◆ 雷鳴
窓の外が光る。ピカッ、ゴロゴロ。獣の喉が鳴るときみたいな音に、玲王の肩がぴくりと跳ね上がった。空の様子が気になるのだろう。玲王が読んでいた本から顔を上げる。そのとき、俺と目があった。三人掛けはあろうかという大きなソファーの上で、ぴったりと玲王にくっつきながら、玲王の横顔をずっと見つめていたから、必然的に俺と視線がぶつかる。
「……なんだよ」
「別に。レオのこと見てただけ」
「見られてると集中できねぇ」
ぱたんと本を閉じる。本当は雷の音が気になるくせに、俺の視線が煩いから、なんていう理由を口にする玲王が可愛い。
またしても空が光った。玲王の肩も雷の音に合わせて小さく跳ねる。
「カーテン締めてくるね」
「ん」
こうなると窓の外に近づきたがらなくなるので、変わりに俺がカーテンを締めにいく。
いつだったか「玲王って雷が苦手だよね」と言ったら、苦々しい顔で昔のことを話してくれた。玲王はお坊ちゃんだから、ポキッて折れちゃいそうなぐらい高いタワーマンションの最上階に小さい頃から住んでいたらしい。窓も大きくて、それはそれは景色もよかったそうだ。だけど、雨が降り、空に稲妻が走ると、そのおどろおどろしい様子がよく分かる。おまけに、両親は忙しかったから、玲王が怖くてたまらないときも傍には居てくれなかった。だからどうしても、そのときの名残であまり雷が好きではないのだと、そう話してくれた。
だから、玲王は今でも天気が悪くなると部屋に篭もろうとするし、俺が玲王にぴったりとくっついても嫌な顔をしない。俺も俺で玲王のことを少しでも安心させようと、ぎゅうっと抱き締めるのがお決まりだった。
すべてのカーテンを締め切って、手を広げながらソファーに戻ってくる。玲王も大人しく、俺の腕の中に収まってくれた。
「今日はずっとこうしてよ」
「さすがにそれは無理だろ」
「でも、今日は深夜まで雨と雷が続くらしいよ」
「……じゃあ、お前とこうしてる」
「うん。そうして」
いつもより静かな玲王を抱き締める。めったに甘えてこない玲王がぎゅうっと抱き着いてくるのを見て、俺はまんざらでもなく玲王の首筋に顔を埋めた。
◆ 抱擁
空に光の線が走る。それから暫くして、ゴロゴロと空が鳴った。雷だ。そう認識してすぐに、ぴくりと小さく肩を跳ね上げた。読んでいたビジネス書から顔を上げ、窓の外に視線を向ける。すると、隣に座っていた凪と視線がぶつかった。
「……なんだよ」
思いの外、ぶっきらぼうな声が出る。凪はじっと俺の方を見ると、俺のことを見ていただけだと言った。
「見られてると集中できねぇ」
ぱたんと本を閉じ、ソファー前のローテーブルに本を置く。
雷が怖いなんて昔の話だ。もちろん、今でも好きか嫌いかで聞かれたら嫌いだとは答えるけれど。でも、別に布団を頭から被ってびくびくするほどじゃない。だけど、凪と一緒に暮らし始めるまでは本当に雷が苦手だった。子どもながらに、おどろおどろしく光る空と、地鳴りのような音に恐怖していたのだ。だけど、こうして凪と一緒に暮らすようになってからは怖くなくなった。凪が俺のことを抱き締めてくれるからだ。何回かそんなことが続いて、俺はすっかり雷が怖くなくなった。だって、凪がすぐに飛んできてくれるし。むしろ、ここぞとばかりに凪に甘えられるから、最近ではわざと雷を怖がるようにしている。肩を跳ねさせるのも、凪に構ってもらいたいがためのパフォーマンスだ。凪はそうとは知らずに、いつも抱き締めに来てくれるけど。
「今日はずっとこうしてよ」
カーテンを締めて戻ってきてくれた凪が、ぎゅうっと俺の体を抱き締めてくれる。ずっとこうしてよ、という提案は魅力的だ。だけど、簡単に陥落するのも癪ではある。
「さすがにそれは無理だろ」
「でも、今日は深夜まで雨と雷が続くらしいよ」
「……じゃあ、お前とこうしてる」
「うん。そうして」
絶対に離れてやらないからな、という意思を込めて、ぎゅうっと凪に抱き着く。首筋に鼻先を擦り当てられたのを感じて、今日はこの抱擁だけでは終わらなそうだなぁ、と小さく笑った。