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    inaeta108

    @inaeta108 イオ の物置です

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    inaeta108

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    はらがへっては(仮)2

    #キラ白
    cyraWhite

    その日も実に暇だった。

    無論やることは山ほどある。訓練とか訓練とか訓練とか。ただ、ウイルスだとか厄介な細菌だとかそういった類の外敵の侵入がないのだ。そうすると、訓練に力が入りすぎるのは必然だ。何しろ日々戦う免疫細胞最強にして最後の砦のパワーが、エネルギーが、闘争心が有り余っているのだ。それらがついうっかりと溢れて、司令室の窓ガラス破壊を引き起こした。1ヶ月ぶり10回目。ファンファーレが鳴ってもおかしくない記念すべき回数に、実のところ優雅でも温厚でもなんでもないヘルパーT司令の怒りが爆発した。
    普段であれば、外敵の侵入に備えると言う存在意義からつっぱねることもできただろう。だが、ここ最近「暇」なのは全ての免疫細胞が全身で実感しているところなのだ。今日の訓練は副班長くんに任せればいいよ。だからどれだけ時間がかかっても!ひとりで!終わらせて!!上司は無慈悲にも眼鏡を光らせて言い放った。全身から怒りのオーラが立ち昇っている。そういうわけでキラーT細胞咽頭班班長は懲罰として司令室の片付けを仰せつかったのである。

    結論から言えば片付けはなんとか終わった。キラーTの心と身体に多大なダメージを負わせたのも、懲罰という意味からすると大成功といったところだろう。少なくとも司令室への班員投げ入れを控えようかなという気分になった。今だけかもしれないが。
    慣れない作業に疲労を蓄積させたキラーTは任務の完了を上司に報告すると踵を返した。この疲れを一刻も早く癒さなくては。次の日に不調を持ち込むのは二流のすることだ。免疫細胞として最高の働きをするためには、今日の疲れは今日のうちに回復する必要がある。疲れに効くもの。すなわち食事、休息、そして睡眠。ひとまず向かう先は食堂であった。
    キラーTの脳内を食堂のメニューが去来する。ボリュームたっぷりのカツカレーもいい。いやいやバランスの取れた日替わり定食も一考に値する。だがしかし。リンパ管食堂の扉は無慈悲にも閉ざされていた。時刻は22時を回ったところだ。

    「マジかよ」
    確かに通常の営業時間は過ぎ去っている。絶望がキラーTの全身を包んだ。
    途端に重量を増した身体を引きずって建物の外へ向かう。間の悪いことに自室の非常食ストックも切れているのだ。

    ーー特訓でもすれば少しは気が紛れるかも。いや、余計腹減るだけか。

    空腹のためか疲労のためか、思考が浮遊する。
    ふらふらと血管側の壁まで足を運んだ。手に触れるのはなんの事はないただの壁。だが、ここを越えるには許可が必要な身だ。
    ーーちくしょう。メシ屋まで全力疾走3分、いや、2分。
    大変だな、腹が減るってのは。こんなんであいつらよくパトロールだのなんだの働いてるな。

    思考を遮ったのはガタリという物音だ。キラーTは顔を上げた。
    見やれば白い影がひとつ、壁の向こうの遊走路からふわりと出てきた所だった。影は小さく伸びをしている。キラーTは壁に手をついた体勢のままぽかんとした声で言った。
    「好中球?」
    「あ、キラーTか。お疲れ」
    片手をひょこりと上げて挨拶をするその姿は、どうやら空腹が作り上げた幻というわけではなさそうだった。

    好中球はキラーTの知り合いだ。たまに戦場で会って挨拶をする仲で、パトロール中なんかにばったり会って言葉を交わしたりもする。戦場での振る舞いとは違って普段はやたらとほのぼのほやほやしているものだからついつい苦言を呈したり指導をくれてやったり、一度などはあまりにも目に余って、苛々して、押さえ切れず頬にキツイ一発をお見舞いしてしまったこともあった。それでも茫然とした様子で殴られた頬を押さえているばかりだった。他の好中球のことなど知らないが、こいつは頭抜けて危機感が足りない気がした。話しているとどうにも落ち着かない気分になる。
    とにかく顔見知りと言うよりは少しばかり交流がある個体だ。先日はあまりにも呆けた顔で呆けたことを言って、腹が減っている様子だったから思わず部下を引き連れる気分で食事を共にした。
    まあ、その程度の仲だ。逆にそんなちょっとした交流以外には会うこともない。それでも好中球はこちらの顔を見れば律儀に挨拶をしてくるし、キラーTが多少乱暴な態度を取ったとしてもその黒々とした眼を見張ってきょとんとするくらいだ。至極穏やかで淡々としている。それはきっと「仲間」と言うよりは「知り合い」と言う間柄だからなのだろうなとキラーTは考えている。

    キラーTは壁に向かって歩みを進めた。
    「こんなとこで会うとは思わなかったぜ」
    「いや、それはこちらの台詞というか…珍しいなこんな時間に。緊急事態でもあったか?」
    俺たちには特に招集はかかっていないが。好中球は首を傾げて呟いた。
    「まあ、ちょっと野暮用でな」
    司令室破壊の懲罰掃除とは流石に言いにくかった。
    「……用は片付けたんだがメシを食い逃がしちまったから、気を紛らわしに歩いてたんだよ」改めて口にすると情けない現状に知らず声が小さくなる。だが好中球はこちらの心中など気づかぬ様子で真剣な声を返してきた。
    「そうか、キラーTは大変だな。お疲れ様」
    「お前は?パトロールか?」
    「ああ。と言っても実は待機時間ではあるんだが。さっき久々に貪食したから腹ごなしがてらパトロールをしていたんだ。」
    相変わらずの様子である。休む時は休まねーといい仕事はできないぞ。そう苦言を呈してやろうと口を開きかけたところで好中球はがばりと白い顔をあげた。黒々とした瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。

    「俺が買ってこようか?」
    「は?」
    「いや、もし良ければ、だが。2ブロック先にあるハンバーガーだったか?お前がこの間教えてくれた店。さっきまだ開いているようだったから」
    閃いたような顔で言葉を紡ぐ。確かにこの間、そんな話をしたような気がする。そして何よりもこの空腹を解消する魅力的な提案。一瞬の逡巡は頭よりも素直な肉体からの圧力により打ち消された。
    「……頼む」
    それ以外の選択肢はなかった。


    「クォーターパウンドバーガーのセット、ポテトはLにして、ドリンクはコーク……と、」
    「と?!」
    「あ?足りるかよこんなんじゃ。そうだな、キングドッグとあとダブルベーコン&チーズ。何か食べたいもんがあったら適当に追加してもいいぞ」
    「きんぐどっぐとだぶるべーこんあんどちーず…いや、俺は大丈夫だ」
    辿々しい復唱に一抹の不安はあるが、まあ多少違ったメニューが届いても問題はない。何しろこちらは空腹なのだ。
    血管の向こうに消える白い背を見送ったキラーTは壁にもたれて空を見上げた。そびえる建物の一角、司令部辺りには夜番のためであろう明かりが煌々と灯っているが、この血管側の演習場グラウンドは静まり返っていた。秘密の特訓場所にしているくらい、この時間は誰もいないのが常だった。


    ーーーーーーーー


    ガサガサという不格好な音とともに近づいてきたのは案の定好中球だった。壁をひらりと乗り越えてキラーTの横に降り立つ。袋に入ったドリンクをこぼさないように気遣ってか、その動きはいつになくぎこちなかった。

    「待たせたな。一応頼まれたものは買えていると思うが」
    「おう、悪ぃな」

    受け取った袋を開くと空腹を刺激する香りがぶわりと広がった。ああ、腹が減った。
    思わず大口でかぶりつく。ひと口、ふた口。行儀悪くバーガーを咥えたまま袋を漁ってドリンクを取り出す。弾ける炭酸が鼻から抜けてキラーTはふは、とひとつ息をついた。


    空腹が落ち着きを取り戻したのは二つのバーガーとポテトの数本を胃に収めた後だった。呆気に取られて食料の消滅を眺めていた好中球は我に帰ったように空になった包紙を回収すると手にした袋に放り込む。そうして手持ち無沙汰になったのか、所在なさげに視線をうろうろと彷徨わせはじめた。数秒暗い空を見上げてそしてほんの瞬きほどの時間キラーTの手元に視線が動き、また空を眺める。キラーTは数分ぶりに咀嚼以外に口を使った。

    「ん」
    「ん?」
    「食うか?」

    ようやく冷静さを取り戻した頭で考えると、深夜に免疫細胞ふたりが無言で突っ立って、しかもひとりはがつがつメシを食っているという何ともシュールな光景だ。だけれどももう少しこの空気に触れていたくて、キラーTは思わず手にしたポテトをずいと好中球の目の前につき出した。特に考えがあったわけではない。ただ、差し出せるものがそれしかなかったというだけで。
    好中球の瞳を逡巡がよぎる。無論断ることも出来たはずだが、彼は知人の勧めを無碍に断る男ではなかった。

    「ありがとう。いただくよ」
    そう低く呟くと好中球はぎこちなく手袋を外し、遠慮がちに一本つまんで口に運んだ。手の甲の白さと滑らかさがやたらと目についた。もぐもぐと味わうように咀嚼し、ゆっくりと嚥下する。


    「…美味い。ありがとう」
    「ディップつけてもイケるぞ。試してみろよ」
    存在を忘れかけていた小さな容器を袋から取り出し、開けるように促した。片手が塞がっていたからだ。少し辛いスウィートチリに好中球は目を丸くしたが、最終的には「クセになるな」とお気に召したようだった。
    ポテトLサイズの陥落は、免疫細胞ふたりの手にかかればあっという間だった。ドリンク最後の一滴まで残らず腹に収めると、キラーTは口を開いた。

    「助かったぜ」
    「いや、災難だったな。役に立ててよかった。それに」
    空の容器を袋に詰め込みながら好中球が応える。
    「俺の方こそたくさん食べてしまって悪かったな。お前のものなのに」
    そう言って好中球は視線を僅かに上げた。キラーTは自分が好中球と目を合わせていなかったことに気がついた。感情の読みにくい黒い目に見つめられている。
    「気にすることはねーよ。勧めたのは俺だしな。ま、一緒に食った方が旨いだろ」
    「そういうものか」
    「そーいうもんだよ」
会話はそれでお終いになった。

    「またな」
    そう言って白い背が去っていくのをキラーTはじっと見つめた。今度は引き止める術はなかった。夜はとっくに更けていた。
    また、か。
    次に会うのはいつになるのだろうか。
    キラーTは踵を返した。自室に戻り良質の睡眠を取らなくてはならない。最善の明日のために。
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