※凪誠士郎のラジオ(白宝/玲王視点)
俺にだって、百点満点じゃない日だってある。そういう日は決まって眠れなくなって、意識が覚醒していく。たとえば、練習でミスした日とか、テストで分からない問題が出た時とか。
常になんでもできると思われているけれど、そうじゃない。百点満点でいられるように、俺は何百回と練習する。何度もゴールポストに向かってシュートを打つし、何度も解けなかった問題を復習する。そうして百点を取るために努力していたって、いざ蓋を開けてみれば、些細なミスで満点を逃すこともある。その繰り返し。
そのたびに俺は反省する。反省してるうちに段々、眠れなくなる。ごちゃごちゃと他のことまで考え始めてしまうからだ。明日の体育で実技のテストがあったな、とか、小テストもあったな、とか。きっと大丈夫だろうと思っていても、そのうち不安ばかりが大きくなって、芋づる式に余計なことまで考え始める。
もういい加減、寝なくちゃなーと思うのに、無意味にスマホで株を見たり、経済ニュースを見たり。それでも気が紛れず、眠れないときに、ふとアイツの顔が思い浮かぶ。あの、常に眠そうな顔をした凪の顔が。
「……もう寝てるかな」
ごろんと仰向けに寝返りを打ち、メッセージアプリを開く。上から三番目あたりに凪がいた。メッセージは今日の朝で途切れている。もうすぐ迎えに行くからな! という俺からのメッセージで終わっていた。そのあとすぐに凪をリムジンで拾ったから、そんなものだろう。
改めてやり取りを遡ると、その前のメッセージも俺で途切れていた。
別にアイツに対して何かを求めているわけじゃない。だけど。アイツとは長く一緒にいるのだ。ブルーロックでもずっと一緒だったし、こうして一時的に白宝へと戻されてからも、なんだかんだずっと一緒にいる。だから少しくらい、お前からもメッセージ寄越せよなー、なんて、そんなことを思いながらアプリを閉じた。つもりだった。
「いった!」
つるんと手が滑って、鼻の上にスマホが落ちてくる。その弾みで、変なところをタップしてしまった。
「うわっ、やべ」
急いで身を起こし、スマホを掴む。ところが、今の誤操作で凪に電話を掛けてしまったようだ。すぐに切ろうとするも、もしもし? とスマホから声がして切れなくなる。
「レオ……?」
「あ、凪……? わりぃ、間違って電話かけちまった」
凪に見えてるわけでもないのに、ぺこりと頭を下げてしまう。すぐに切ると言ったけれど、思いの外、凪が食い下がった。
「いいよ、このままで」
「もう寝るだろ?」
「ううん、ゲームする」
「お前なぁ……」
もう十二時を回っている。良い子は寝る時間だ。もちろん、俺もいつもなら寝ている時間。だけど今日は一向に眠気がやってこなかった。
「早く寝ろよ」
「レオもね」
「俺はいいんだよ」
スマホを耳に押し当てたまま、再びベッドに横になる。すると、やっとひとつ、欠伸が零れた。
「眠い?」
「いや、むしろあんま眠気こなくて困ってたとこ」
「そっか」
途端、電話口が静かになる。それから暫くして、ふんふんふーんと鼻唄が聞こえてきた。聞き馴染みのある曲だ。ちょっと音が外れてるけど。
「フッ……、急に歌うなよ……!」
「違うよ、これは子守唄」
「子守唄って! それ、最近の曲だろー」
「レオがたまに口ずさんでるから。真似してみた」
「なんだそれ」
凪なりに気を遣ってくれているのだろう。その後も、ずっと調子外れの鼻唄が聞こえてくる。
有り難い気遣いだが、段々おかしくなってきて、笑いをごまかせなくなってきた。
「……笑わないでよ」
「だって」
「レオが眠れないっていうから歌ってあげたのに」
「サンキューな。でもそれだとちょっと眠れねーわ」
「……じゃあ、お話する?」
「お前が? 話題あんの?」
「失礼な。俺だって、話題ぐらいあるよ」
「例えば?」
促せば、凪が黙ってしまった。考えているのか、暫く無言が続く。だけど、それが心地よかった。嫌な間じゃない。凪の声だったらいくらでも待てる。
「……ごめん、思いつかなかった」
「なんだよ、それ!」
「思いつかないから、子守唄うたうね」
「それは別にいーよ」
ケラケラと笑って、寝返りを打つ。
それから明日の練習のこと、小テストのこと、今日ミスしたパスのこと、提出物をうっかり家に忘れてきたことなどを話していたら眠くなってきた。ふわっ、と欠伸が零れてくる。
「眠くなってきた?」
「んー、ちょっとな……」
「じゃあ、凪くんラジオも終わり」
「……そういう体だったのかよ」
「うん」
次第に凪の声が遠のいていく。心地よい低音が優しく鼓膜を揺らすも、所々聞き取れない。
「俺はね、毎日頑張ってるレオのこと、ちゃんと見てるよ」
「……ん、俺も…………」
「たまに完璧じゃなくなるところも」
「うん…………」
「そろそろ、切ろうか」
「……うん」
瞼が重い。心なしか、手に持ってるスマホも重くなってきた。おやすみ、という声がした気がして、おやすみ、と返す。だけど、上手く返せたか分からなかった。
「おやすみ、レオ。……大好きだよ」
※臆病者のラジオ(プロ/凪視点)
玲王は時々、俺に電話を掛けてくる。それは決まって玲王が眠れない夜のことで、高校の頃から続いていた。
玲王は完璧で努力家でなんでもできるけど、初めからなんでもできるわけじゃない。玲王は百点満点を取るために、何度も何度も練習する。血が滲むような努力をする。七転び八起き、っていうのかな。とにかく、転んで、立ち上がって、また転んで立ち上がるときには強くなっている。そういう男だ。
俺は、そんな玲王のことがずっとずっとずっと前から好きだった。だから、玲王が眠れなくて困っているのなら、子守唄のひとつでも歌ってあげたい。あまり得意ではないけれど、お喋りだってしてあげたい。玲王のすこやかな睡眠のためなら、なんだってしてあげたい。
だから俺は、玲王が『凪の声を聞いてると落ち着く』って言ってくれる限り、何度だって玲王の電話に付き合うのだ。
◆
「昨日はごめんな、凪」
ロッカーに着いて早々、玲王が言う。
今日はリーグ戦の開幕初日だ。だから、玲王も気合十分――そして不安いっぱいなのだろう。笑顔ではあったけれど、視線は心許なく揺れていた。
「ううん。俺もレオと話したかったし」
「そう言ってくれると助かる」
ニカッと玲王が笑う。この笑顔が何よりも大好きだった。
「じゃあ、今日の夜も頼もっかな。凪くんラジオ」
「うん、期待してて」
「子守唄つき?」
「リクエストしてくれれば」
調子に乗って答えれば、玲王がたまらずプッと吹き出した。お前、いつも同じ曲じゃん! って笑いながら、バシバシ肩を叩かれる。痛い。
「あー、でさ。いつもお前、おやすみの後になんか喋ってるけど、アレ、なに?」
ふと真顔に戻った玲王に尋ねられて、どきりと心臓が脈打つ。動揺……してないだろうか。ほとんど喜怒哀楽が表情に出ない、って周りから言われるから、たぶんこの動揺は玲王に悟られていないだろう。
俺は、玲王の期待に満ちた目から視線を逸らしつつ、「ひみつ」と答えた。
「えー、教えろよ!」
「ちゃんと、最後まで起きてられたら聞けるかもよ」
「ずりぃ。いつも寝ちまうの、知ってるくせに」
だから、最後に言うんだよ。という言葉は飲み込む。
いつか玲王に向かって真っ直ぐに『好きだよ』と言える日が来たら。そのときは、この臆病者のラジオも終わる日が来るかもしれない。