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    inaeta108

    @inaeta108 イオ の物置です

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    MAIKING保管
    班長の作戦ノートを拾う46さんの話
    ーーこれはおそらくあのキラーTのものだろう。

     好中球Uー1146番は確信めいた心持ちで黒い小さなノートを見つめた。表紙には少し荒々しい癖のある字で「作戦計画」とだけ書かれている。ちょうど胸ポケットにすっぽり入るくらいの、携帯性に富んだそれは1146番の心中などお構いなしにベンチの上に燦然と鎮座していた。

     1146番がそう確信するにはいくつかの理由があった。まず一つには場所である。ここはキラーTが常駐している咽頭リンパから一番近い休憩コーナーだ。彼が立ち寄る可能性が高い場所である。
     次に、同じような黒い表紙の小さなノートを使用しているのを目撃したことがある。いつもの厳しい顔つきをさらに険しくして真剣に何かを書き込んでいたのだ。思わず問えば班の訓練メニュー組んでんだよ、と眉間のシワを深くした。
     ただ、その黒い仕立てからしてもキラーT細胞全員への支給品の可能性もある。何しろ彼らときたらその制服から軍靴、軍帽に至るまで須く黒で統一されている。だからノートもおそらくは黒だろう。全身真っ白な好中球課が言える義理ではないが。

     勇猛果敢。体内最強にして最後の砦。そんなキラーT細胞軍の中 6415

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    MAIKINGたりないふたり4初夏は免疫細胞にとって良い季節だ。乾燥や寒さから脱し、暑すぎることもなく、少し世界が平和になる。
    だからこの時期は種族を跨いでの慰労会が開かれることがあった。とはいえ24時間体制の免疫システムである。特に決まった非番のない好中球などは入れ替わり立ち替わり、パトロールついでに顔を出す程度だが。それでも今日は雑菌の侵入も落ち着いているらしい。白い制服は常よりも多かった。
    天井が高く、開放的な雰囲気の会場はその大半が黒色の集団で占められていた。テーブルや椅子が運び込まれ、飾り付けられたリンパ管内の集会場はちょっとしたパーティー会場へと姿を変えていた。こういった機会の音頭を取るのは大抵がキラーT細胞軍で、参加率が最も高いのもキラーT細胞軍である。軍隊式集団行動を旨としている彼らに、こういった行事への拒否権は基本的に存在しない。御多分に洩れず、咽頭班班長も班員たちと共にテーブルを囲んでいた。

    「面倒くせえ。ンな暇あったら筋トレしてえ」
    「まぁそう言わずに。訓練ばかりじゃ皆死んじまいますって。偶には気も鬱憤も晴らさないと」
    実の所あまり大勢の席を好まないキラーTは些か不機嫌だった。隣に座る副班長 8080

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    MAIKINGたりないふたり3流石に疲れた。
    キラーTは深く深く息を吐いた。

    気付かぬうちに勢力を拡大していたがん細胞を発見、殲滅までをやり遂げたのだ。無理もない。
    傷の手当て、部下の激励、上官への口頭報告。帰還後の一通りの任務を完了させたキラーTは今日のことを振り返っていた。早急に報告書をまとめなければならない。

    まずは一日の始まりからだ。
    近頃はウイルスもすっかり鳴りを潜めている。だから毎日は訓練と訓練と訓練で埋め尽くされていた。長期にわたるインフルエンザの襲来に苦しめられていたあの時とは大違いだ。そう。へなちょこナイーブが好中球に世話になったあの時。あいつも今では筋骨隆々、期待のエフェクターT細胞として訓練に励んでいる。だから、少しばかり礼でも言おうかと思っていたのだ。
    巡回終わりにリンパ管の近くで偶然その姿を見つけたから声をかけた。感染細胞を被害を広げる事なく駆除する、いつも通りの素早く確実な動き。部下をわざわざ先に帰還させたのは、付き合わせて訓練の機会を逃すのはよくないと思ったからだ。久々にゆっくり話したかったからとかそんなんじゃない。断じて。
    だが、NK細胞の乱入と、そこから始まる騒動のおかげでゆっ 9178

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    MAIKINGたりないふたり2「あの好中球」と久々に再開したのはつい先だっての戦場だった。広い体内、そして数多い好中球である。巡回中にしろ戦場にしろ出会うことはなかった。モニター越しには何度か一方的な対面を果たしていたから、生きていることは知っていた。相変わらず右側だけ長い前髪と、無駄のない鋭い動きはモニター越しにも目を引いた。そのうち偶然会うこともあるだろう。そうしたらお互いの無事の再会を祝えばいい。キラーTは密かにそう思っていた。
    それなのに、ウイルスや雑菌をあらかた片付けた戦場で遭遇したあいつは。瞬きほどの間こちらを見て、首をひとつ傾げて、仕留めたのであろう雑菌を無造作に引きずって仲間のもとに歩いていった。それだけだった。
    めでたく活性化を果たしてエフェクターT細胞に、そして鍛錬を積んでキラーT細胞咽頭班班長に上り詰めた今でも、初めての戦場のことを思い出すと頭が熱くなる。禍々しい感染細胞、絶望と恐怖。そしてあいつのこと。一時は屋上にすら足を向けられず、特訓場所も変えざるを得なかったほどだ。
    その焼けつくような記憶が身体中を駆け巡った。悔しいのか、悲しいのか、苛立っているのか。どれも正しく思えたし、どれも違うよ 6646

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    MAIKINGたりないふたり1安っぽい使い捨てコップの縁はつるりと滑らかだ。中は薄緑色の液体でなみなみと満たされ、鍛えられた右手の動きに合わせてほのかに苦みを纏った香りが立ちのぼる。ナイーブT細胞はひとつため息をついた。収まりの悪い金髪がふわりと揺れるのを見る者は誰もいなかった。

    リンパ管の隣、平行に伸びる大きな血管。無数のカフェや飲食店、商店が軒を連ねている。それに混じって聳え立つのは居住施設や公共施設。そこには無数の細胞たちの暮らしが垣間見えた。笑っていたり落ち込んでいたり、友達と言葉を交わしたりひとり物思いにふけったり、暇を持て余したり仕事に励んだり。平和だからこその光景だ。日中はそんなふうに賑わう通りだが、夜になると皆が寝静まり静寂に包まれる。すっかり人通りが少なくなった血管内は暗く染まり、所々にある街灯と飲食店や住宅から洩れる灯りだけが暖かさを添えていた。
    ナイーブT細胞はその風景を誰もいない官舎の屋上から眺めるのが好きだった。この広く大きな体(せかい)を、守る。その決意を新たにさせてくれる。

    その中に一体の好中球を見出したのはいつのことだっただろうか。確かまだ季節がまだ汗ばむ陽気の頃だ。いつも真新し 4637

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    MAIKINGはらがへっては(仮)2その日も実に暇だった。

    無論やることは山ほどある。訓練とか訓練とか訓練とか。ただ、ウイルスだとか厄介な細菌だとかそういった類の外敵の侵入がないのだ。そうすると、訓練に力が入りすぎるのは必然だ。何しろ日々戦う免疫細胞最強にして最後の砦のパワーが、エネルギーが、闘争心が有り余っているのだ。それらがついうっかりと溢れて、司令室の窓ガラス破壊を引き起こした。1ヶ月ぶり10回目。ファンファーレが鳴ってもおかしくない記念すべき回数に、実のところ優雅でも温厚でもなんでもないヘルパーT司令の怒りが爆発した。
    普段であれば、外敵の侵入に備えると言う存在意義からつっぱねることもできただろう。だが、ここ最近「暇」なのは全ての免疫細胞が全身で実感しているところなのだ。今日の訓練は副班長くんに任せればいいよ。だからどれだけ時間がかかっても!ひとりで!終わらせて!!上司は無慈悲にも眼鏡を光らせて言い放った。全身から怒りのオーラが立ち昇っている。そういうわけでキラーT細胞咽頭班班長は懲罰として司令室の片付けを仰せつかったのである。

    結論から言えば片付けはなんとか終わった。キラーTの心と身体に多大なダメージを負わ 4198

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    MAIKING『はらがへっては』(仮)
    キラ白(未満)に仲良くごはんを食べて欲しい話
    テキスト投稿お試し
    ■一食目 ラーメン
    「はあ、」
    好中球U-1146番は形の良い唇から深いため息をひとつこぼした。鼻梁にふわりと影がかかり印象的な黒の瞳が物憂げに瞬く。
    といっても別に道ならぬ恋に苦しんでいるわけでも、世界の行末に思いを馳せているわけでもない。ただ単に、そう、はらがへっているのである。


    これには事情があった。シンプルで深刻なそれは、好中球にとって正に死活問題だった。ここのところ雑菌の侵入が著しく少ないのだ。特に1146番がいるこの咽頭や鼻腔付近への侵入量は減少の一途を辿っている。好中球の主食は菌であり、副食も主菜も菌である。その菌が足りない。対して好中球は大量にいる。これすなわち食糧難の一言に尽きる。これまで菌が少ないなんてことはなかったので当然備蓄もされていない。地産地消、即日消費の体制は各所から日々潤沢な供給があることを前提としたシステムだった。
    かくして好中球達は空腹を堪えながら全身を巡り、数少ない雑菌の侵入をいまかいまかと待ちかまえているのである。1146番もそのうちの一体だった。


    「おっつかれー!!」
    お茶を手にしたいつものスタイルでゆったりとパトロールする1146番の背後から耳に馴染んだ 5477