に集中したらどうですか__凪くん。
「俺さ。一人っ子じゃん」
「? はい」
「中高もずっと特定の部活とか入ってなかったんだわ」
「はぁ」
それと今の話題に何の関係が。今度は二子が首を傾げる番だった。だからさ__
「嬉しいんだよ。“後輩”」
そういうと玲王ははにかむように笑った。
なるほど、と思う。二子は“青い監獄”には珍しい1年生で、玲王の今までのチームメイトたちの中にも親しくなった1年生はいなかったようだ。とどのつまり、玲王からしてみれば二子は初めてできた後輩。兎角、可愛くて仕方ないのである。
凪という手のかかる子から距離を置いている今、玲王の“何かをお世話したい”欲求(母性)は二子に向かっていた。二子からしてみれば大変に迷惑な話である。害悪カップルの板挟みになることを意味するのだから。ていうか男子高校生の母性って何なんだ。
「もーいいか? お前の話聞きたい……」
何か言えよ。玲王はばつが悪そうに二子の脇腹を小突いて口を尖らせた。表情がコロコロ変わっていく。つくづく魅力的だ、御影玲王は。
それはそうとして、そんな目を向けないでもらえませんか。狙ってませんから。
*
本日の練習、終了。アナウンスが鳴り、各々解散する。シャワールームに向かおうとした二子の肩が背後からくん、と引っ張られた。ハァ。二子は渋々振り返る。
高身長を遺憾なく活用し、15センチメートル以上上から二子を見下し__いや、見下ろしているのは凪誠士郎。
「……なんですか」
「……」
「何か言ってくださいよ」
あ、デジャヴ。目を逸らして恥じらう玲王が二子の脳裏に浮かぶ。
「俺のだよ」
「ハァ……わかってますって」
「……」
じ……と見つめるは吸い込まれそうに渦巻く漆黒。やましいことなんて何もないのに、何故か息が詰まる威圧感。やはり眼には性格が出る。こんなのが付いている人に劣情を抱いてますなんて告白するのは馬鹿のやることだ。僕はクレバーなんです。
「レオってさぁ」
ため息をついた凪が首元に手をやる。ホントに無防備すぎるんだよね__
「だから、僕は、」
「俺がちゃんと見てないと」
「わ、わかってるって言ってるじゃないですか!」
「ならいいけど」
ふい、途端に興味を失ったように凪はどこかに行ってしまう。本当に何なんだ。
あんなに怖いセコムがいて堪るか。その場に立ち尽くしていると、何か思い出したのかこちらを振り返った凪が戻ってくる。
「な、何なんですか」
「俺はレオの相方だからね」
*
合宿もいよいよ佳境という今日も、休憩時間になるたびに二子の隣には玲王がやってきた。二子、お前は何が好きなんだ?と言うので、素直にアニメやゲームの話をする。想定通り玲王の未知の領域のようだったが、想定外なのは、知らないからこそ玲王は興味を示したということ。玲王は言葉巧みな話し上手であるが、同時に聞き上手でもあるのは流石といったところだ。ふんふんと二子の言葉に耳を傾けては程よい相槌を入れてくれるから、二子としても楽しい。穏やかな時間である。
「__で、純金でできたのとかあるんですよ。面白くないですか?」
二子も玲王にかなり心を開いたようで、いつの間にか言葉の量は逆転していた。ついでに黒い視線にも鈍感になっていた。牽制しておいたので、取り敢えずは緩められているのかもしれない。
「まぁ、かなり前の話ですしほぼ伝説の記念品みたいな扱いですね。何せ500枚限定の抽選販売で__」
「……」
二子が話題にしているのはカードゲームのカード。流石御影コーポレーションの御曹司といったところで、普段は金銭が絡む話になるとやれビジネスだやれ資産価値だと息巻いて話すのだが珍しく大人しい。
1億円でも貰えたら欲しいですね。そういえばこの前書かされたシートにそういう項目ありましたよね__
*
で、コレだ。舐めていた。
御影玲王という人間を。御影コーポレーション御曹司の財力を。
休暇が明け、再び集まった“青い監獄”で二子を見つけた玲王がパッと顔を輝かせて二子のもとに駆け寄って来たのだ。あー、もー……
そばにいた凪の表情を言語化するならば、「俺よりも二子のトコ行きたいんだ?ふーん」だろうか。とてつもなく面倒だが仕方ない、と腹を括る。
「二子!」
「……御影くん。お久しぶりです」
「お前に渡したいモンあんだよ! 持ってきたっ」
どうだ、嬉しいだろうとばかりに差し出されたそれは、合宿中に話題に上ったカード。純金の。そんなの吃驚以外の何でもないに決まっている。
「ネットのオークションで探したらあったわ。お前が超レアって言うから気になってさー、調べてたらそりゃあもう__……二子?」
自慢げに入手ルートを語っていた玲王が一転、首を傾げる。「欲しい」と言っていたモノが差し出されたというのに慌てるばかりの二子が不思議で堪らない、という表情だ。
「番号とかまであんのな。よくわかんねーからそれにしたわ」
玲王の手元に目線を落とすと、隅に輝くナンバーは25。にこ。二子の苗字であり彼の誕生日でもある。
「ハァ__」
どこまで他人を誑し込めば気が済むんだ、このヒトは。
もちろん、禍々しいオーラをまとった強烈な視線を感じながら二子は気が遠くなるような思いだった。