『まばゆいあなたは太陽のよう』――――――――
飯屋を探してうろつく最中、チリはふと、隣にいた筈の同僚がいないことに気が付いた。
「……あれ、アオキさん? アオキさーん、どこやー」
きょろきょろと雑踏を見渡せばチリより少し後方で、アオキは立ち止まっていた。ぼんやりと街の外を見つめている。
「おったおった、何見とるんですか」
「……知った顔があったので」
「知った顔? ……ああ、アオイちゃんや」
アオキの傍らに立ち、彼の視線の先を見る。
街の区画から少し離れたエリアに、顔なじみの少女がいた。
手持ちのポケモン達と一緒にピクニックの準備をしている。
その表情までは見えなかったが、アオイもポケモン達もなんとなく皆楽しそうだ。遠目でもそう思わせる不思議な明るい雰囲気が彼女にはある。
微笑ましい気持ちになりながらアオイの様子を見ていたが、不意に空気に動きを感じて横を向く。
アオキは既に町中に向かって歩き始めていた。チリもそれに倣い、アオイとポケモン達に背を向けて、彼に続く。
「……もうええん?」
「はい」
「声、掛けたかったんとちゃいます? あんな熱心に見詰めて」
「お邪魔になるでしょうから。新作のサンドイッチを作るんだと、昨晩張り切ってたんで」
「……ほぉーーーん?」
「なんですか、その目」
①、『「声掛けたかったんじゃないか」ってのに否定、せんなぁ?』
②、『事情聞いとんのやったら、なおさら様子見に行ってもええんちゃいます?』
③、『というか昨日の夜会うてたんやぁ、仕事終わりに未成年とデートかいな』
――どの選択肢が一番おもろい反応返ってくるやろ。
チリは年上の同僚を見上げにやにやと口角を上げた。アオキはチリから苦手な会話の雰囲気を感じ取ったのか、目を合わせないままボソボソと言う。
「……飯屋で鉢合わせただけですよ」
「なんも言うとらんけど」
「彼女、最近学校終わりによく宝食堂に来るんです。テラスタイプの研究だとかで」
「なんも聞いとらんけど。……なんや、あの子のことんなると口数ようけ増えますねぇ?」
「……」
「なはは、冗談冗談。こわいかおせんとってや……ちょお速い、速いて!」
アオキはそれ以上の会話を拒否するかのように足早に歩いた。こわいかおを食らったチリはついていくのもやっとである。元々アオキよりも小柄で、その分歩幅も狭いのだ。
――アオキは少し変わったと思う。
能面のようなぬぼーっとした面構えは出会った頃と一ミリも変わらないが、以前に比べ飯時以外でも雰囲気が柔らかくなった気がする。
あの少女に会ってから。
「ほんまに不思議な子ぉやな、アオイは」
「……そうですね」
返事と同じタイミングで、アオキは歩調を緩めた。
彼の隣に再び追い付き、チリは周辺の店を視線で探る。……確信犯か、無意識か、立ち並ぶ店のラインナップに、チリは思わず口を開いた。
「……なあ。アオキさんって、あの子のことどう思っとるん?」
「……」
――心なしか。
わずかほんの一ミリだけ、アオキの目元が狭まった……ような気がした。
真夏の晴れ空を見上げそうするように、眩げに。
「……よく、わかりません」
歩く速度はどんどん緩まり、ついに止まった。
「彼女の姿は眩しくて、……正直、直視するのもきついんですが」
ゆっくりとアオキは、チリの立つ方とは反対側の真隣へと顔を向けた。
そこにあるのはありふれた店舗の石壁だ。けれど恐らくアオキは、その向こう側を見据えているのだろうとチリは思った。この建物を越えた先にいる少女のことを。
「ただ、隣で一緒に飯を食っていると……あの無分別な温もりに心が安らぐ。そんな瞬間があります」
ボソボソと独り言のようにアオキは喋り続けた。
低く小さなその声は、飯時の雑踏にもみ消されてしまいそうな程に頼りない。
それでもチリには聞こえた。
「……太陽のようです。まるで、アオイさんは……」
――殺し文句じみた、そんな呟きが。
業務以外では必要最低限の会話しかしない男が吐いたとは思えないロマンチックな台詞に、チリは他人事ながら照れてしまいそうになった。そして己が人間であることを猛烈に後悔した。自分が『しんそく』か『こうそくいどう』を使えたなら、今すぐにアオキの眼前へ位置取ってその顔を拝んでやったのに。
(い……一体どないな顔して言うとんねん、そんな恥ずかしい台詞……!)
ああ見たい、ごっつ見たい。
無理やりにでも首をこっちに向けさせたい欲求に駆られたが、堪える。
――かげぬいされたかのようにその場から動かなくなってしまった同僚を残し、チリはそっと彼の元を離れた。近くの店をいくつか周り、目的のものを買い込むと再びアオキの所に戻ってくる。
「アオキさんアオキさん、ほれ」
「……これは」
振りむいたアオキの胸元に、紙袋を一つ押し付ける。
中身は袋いっぱいに詰まった野菜果物、その他諸々。
全てサンドイッチを作るための材料である。
焼きたてのパンの芳醇な香気漂う紙袋を胸に抱き、チリは空いた手でアオキの手首を引っ掴んだ。
「ほないきましょか」
「……チリさん、」
「なんですの。言っとくけど袋の交換は無しやで。チリちゃんか弱い乙女やねんから、重い方はアオキさんに持ってもらわんと」
「この後、仕事の予定があるんですが」
「え、ピクニックしたかったんとちゃいますの?」
「昼休憩じゃとても間に合いませんよ。それよりも適当な店に入った方が……」
「ナッハッハ、自分から飯屋やのうて食材しか扱っとらん区画に来といて何を今更」
「……」
「それに仕事言うても内勤やろ? チリちゃんも手伝ったるよ。今日は面接する子もおらへんし」
「……アオイさんに連絡は」
「おっ、鋭い。どこ行くかもうわかっとるんや」
「……」
どうも足の重い彼をぐいぐいと引っ張りながら、チリは振り返った。
「サンドイッチはやっぱり、『お天道さん』の下で食べんと。なあ?」
「……!」
くっくっ、と楽し気にチリは笑った。
そのまま街の外へと彼を連れ出し、ずんずんと目的地へ進む。
新作とやらは完成したのだろうか、ポケモン達に囲まれてはしゃぐ無邪気な声がこちらに聞こえ始めた頃、チリはすうと息を吸い込んだ。
「……アオイちゃーん!! チリちゃん達も混ぜてぇやーーー!!」
チリの大声に少女はすぐ気が付いた。
立ち上がり、こちらに向けて笑顔で大きく手を振っている。
アオキを離し、チリは応えるように手を振り返した。
後ろを向く。わずかほんの一ミリほど目を細めたアオキと視線はぶつからなかった。彼がどこを見ているかは、確かめるまでもない。
チリが無理に引っ張らずとも、アオキはもう自分の意思で歩み始めていた。
彼の太陽の元へ。